【探索生活16日目】
早朝、砂漠で寝ていたはずの俺たちの周りには草木が生い茂っていた。
「ここで朝露を採取できれば、砂漠を渡れるくらいは補給できるカ?」
チェルは近くの大きな葉を触りながら聞いてきた。
「どうだろう。そもそも、砂漠の終わりを知らないからな」
「砂漠の先には鳥人族の国があるんですよね?」
ジェニファーが目をこすりながら、砂漠を見た。
「そう聞いてるけど、行ったことはない。だいたい鳥人族ってなんだ?」
「鳥の獣人のはずだ。私も文献でしか読んだことはないが」
「そ、そ、空を飛べる種族なのか?」
シルビアが文献を読んだというヘリーに聞いていた。
「それはわからん。私も見たことはないのでな」
砂が風に乗って飛んできた。
それが合図だったかのように周囲の草木が森へと動き始める。草木の移動と共に、魔物たちも移動を開始。先導するように鳥が鳴いている。
逃げ遅れた森の魔物と砂漠の魔物が戦い、砂が舞っている。
帰る準備をしていた俺たちに対しても魔物が襲ってきた。体長20メートルほど大型ミミズの魔物。砂の中から突然飛び出してきて、荷物を持っていかれてしまった。
「おい! 怪我はないか!?」
全員に確認したが、「無事!」とのこと。
「ただ、私たちの食糧が持っていかれました!」
ジェニファーがすぐに報告してきた。
「私のパンを返セ!」
チェルが火魔法を放って攻撃。固い皮膚に阻まれて、炎がはじき返されていた。
一度砂の中に潜ったミミズの魔物が俺たちの周りを囲むようにうねり始める。動きは鈍く、こちらの出方を窺っているようだ。
「ミミズに効く毒などが荷物に入っていればいいが、回復薬しか持ってきてなかったはずだ!」
ヘリーはミミズの動きを目で追いながら報告してきた。喰われた荷物はヘリーの物だったようだ。
ジェニファーが全員を守るように、防御障壁を張っている。大型ミミズの口は俺の身長よりも大きそうなので丸ごと食べられるかもしれない。
シルビアは自分の荷物を漁り、大きな武器を探している。リュックに入っている時点でそんなに大きな武器はなさそうだ。
「マキョー、地面ごと持ち上げテ!」
チェルの無茶な要望は無視して、冷静に対処しよう。
ミミズは砂に潜っているぐらいだから、熱か振動、魔力で獲物の位置を把握しているのだろう。試しに地面に魔力を放ってみると、警戒しながら俺たちから距離を取った。やはり、魔力を感知する器官があるのか?
そのまま、どこかへ行ってくれればいいのだが、ミミズは地面のすぐ下を波打つように進みながら旋回して戻ってきた。
「誰も動くなよ……」
全員に注意して、ワイルドベアの魔石を地面に転がした。餌だと思って食いついてくれればいいのだが、ミミズは魔石を通り過ぎ、砂漠にポツンと置いていた背負子を丸飲みにして、バリバリと音を立てながら地面に潜った。
背負子なんて動きもしなかったし、熱もない。ましてや魔力なんかない。
「なんだ? なにを感知しているんだ!?」
「マキョー! 影だ!」
混乱する俺にヘリーが叫んだ。
確かに、朝日を受けて俺たちの影が砂の地面に伸びている。でも、地中にいるのに、視覚で獲物の位置を特定するのか。
「森へ逃げるヨー!」
チェルが俺の腕を引っ張って、走り始めた。
ジェニファーたちはすでに走って森へと駆け込んでいる。
俺たちの移動に気付き、巨大ミミズは地表に顔を出しながら波打つように追いかけてきた。
砂漠の砂が石英で透明度があり地面から近ければ光なら届くかもしれないし、目だけが光を感じるわけではない。
「皮膚か」
理屈がわかれば脅威が一気に薄れ、チェルの手を振りほどき、立ち止まった。
「マキョー! なにしてる!? 逃げロ!」
大型ミミズの魔物が俺たちの影を追ってきているのなら、攻撃を躱すのはそう難しいことではない。タイミングを見計らって跳べばいいだけだ。
足に魔力を込めて跳ぶと、俺を追って大型ミミズも地面から全身をうねらせながら高く飛び出し、そのまま落下。砂の地面に叩きつけられたミミズは衝撃に身を捩りながらのたうち回った。
「シルビア! なんか武器くれ!」
そう叫ぶと、シルビアはP・Jのナイフを放り投げてきた。空中でそれを掴み、ミミズの頭を切り落とした。ドロドロとした赤黒い血が砂の地面に染みこんでいく。
「終わったぞー!」
砂が舞う中、手を上げたが、皆呆れたように頷いていた。
舞い上がった砂が落ち着くのを待って、ミミズの解体をすることに。
「初めから、このナイフを使っていればよかった」
ぼやきながら大型ミミズを縦に裂いていった。
「ミミズの肉なんて食べられるんですか?」
「食えなくはないハズ! 臭いけどネ」
「ひ、ひ、火に耐性がある皮がほしい」
「おっ! 食ったものが出てきたぞ!」
ヘリーがミミズの腹の中から骨や消化しきれなかった魔物の毛を取り出す。布切れや、金属片なんかも出てきたが、最も驚いたのは人の頭蓋骨があったことだ。
「どう見ても頭蓋骨だよなぁ。ということは俺たちの他に誰かがこの砂漠にいるってことだろ?」
「マキョー、家賃取らないとネ!」
チェルが笑いながら、言ってきた。
「本当だな。冗談はさておき、この大きさのミミズが人間を消化するのに、何日かかると思う?」
チェルの言葉を全力で流して、ヘリーに聞いた。
「一週間もかからないんじゃないか? たぶん、4、5日」
「じゃあ、大型ミミズの魔物と同じ速度で砂漠を移動できれば、4、5日で人のいる場所まで行けるということだな?」
「そうなるけど、行く気か?」
「今は行かないよ。準備を整えてからだ。今日は帰ろう」
朝飯としてミミズの肉を軽く炙って食べると、砂臭い。土の臭いとも違い、汗と雨が混じったような臭いがした。香草を挟んで煮込めば食えないことはないだろうが、好んで食べようとは思わない味だった。
丸のみにされたヘリーの鞄はチェルが魔法で洗っていた。背負子は修復不能。
「魔力も回復しているから、少しは自分で進める」
ヘリーはそう言っていたが、森の強い魔物の対策をしないといけない。
「マキョー、杖を作っておこうヨ。どうせ、午前中には洞窟まで帰れないカラ」
森になら枝はあるし、速度を低下させる効果のある巨大ミミズの魔石もある。森の中で適当に魔物を狩ってもいい。
「わかった。どうせなら、あそこのトレントを倒して、魔石と枝を獲ろう」
倒し方がわかる魔物なら、俺とチェルも問題なく狩ることができる。魔力を込めて殴るだけ。あとは、ナイフで枝をカットして、杖の形に加工していく。
シルビアは森で蔓を採取し、ジェニファーに簡易的な籠を作ってもらっていた。
「か、か、皮をいれるだけだから、そんなに大きい籠じゃなくてもいい」
皮で防具を作る予定のシルビアが籠を持つことに。肉は美味しくないので捨てていく。
腹ごしらえと武器製作も済み、杖を装備し、北へと出発。
「5人全員が魔法使いというバランスが悪いパーティになったな」
ただ、そのお陰で、誰かが魔物に襲われてもすぐに反撃できるようになった。襲ってきた魔物は、ちょっとでも反撃されると一旦距離を取るので、その間に逃げれる。
家サイズのポイズンスコーピオンが襲ってきた時は、さすがに「誰か死ぬかもな」と思ったが、俺の血を飲んだシルビアが「ワキャ!」などと奇声を上げて、P・Jのナイフで真っ二つにしていた。
「シルビア、俺はそんな声を上げないぞ」
「ち、ち、力が溢れてくるんだ。へ、へ、変な魔法ばかり思いつくし、頭が混乱している」
シルビアが頭を抱えている。
「ジェニファー、精神魔法で少し落ち着かせてあげたら?」
ヘリーがジェニファーに小声で聞いていた。
「でも、魔境では精神魔法は禁止ですよ」
「なんだ? 精神魔法って興奮させたり錯乱させたりするだけじゃないのか?」
「マキョーさんが許可していただけるなら興奮を鎮めることもできます。これでも、僧侶服を着ていますから」
ジェニファーが胸を張って言ったので、一時的に精神魔法の使用を許可した。
「そ、そ、そのくらいでいいよ。あ、あ、それはかけすぎ」
やり過ぎないようにシルビアの声を聞きながら、精神魔法を使っていた。
その後も人と同じサイズのカマキリの魔物や水の中から飛び出してくるヤゴの魔物の群れに襲われたが、杖で動きを遅くして対処した。
昼休憩を挟み、しっかり樹上まで跳んで方向を確認しながら、北へ向けて進んだ。行きと違い、徐々に魔物の危険度も下がっていくので、ヘリーも魔力切れを起こすことはなかった。ある程度、ペース配分がわかると、気も楽なのだろう。
日が傾き、空が茜色に染まる頃、ようやくロッククロコダイルのいる川に到着。あとは川を辿っていけば、我が家である洞窟までの道がわかる。調子に乗って、ロッククロコダイルを一頭狩って帰ることに。
全員、杖で魔法を放ち、撲殺。チェルも魔境に来た当初、同じように馴染んでいったことを思い出した。やはり、魔境ではちょっとした冒険が必要なのかもしれない。
日が沈む前に、洞窟に辿り着いた。
沼で体を洗い、ロッククロコダイルを捌いて食べた。簡単な食事だったが、女性陣は砂漠へのピクニックをやり遂げた達成感からか、普段よりもおいしそうだった。
「今日は俺が、見張りをするから、シルビアもヘリーも寝ていいよ」
「そ、そ、それは助かる!」
「お言葉に甘えよう」
ジェニファーが新しい背負子を作ろうとしていたが、今日は休むように言った。妙に聞き分けがいいのは疲れていたかららしい。
「お二人は、疲れてないんですか?」
洞窟の自室に行く前にジェニファーに聞かれた。
「ほとんど何もしてないからネ」
チェルがそう答えると、呆れたようにジェニファーは洞窟の中に入っていった。
キョェェェェ……!
遠くでインプの鳴き声がする。
焚火に古枝をくべながら、じっと炎を見つめると、妙に落ち着いてくる。
「ようやく皆も魔境の住人になれたカナ?」
焚火の反対側に座っていたチェルが聞いてきた。
「たまにこういうピクニックもいいな。今度は海に行って塩を取りに行こう」
「イイネ! そういえば、ヘリーがちょっとだけエルフの奴隷たちを気にしてたヨ」
チェルに言われて思い出したが、魔境の外、小川の向こう側にエルフの奴隷とイーストケニアの農夫たちが小屋を作っていた。
「魔境で死ななければどうでもいいんだけどな……」
生存しているかどうかわからない。
「ヘリーがなにも言わないってことはたぶん生きてるんじゃないカ?」
「うん。……ロッククロコダイルの肉も余ってるし、おすそ分けでもしてくるかな。チェル、ちょっと火の番をしててくれるか?」
「いいヨ」
俺はロッククロコダイルの肉をフキの葉で包み、魔境の入り口へと向かった。
小川の向こうにある小屋から明かりが漏れていた。ぼそぼそと彼らの話声も聞こえるので、生きてはいるらしい。
小川を飛び越え近づくと、小屋の一部が壊れているのが見えた。魔物の襲撃にあったのかもしれない。
「どうするんだ? 今さら戻っても行く場所なんかないぞ。逃亡奴隷は殺されて終わりだ」
「口を開くな。余計、喉が渇く」
「水は見えているのに、飲めないなんてな」
どうやら、小川の水も飲めないらしい。スライムがいるからか。
「よう、元気ないみたいだな」
俺が小屋の中を覗きながら声をかけると、エルフたちも農夫たちも目を丸くして驚いていた。
「なんだ!? 殺しに来たのか?」
エルフの一人が真っ白い顔で聞いてきた。
「いや、魔物の肉が手に入ったから、生存確認のついでにおすそ分けしにきたんだ。ほらよ」
ロッククロコダイルの肉を放って渡した。エルフは驚いていたが、ちゃんと受け取っていた。
「お前ら、水も飲めないのか?」
「ああ、ここにいる半分は、スライムに襲われて魔力切れを起こして寝ているのだ。追ってきたスライムには小屋を破壊された」
「スライムに壊されたのか。よほど舐められてるな。しょうがねぇ。死なれても面倒だ。水袋でも水瓶でもなんでもいい。水を汲めるものはないか?」
俺がそう言うと、恐る恐る革の水袋を見せてきた。
「これだけか? まぁ、いい」
俺はひったくるようにして水袋を掴み、小川に行って水を汲んだ。スライムたちがじゃれついてきたが、蹴散らした。
様子を見ていたエルフに水袋を渡す。
「今のうちに水を確保した方がいいぞ。俺がいる間はスライムたちもじゃれついてくるだけだから」
そう言うと、エルフと農夫たちは急いで革の水袋や空の酒瓶を小屋から持ち出してきて、小川で水を汲んでいた。
「助かった」
「これで、どうにか生きていける」
エルフと農夫がお礼を言ってきた。
「正直、俺たちは今のお前らがどうなろうと知ったことではない。ただ、あんまり俺たちや軍に迷惑をかけるな。ここに住むなら、それなりに強くならないと死ぬぞ。じゃあな」
俺はそう言い捨てて、小川を越えた。