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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活15日目】



 唐突だが、砂漠だ。


 数時間前の早朝。全員に砂漠行きを伝えた。

「え? 急にどうした?」

「さ、さ、砂漠って遠いのでは?」

「朝から頭を打ったのですか?」

 ヘリー、シルビア、ジェニファーを説得。

チェルを叩き起こし、弁当を作ってもらって、濃霧が出ている早朝から南へ向けて走り始めたのだ。

「いいか。足に魔力を込めて走るんだ。日が出て暖かくなると、魔物も活発に動き始める。その前に砂漠に行こう」

「そう簡単に言いますけど、ヘリーさんはまだ魔力も扱えないんですよ。しかも、魔境の外には農夫とエルフの犯罪奴隷たちだっているんです。それを放っておいていいんですか?」

「いいだろ」

「え? いいの……ですか?」

「気付いてはいたんだけどさ。あの連中が魔境の外でやってることって、俺たちに関係ないだろ? 魔境に何かあってから対応すればいいことだ。しかも魔境に住んでくれるなら、こちらとしても収入が増える。そもそも気にするだけ無駄だったんだよ」

「そうぅ……なっちゃいますか?」

「確かにマキョーの優先順位を考えれば、探索の方が高いか。すまない。昨日は私が助けを呼んで騒いでしまったな」

 ヘリーが謝ってきた。

「いいよ。それより、足に魔力を込めるタイミングの練習をしよう。ジェニファーは魔力の使い方が上手いから軽くチェルに教わってくれ。ヘリーとシルビアはおれの手を握って、一緒にタイミングを合わせていこう」

 そうやって、自分の足が地面に着地する瞬間に魔力を込めるやり方を教えていった。

 ヘリーもシルビアもコツさえ掴んでしまえば、何度かやればできるようになるはずだ。あとは魔力の大きさの問題なので、俺が2人に魔力を供給しながら練習した。ヘリーも自分の魔力を使わなければ、どうにかなるらしい。


「どうしてチェルさんはそんなに上手なんですか?」

「そりゃ、だって、死にたくないでショ? 本気でマキョーについていくには、ジェニファーみたいにいちいち自分を偽ってたら、すぐに死ぬヨ」

「べべべべ別に私は自分を偽ってなどいません」

「じゃあ、リミッター外してヨ。たぶん何回か限界を超えないといけないから。大丈夫、マキョーも私も、砂漠まで行ったところでそんなに魔力を使わないから、担いで帰ってこられるヨ」

「わかりました。見せて差し上げますわ! 私の本気を……」

 ジェニファーがそう言って、足に魔力を込めると樹上まで飛んで行った。

「わ~! これ、どうやって調節するんですかぁ~! ぶほっ!!」

「ジェニファーが失敗してくれたように、自分の体重や走るスピードによって魔力を調節していこう。俺もチェルも3人のスピードに合わせていくからさ」

 30分ほど洞窟の前から沼へ向けて走り練習し、弁当を持って準備する。

「あの、荷物は私に持たせていただけませんか? いや、自分を偽ってなにかしたいというわけではなく、あの、多少負荷がないと本気を出せないみたいで……。いけませんか?」

 ジェニファーがもじもじしながら、聞いてきた。

「自分のやりやすいようにしていいよ。ジェニファーは荷物運びの才能があるのか?」

「いや、性癖だと思うヨ」

 ジェニファーは黙って、リュックに俺の荷物を詰め込んでいた。俺は空の背負子を用意しておく。魔物の素材採集もできるし、誰かが疲れたとき用でもある。

「貴族の嫁への道はなかなか遠いなぁ」

「お、お、応援している!」

 ヘリーとシルビアもジェニファーに荷物を渡していた。ジェニファーは貴族に嫁ぎたいのか。

「フンッ! 行けます!」

 ジェニファーは大きめのリュックを背負うと本当に力が出るようで、それ以降あまり喋らず走ることに集中していた。


 しばらく南へ走り、ロッククロコダイルの川とラーミアの遺跡を通り過ぎた。一歩一歩に魔力を込めているので、自然と地面が削られ、獣道が出来ていく。

 ヘリーとシルビアが先頭でペースを作ってもらい、ジェニファーを挟んで俺とチェルがなにかあった場合、後方から支援する形だ。ヘリーとシルビアは植物や魔物を躱すのが難しいらしい。

「走ることに集中していいぞ。次に踏む地面の確認をした方が速いから!」

 昨日開発した風に干渉する魔法も使っているので、匂いで魔物が寄ってくることもない。カム実やオジギ草に触れて、噛んでくるくらいだ。

「植物に噛まれても気にせず、根っこごと引っこ抜け。傷はチェルが走りながら回復魔法をかけるから」

 俺とチェルなら植物の攻撃を躱せるが、ヘリーとシルビアは植物に追いつかれてしまう。

「マキョー。実はヘリーがサ……」

 走りながらチェルが声をかけてきた。

 おそらく、ヘリーの魔力の話だろう。

「ヘリーの限界が近いって話か?」

「知ってたのカ?」

「なんとなく、さっきヘリーの身体に魔力を流してて気づいた。流れが悪いから、そんなに無理はできないんだろ?」

「そう。たぶん、砂漠までは保たナイ。魔力過多になっても苦しむダケ」

 俺の魔力を供給しすぎて魔力過多になると、血管が黒く変色して四六時中具合が悪くなるらしい。俺も聞いた話でしかないが、年老いた魔法使いがなる病気で、幻覚を見ることもあるそうで専門の隔離施設があるとか。

「大丈夫だ。魔力が切れて動けなくなったら俺が背負っていくつもりだ。ジェニファーも無理してるしな。チェルが本気出せなんて言うからだぞ」

 ジェニファーは顔に出さないが、徐々に足元がおぼつかなくなっている。自分の脚に地面を見てないから、転びそうになっているようだ。

「ジェニファーは自分に精神魔法をかけて、疲労を散らしている」

「魔境では精神魔法禁止なのに。しかも自分にかけてなにやってんだ?」

「たぶん、ゾーンに入ろうとしているんだヨ」

「ゾーン? 過集中のことか?」

「そうともイウ」

「それって精神より先に身体が壊れるんじゃないか?」

「ずっとやってればネ」

「ゴールデンバットの洞窟辺りは安全だったよな? ちょっと一回休もう」

 俺が走る速度を上げ、先導する。

「休憩しよう」


 ゴールデンバットの洞窟近くにある原っぱで立ち止まった。鬱蒼とした森の中にぽっかり空いた原っぱは、もしかしたら巨大魔獣の足跡かもしれない。

「やめてください! 一度気を抜くと集中が途切れてしまうんです!」

 回復魔法をかけようとしたチェルをジェニファーが止めていた。

「ジェニファー、あんまり無理するなよ。半分も来てないうちにそんな疲れてたら、砂漠までいけない。怪我でもしたら、担いでいくのはチェルだぞ」

「エ~!? マジカヨ~! ジェニファーは回復魔法と強化魔法使うから、ちょっと黙ってテ」

「だから、それではいつまでたっても私は強くなれない……」

 ジェニファーは魔法をかけようとするチェルの腕を掴んだ。

「ジェニファー。日頃の行いが悪かったんだ。諦めることだ」

 様子を見ていたヘリーが言い放った。

「……でも!」

「シルビアを見ろ。日頃の真面目に修行をしていたから、マキョーたちのペースにもついて行ってる」

 汗を拭っていたシルビアが急に振られ、「い、い、いや、あの……」と汗が止まらなくなっていた。

「そんな……私は、別にサボったりは……はぁ」

 ジェニファーは納得していないようだったが、平気そうなシルビアを見ると言い訳できなかったようだ。2人がサボっていたわけではない。ただ、シルビアは魔境に慣れようと危機感を持って観察していただけだ。


「マキョー、悪いが私とジェニファーはここまでだ。砂漠までは3人で行ってくれ。せっかくのピクニックだったのに、すまん」

 ヘリーが俺に謝ってきた。

「いや、予想してたから謝る必要はない。休憩の後は俺がヘリーを背負ってくよ。ジェニファーはチェルが魔法で身体強化するからどうにでもなるだろう」

「ピクニック、続行ゥ~!」

 チェルはジェニファーに魔法をかけながら宣言した。

「休憩の後はシルビアがペースを作ってくれ。俺はそれに合わせて風の魔法を使ってみるから。まだ、威力の調節がうまくいかない時があるから練習しておきたいんだ。ほら」

 そう言って俺が魔力で風に干渉すると、ゴールデンバットの群れが竜巻のような風に巻き込まれて飛んで行った。

「わ、わ、わかった。で、で、でも、遅いかもしれない」

「イイヨ。たぶん、私たちだけだと危険地帯に気付く前に通り過ぎてしまうカラ~」

 チェルの言う通り、昨日は新しい魔法を試したのに、効果がよくわからないまま砂漠まで辿り着いてしまった。戻るときも急いでいたので、アラクネの群生地など危険地帯はあるはずなのに観察できていない。

「だったら私はここにいて、帰りにピックアップしてもいいぞ。邪魔だろ?」

 ヘリーはお荷物になるのが嫌なのだろう。とはいえ、働いてもらわないとな。

「ヘリーには俺の背中で魔境の観察をしてもらうよ。昨日の探索は気付きが足りなかった。今日は、人数もいるから観察する目も多い。気付いたことをメモしておいてくれ。魔境でサボろうとしても無駄だぞ」

「……っ! わかった。そのための背負子だったのか」

「そういうことだ。振り落とされないように蔓で体を縛ってくれ」

 ヘリーは十分休憩をとった後、自分の身体と背負子を蔓で結んでいた。

「マキョーは、なかなか足手まといをさせてくれないな」

「人遣いが荒い領主ダ」

ヘリーとチェルが聞こえるように陰口を叩いていたので、強引に背負ってやった。

「ん~! 力が漲ってきます! フハハハハ! 今ならどんな攻撃でも弾いてみせますよぉおお!」

 ジェニファーは完全に調子に乗っているが、「ま、ま、前に出過ぎないようにね」とシルビアが後頭部を引っぱたいていたので大丈夫だろう。


「出発しよう。シルビア、掛け声」

「しゅ、しゅ、しゅっぱーつ!」

 先頭のシルビアが南へ向けて走り始め、俺たちも後を追う。

 草が生い茂っていて足元が見にくいので、早々に魔力で風に干渉して追い風を生み出し、草をかき分けた。木々に停まっていた顔の半分が口の鳥が羽ばたき、落下したカム実が襲ってくる。地面も突然陥没している場所や、平たい亀の魔物がいたりするので、注意が必要だ。

 魔境なので、見失うと草の壁に紛れてしまうので、間隔を開けないようにチェルがジェニファーを誘導していた。

「なんだ、あれは!?」

 背中ではヘリーがうるさい。人より大きなフォレストスコーピオンという毛むくじゃらのサソリの魔物を見て驚いている。俺もチェルも魔境なのだから、そのくらいはいるだろうとしか思っていなかったので、リアクションが新鮮だ。

「これはすごいな! なんというスピード感! ここまで脳の処理が追い付かないなんて! ちょっと待った、おわぁああ!!」

 俺が軽く跳んだだけで、叫び出す始末。ヘリーが興奮しすぎて、今まで俺たちに見せてなかった一面が出てきてしまっている。それでも、ちゃんとメモは取っているようで、「触手で攻撃するケシの花の群生地」「獅子頭のトカゲ(毒持ち)」「崖の下に熊の魔物がハチの巣状に住処を作ってる」などなどブツブツとつぶやいていた。

「マキョー! あそこ! ヒクイドリが本当に火を食べてる!」

「ヒクイドリなんだから当たり前だろ!」

「いや、待て! 誰が火を噴いた!?」

「火吹きトカゲだろう?」

「亜竜種か? 待てよ……」

「シルビアは待ってくれない。先に行くぞ」

「火を扱う魔物がいるってことは近くに毒持ちの魔物が多いのかもしれない! シルビアに注意して!」

 ヘリーがそう言った直後、前方に水面が黄色に見える沼地が見えてきた。昨日、俺たちが通ったルートとは違うところを走っていたらしい。


グアッグアッグアッグアッ……!


 カエルの鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。シルビアの足が止まり、俺も風に干渉している魔法を切った。

「この臭いは……!」

 ヘリーが口を開いた途端、チェルがその口を塞いだ。そのまま、全員に静かにするようジェスチャーで伝え、ゆっくりと沼地を迂回するように移動。しばらくチェルが先頭になり無言のまま走った。

「もう、臭いはシナイ。たぶん、あの沼地はイエローフロッグって魔物の群生地。触れただけでも死ぬ毒を持つ魔物だヨ」

「そんな魔物がいたのか!?」

「私が知っているイエローフロッグの声より低かったけど、あの臭気は一度嗅いだら忘れない。魔族の国にもいたのか?」

 ヘリーがチェルに聞いた。

「暗殺用に飼っている貴族がいタ。でも魔境のイエローフロッグは数も大きさも桁違い。マキョーは気に入らない貴族がいたら、一匹捕まえてきてそいつの領地に放すだけでイイヨ」

「どうやって捕まえるんだよ」

「あ、ソッカ」

「でも、やっぱり俺たちは今まで運が良かっただけみたいだな。そんな魔物と遭ってなかったんだから」

「ウン」

「シルビア、たぶん真南へ向かってるつもりがちょっと東にズレてる。分かりづらいと思うけど、太陽の位置と影の方向を見ながら、真南に向かってくれ」

「ほ、ほ、本当だ! ご、ご、ごめん!」

 方向を修正しながら、ゆっくりと砂漠に向かった。

 とっくに昼は過ぎているため、おそらく今夜は砂漠で一泊することになるだろう。風よけになりそうな大きいフキの葉や、額に角のある肥えた一角ウサギ、飲み水などを採取しながら進んだ。

 その後、渓谷を這う極太のヤスデの群れや、小型犬サイズの玉虫が飛んでいくのを見ながらも足を止めることなく、ついに夕方近く、砂漠にたどり着いた。

「結構時間がかかったな」

「でも、走るスピードやルートが違うだけで、こんなに違うなんてネ」

 唐突に始まった砂漠に3人は声も出せず、茫然としていた。


 地平線の先まで砂。

 空は青で、砂漠は黄色。

 世界にその2つしか色がなくなったようだ。

 徐々に空の色が変わっていくと同時に風も凪いだ。

 揺れる木々もないので、音もほとんどしない。

 砂丘に沈む夕日を皆で眺めた。


 俺とチェルは、フキの葉で簡易的なテントを張り、一角ウサギの肉を焼く。肉を脂が滴る音がやけに大きく聞こえた。

 辺りが暗くなると、空には星が輝き始める。

 疲労もあり、皆、あまり口を開かずに夕飯を食べた。


 暗くなれば森の草木が徐々に迫ってくる。初めに口を開いたのはシルビアだった。

「う、う、動いてる!」

「ああ、朝露を集めるために森が砂漠に広がるらしい。俺たちも昨日気付いた。無暗に攻撃を仕掛けてくるようなことはないと思う」

「この砂漠もマキョーさんの領地なんですよね?」

「一応、そういうことになってる。南の端には鳥人族の国があるらしい。行ったことはないけど……」

「聞いていた話と実物がこんなに違うなんて……、私の考えは狭すぎたようです」

 ジェニファーはそう言って、砂漠に寝転がった。星を見上げるのに、首が疲れたのだろう。

「よくわかった」

 ヘリーが澄んだ空を見上げて言った。

「ナニガ?」

 チェルが聞いた。

「マキョーとチェルが何事にも動じない理由さ。エルフの国もイーストケニアも、くだらない人間関係も、どうしようもない過去も、この砂漠と星空を見ているとどうでもよくなってくる」

「……わ、わ、私はこんなに小さかったんだ」

 ヘリーとシルビアも砂漠に寝転がった。

 俺とチェルが交代で火の番をすることにして、3人はそのまま寝かせることに。


 砂漠の空気が冷たかった。



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