【魔境生活6日目】
翌朝起きて、家の周りの罠を確認したところ、ワイルドボアやジビエディアがそれぞれ5頭かかっていた。木に吊るして解体したが、慣れていたので時間はそんなにかからなかった。
地面を掘って、特製の燻製器を作る。昼頃には燻製ができるかな。余った肉を焼き、朝食を摂る。
「いい加減、野菜食べなくちゃなぁ…」
身体が野菜を欲していた。
魔境には食べられそうな木の実や葉っぱなどがあるが、捕まえたフォレストラットに食べさせている。1日経って問題なさそうだった時だけ、食べることにしているが、俺がまだ魔境の植物に慣れていないからか、そもそも見つけるのが難しい。こちらを食べようとしてくる植物が多いのだ。
また、P・Jの手帳を見て、食用と書いてあったものは、とりあえず食べてみている。ただ、P・Jと腹の出来が違うのか、昨夜より腹を壊していた。煮たりしたほうがいいのかな。
「野菜が足りないなんて、実家にいた時は考えたこともなかったな」
農家は自分の家でも野菜を育てているし、近所付き合いもあったから野菜で困るということがなかった。むしろ、大量に育ちすぎて家族では食べきれないから、近所にお裾分けしに行くくらいだった。
でも、今は野菜が足りていない。手も唇もカサカサだ。栄養が足りていない。
「買いに行くしかないか」
近くの町まで行くにしても、街道まで行くのに3日、さらにまる1日かけて、ようやく軍の訓練施設にたどり着くはずだ。
訓練施設で物々交換ができれば良いのだが、できなければさらに歩くことになる。
往復で10日、いや12日ほど見ておいたほうが良いだろう。
未だ特産品はないが、燻製肉や魔石なら、かなりの量が集まっている。これを元手に、野菜の種と、当面の小麦などを買っておきたい。
今後の予定を考えていると、グリーンタイガーがこちらに近づいてくるのが見えた。こちらの視線に気づいたのか、動きを止めた。
俺はグリーンタイガーから視線を外さず斧を引き寄せる。それだけでグリーンタイガーは立ち去ってしまった。野生の魔物でも、腹の具合と戦った時に負うであろう怪我を考えて狩りをする。
「もう少し、俺も考えて行動をしたほうがいいな」
俺は自分の記憶力を夢にばかり使っているので、紙と木炭が必要だ。それに地図を書かないと、迷って魔境の奥の方まで行けない気がする。近づいてくる魔物は、概ね対処できるようになってきたが、沼の先にはまだ行けないのだ。
ワイルドベアとグリーンタイガーには、タマゴキノコかスイミン花を漬け込んだ眠り薬を投げつけ、動けなくなったところを斧で頭をかち割り、ヘイズタートルは殴って追い返すことにした。何事にも準備は大事。
午前中、水辺の近くの森を切り開き、畑を作ってみた。鍬がスライムにやられて壊れていたが、ヤシの樹液を四角く固め即席の鍬を作ったところ、これが意外に使える。
「力加減さえ間違えなければずっと使えるのかもしれないな」
そう思っていたが、石窯の近くにおいていたら刃の部分が溶けてしまった。熱には非常に弱い。十分に冷やして使うか、なにか混ぜたほうがいいだろう。
昼飯を食べて、燻製器の燻製肉を確認。いい感じの燻製肉だけ持っていくことに。カバンに荷物を詰めて、魔境の入り口の方に向けて出発。
周囲を再確認しながら、夕方前にはスイミン花の群生地まで辿り着いた。見慣れた道だからなのか、やけに早くついた気がする。
ついでなので、魔物の血をばら撒きながら、スイミン花を採取。川のそばで穴をほり、水を貯めて、スイミン花を漬け込んでおく。帰ってきた頃には、強力な睡眠薬ができていそうだ。
魔境と森を分ける川を渡る途中、スライムに遭遇したが、一時期狩りまくっていたため、あまり近くに寄ってこなかった。
「匂いを覚えているのか? スライムに鼻なんて見当たらないけど……」
川を越えて森に入っても、特に襲ってくるような魔物には遭わなかった。ワイルドベアやジビエディアなどを見かけたが、こちらからなにか仕掛けなければ、向こうもスルーだ。
「前は警戒心丸出しだったからなぁ」
こちらが警戒心を出すと、魔物にも緊張感が伝わってしまうのかもしれない。
記憶を頼りにひたすら街道へと向かった。
迷うといけないので、目立つ木に印をつけておく。
怪鳥の鳴き声がするが、すっかり慣れてしまい、「あの鳥は食えるかな?」などと考えてしまっている。
途中、ハチの魔物・ベスパホネットの巣を見つけたが、あまりに数が多かったため、脇を静かに通ってやり過ごした。
疲れない程度に、歩いてきたつもりだったが、日が沈む頃には街道が見えてきた。
「意外に早かったな」
3日かかると予定していた行程が半日で済んでしまった。着実に自分が変わってきていることを実感する。
「これなら衛兵にでもなれるかもしれない……いや、規則正しい生活なんて無理か」
テント代わりに、樹の枝や葉っぱを組んで屋根を作る。魔境と違って、森の木々は人や魔物を襲わないので安心だ。
「雨だけしのげればいい」
燻製肉を少し炙り、夕食にした。遠くで鳥の鳴き声がしたが、気にならなかった。
ジビエディアの毛皮を地面に敷いて就寝。
すでに腹の調子は戻っていた。