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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活14日目】


 魔物は匂いと音に敏感だ。

 思い返してみると、魔物や植物が襲ってくるときはたいていこちらがデカい音を立てていた。探索する際の匂いについても気にし始めたのはここ最近だ。

「砂漠に行った時も魔物が襲ってくることはあったよな?」

「アラクネ怖いヨ」

 チェルはちょっとしたトラウマになっているようだ。

「匂いを消して音をなるべく立てないように移動したら襲われないのか、という実験をしたい」

「ハァ?」

 チェルはあまりピンと来ていない様子。

「つまり体臭をなるべく森の匂いに合わせて、風が吹いているタイミングで移動すれば、魔物に気付かれないんじゃないか」

「要するに風になりたいと言っているのか?」

 ヘリーが聞いてきた。

「まぁ、そういうことだ」

「マキョー、風になるのカ!?」

「すごい男子っぽい発想ですね。まるで冒険者にあこがれる少年のようですよ」

 チェルとジェニファーはバカにしたように笑っていた。

「お、お、同じことを言っていた男は灰になった」

 シルビアは怖いことを言う。

「具体的にどういうことをするのだ?」

 ヘリーだけは「もしかしたら……?」という気持ちがあるようで、聞いてくれた。

「まずは緑の葉を身体中に塗り、汁を擦り込む。それから風を感じて魔力でその力に干渉すると……」

 両手を広げて風の力を察知。少し魔力を加えて、自分の身体に向ける。


 ボフッ!


 俺の全身が風に押され、地面が消えた。

 振り返ると、チェルたちが俺を見上げている。どうやら、空にいるらしい。

 まさか空を飛ぶ方法を開発してしまったかもしれない、と淡い期待を持った。

 次の瞬間には、心臓が浮くような感覚があり、近くの木の枝にボコボコにされながら地面に落下。腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまっていた。呼吸も苦しい。

「大丈夫カ? マキョー、ギャグにしては体張りすぎだゾ」

 チェルが駆け寄ってきて回復薬をぶっかけてくれた。

「はぁはぁ、あぶねぇ。死ぬかと思った!」

 どうにか呼吸を整えながら立ち上がると、見ていた全員が引いていた。

「いやぁ、実験失敗。風を集めたのが悪かったんだ。風向きを変えるだけでよかった」

 俺が「まいったまいった」と頭を掻いてみたが、チェル以外の女性陣は口を開けたままこちらを見ているだけ。

「そんなに飛んだ?」

「ウン、一瞬消えたかと思ったら、空にいたヨ」

 やりすぎてしまったようだ。

「でも、練習して風に紛れることができれば、匂いや音もコントロールできるから便利だと思うんだよね」

「まだ、やる気なのカ?」

「やるよ。砂漠までの地図は作りたいし」

 ヘリーは「魔法を作るとは命と等価交換というが、こういうことなのか……」と腕を組んで難しい顔をしていた。


 ひとまず、俺とチェルは隠密行動の魔法を修行するため、南の森へ向かう。ヘリーたちは入口の小川へ行くそうだ。

「今日はハズレだヨ」

 チェルは俺に付き合わされて迷惑そうだ。

「そうか?」

「皆、マキョーの能力がよくわかってないんだと思ウ」

「大した能力じゃないはずなんだけどな」

「普通だと思うなヨ」

 俺はそよ風に魔力で干渉して、進行方向へ向けて吹かせた。そんなに強く干渉したつもりはないのに、暴風になる。それでも、暴風と同じ速度で俺とチェルは移動し南へ。

「もう少し、魔力を弱めたラ?」

「そうだな。こんくらいか」

 樹上の風向きを変え、自分たちに向かって吹かせる。初めのうちは枯れ葉と埃が俺たちの耳と目に入って酷かったが、微調整をしながら風に紛れる。

 ラーミアの遺跡とゴールデンバットの洞窟をあっさり超えて、南に向かって走り続けた。


「いやはや、砂漠ってこんなに近かっタ?」

 チェルは遠くの砂嵐を見ながら聞いてきた。背後は青々とした森。目の前には砂漠。環境がガラッと変わっている。

「魔物に遭わなかったからかな」

「それにしてもちょっと早すぎるヨ」

「だよなぁ。探索してるときは一生かかっても終わらないんじゃないかと思うくらい広いけど、なにも注目しなければ魔境って案外小さいのかもしれない」

「やっぱり探索って時間がかかるんだネ」

 砂漠では風に干渉しようものなら、砂嵐になる可能性もあるので、風に紛れる練習はできない。

「森限定の魔法かぁ。それでも魔物に遭わないってのはいいよな」

「遺跡がある沼で使ってみるカ?」

「それもいいな」


 ピューイ!


 砂漠の空を鷹の魔物が飛んでいる。日は低く、昼までまだ時間があった。

「弁当食べるカ?」

「いや、まだ早いだろ。空島まで行ってみるか?」

「方向がわからないから帰ってこられないヨ」

 方位磁石になる鳥の魔物がいないと行けない。

「じゃあ、飯食う?」

「まだ、朝だヨ」

「帰るか?」

「せっかくだから、道を作っておこうヨ」

 チェルの提案で、うっそうとした森に獣道を作ることに。

 振り返れば、樹木が移動していた。地面の草もゆっくりと蠢いている。

「アレ? 来た時と変わってナイ?」

「トレントだ。草も何かの魔物だな。暖かくなって動き始めたんだろう」

 草木と一緒に小さなサソリやコガネムシの魔物が森へと逃げていく。

「砂漠の夜は寒いカラ?」

「そう。ほら、俺たちは立ち止まっているのに森と砂漠の境界線が動いてる」

 森全体が後退して、境界線に立っていたはずの俺たちは砂漠に取り残された気がした。

「ナンデ?」

「砂漠は夜と昼の温度差が激しいから、朝方に空気中の水分を集めるために広がってるんじゃない?」

「ナルホド、さっぱりワカラン」

「俺たちが見ていた森は途中から魔物だったんだ」


 ホゥアアアア!!

遠くで砂が舞い上がっている。

見れば、大きな猿の魔物がサソリの魔物の群れに喰われていた。


「逃げ遅れた森の魔物が今度は砂漠の魔物に襲われるのは当然か」

「マキョー、こんな場所をなんで買ったノ?」

「人間、自棄になるとダメだ。とりあえず、ここで道を作っても明日には変わってるな。方向がわかるうちに洞窟へ帰ろう」

「それが、イイ!」

 落ち着いて、風を読み魔力で干渉しようとした矢先、目の前の砂が噴水のように盛り上がった。砂は見る間に人の形になっていく。耳が長いエルフのようだ。誰かに似ている。

「ヘリーか?」

 俺の声で砂は溶けるように砂漠の風に吹かれて消えた。

「ヘリー!! なにかあったのかナ!?」

「急いで帰ろう!」

 俺はチェルと共に、足に魔力を込め全速力で北へと向かう。襲い掛かってくる魔物を躱し、行く手を塞ぐトレントを砕き、ひたすら洞窟を目指した。

 

 昼前には洞窟まで辿り着いたが、誰もいなかった。

「昼飯の用意もしてないなんておかしいヨ」

「入口の小川か?」

 俺とチェルは魔境の入り口へと警戒しながら進んだ。丘を登り、迷路を通り、スイミン花の花畑を迂回。ほとんど魔物や植物が攻撃してくることはなかった。


 草陰に隠れて魔境の入口に流れている小川の様子を窺うと、ジェニファーが小川の向こうで捕まっていた。正確にいうと、盛り上がった土に閉じ込められ、顔だけ出している。

ジェニファーを閉じ込めているのは農夫たちと、ボロボロのローブを着たエルフたち。「イーストケニアの農夫とエルフの奴隷かな」

俺が小声で確認すると、チェルは頷いていた。

小川のこちら側にいるヘリーとシルビアは迷惑そうに叫んでいる。

「よ、よ、要求の物は渡した! ジェ、ジェ、ジェニファーを返してくれ!」

 農夫たちの前にはシルビアが造った武器が失敗作も含めて山積みにされている。

「我々が欲しいのはこんな骨の武器ではなく、杖です! それからシルビア様が戻ってこないと人は集まらない!」

「わ、わ、私が戻ったところで、イーストケニアは変わらない! 我が『吸血鬼の一族』は魔境で潰えた! 諦めてくれ!」

「生きているではありませんか! 我々はあなた様が戻るまではここを離れませんぞ!」

 イーストケニアの農夫たちはシルビアに帰ってきてもらって、現領主に対して武装蜂起するようだ。



「シルビアが連れ去られるのカ?」

 草陰で変装中のチェルは不安そうに聞いてきた。

「本人は行きたくないみたいだけど、元領主の一族で生き残っているのはシルビアだけなんだろ?」

「マキョーはシルビアが出て行ってもいいノ?」

「え? どっちでもいいよ。好きに生きたらいいんじゃない? そもそも魔境は危険地帯だし、無理に引き留めるようなことはしないさ。ただ、領民が減っちゃうんだよなぁ」

 俺の言葉にチェルはダメ人間でも見るような目をしていた。



「だから、魔境の領主に聞いてくれ、と言っているだろう?」

 ヘリーが小川の向こうにいるエルフの奴隷たちに大声で言っている。

「いったいいつになったら来るのだ? ヘルゲンよ」

「さぁな。マキョーは我々とは違う魔法を作り出そうとしているのだ。貴様らの希望通り呼んではみたが、いつ来るかは知らん」

 ヘリーはそう言い捨てると、シルビアと小声で何か話していた。

「ヘルゲンよ。いや、我が弟子よ。そのマキョーという男が領主だろうが、我らには関係がないのだ。すでに選択肢は2つに一つじゃ。我らに協力するか、否か」

 長い髭を生やしたエルフがヘリーに問う。

「あなたが師だったのは牢にいたわずかな間だけだ。霊媒師の師弟関係はすでに切れている。それから、その選択肢だけなら、おそらく否だろう。マキョーは、他の地域にはあまり興味がない。魔境に住むというのなら、勝手にしろ。ただし、必ず家賃は取られるから覚悟しておいた方がいい」

「まがりなりにもそのマキョーとやらは領主だろう? 領地を広げようという気はないのか?」

 長い髭のエルフはさらにヘリーに質問した。

「おそらく、ない」

「ん~……では、この娘がどうなってもいいのか?」

 ジェニファーを指した。

「ああ、構わん。というか、そうやって貴様らに捕まえられているのは、そのジェニファーという娘の趣味でやっていることだ。私にもシルビアにも関係のないことだ」

「そんなことありません! 助けてください! 同じ魔境の領民ではありませんか!」

 土に埋まっているジェニファーが叫んだが、声に緊迫感がない。悲劇のヒロインや囚われの身を演じてみたかっただけだろう。

「ジェニファー、昼だから私とシルビアは帰る。マキョーが帰ってきていたら、ジェニファーがそんなあられもない姿をしていると伝えておく」

 そう言ってヘリーはシルビアと一緒に森へと歩いて行った。

「待て! 我々は諦めんぞ!」

「お待ちください! シルビア様!」

 農夫とエルフたちが叫んでいるが、ヘリーたちは止まらなかった。



「よう」

 ヘリーたちがこちらに来たので声をかけた。

「なんだ、戻ってきてたのか?」

「ああ。報せを見て、すっ飛んできたんだけど……終わった?」

「エルフの犯罪奴隷たちが私を頼ってきたんだ。おそらく霊媒師が位置を特定したのだろう。マキョーは無視して構わん」

 ヘリーは洞窟に向かいながら、話した。

「そうか。いいのか?」

 俺はシルビアに聞いた。

「わ、わ、私がイーストケニアに戻っても変わらない。ぐ、ぐ、軍は城周辺と国境線しか警備してないんだ。りょ、りょ、領主の衛兵たちはイーストケニアの各地で買収されている」

「買収って、あの果物屋か?」

「そ、そ、そう。ざ、ざ、ザムライ一家が衛兵も冒険者もどんどん買収している。それに対抗するために各地の豪商も同じように私兵を雇い始めたという話だった。そ、そ、それで金のない農夫たちがエルフの犯罪奴隷に誑かされて魔境まで来たみたい」

「すまないな。エルフの犯罪奴隷の中には政治犯の魔法使いもいれば、町を一つ崩壊させた霊媒師もいる。本人たちはイーストケニアの状況を見かねて農夫たちを救っているつもりだからどうしようもない」

 ヘリーが同族として謝っていたが、「い、い、いやぁ」とシルビアは首を振っていた。

「イーストケニアはだいぶ混乱しているみたいだネ。マキョーは協力しないノ?」

 チェルが首をかしげながら聞いてきた。

「誰に協力するんだ?」

「だ、だ、誰って……」

「イーストケニアには軍人もいれば、ザムライ一家の兵もいる。それから豪商たちの私兵、農夫とエルフの犯罪奴隷たちと勢力が多い。どこに肩入れしても混乱は広がるんじゃないか? まぁ、それだけ武器屋からすれば儲け時なんだろうけどね」

「ぶ、ぶ、武器はいらないらしい!」

 シルビアは悔しそうに叫んだ。自分が作った武器が「いらない」と言われたのだから悔しいのだろう。

「じゃあ、俺たちがやることはないな」

「ああ、その通り! エルフの犯罪奴隷など関わるだけ時間の無駄だ」

 ヘリーは自分も逃亡奴隷であることを忘れている。

「ジェニファーはどうするつもりナノ?」

 チェルが俺たち3人に聞いてきた。

「ま、ジェニファーはいいだろう。エルフの魔法使いってそんなに強いのか?」

「いや、ジェニファーの防御力が上だ。入り口付近のグリーンタイガーに恐れをなして小川を越えられなかった連中だ。どう間違ってもジェニファーが死ぬことはない」

「せ、せ、精神魔法で農夫たちを洗脳するつもりなんじゃ……」

 うちの総務が一番楽しそうだ。

「彼らが魔境の領民になってくれるならいいのにな」

「どこに住むノ? 私たちの洞窟は一杯だヨ」

「じゃあ、ゴールデンバットの洞窟?」

「一晩で死体の山ができるぞ」

 ヘリーが俺の案を切って捨てた。

「魔境の前に訓練施設で訓練すればいいんだよ」

「その軍が一歩も魔境に入ってきてないのニ?」

「大丈夫。初めは皆、弱かったんだから」

「追放でもされないと、こんなところに来ないヨ」

 そう言われると、確かに今魔境に住んでいるのは他に居場所のない連中ばかり。

「出ていくとしたら、更生して社会復帰できるようになってからか。皆、早く社会復帰できるようになれよ」

「ダイジョーブ。まだその予定はナイ」

「マキョーの面倒もみないといけないしな」

「そ、そ、それが一番大変」


 ジェニファーは夕方ごろ、泥だらけで洞窟に戻ってきた。農夫とエルフの犯罪奴隷たちは魔法で小屋を建てて森に住み始めたらしい。

「私は人質としての価値もないと言われ、恥ずかしながら帰ってきました!」

「ジェニファーに羞恥心が残っていてよかった。それより森に小屋が建ったことの方が気になるな」

「追い出して交易小屋にしてしまえばいいのだ」

「あ、あ、あの森の魔物も結構強い。か、か、勝手に出ていく」

「夕飯できたヨー」

 チェルが全員を呼ぶ声がする。今日は肉と野菜がたっぷり入ったスープのようだ。チェルが魔物の骨から出汁を取っていたので、香りが洞窟まで漂ってきた。

「いい匂いだ。匂いと言えば、今日作った風魔法がちょっといいかもしれない。砂漠までほとんど魔物に遭わなかったんだよ。なぁ、チェル?」

「ウン、砂漠って結構近いカモ」

 そう言ったが、他の3人は信じていないらしい。

 明日にでも、砂漠へピクニックに行った方がいいな。



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