【探索生活12日目】
早朝、川に仕掛けていた罠を見に行くと、大型ナマズの魔物が2匹入っていた。
昨日はジェニファーが焼けたため、それどころではなかったので罠が破壊されていないか心配していたが、補強しておいて正解だった。
朝飯は大ナマズの香草焼き。
「ちょっと野性味のある味だけど美味いな」
「ワニ肉じゃないのがウレシイッ!」
チェルも大喜びだ。
「私の髪がチリチリになってまで仕掛けた罠です! 皆さん、しっかり味わってください!」
ジェニファーの目の周りは赤い。
「おお、でかした、でかした!」
「な、な、ナイスファイト!」
チリチリになった髪には椿のような香りの良い花の種から採ったという油を塗っている。ジェニファーの頭の周りにはハエが集っているが「致し方ない」と言っていた。
「あ、コートもできたぞ。ただ、重いんだ。マキョー、ちょっと着てみてくれ」
ヘリーは袖がないワニ革のコートを渡してきた。手触りとしてはカチカチに固く、本当に着られるのか怪しかったが、腕力を使って羽織ってみた。
「まるで着ている感覚がない。檻に入れられているような気分だ。動いていれば柔らかくなるのか?」
「ロ、ロ、ロッククロコダイルがそもそも固いから、裁断も2人で苦労した。は、は、針も自作しないといけなかったんだ」
「袖がないのは固すぎるからなんだ。もっとちゃんとした薬品に長時間、浸ける必要があるかもしれん」
「そうか。まぁ、そんな急がなくてもいい。薬品はいろいろと試してみよう。あの沼地に棲む魔物はどうやって対処しているのか観察しに行ってみるよ」
「ああ、頼む。あ、いや……まぁ、いいか」
「どうかしたか? ヘリー」
「自分がまたしてもタダ働きをしてるからさ。どうにもマキョーにペースを握られている」
「どうせ魔境で他にやることないヨ」
チェルがヘリーの肩を叩いた。
「それでもさ。こちらばかりが損をしているような気がする。マキョー、労働の対価として私の呪いを解く方法を探してくれ」
ヘリーの全身には呪いを封じ込めるタトゥーが入っていて、その影響で魔法を使えない。
「呪いを封じ込めているんじゃないのか?」
「魔族もいれば、魔法を生み出す奇人もいるというのに、呪いのせいで全然研究ができない。魔法などなくてもどうにかなるが、こう毎日のように魔法の可能性を見せられるとね。疼いてくるのさ」
ヘリーがマッドサイエンティストのような笑みを浮かべた。
「フフン。ムリムリ」
チェルが半笑いでバッサリと切った。
「チェル、なにがムリなんだ?」
「ヘリーの呪いはココロの呪い。マキョーには解けないヨ」
「心の、だって……!? この私が!? 考えてもみなかったな……」
チェルに言われ、ヘリーも驚きを隠せないようだった。
「マキョー、夕方になったら組手しヨウ。皆デ」
「いいけど、なんか意味があるのか?」
「アルアル!」
「私からもお願いします! もう、こんな髪型になるのは嫌ですから!」
ジェニファーもやる気になっている。
「俺は別に武術の修行をしたわけじゃないぞ。なんとなくでやってるんだからな」
「それがイイ。難しいのはチョット」
チェルがそう言うと、横でシルビアも「フンス」と鼻息荒く頷いていた。
「わかった。で、今日はチェルとシルビアが探索へ一緒に行くのか?」
探索へ行くための弁当を用意しているのはチェルとシルビアだけ。ヘリーはこれから睡眠。ジェニファーは髪に塗る油探し。
「変な植物を採ってかぶれないようにな」
ちょっと期待しながら言っておいた。
「わかってますよ」
昨晩、ゴールデンバットの血をシルビアに渡した。
「み、み、南に大きい洞窟がある」
羊皮紙に描いてくれた地図はわかりづらかったが、記号などを説明されると、納得できた。「ま、ま、魔物の頭になるから地図を描くのが難しかった」とのこと。
「よし。じゃあ、先に洞窟まで行ってから、沼地の魔物を観察しよう」
「リョーカイ!」
シルビアも大きく頷いていた。
移動は俺とチェルがシルビアを挟んで、進む。
3人の手には魔物の骨で作った鉈。襲い掛かってくる植物や魔物にはだいたい対処できる。
「そういえば、なんでチェルはヘリーが心の呪いだって気付いたんだ?」
蔓を切りながら聞いた。
「だって、沼地のヒルで魔力切れ起こしてたカラ。それに、ロッククロコダイルの革もコートにしてたヨネ?」
チェルがシルビアに聞いた。
「い、い、いや、固くて細かい作業はできなかった」
「これが裁断に苦労したっていう革でショ?」
チェルが小さいワニ革を取り出して見せた。
「ど、ど、どうしてそれを持ってきたの?」
「小物入れにいいかと思って拾っておいたんだヨ。マキョー、触ってみて」
小さいワニ革はコートと同じように固い。
「コートと変わらないぞ」
「魔力を込めてみテ」
今度はグニャリと曲がった。
「あ、そうか。ロッククロコダイルは魔力を込めた攻撃に弱かったな」
「たぶん、ヘリーは自分でも気づかないうちに魔力を使ってるんだヨ。そうじゃないとコートは作れナーイ」
「つまり、魔力を使っているのに、本人は魔法が使えないと思ってると?」
「そういうコト!」
「ま、ま、魔力と魔法って同じなのか?」
「エッ!? 違うノ?」
シルビアが言うには魔法とは魔の法則に従い、系統別の体系と術式を学んだうえで現象を起こすことなのだそうだ。
「難しいこと言うなよ。わっかんねぇよ」
「魔族じゃ魔力を使えば魔法だヨ」
「エルフも根本的に魔法に対する概念が違うのかもしれないな」
「エ~、ヘリーに悪いこと言っちゃったナァ~」
チェルはそう言って鉈を振り回し、ムカデの魔物に八つ当たりをしていた。
ゴールデンバットの住処だった大きい洞窟は遺跡から、真南へ2時間ほど進んだところにあった。 洞窟の入り口は大きく、両手を広げた大人でも4人は通れる大きさだ。
草木が生い茂るなか、ぽっかりと空いたその大穴からはゴールデンバットの群れがひっきりなしに飛び交っている。
「入るノ?」
「大きさだけでも知っておきたいからな。いずれここが拠点になるかもしれないし」
俺はチェルに魔法の火の玉で洞窟の奥まで照らしてくれるよう頼んだ。
「じゃ、いつでもゴールデンバットを殺せるようにしておいてネ」
チェルに言われ、俺は魔力を練って鉈に込めた。魔物の骨は魔力の伝導率がいいため、白く発光し始める。
チェルは「ヨシ」と頷いて、洞窟に向かって火の玉を放った。
キャキャキャキャキャ!
ゴールデンバットの群れが警戒音を出して、騒ぎ始めた。
俺たちが潜んでいる藪に飛んできたので鉈で一刀両断。それが合図だったかのように、洞窟から数百のゴールデンバットが出てきてどこかへと飛び去って行った。
「中に入りやすくなったな」
洞窟の入り口にはヘビの魔物も地面を這っていたが、敵意はなく素通り。中は下に向かって坂になっていて、ごつごつとした岩が多い。
「火山の跡カ?」
「チェル、よくそんなことわかるな」
「なんとなく、それっぽいデショ?」
シルビアは「そ、そ、そうかもしれない」と落ちていた石を掴んで言っていた。
チェルが指先に火を灯しながら暗い洞窟の中を進む。
ゴールデンバットの糞の臭いが酷く、3人とも口元を布で覆った。洞窟は緩やかにカーブしながら下り坂になっている。いくつか横穴が空いていて、ゴールデンバットやヘビの魔物の巣になっているようだ。
「これ以上は進めないカ」
最奥は地下水が溜まっていて、潜らないと先へは進めない。
「坂もきつくないし、避難所としてはいいかもな」
「ひ、ひ、避難所?」
「この前、巨大魔獣が現れたときは、今俺たちが住居にしている洞窟が崩壊したんだ。言っただろ?」
「次は砂漠まで逃げヨウ!」
「砂漠でテント生活か。その方が確実かもな。いや、その前にお前らは魔境から出て行った方がいいぞ」
「ほ、ほ、捕獲して乗り込むのはまだ無理なのか?」
「今の段階じゃ、まず無理だ」
「ムリムリ!」
早めに逃げる準備をしなくては。探索もいいけど、砂漠までの逃走ルートを急ぐか。
ズリズリズリ。
話していたら、無数の小さい蛇が地下水から這い出てきた。
飛び掛かってくる蛇の首を鉈で切り落としていくが、切りがなくなってくる。しかも口を開けて、なにか液体を飛ばしてきた。毒蛇か。
「撤退! とりあえず外に出よう」
いつの間にか泥だらけになって洞窟から出た。蛇が襲ってくることはなくなったが、革の鎧には蛇の血か飛ばしてきた毒か赤い液体がべっとりとついていた。
川まで戻って着ているものを洗い、ラーミアの遺跡にて昼休憩。昼食の弁当を食べて、交代で昼寝。日頃、夜遅くまで起きているシルビアはぐっすり寝ていた。
「気付かない敵対策をしておかないとな。チェルならどうする?」
寝ているシルビアの横で俺たちは作戦会議。
「気付かないには気付かないで対応するカナ」
「擬態か。それはあり得るな。P・Jの手帳にもマングローブ・ニセという木の魔物がいるって書いてあったし。でも、ヒルとか蚊は匂いとか吐き出してる二酸化炭素で寄ってくるんだよな?」
「そうナノ? じゃあ、泥でも塗る?」
「せっかく洗濯したばかりなのにか……でも、そうするしかないか」
俺とチェルは自分たちの身体に泥を塗り始めた。単純に小さい生き物の口は小さいので、泥の厚みがあればある程度は攻撃を防げるはずだ。さらに木の葉をちぎって泥に張り付ける。遠くから見れば茶色と緑色なら擬態しているように見えるだろう。
「あんまり直線的に塗らない方がいいかもしれない。自然な感じの方がいい」
チェルに隠れてもらいながら、試行錯誤していく。
起きたシルビアは「な、な、なにをやってる!?」と驚いていたが、説明したら納得して同じように泥と葉を自分の身体に付けていった。
どうにか俺たちなりの擬態を施し、先日行った沼地へと向かう。
「今回は沼地の魔物の観察だ。俺たちの住んでいる洞窟の近くにも沼があるけど植生も違えば、魔物の攻撃性も違う。注意しよう」
「ラジャー!」
「わ、わ、わかった」
植物や魔物が迫ってくれば、なるべく木の陰や草むらなどに隠れながら移動。ただ、慣れていないので、すぐに見つかってしまう。
骨の鉈を使い、最短、最速で処理しながら進んだ。返り血を浴びないようにするのが難しかった。
「暗殺者って大変な仕事だったんだな。寝ている要人を殺せばいいかと思ってたけど」
「楽な仕事はないネ」
この前まで貴族だったシルビアは「の、の、呑気か」とつぶやいていた。
沼地にたどり着くと、なにも知らない2人が、沈みすぎる地面を踏んで「なんだコレ」と俺を見た。
「ここから沼だ。地面の下に水が流れてると思ってくれ。ここら辺で隠れよう」
大きな木の下に鳥の巣の跡があったので、観察小屋に使わせてもらった。匂いでバレてしまうのか、大人の体重よりも重そうなスッポンの魔物が攻撃を仕掛けてきた。鉈で反撃すると、首を引っ込めて籠城し始めた。
「チェル、食う?」
「いや、殺したらすぐ食べないと亀は臭くなるカラ」
よくわからないが、スッポンの魔物を食べるのは難しいらしい。誰かがムラムラしても困るので、とっとと退いてもらおう。
「観察の邪魔だ!」
魔力を込めて蹴り飛ばした。マングローブ・ニセという木の魔物の群生地まで飛んでいき、急に騒がしくなった。
縞々模様のアラクネたちが出てきて家ほどもあるヤドカリと戦ったり、目の前の木だと思っていたものが鳥へと変化し飛んで行ったり、大きなタガメの鎌が沈む地面から出てきて逃げ惑うフィールドボアを水中に引きずりこんだりと一斉に魔物たちが動き始めた。
「マキョー、ヒル!」
チェルが俺の首筋にいたヒルを魔法で焼いた。一瞬熱かったが、血を吸われることはなかった。
ほっとしたのも束の間、木に擬態していた鳥が風魔法を放ち、辺り一帯の木々が揺れると、ボトボトボトボトと音を立てて、無数のヒルが落ちてきた。
「うおぉおお!」
「ウギャー!」
「ひ、ひ、ひえぇぇええ!」
とにかく数が多かったので、チェルに全身を焼いてもらい、回復薬を浴びるようにかけた。
「ちょっと今日の観察は諦めるか」
俺の提案に2人は大きく頷いた。3人とも、髪の毛先はチリチリだ。
去り際にもう一度、マングローブ・ニセの群生地を見ると、ジビエディアが蚊の魔物に襲われ、ゆっくりと倒れていくところだった。
「や、や、やはり魔境は危険だ」
シルビアの言う通り、魔境の奥地は危険だ。森の中を通過するだけなら、そこまで危険とは思わなかったが、それは偶々運が良かっただけなのかもしれない。
「砂漠に行くにはある程度、魔物から逃げ去るスピードが必要なのかもな」
移動スピードによってどうにか振り切っていただけで、何度も死に目に遭っていたかもしれないと思うとゾッとした。
夕方、住処の洞窟に戻り全員で組手をしながら、魔物との対峙の仕方を確認。対人の駆け引きよりも一撃で魔物をいかに葬り去るかに重点を置いて訓練していった。
魔物の特性や牙や爪など武器として使われる個所を確認し、動かない部分へ確実に攻撃を当てていく方法などを探っていく。
「ヘリー、魔力は使えるのか?」
「いや、魔力自体が扱えないはずだ」
そう言いながらヘリーはタトゥーを見せてきた。
「でも、魔力切れを起こしてたヨ」
「そっ! そう言われてみれば、そうだな」
ヘリーはそう言って、呪文を唱え両手から魔法を放とうとしたが、なにも出なかった。
「やはり呪われているのだ」
「いや、魔力は出てたから、たぶん術式の概念で捉えすぎてるだけだと思うヨ」
「入口の小川でスライムと戦ってみるか?」
提案した俺の顔をヘリーが見た。
「いや、あのスライムならそんなに強くはないしさ。何度も魔力切れを起こしながら、自分の身体の中にある魔力を確認していけばいいかと思って」
「なるほど、やってみる価値はある」
「ま、ま、マキョーとチェルの魔法は無法者の魔法だ」
唐突にシルビアが語り始めた。
「じ、じ、自分の中の魔力を動かして自然に魔法を使ってる。じゅ、じゅ、術式や詠唱の類は精霊の力を借りる魔法使いの魔法で、ヘリーの身体に刻まれた魔法陣とは違う」
「そうか。私の呪いは思い込みかもしれんな。ありがとう、シルビア」
「い、い、いいって。寝る!」
シルビアは組手を終えて、とっとと寝た。
「なんかぁ、皆さん、髪の毛もチリチリになって冒険者のパーティーになってきましたね!」
ジェニファーは熱っぽく言っていたが、俺もチェルも焦げた毛先はその夜の内にヘリーに散髪してもらった。