【探索生活11日目】
「おはよう。マキョーは大丈夫だったか?」
青い顔のヘリーが聞いてきた。
「なにがあったんだ?」
「魔境のヒルにやられた。いや、それよりマキョーもその腕!」
俺の腕にはダニに食われたような痕がびっしりできている。魔境でダニに食われるのは日常茶飯事だが、ちょっと食われすぎだ。なにより痒い。
「ヘリーさんは魔力食いのヒル、マキョーさんはダニにやられたようですね。2人とも昨日はどこまで行ってたんです?」
ジェニファーが聞いてきた。
「村の跡地だ。1000年前のね」
「あそこを探索するには防虫剤が必要か」
「水辺だから、防虫剤も流されるさ」
ヘリーと俺は食われた痕を掻き毟りたい衝動を抑えながら、回復薬を患部に塗った。
「気付かない敵カー」
チェルはのんきにサンドイッチを作っている。
その隣でシルビアが骨の剣を研いでいた。ヤシの樹液を塗って固めてはいるが、柔らかいので何度も刃こぼれするらしい。
「暑いからって肌を出しすぎたようだね。シルビア、適当な革をくれないかい?」
ヘリーがシルビアに声をかけた。
「なにか作るのか?」
「沼地用のコートを作れないかと思って。布も必要になってくるから、交易の時に布も頼む」
「わかった。そういえば交易用の小屋を作るんだよな。スイミン花の花壇はどうだった?」
スイミン花を植えに行った3人に聞いた。
「全然、マダマダ」
「こ、こ、小屋の建設は遅れている」
「予定地の看板だけで、木を切り倒すことすらままならないみたいです。一応、スイミン花を植えてきましたけどね」
軍と現イーストケニアとの話し合いが長引いているのかもしれない。
「そうか、政治のことはよくわからないから、こっちはこっちで変わらずやっていこう」
「ヨーシ! じゃあ、今日は探索に出かけるゾー!」
チェルがやる気になっている。
「今日は沼地に行かないぞ」
「エ~!」
「対策のコートが出来てから行こう。代わりに砂漠へのルートの確認と魔物の狩猟だ。鳥人族との交易路も計画のうちだ」
「魔物の狩猟って、なにかするんですか? 」
ジェニファーが聞いてきた。
「ほら、ラーミアの血を飲んだシルビアが、ラーミアの記憶を辿ったことがあっただろ。他の魔物でもできるのかと思ってさ」
コート用に魔物の革を選んでいたシルビアが振り返った。
「で、で、できるけど、万能じゃないよ。い、い、一日に何回もできる能力はないし」
「そうなのか。でも、探索には重要な能力なんだけどな。無理しない程度に協力してくれないか」
「ま、ま、まぁ、いいけど」
シルビアは急に動きが早くなり、ヘリーの前に魔物の革を積み上げていた。
「シルビア、こんなにいらないよ」
とりあえず、夜の見張りをしていたシルビアはヘリーの手伝いをしてから休み。
俺とチェル、ジェニファーが探索に出かけることに。
「探索に出かけるのはいいですけど、朝のうちにナマズの魔物を獲る仕掛けを作っておきましょう」
ジェニファーはワニ肉ばかりの生活に飽きていた。
「いいネ!」
ジェニファーはヤシの樹液で作ったスコップと真ん中だけ空いた編み笠のようなものを渡してきた。
「これが罠になるのか?」
「ええ、魔境の魔物はただでさえ力が強いですから。普通の網かごでは獲れないと思って地面を直接使うことにします」
ちょっと何を言ってるのかわからないけど、ジェニファーには考えがあるようだ。
ひとまず、3人で南のロッククロコダイルの川へと向かった。
「川の脇に穴を掘ってください。魚の魔物が飛び越えられるくらい離して掘っていただければいいですから」
「なるほど、地面に掘った穴に向かって魚は入ってしまうけど、出られないというわけか。この破れた編み笠は入口に置いて、出られないようにするんだな」
「そういうことです。巨大な仕掛けを作るより簡単でしょう」
「確かニ!」
仕掛けがわかれば、あとは穴を掘る作業だけ。さんざん落とし穴も作ったので、慣れたものだ。穴の中にワニ肉と血を入れて臭いでおびき寄せるという。
ナマズの魔物が壁を壊すかもしれないので、川の底にある石で補強しておいた。
何度かロッククロコダイルが様子を見に来たが、ジェニファーに相手させてこちらは作業を進めた。
「固いです! 全然、攻撃が通らないじゃないですか!」
ジェニファーはロッククロコダイルの攻撃を上手く防いでいたものの、反撃はできていないようだった。
「拳に魔力を込めて殴るんだよ」
「足でもいいんだヨ~」
俺とチェルが対抗策を教えたが、「全然、ダメです! 効きやしません!」と嘆いていた。
「下手だナァ~」
「拳を当てるタイミングで、ロッククロコダイルの内部に魔力を放つ感じでやってみれば?」
俺とチェルは作業しながら、口だけ出していたのだが、結局ジェニファーは一度も効果的な攻撃を当てられず、ロッククロコダイルは逃げて行った。
「追い返しました!」
「ああ、見てたよ」
「修行が必要だナ! 守ってばかりジャ、生き残れナーイ」
チェルの言う通りなので、なるべく出てきた魔物はジェニファーに相手させることに。
「この前は相手するなって言ってたじゃないですかぁ!」
「この前は木材の採取が目的だったからな。今日は探索だし、今後の足手まといにならないようにしてもらわないと俺たちが困る」
「ここら辺の魔物は強いんですよ。私だけの力じゃ、倒すのは無理です。チームプレイをしていきましょう!」
「いつでもチームでプレイできるわけじゃないから。ほら、ゴールデンバットが空から狙ってきてるぞ」
俺が注意すると、ジェニファーは魔法で防御障壁を張り、空からの攻撃を防いでいた。
「反撃しないと、ずっと攻撃されるぞー」
ジェニファーはメイスで反撃するも、ゴールデンバットに躱されていた。腰が引けているから魔物にも舐められているのだ。魔境は生息域によって、魔物の強さも変わる。南側は多少、強めなのかもしれない。アラクネも強かった。
「これは時間かかるかもネ」
シルビアに持っていく魔物の血も欲しいので、チェルが風魔法でゴールデンバットを地面にたたきつけていた。
「やっぱり一人では無理ですよ」
ジェニファーは不満そうだ。
「魔境で生きていくにはチームプレイも必要だけどさ、こっちからすれば他人に頼っている奴をいちいちカバーしないといけなくなるだろ? そうすると誰かの作業が止まるんだ」
「お荷物ってことですか?」
「そういうことだな。正直、あの程度の魔物は単独で倒してもらわないと困る。魔法も使い方次第だ。正攻法の使い方だけじゃ魔境ではやっていけない。少し、考えてみてくれ」
「守るのは上手いんだから、大丈夫だヨ」
珍しくチェルにまでフォローされて、ジェニファーは渋い顔をしていた。
「さ、ゴールデンバットの血はタンブラーに入れて、先へ急ごう」
ヘリーが造ったコップに血を入れて、フキの葉で蓋をしてヤシの樹液で固定する。
「空からの記憶があれば、魔境の地図も埋めていけそうだな」
まだまだ魔境の地図の空白地帯は多い。
「マキョーが空飛べばいいんダヨ」
「無理言うなよ」
「でも、島だって空に浮いてるんだから、マキョーなら浮遊魔法くらい思いつきそうだけどネ~」
言われてみればそうかもしれないが、まったく空を飛ぶイメージはできないし、手をばたつかせたところで飛べるはずもない。
「足から風魔法を放てバ?」
やってみたが、何度も前宙するだけで目が回ってしまった。藪の中から出てきた俺を2人は笑っていた。
ラーミアがいた遺跡から、さらに南へと向かう。
道なき道をシルビアが作ってくれた骨の剣で葉や枝を切り落としながら進む。途中で現れた魔物はジェニファーに対処させた。
相変わらず防戦一方だったが、チェルの「魔物の動きを封じるように防御障壁を張れば、攻撃も当たるのニ」という一言で一気にコツを掴んだ。魔物の逃げ道を魔法で塞いだ上で、メイスでぶん殴るという戦法が魔境の魔物にハマったのだ。一度倒してしまえば、自信がついたのかビビることもなくなった。
「私、やれそうです!」
「ただのバカじゃなかったネ」
チェルはジェニファーをなんだと思ってたんだ。
「でも、ここら辺の魔物にも対応できるようになったな」
「はい! 気持ちの持ちようでした」
ジェニファーは白い歯を見せて笑った。
ただ、その余裕も火吹きトカゲという口から炎の息を吐く魔物が現れるまでだった。
「次はあの黒いトカゲですね! 大きいからって容赦しませんよー!」
そう言って、火吹きトカゲの行く手に防御障壁を展開。逃げ道を塞いだかに見えたジェニファーだったが、火吹きトカゲは大きく口を開け、炎を吐いた。炎は防御障壁にぶつかり、勢いそのままにジェニファーに襲い掛かる。
さすがに俺とチェルも助太刀に入り、火吹きトカゲの口を凍らせ叩きのめしたが、ジェニファーは黒焦げ。
「息してるカ?」
チェルの呼びかけにも応じない。とりあえず、顔面に向けて回復薬をかけた。
「っはぁ~!」
ジェニファーは目の玉が飛び出しそうになるくらい開けて、息を吸った。酸欠になっていたようだ。
「死ぬかと思いましたよ!」
「よかった。生きてたか」
「ブフッ!」
チェルが笑いをかみ殺した。
ジェニファーの髪はウェーブがかかり、着ていた服は黒焦げで所々穴が空き、顔は真っ黒。見るも無残な姿に変わっていた。
「チェル、笑うのは後にして火傷の治療が先だ」
「わかってるケド!」
チェルは布に回復薬をしみこませ、ジェニファーの赤くなっている患部に押し当てた。
「え!? 服がボロボロじゃないですか! 僧侶の服は一着しかないんですよ! あれ? 髪がチリチリに!?」
動揺を隠せないジェニファーを担ぎ上げ、俺たちは一旦、ロッククロコダイルの川まで戻ることに。川でジェニファーを冷やし、落ち着かせる。
「私、バカみたいになってませんか?」
「生きているとそういうこともあるヨ」
「不思議と印象は変わらない。大丈夫だ」
このままジェニファーと一緒に探索をしていると気になるので、洞窟へと帰る。
「ジェニファー、どうした? バカみたいだぞ」
コートを縫っていたヘリーがジェニファーを見て驚いていた。
「ヘリーさん! やっぱり!?」
この後、新しい髪が生えてくるまで、ジェニファーはいろいろな油を髪に塗ることになった。