【探索生活9日目】
洞窟の中はなかなか換気できないため、結構蒸し暑い。ヘリーたちは風魔法の魔法陣なんかで風を送りこんでいるらしいが、俺の部屋は唯一の男部屋で、魔法陣を描いていなかった。
寝苦しさで夜中に起きてしまい、涼もうと外に出ると、焚火の番をしているヘリーが立って東の空を見ていた。その横にはチェルの姿もある。朝型のチェルが夜中に起きているなんて珍しい。
「ずいぶんな奴に呪われたもんだね。チェル」
「呪っているのは今の魔王だよ。先代の魔王が呼んでるんだ。困ったな」
どうやら二人には東の空に何かが見えているらしい。俺には星空しか見えないが。いや、それよりもチェルはヘリーとは流暢に話すんだな。
「いいじゃないか。魔力の消費量が半分になるなんて世界中の魔法使いが欲しい能力だよ」
「周りから奪っているんだから複雑だよ。ちょっとしたスライムがいると思ったら嫌でしょ?」
「ここの連中なら大丈夫だ。魔力が少ないのはシルビアくらいだろ? 大丈夫、あの娘は回復力も早いから。吸血鬼の一族の特性だろうね」
「そう言われてもね」
「試してみたのかい?」
「まぁね」
チェルはそう言って地面に手をついた。
「フン!」
と掛け声をかけてなにか魔力を放ったようだが、特に何も起きない。
「これでもマキョーみたいなことはできないよ」
「人には向き不向きがあるからね。もっと有効な使い道があるさ。そのために先代の魔王が呼んでいるんだろ?」
「たぶんメイジュ王国が危機なんだと思う。だから帰って来いって」
「帰るのか?」
俺としてもチェルが帰るのは賛成だが、少し寂しくはある。
「いや、今さら帰れないよ。帰ったってどうすればいいかわからないしね。まったく、こっちの事情も知らないで、死んだ人は勝手だよ」
「確かにそうかもしれん。まぁ、国が亡びても魔族は生き残るさ。無理だけするなよ」
「無謀なことはしないよ。海だって渡れるほど風魔法もうまくないし」
「いや、そうじゃなくて自分の気持ちに嘘をつき続けていると、いつの間にか取り返しのつかないことになっていることがある。自分を認めるのも強さだ」
「そうかもね。マキョーには内緒にしておいてね。怖がるから」
「……ああ、わかった」
そう言ってチェルが振り返って洞窟に向かってきたので、思わず俺は自分の部屋に駆け込んだ。なぜか盗み聞きしていたことをバレてはいけないような気がした。
朝方起きると、いつもと同じようにチェルはパンを熱心に焼いていた。
「おはヨ」
「おえーっす」
呪いについては聞かないことにした。言いたくなったら自分から言うだろう。
「今日は入口の小川周辺の魔物を駆除しに行きませんか?」
ジェニファーが提案してきた。
「こ、こ、小屋を作るなら、スイミン花を根から採取して植えなおしてもいいんじゃないかって」
シルビアも俺と同じようなことを考えていたらしい。
「私は昼まで寝ることにする。焚火の明かりでチェルに腕輪を作っていたら疲れたのだ」
「ヘリーにもらったヨ。これで呪いは聞こえナーイ」
そう言ってチェルは瑪瑙と革で作った腕輪を見せてくれた。確かに魔法陣が描かれていて呪術に効きそうだ。
「聞こえないって、なにか聞こえていたんですか?」
ジェニファーがチェルに聞いていた。
「エッ!? ジェニファーの鼾とカ?」
「私の鼾は呪いじゃありません! いや、そもそも私は鼾なんてかきません!」
「そ、そ、それは無理があるような……」
シルビアが真顔で言った。
「ええっ!? 私、そんなに寝息が大きいですか?」
「あれは寝息などという生易しいものではない。本当に部屋を分けてくれたことに感謝だ」
ヘリーがそう言うと、チェルとシルビアも大きく頷いていた。
「そんな……」
「とりあえず、午前中はスイミン花を採取しやすいように草刈りと危険な魔物の駆除だな。小屋の位置はザムライフルーツカンパニーと軍が決めるだろうから、俺たちの仕事はそれからだ」
そんな風にチェルの呪いについてはあやふやなまま、朝飯兼ミーティングは終わっていった。
予定通り午前中は草刈りと魔物の駆除をして過ごした。入り口付近の魔物は俺たちを認識しているため、ほとんど襲わなくなってきている。
丘の上に描いた爆発の魔法陣は引っかかる魔物が多いようなので、緊急時以外には使わないようにした。あとは、タマゴキノコやオジギ草など危険な植物を採取していく。
「これでは、まるで魔物保護団体ではありませんか?」
「確かに、罠を外して危険な植物を排除しているから、そういうことになるのか。でも、まぁ、ここら辺にいる魔物がいくら増えたところで、問題はないさ。それより、魔境の奥にいる怪物みたいな魔物たちと戦えるように、少しは強くならないと」
「マキョー、まだ強くなるつもりナノカ?」
「だって、全然、魔境を回れてないんだぞ。南の砂漠にも行かないといけないだろうし、北の山脈の方にも行かないといけない。ほら、空飛ぶ島や古井戸の下に地底湖だってあったしさ」
「い、い、生き延びないと!」
シルビアは毒蛇の魔物を叩き殺しながら言った。小さい魔物ならハンマーをぶん回して倒せるようになっている。
小川の向こうには、まだ軍もザムライフルーツカンパニーの商人たちも来ていない。そういえば、外の森を進むのに普通は時間がかかるんだったな。
「今日は来ないだろう。揉めてるのかもしれないし」
昼休憩の後、シルビアがヘリーと交代するように寝た。
「今日は4人で遺跡の発掘に行こう。やることはないだろ?」
「うむ。まだ壺も皿も乾燥させている。手伝ってやるか」
ヘリーの壺づくりはまだ時間がかかるそうだ。
「久しぶりに戦闘ですかね。そういえば、盾を作ってもらったんですよ。うふふ、これで誰にも攻撃は通しませんよ」
そう言ってジェニファーは魔物の骨で作った盾を自慢した。
「まぁ、発掘は任せてもらおう! なにせ死者の声を聞ける私にかかれば、遺跡の発掘なんて容易だ」
「神殿のことなら私の方が詳しいでしょう。祈りの場は独特な空気が流れているものです」
胸を張っていたヘリーもジェニファーも南の川を渡る頃には疲れていた。
2人とも、魔物や植物が襲ってきたらいちいち構っているので移動速度が遅い。
「食料の備蓄も充分なんだから無視して行こうぜ」
「早く行くヨー」
俺とチェルはとっとと川を渡って先へと進む。
「待ってくれ! 私の足を何かが噛んでるんだ!」
「私の足下にもなにかヌメヌメしたのがいます! ウギャァア~~!!」
チェルが川に水柱を立たせ、2人を救出していた。ヘリーの足をナマズの魔物が咥えていたが、そんなに大きくはない。
「2人とも、慎重になるのはいいことだけど、俺たちがルートを確保してるんだ。大丈夫だから心配するなよ」
「少し、信用してヨー」
チェルはずぶ濡れの2人を風魔法で乾燥させていた。
ラーミアが通った道を使い遺跡へと向かう。
「ここかぁ」
「確かに、ここは他の森よりも静かですね」
ジェニファーが言うように、インプの鳴き声も聞こえず、静かだった。
「始めよう」
さっそく昨日、見つけた人骨を発掘していく。
「霊の声は聞こえないね」
ヘリーが周囲を見ながら頭部の骨を掘る。崩れないように小さいスコップで掘っているのだが、手際がいい。もしかしたら、やったことがあるのかな。
「しっかり成仏したんでしょう。神殿の近くにある墓地ですから」
ジェニファーは頭部の周りの土を掘っていく。副葬品としてネックレスや銀貨が出てくると、しっかり紙に書き留めていた。
「あれ? 合同墓地だったのか? 結構、埋まってるぞ」
俺がソナーのように地面に向かって小さい魔力を放って調べると、大量の人骨があることがわかった。しかも一体一体が棺に入っているわけではなく、まとめて穴に入れられているような配置だ。
「マキョー、人骨は怖くないのカ?」
「人骨は怖くないよ。霊とか実体がないのが意味わからんっていうだけだ」
チェルは「フーン」と言いながら、指先に土を集めて掘り進めている。魔法なので土だけを取り除けるらしく、作業は非常に速い。
「器用だな」
「このくらいマキョーもできるダロ?」
「そんな繊細な作業はできないよ」
そう言いつつも挑戦してみると、チェルほどはうまくないが手で掘るよりは速く掘れた。
「なんというか、チェルとマキョーがいると発掘というよりも土木工事に近いのではないか?」
ヘリーがうらやましそうに言った。
「ヘリーもできるヨ」
チェルにそそのかされてヘリーが魔力で土を掘っていたが、表面だけしか削れていなかった。
「エルフとして自信をなくしてしまうから、私はスコップで掘ることにする」
その様子を見ていたジェニファーは試そうともしなかった。
「土魔法は苦手なんです。物体として飛んでくるので、防御するときに迷ってしまって。使うのも特性がないので苦手です」
自分のできることを知っているのだろう。
「もしかしてエスティニアでは未だに魔法の特性という概念を使っているのか?」
「簡単な魔法は冒険者ギルドや学校なんかでも習いますよ。ただ、エルフと違って人族はそんなに魔力がありませんし、寿命も短いので、一つの魔法に絞ったほうが成長しやすいんですよ。何種類も魔法を使うのは才能がある者たちだけです」
ヘリーの質問に、ジェニファーが答えた。2人とも口と一緒に、ちゃんと手も動かしている。
「じゃあ、人族の中でもマキョーは変ってコト?」
「確かに、マキョーが人族っていうのが一番説得力に欠けるな」
チェルとヘリーがこちらを見てきた。
「いや、俺もチェルに教えてもらうまで、ほとんど魔法は使えなかったよ。魔族の教え方がうまいんじゃないか?」
「ここは魔法を使う魔物が多いから、私が教えなくても自然と覚えるヨ」
「いずれにせよ魔法を使っているうちに、得意な魔法が決まっていきませんか?」
ジェニファーに聞かれた。
「ん~どうだろう。あ! 魔力を身体の一部に纏わせるのは結構使うかも。スライムを蹴るときとか便利だよね」
「そんな特殊な体術を使っているのはマキョーだけだ」
「自分を普通だと思うなヨ」
ヘリーとチェルにツッコまれた。
そんな会話をしつつ、発掘作業は続いた。途中の休憩時間ではミツアリの蜜を塗ったラスクのおやつが出た。
「甘いものがないと仕事は捗りませんから」
「ジェニファーはいいこと言うヨ」
結局、初めに見つけた一体の他に、計12体の人骨が見つかった。その中には子供の骨もあった。
「全員、刃物で殺されているな」
ヘリーが言うように、どの人骨にも刃物で切られた傷があった。
「大剣かナ? 胴体を真っ二つにされている骨もあったヨ」
「子供にまで手をかけるなんて、やりきれませんね」
「大量殺人か。戦争でもあったか?」
骨を見ながら過去の神殿であった惨劇を予想した。
「虐殺されたなら、魂の残滓くらいは残っていると思うのだが、それもないのだ」
ヘリーが眉間にしわを寄せながら言った。
「どういうこと?」
「自ら殺されたか、もしくは聖人に殺されたか……」
「誰かに殺されたい奴なんていないヨ」
「聖人は死んだ後に奇跡を起こす人です。人殺しは奇跡を起こせません」
チェルとジェニファーが腕を組みながら、骨を見た。
「だったら、生きながら聖なる力を持つ者の仕業だ」
「そんな奴いるの?」
「勇者とカ?」
「……聖騎士ですか?」
ジェニファーがヘリーに聞いた。
「おそらく」
「でも、そんな伝説上の人物が……」
「伝説だからこそ、あり得るだろ?」
ヘリーの言葉にジェニファーは黙ってしまった。
俺もチェルも聖騎士がなんなのかわかっていない。
わかっているのは、古代にこの神殿で大量殺人事件があったということだけだ。