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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活8日目】



「あ、死人が出たな」

 朝飯を食べていたら、ヘリーがボソッとつぶやいた。

「え? 魔境で誰か死んだのか?」

「おそらく入口の小川を誰かが渡ったのだろうな。鳥の霊が騒いでいる」

「ヘリーは魔物の霊が見えるのか?」

「入口近くの鳥の霊を使役しておいたのだ。ああ、マキョーは霊を怖がるから言ってなかったな。忘れてくれ」

「いや、もう忘れられないぞ。死体は成仏したのか?」

「そんなに早く成仏はしない。ゴースト系の魔物になったら回復薬を投げつければいいさ」

「なら、安心だ。いや、安心してる場合じゃないか。また誰かが魔境に侵入してきてるってことだろ? 面倒だな」

「焦るなヨ。朝飯食べてからダ」

「回復薬の準備もしないといけませんしね」

「だ、だ、大丈夫。ぶ、ぶ、武器は用意してある」

 チェルたちは落ち着いている。

 しっかりと朝飯を食べてから、入り口の小川へと全員で向かった。一応、チェルは魔族のため、軽く変装はしている。

 小川付近まで来ると魔物たちも異変に気付いているのか、俺が作った丘の上に集まっていた。


 小川の向こう側では奴隷たちが並ばされている。かかっていたはずの丸太橋は崩れ、魔境側ではスライムたちが倒れた奴隷に群がっていた。

「死んだのは奴隷か」

 ヘリーの頭の上で半透明な小鳥が旋回している。できればこちらに近寄らせないでほしいところだ。

「魔境まで来て何をやっているんでしょうか?」

 ジェニファーが首をかしげている。

「開拓じゃないノ?」

「あ~、なるほど! 無駄に奴隷殺すほどお金があるんですね」

「く、く、くそっ!」

 再び奴隷が小川を渡り始めたところで、シルビアが飛び出していった。元奴隷として思うところがあったのかもしれない。

 俺たちもそれに続いた。


「おらぁ! 次だ次! どんどん渡れよ!」

 奴隷に指示を出しているのは革の鎧で身を固めた鉄仮面の男。兜だけ鉄仮面なので、アンバランスだ。

 小川からスライムが飛び出してきている。シルビアが骨のハンマーで潰し、俺たちもスライムを蹴散らした。

「なにをやってるんですか~?」

「ザムライフルーツカンパニーの者だ。辺境伯からの許可は出ている!」

 小川の向こうから鉄仮面の男が声をあげた。ザムライの部下か。

「辺境伯は俺です」

「ああ、あんたがそうか」

「許可なんて出してませんよ」

「『やれるもんならやってみろ』と、うちの代表に話しませんでしたか?」

 そういや、言ったかもな。

「それで奴隷たちを魔境に侵入させて殺してるんですか?」

「これはただの調査の一環ですよ」

「無駄な犠牲を出して、ゴースト系の魔物にでもなられるとこちらとしても困るので即刻止めてください」

 鉄仮面の男は小川の前で震えている奴隷たちを下がらせた。

「担当! おーい、魔境担当! 辺境伯が直々にお見えだぞ!」

 鉄仮面の男が叫ぶと、ぞろぞろとフィーホースに乗った集団がやってきた。えんじ色のマントをしているが、特に武装はしていない。身なりはよく商人らしいといえば商人らしい。

「ザムライフルーツカンパニー魔境担当のマルキアです。魔境の発展に協力するべくはせ参じました!」

 魔境の担当は赤毛の女性らしい。

「そりゃ、どうも。ただ、丸太橋も壊したみたいだし、協力しているようには見えないけど?」

「え? あ~、失礼いたしました。なかなか部下と意思の疎通が図れず、すぐに橋は直します」

 マルキアが鉄仮面の男に指示を出そうとしたが、鉄仮面の男はずっとこちらを見て聞いていない。

「いや、結構。それよりも、イーストケニアから、魔境までは森を通ってきたんですか?」

「ええ、魔物に襲われながら道なき道を進んでまいりました」

「ただの果物屋さんが大変だね」

「甘いフルーツを手に入れるためには山を越え、谷を越え、未開の地を切り開く。それがザムライフルーツカンパニーです」

「そうか。ただ、そちらが通ってきた森は軍のものだよ。通行許可は取ってあるのかい?」

 魔境の外側にある森は軍の訓練施設だ。

「軍の? 魔物がいる森ですよ」

「森でも山でも所有者はいる。誰か、訓練施設まで行って隊長に報せてきてくれ」

「大丈夫。もうすぐ到着する」

 ヘリーがそう言った。特に馬のひづめの音は聞こえないし、来る気配はないけど。

「本当か?」

「ん~、迷ってるようだな? チェル」

 ヘリーには俺に見えないものが見えているようだ。

「ン?」

「お願い」

「アア」

 チェルが返事と同時に、魔法で火球を出して、小川の向こうへ飛ばした。もちろん、奴隷やマルキアたちには当たらないように飛ばしたが、熱風が吹いて馬が倒れた。

 次の瞬間、対岸の森に爆発音が響き、燃えた。

「チェル」

「間違えタ。おかしいナ」

 チェルはあんまり魔力を込めているようには見えなかったが、どうみてもやりすぎではあった。

「軍の森じゃないんですか!?」

 マルキアが叫んだ。

「ああ、後で謝っておく」

 ほどなく、フィーホースに乗ったサーシャが軍人たちと一緒にやってきた。

「お前たち! 魔境に何の用だ! 即刻立ち去れ!」

 サーシャたちがマルキアに近づいて宣告した。

「お待ちを! 魔法を放ったのは魔境の方々ですよ。我々は魔境の発展のためにイーストケニアから来た者たちです」

「サーシャ、それは本当だ。消火活動はすぐに始める」

 俺もチェルがやらかしたことについては、領主として対応しないといけない。小川を飛び越えてスイマーズバードの杖で、燃えている木々を消火していった。

 その間に、サーシャはマルキアたちに事情聴取。言っていることに間違いはないが、今後は軍を通すように、と説教をしていた。

「それでは軍が魔境産の品々すべてを取引するということですか?」

 マルキアがサーシャに食って掛かった。

「その何が問題あるのだ?」

「魔境は軍に首根っこを掴まれているのと同じじゃないですか!? 公正な取引が出来なくなってしまいますよ! 魔境産の物を適正な価格で売買するには複数の取引相手を作るべきです!」

 マルキアが言う理屈もわかる気がする。

「魔境産の杖は非常に強力な武器です。それを軍だけが保持するのは、近隣の領主からすればただの威圧行為。反乱の芽になり得ます!」

「ならば、どうしろというのだ?」

「交易路の確保と、市場を作っていただきたい。すぐには無理でしょうから、まずは取引場所として小屋の建設からいかがでしょうか? もちろん、先日の内戦についての賠償として、金銭面ではこちらが全額負担いたします」

 マルキアが矢継ぎ早にまくし立てた。どうやらイーストケニアは、いろいろと用意してきたようだ。

「そう、言われても……。辺境伯、いかがいたしますか?」

 消火活動中の俺に話を振ってきた。

「魔境に入ると、あの奴隷みたいに死んじゃうからね。小屋を作るにしても軍の森に作るしかないんじゃない?」

「別に反対じゃないんですか?」

「魔境を発展させるのは反対しないよ。ただ、魔境で奴隷を無駄に殺されると、迷惑だけど……」

「この奴隷たちには取引所の管理をしてもらいます。軍の森でも魔物はいるでしょうからね!」

 俺とサーシャの会話にマルキアが口を挟んできた。

「だそうだ。訓練施設で隊長と話し合ってくれ」

「わかりました」

 これで俺とサーシャの話し合いは終わり。

「今後は軍を通すように。直接、魔境に来ると面倒なことになる。わかったな!? ここは軍の敷地内だ。勝手は許さん!」

「かしこまりました」

 サーシャの一喝で、マルキアもおとなしくなった。

「ところでサーシャ、王都に帰ったんじゃないのか?」

 火を消し止めた俺が聞いてみると、サーシャは大きく溜め息を吐いた。

「私は辺境伯のお目付け役を仰せつかりました。辺境伯、よくこんななにもないところで生きていけますね。靴屋も服屋もなく、甘味なんか干し柿だけ。1年以上は無理そうです」

 案外、サーシャはおしゃれなのかもしれない。

「だったら、イーストケニアの商人たちに頼んでみれば? すぐに用意してくれるさ」

「最新のファッションから、エルフの焼き菓子までうちでは色々取り揃えておりますよ」

 マルキアも乗り気だ。

「はぁ~、いいか? 軍で賄賂が発覚したら、すぐに懲戒免職だ。それだけで済めばいいが、魔境や王家を敵に回すような危険なことはしない。やるなら正面から堂々と合法的に。さ、行くぞ」

 サーシャはマルキアたちを連れて、訓練施設へと向かった。鉄仮面の男と奴隷たちも追従していく。

「はぁ~あ、疲れた。眠い。帰って、寝ていいか?」

 ヘリーはそろそろ寝る時間だ。

「ああ、帰ろう。魔境の中も調査できてないのに、外が騒がしいのはなんとかならないかなぁ」

「小屋が出来たら、私が交渉しますよ」

「ぶ、ぶ、武器が売れる!」

 ジェニファーとシルビアは少しうれしそうだ。

 あれ? チェルは?

 洞窟に帰るとき、岸辺でチェルが自分の手を見ていた。

「どうかしたか?」

「いや。マキョー、あとでチョット」

 顔を貸せということか。なんだかよくわからないが、貸せる顔なら貸しておこう。

「ああ」


 昼前から、南の遺跡調査を開始。今日はチェルと二人だ。

「小屋を作るなら、スイミン花の花畑を周りに作ったほうがいいよな。魔境以外の森でも魔物には対処しないといけないし……、おい、チェル?」

 振り返ると、チェルが魔法で川から水柱を上げていた。

「ナンジャコレー!!」

 上げた本人がわかっていないらしい。

「なんだ? どうした?」

「ワカラン! なんか……魔力がおかしいヨ」

「おかしいって何が? 今までだってそれくらいの水柱なら魔法でできていただろ?」

「いや、そうなんだけど……魔力を使う量が少ないヨ」

 よく話を聞いてみると、どうやら魔力の消費量が突然、半分くらいになったらしい。

「なんで? レベルでも上がった?」

「レベル!? そうか、そうカモ……」

 今までレベルなんて気にしてこなかったが、急に成長したりするのかもしれない。

 とりあえず、特に問題ないようなので遺跡に行き発掘作業を開始。俺たちが近づいたことで、生き残っていたラーミアたちも逃げだした。新しい住処はまだ見つかっていないのか。

 周囲の草を刈り、石や岩を拾っていたら銀の腕輪を発見。案外、こういうものは簡単に見つかるのか。模様が描かれていたので、もしかしたら祭事に使うものかもしれない。とりあえず呪われても面倒なので、嵌めずに袋に入れて持って帰る。

「アッ」

チェルがなにかに気付いた。

「どうした?」

「ワカッタ! 見てテ」

 虫の魔物を手のひらに乗せたチェルが近づいてきた。

「なんだ?」

 俺がまだ動いている虫の魔物をじっと見ていると、チェルが指先から魔法で火の球を出した。

その瞬間、虫の魔物がぐったりとしてひっくり返った。

チェルは握ったりもしていないし、ただ、虫の魔物が気絶したのだ。

「どういうこと?」

「魔力切れしたんだと思う。魔法使うとき、魔力を集中させるでショ? 私は魔法を使うと周りから魔力を吸収できるみたい。だから消費量が少なくて済んだノ」

「え? なにそれ? じゃあ、俺の魔力も使ってんの?」

「わかんないけど、そうカモ!」

「ずるい! でも、それ突然、できるようになったの?」

「ウン。病気かナ?」

「呪いかもよ?」

「エ~! ありうル! あ、骨だ!」

 その日は結局、人骨らしきものを見つけて発掘作業は終了。古代の人にチェルが呪われたかもしれない。



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