【探索生活7日目】
個別の部屋ができて、自分の部屋で飯を食べられるようになったのに、なぜか朝飯は焚火を囲んで全員一緒に食べた。
「ヘリーは、徹夜か?」
ヘリーはあくびをかみ殺しながらパンを食べている。
「ああ、部屋で乾燥させているよ」
今回は乾燥させてから焼くようだ。外で乾燥させないのは魔物に壊されるからだろう。
「部屋に風を通さなくていいのか?」
「ああ、ワイバーンの魔石の杖を置いといたからな。ほとんど屑みたいなサイズだったから使わせてもらったぞ」
ワイバーンの魔石は風魔法が出る。
「チェル、昼まで部屋を貸してくれ。自分の部屋で眠れないから」
「いいヨ。マキョー、午前中は南の上流だからネ」
昨日は模様替えをしていて探索ができなかったため、今日こそは探索をしたい。
「ああ、シルビアも来るか?」
「う、う、うん!」
シルビアは魔物の骨で作ったハンマーを持ち、なめし皮で作った胸当てをして準備万端で、朝飯を食べていた。
「ジェニファーは?」
「シルビアさんにもらった革で鞄を作ろうと思って。籠では重いものが運べませんから」
いろいろ考えているらしい。
朝飯の後、シルビアを先頭に俺とチェルの3人で南へと向かった。
魔境の魔物や植物は弱者の匂いに敏感だ。もしかしたらシルビアからそういうフェロモンが出ているのかな。俺とチェルがことごとく蹴散らせていると、「武器が試せない」と文句を言っていた。
「強くなれ。蟻塚まではこのペースで行きたいから」
「そうそう、現地で試すといいヨ」
「む、む、むずかしいことを!」
チェルがシルビアの尻を叩いて、急かしていた。
川に着いてからは泳いで対岸に向かい、蟻塚へ。
いつものように川にはロッククロコダイルがいるが、俺たちの姿を見て、下流へと逃げて行った。
「あぁ、晩飯どうスル?」
チェルは今晩もロッククロコダイルの肉を食べる予定だったようだ。
「いや、まだ食べきれていない肉が残ってるだろ? 大丈夫だよ」
「干し肉か。美味しいけどネ」
「か、か、乾燥部屋を作ってもいいかも」
シルビアの言う通り、ヘリーの壺や肉などを乾燥させる部屋があってもいいかもしれない。
川に潜んでいたコイの魔物にシルビアが噛まれそうになっていたが、チェルが一瞬魔法で凍らせて助けていた。
「そんなことできたの?」
「マキョーに負けてられないからネ」
助けられたことに気づいていないシルビアは、「よ、よ、鎧は軽いほうがいい」と言いながら、川から上がっていた。
蟻塚で軽く甘い蜜をつまみ食いしてから、上流に向かう。川の音を聞きながら、ゆっくりと歩みを進めていくと、暗い森の中に開けた場所を発見。
「スイミン花の花畑だ」
花畑には朽ちた魔物の骨が埋まっている。俺たちは口を布で覆い、花畑を避けるようにして、さらに進んだ。
「また、花畑だヨ」
進んだ先にはやはりスイミン花の花畑。巨大魔獣の足跡が花畑にでもなるのか。
「つ、つ、強い……」
「なにが?」
「す、す、スイミン花。ほ、ほ、他の植物が生えてない、だろ?」
言われてみれば確かにそうだ。植物は土の中で戦いを繰り広げている。他の植物が生えていてもいいように思うが、花畑にはスイミン花しか生えていない。
「洞窟の周りにも植えたほうがいいカナ?」
「スイミン花の花畑を作ったら、魔物も植物も寄ってこないか……。はっ!」
俺たちだけがそんなことを考えたわけではないだろう。古代人もそうやって魔境に住処を作ったはずだ。
「周辺の探索を! 近くに遺跡があるかもしれない!」
思わず興奮してしまった。
「マキョー! ラーミア!」
チェルに言われるまで気が付かなかったが、ラーミアの群れが森の奥から這いずってくるのが見えた。とっさに、川まで逃げて対岸に隠れる。魔境で多少強くなったとはいえ、魔物の群れは罠や作戦でもない限り、好んで戦うような相手ではない。
「シルビアは?」
チェルに聞いたが、首を横に振る。一緒に逃げたと思ったシルビアがいない。
「木の上にでも隠れたか?」
対岸にはすでにラーミアが集まってきている。目視で8頭。以前、夜にキングアナコンダのサーベルで倒したことがあるが、今は昼でラーミアたちの動きも速い。
「どうすル?」
「とりあえず、このまま何もしないのがいいよ。ラーミアたちは水を飲みに来ただけだろう?」
黙って見ていようと思ったのは俺たちだけで、魔境の魔物たちは油断しているラーミアたちに気がついていたらしい。
小さいラーミアが川に口をつけた瞬間、大きなコイの魔物が頭ごと齧りついた。さらに川からスライムも飛び出してどんどんラーミアにへばりついていく。急いでラーミアの仲間が小さいラーミアを引っ張って川から引き離そうとしたが、コイの魔物の力が強く手間取っていた。
その間に、好機と見たのか下流に逃げていたはずのロッククロコダイルが近づいてくる。
魔境は弱肉強食。油断した奴から食われていくのが掟だ。
コイの魔物を引きはがそうと殴りつけているラーミアの腕にロッククロコダイルが噛みついた。
他のラーミアがロッククロコダイルと目を合わせ、石化しようとしているが、ロッククロコダイルのつぶらな瞳はラーミアの腕しか見えていない。ラーミアはロッククロコダイルを絞め殺そうと尻尾を巻き付かせる。
「ラァアアア!」
シルビアの雄叫びが聞こえたのはそんな時だった。
「おいおい、この戦いに参戦する気かよ!」
「仕方ないナ」
チェルが魔法で作った火の玉が対岸に降り注ぐ。
俺も跳んで対岸へ着地。なるべく顔を上げないようにしながら、魔力を込めた拳で魔物たちを殴っていった。
火魔法が収まり、煙が消えた頃には、岸辺の戦いは終わっていた。
コイの魔物は川面に浮かんだまま流されていき、ロッククロコダイルはどこか森の中に吹っ飛んでいって、ラーミアは地面に叩きつけられたように昏倒している。
「マキョー、やりすぎだヨ」
そういえば、魔力を入れすぎると気絶させるつもりで、体の一部をえぐってしまっていることがある。そのせいで、地面に血だまりができて、蛾の魔物が寄ってきてしまっていた。
「そうかもな。あ、シルビア!」
呼んでみると、倒れているラーミアの下から「うぐっ」と声がした。
「こ、こ、ここだぁ!」
そう言って、ラーミアの尻尾を外しながら出てきたシルビアは血だらけだった。
「大丈夫か! チェル、回復魔法!」
「い、い、いや私の血じゃない! め、め、目を見ないで! ラ、ラ、ラーミアの血を飲んじゃったから!」
どうやらラーミアの能力をコピーしてしまったらしい。自分の意思と関係なく能力をコピーできるって面倒だな。
「よ、よ、夜には効果が切れていると思うから!」
「わかった。とりあえず、後片付けだ」
「死体は花畑にぶん投げて、あとは眠ってもらウ?」
チェルの提案通り、息のないラーミアは魔石を回収してスイミン花畑に放り込み、あとは寝かせておいた。摘み取ったスイミン花を口周りに置いておいたので、起きるまでには時間がかかるだろう。
「あ! い、い、遺跡だ!」
シルビアが突然、叫んだ。
「どうした?」
「ラ、ラ、ラーミアの記憶に遺跡があった。む、む、向こうだ」
チェルの魔法で回復したシルビアが急に走り始めた。
「おい、どこに行くんだ?」
「つ、つ、ついてきて!」
後をついていくと、獣道の先に、崩れた柱が3本だけ立った神殿跡にたどり着いた。ラーミアが住処にしていたようで、魔物の骨や石化した魔物がそこかしこに落ちている。コケも生しているが、確かに柱と模様が描かれた平面の床があった。
「遺跡だ! シルビア、すごいな。記憶までコピーできるのか?」
「い、い、いや、私もこんなことは初めてだ」
魔物の記憶を辿れるようになれば、遺跡の場所も発見しやすいかもしれない。
「とりあえず、初の遺跡を発見したな」
人が生活していた跡をはっきりと見つけた。
すでに昼を過ぎている。一度、洞窟へと帰り、明日またこの遺跡まで来ることに。