【探索生活5日目】
翌日の目が覚めたのは、皆が朝飯を食べたあとだった。昨夜、訓練施設でザムライという果物屋の提案を断り、荷物を持って魔境に帰ってきた。
皆にも説明すると、ザムライという男の評判は最悪。
「エルフたちが最も殺したいと思っている男だ。手を組んだとしても信用はしていない。国境線に軍を配備したほうがいいかもしれんな」
「や、や、やはりザムライが黒幕だったか。い、い、イーストケニアを領地にするための戦いが始まるんだな?」
ヘリーもシルビアも知っている人物らしく、二度と関わらないようにと言われた。
「訓練施設の軍人が戦うなら、とっとと武器を作ったほうがいいですよ」
直接ザムライを見たジェニファーも思うところがあったらしい。
「はぁ~、わかってないナ」
チェルは呆れている。
「チェルさん、なにがわかってないんです?」
ジェニファーがチェルに聞いた。
「私たちには関係のないコト。そうだろ? マキョー」
「まぁ、そうだね。俺はイーストケニアを領地にするつもりはないし、戦争や政治にも自分から参加することもない。そもそも自分の領地自体も把握していないのに、他の領地のことなんか関わっていられないよ。だいたい、俺たち5人だぜ」
俺は手を広げて言った。
「武器を作るのにも限界がある。そりゃあ、攻めてくれば迎え討つけど、正直、魔境の奥まで逃げてしまえば、どうにでもなりそうだしね。そのためにも、魔境のことを知ったほうがいい。人数が少ないんだから、地形や魔物を味方にしないと」
「でも、あの果物屋さんは魔境に果樹園を作って、人を働かせたいって言ってましたよ」
「言ってたけど、そもそも小麦畑もできてないんだぞ。やれるもんなら勝手にやってくれって話だ。ザムライにはそう伝えていただろ?」
「確かに……」
「そもそもヘリーの器作りだって回復薬を輸出するためだし、俺たちは小麦を買うために、杖くらいは作る。それは訓練施設にいる軍人たちのためにもなるだろ? 俺たちはいつもの生活を続けるしかないんだ。むしろいちいち他の領地に対して気を揉んで、うっかり魔物に殺されたら、死んでも死にきれない。はっ、お前ら死んだら、俺のところに来るなよ!」
「わ、わ、私もいいのか?」
「シルビアは、イーストケニアを奪還したいの? 家族の復讐とかもあるしな。いってらっしゃい」
「そ、そ、そう言われると……。い、い、いやぁ、この前の侵略戦争で個人的には復讐を果たしてるし、改めて考えると、ザムライごときに人生を左右されたくはない」
「じゃ、いいんじゃない? 魔境で武具作ってて」
俺がそう言うと、シルビアは大きく頷いていた。
「ま、改めて言うけど、家賃さえ払ってもらえば、なにやっててもいいよ。ただ、巨大魔獣も現れるし、なるべく早めに魔境から出たほうがいいと思う。特にチェル、だんだん魔族の国に帰る気なくなってるだろ!?」
「ん~、ちょっとメンドイんだよネ~」
「木材だって乾燥させてるんだから、船造りもそろそろ始めるように」
「そうは言ってモ、探索あるしナ。おいおいでイイ」
あんまり、やる気がないようだ。
「まぁ、いずれ帰りたくなるだろう。それより、皆、今日の予定は?」
「壺づくりだけど、ほとんど割れてしまった。たぶん乾燥が足りなかったんだと思う。一からやり直しだ」
ヘリーは失敗を淡々と報告してきた。
「私は、荷物の整理です。皆さん、自分の服は昨夜の争奪戦で確保したと思いますが、シルビアさんの下着がちょっと足りません。早急に手配してください」
ジェニファーが俺に言ってきた。服の争奪戦なんかしてたのか。
「わ、わ、私は自分で作るからいいよ。別にマキョーには何度も裸を見られているし」
「いや、あったほうがいい。俺が言うのもなんだけど、女性は恥を捨てると、おばさんじゃなくておじさんになるからな」
昔、通っていた田舎の娼婦がそうだった。
「確かに、失った品性を取り戻すのは時間がかかる。マキョーの言っていることは正しいよ」
長く生きているヘリーも同意した。
「そ、そ、そうか。チェ、チェ、チェル! な、な、なにをするんだ!!」
頷いているシルビアの胸をチェルが後ろから揉んでいた。
「生娘。無理は良くナーイ」
チェルは笑いながら、南の森へ向かっていった。
「オーイ、マキョー、早く探索行くゾー!」
勝手に森に入ってなにを言ってるんだか。
「シルビアは?」
「む、む、胸当て作ってから追いかける」
「じゃあ、いってくるわ」
「「「いってらっしゃーい」」」
シルビアを待つこともないと南の川まではすぐだ。
「今日はギッタンギッタンのメッタンメッタンにしてやるゾ!」
チェルが無闇に魔力を練り上げていると、ロッククロコダイルの群れが散り散りに逃げ出していった。
「アレ~? なんだヨ~」
「いいじゃないか。邪魔がいなくなった。今のうちに、探しまくるぞ」
「人の痕跡ヲ!」
植物が邪魔ではあったが、古来から川の近くに文明が築かれるというチェルの話を信じて、探し回った。
「人の痕跡はなかったが、魔物の痕跡はあったな」
見つけたのは大きな蟻塚。しかも、ミツアリという腹部に花の蜜を貯めるアリ。
「本来は蜜を集めるんだよな?」
「魔族の国ではってコト! どうなってるんダ?」
魔境のミツアリは、魔力を集めるようで、そこら中にこぶし大の魔石が落ちている。もちろん魔石はミツアリの体内にあるため、凶暴化しているのだが、こぶし大の魔石に小麦ほどの体がついているに過ぎない。
プチッ。
指で殺せる。
「これで、杖を作ったラ?」
「いいかもな。どんな効果があるんだ?」
ミツアリの魔石に魔力を込めてみたがなんかベタつくだけで、なにも起こらない。
「でも、なんかベタつくよな?」
「整髪料とかにはなるかもヨ」
「うわっ、指が甘くなってる!」
ベタついた指を舐めたら、とんでもなく甘くなっている。甘くなる魔法を放つってことなのか。
「甘くなる魔法って、錯覚させるってコト?」
「いや、でもベタつくぞ。果物屋とかが欲しがりそうだけど、特殊すぎる。使う場面があんまりないだろ」
少しだけ採取して保留に。
ベタついた手を洗おうと川に向かうと、川底になにか見えた。
「なんだ?」
今日はあまりにも探索の成果がなかったため、川に入って川底を探った。
「ん? これは……」
手で触れると硬い金属。掘り出してみると、錆びた二股のフォークが出てきた。
「フォークだな?」
「この近くで生活してたってことダネ?」
「やっぱりこの辺りか」
「流れてきたノカモ?」
「明日はちょっと上流の方まで行ってみるか」
その日は探索を切り上げ、洞窟で魔石の選別作業をした。