【魔境生活5日目】
肉を燻製にして壷に保存した。家は、P・Jが使っていたものだが、非常に素晴らしい物件が見つかった。お古だが装備もいくらでもある。
衣食住が揃ってしまった。
魔境に入って初めての安心。たっぷり寝てしまった。
「少し、薪が足りないか」
ストレッチをして体をほぐしてから、斧を片手にジャングルの中に入る。近場の太い木に斧を叩き込んだ。
二振りでメキメキメキメキッと木が倒れてしまったのには自分でも驚いた。
いったいいつの間に、こんな腕力がついたのか。いや、腕力だけでなく、足腰も強くなった気がする。少しジャンプしてみると、3メートルほど跳んでいた。
「なんだこれは!?」
思わず口に出して、戸惑ってしまった。
自分の身体能力が急激に上がって、うまく力を使いこなせない。
昨日、ケンカを売ったゴールデンバットが木の上を飛んでいたので、跳び上がって斧を振り下ろした。
ゴールデンバットは真っ二つに割れ、落下。
胸の中にある金色の魔石を取り出し、肉は朝食で食べる分だけ取った。残った肉には、たっぷりスイミン花の睡眠薬とタマゴキノコの胞子を塗り込み、獣道に仕掛けることに。
サッパリしたコウモリの肉を食べ、家の周りにも落とし穴の罠も掘る。体力が有り余っているせいか、いくら落とし穴を作っても疲れない。
罠を仕掛け終わったのは、まだ太陽が天高く上る前だった。
P・Jが捨てた鎧を装備し、魔境の奥へと向かう。頑丈な鎧に気を良くし、足取りは軽い。
気分よく歩いていると、背中から突然衝撃を受けた。空を飛んでいる感覚があり、風景が矢継ぎ早に回転している。空と地面が超高速で交互に頭上に現れる。手を伸ばしても何もつかめない。背を丸め、衝撃に備えた。
そして、俺は背中から沼の岸辺に墜落した。水切りのように何度かバウンドし、沼にいた水鳥の魔物・スイマーズバードの群れが一斉に飛び立った。
沼のぬかるんだところに頭から突っ込み、ようやく俺は止まった。首を引き抜き、新鮮な空気を思いっきり吸い込む。顔の泥を落として、目を見開いた。
何が背中に当たったのかはすぐにわかった。
デカい亀。
見たことのない魔物だ。
ただ、地面にしっかりと根を張った大木が、あっさりと折られていたり、成人男性の2倍以上あるような岩が粉々に踏み潰されているところをみると、パワーが半端ではないことを知る。
P・Jの手帳に書いてあった巨大魔獣であろうか。
デカい亀の大きさは2日前に倒したワイルドボアと同じぐらいか、それより少し大きいくらいだ。巨大魔獣なら3ヶ月に一回のはずだ。
P・Jが住んでいた時の周期とは違うのかもしれない。
ふっとばされた自分の身体を確認した。鎧は粉々に砕けているものの、骨折や打撲などの怪我はない。
「怪我がない……?」
背中から落ちたにも拘らず、背中を触ってもまるで痛みを感じない。俺の身体はどうなってしまったんだ?
不安を感じつつも、体の動きにどこも支障はない。鎧の破片を拾ったら、サラサラと砂のように崩れた。
何らかの魔法が付与された鎧で、衝撃を全て吸収してしまったのだろうか。
その間にも、デカい亀は、大木を根本から折り、沼の俺の方に近づいてくる。
あんなものに勝てるわけがない。
ここは魔境。立ち向かう勇気は、即、死に繋がる。
逃げようと振り返ると、デカい亀がいた。
デカい亀は二匹…いや、周りを見渡すと、沼には何匹ものデカい亀。
「囲まれてる!?」
沼の水深が深いところから、巨大な岩のような顔がいくつも並び、こちらを睨んでいる。
岸にいる亀が首を伸ばし、ムチのように水面を叩くと、盛大な水しぶきが上がり、水の中の魔物たちが宙を舞う。
その魔物を、亀たちは口で受け止める。魔物たちの断末魔が響く中、メキャメキャと音を立てながら飲み下す亀たち。
呆然とその様子を見ていた俺の影に、大きな影が重なる。水面に反射して見えたのは、今にも振り下ろされようとしている巨大な亀の首だった。
逃げようにも、沼地に足を取られている。
とっさに頭を守るように腕で防御するようにしゃがみこんだ。
すさまじい衝撃があり、俺は沼地に膝まで埋まった…が、耐えられぬほどの衝撃ではなかった。
「……ん?」
俺は死ぬほどの衝撃を食らうと思っていた。少なくとも重傷は免れないと。
「なのに、受け止めた…」
デカい亀の群れもこちらを見て、頭に「?」を作っている。
再び、俺を襲った亀が首を長く伸ばし、振り下ろした。
今度はしっかりと見て、腕でガードした。
衝撃に合わせて、こちらも押し返す。沼地に埋まりもしなかった。
デカい亀の攻撃力がそれほどでもないのか、俺が強くなりすぎてしまったのか、定かではないが、こいつらの攻撃は俺には効かないようだ。
「おらぁ! かかってこんかいっ! こ……ぶべっ!」
調子に乗って叫んだ俺の死角から、デカい亀に突進され、あっさりふっとんだ。
宙を舞う俺だったが、今度は冷静に着地点を見定められ、膝のバネを利用して何一つ怪我を負うことなく着地。沼の亀たちは、驚くように目を見開き、鼻息を吐き出した。
俺は取って返すように、デカい亀たちの群れに突っ込んでいった。
顔だけだしている亀たちは、水深の深いところに逃げ、浅瀬にいる亀たちは甲羅の中に引っ込んだ。
試しに甲羅を殴ってみたものの、ヒビ一つつけられず、まったく攻撃が効いているようには見えない。
ただ、殴る度に亀が大きく揺れる。
もしかして持ち上げられるのか?
亀の甲羅を掴み、無理やり酒樽のように担いでみた。
やってみたら、できた、ということはよくあることだ。
担ぎあげた亀を沼に放り投げると、船の進水式に起きるような大きな水しぶきが上がり、沼の反対側へと波が押し寄せていった。
俺は自分の手を見つめながら、たった数日でこれほど強くなってしまったのかと、自分の成長速度が恐ろしくなった。
やれば出来る子だったのかもしれない。
そんな、うぬぼれを抱えて、家に帰った。
濡れた服を洗濯し、乾かしながらP・Jの手帳を見ると、あの亀はヘイズタートルという種であることがわかった。
また、魔境の中でも激弱の部類で、突進にだけ気をつければ、ペットとするのも可能だと書いてあった。
うぬぼれた自分を殴ってやりたい。