【探索生活4日目】
昨日、ロッククロコダイルを解体していると、大量の石が出てきた。
「胃石ってやつだ。飲み込んだ食べ物をすりつぶして消化を助けるのさ」
ヘリーが言っていた。
「ロッククロコダイルは案外、胃腸が弱いのかもしれない」
チェルが「もしかしたラ……」と胃石を洗うと、人の顔が彫られた小さな石が出てきた。
「サル?」
「人の顔だよな?」
「胃石から遺跡の痕跡か。ロッククロコダイルがいた場所の周囲を探った方がいいかもしれんぞ」
ヘリーの提案で、今日は昨日の川へと向かうことに。
大剣によって道はできていたので、楽だと思ったが、そこは魔境。枝がなくなったものの蔓が伸び、緑のアーチができていた。蔓からはアサガオのような花が咲いている。
「それ、種が下剤の材料になる。ジェニファー、採っておいてくれるか? ああ、今日は窯入れの日だと言うのに、雑務が多いなぁ」
ヘリーは、朝からずっと動き続けている。魔境で初めて器を作るため、緊張しているらしい。
「年をとっても緊張ってするもんなんですね」
ジェニファーが軽口を言っていたが、ちゃんと言われたとおりにアサガオの種を袋に詰めていた。
「よ、よ、用意できた!」
シルビアは革のベストのようなものを作っていた。しかもスライムが入らないようにピッタリとしたもので、性的な衣装にすら見えてしまう。
「その服で大丈夫なのか?」
「だ、だ、大丈夫!」
「好きな服を着たらいいヨ」
チェルは擦り切れたローブだし、俺は汚れた皮の鎧なので人のことは言えないが、シルビアのセンスは尖っているようだ。
「じゃあ、行くか」
昨日と同じ3人で、南へと向かった。
今日は大剣の代わりに、発掘用にスコップを持ってきた。
カム実や調子に乗ったインプが襲ってきたが、全てスコップで弾いていけるので、鈍器としても優秀。チェルは昨日あまり活躍していなかった骨の杖で寄ってくる虫系の魔物を片端から焼いていた。
川までたどり着くと、ロッククロコダイルたちが縄張り争いの最中だった。観戦していても仕方がないので、気にせず周囲の探索を始める。
「川の中に遺跡があったらどうスル?」
チェルが聞いてきた。
「川の流れを変えて探すことになるだろうな」
ロッククロコダイルの歯形がついた岩を探す。草を刈り、地面を掘ってみてもなにも見つからない。
「お! お! 襲われるぞ!」
シルビアが叫び声を上げた。
振り返ると、ロッククロコダイルが川から上がり、こちらに向かってくるところ。ただ、一度倒しているので、あまり恐怖を感じない。
魔力を纏った足で蹴り飛ばすと、川の中に潜ってどこかへ消えていった。
川を泳いで渡り、反対岸を探していると、またロッククロコダイルに襲われた。
「ワニだらけで嫌だネ」
チェルはそう言いながら、光魔法で目潰し攻撃。そのまま横から押して転がし、川へと戻していた。
「き、き、昨日はあんなに苦労したのに。ど、ど、どうして?」
シルビアが驚いていた。
「尻尾と口に気をつければ、どうってことないヨ。蔓さえあれば、シルビアでも戦闘不能にできるんじゃないかナ」
チェルが長い蔓を近くの木から引きちぎってきて渡した。
探索をしていると、何度もロッククロコダイルに襲われたが、その度にチェルが光魔法で目を潰し、シルビアが横から身体に乗っかって口を蔓で縛っていくという一連の流れが生まれた。
お陰で、俺は探索に集中。水辺で苔に覆われた山を発見した。
「ここだけ大きい木が生えてないのはおかしいよなぁ」
「た、た、確かに!」
ヌルヌルと滑る苔をスコップで取り払うと、白い石灰岩のようなものが出てきた。
「遺跡か!?」
興奮して一気に苔を取り払っていくと、ただの白い山が現れた。別に模様などはない。
「コレは……大きなヘイズタートルの死体だネ」
すぐに頭部の骨も見つかり、午前中の探索終了。
「そう簡単に見つからないんだな」
「お、お、王族も見つけていないのだから、簡単じゃない」
シルビアの言うとおりだった。
「あ、そういえば、今日あたり王都から荷物が届くんじゃなかったかな?」
「ニモツ?」
「ああ、王都で買った生活雑貨とか皆の服とかさ」
「マキョーが選んだノ?」
「いや、なんて言ったかなぁ~、ああ、軍のサーシャって女の人が選んだから、大丈夫だと思うよ」
「ならヨシ!」
チェルと会話をしながら洞窟に帰っていると、シルビアがいないことに気がついた。
急いで川に戻ったら、「こ、こ、こらぁ! ど、ど、どうだぁ!」と蔓をムチのようにしならせて小さなスライムと戦っていた。
「も、も、もう怖くないからなぁ!」
ピッタリとした服と相まって、なんだか見てはいけないようなものを見た気がした。
「シルビア、帰るヨ!」
「あ、あ、ああ、今行く!」
洞窟に帰って昼食。サンドイッチとロッククロコダイルのハラミだけだが美味しかった。
「それで、訓練施設に行くんだけど、誰か荷物持ちしてくれない?」
チェルは変装すればいいけど、そろそろ疑われてしまう。今は人数も多いし、皆、魔境に慣れているはずだ。
「移動速度を考えれば、チェル以外に適任はいないのではないか?」
ヘリーが聞いてきた。
「いや、特に急ぐ必要もないからさ」
「えーっと、犯罪奴隷のエルフに元貴族の奴隷、魔族。私しか適任はいないのでは?」
ジェニファーがいちいち指さしながら、それぞれに言ったので、3人から蹴られていた。いじられキャラの地位を築き始めている。どうしても共同生活をしていると言いにくいことが出てくるが、誰かが道化役を買って出てくれると物事は円滑に進むものだ。
「なぜ!? マキョーさん、注意してください!」
「人に蹴られるようなことは言うなよ。じゃ、ジェニファーね」
おそらく鞄は用意してくれるだろうが、一応背負子を持っていくことに。「どうして、いつも私は悲劇のヒロインになってしまうんでしょう?」と戯言を吐くジェニファーを連れて、訓練施設へ向かう。
「イッテラー!」
「いってきま~す!」
ジェニファーの走る速度は遅いが、ちゃんと魔物や植物に対処しているので、俺もそんなに待つことはなくなっていた。
「すみません!」
それでもジェニファーは待っていた俺に謝ってくる。
「いや、大丈夫だよ」
「マキョーさんは優しいんですね」
「あんまり気を使いすぎるなよ。いじられ役も疲れたら、誰かに代わってもらっていいからな」
「いじられ役!? 私がですか?」
まるで、ジェニファーはそんな役をやっているつもりはない、というように目を丸くしていた。
「まぁ、いい。早く行こう。日暮れ前に帰りたいから」
「はい!」
大きい返事をしてジェニファーは俺の後ろをついてきた。
訓練施設にたどり着くと、隊長が出迎えてくれた。
「そろそろ来る頃だと思っていた。荷物が届いているよ」
「あ、よかった」
訓練施設の入り口には馬車が停まっている。
「辺境伯!」
建物の中からサーシャが出てきた。
「おう、サーシャ、届けてくれてありがとう。そういや旅費とか渡してなかったけど大丈夫だったかい?」
「ええ、問題はありません。旅費も軍から支給されるので、いりませんよ」
「そうか。あ、こっちはジェニファー。魔境の総務だ」
「どうも。主にアイテムの管理や採集をしております。ジェニファー・ヴォルコフです」
「サーシャです。辺境伯の護衛をしておりました」
「マキョーさんに護衛ですか?」
ジェニファーは訝しげに俺を見てきた。
「辺境伯はほとんど馬車に乗らず、走っていました。グリーンタイガーも子猫のように扱っていたのですが、魔境では本当にそういう生活をしてるんですか?」
サーシャがジェニファーに聞いていた。
「ええ、マキョーさんにとっては普通です」
「そうですか……」
サーシャとジェニファーが話している最中、ずっと闘技場から金属をぶつけ合うような音が聞こえてきた。
「訓練ですか?」
「あ? ああ、王都から諜報部の人間が来ていてね。いろいろ探りを入れてきて面倒だから、話し合いをしているところだ」
隊長が答えた。
「あ、それからイーストケニアから果物屋が来ていてね。辺境伯にお会いしたいそうだ。どうする?」
「果物屋ですか? 俺になにか用ですかね?」
隊長は俺に「まぁ、中で茶でも飲みながら話そう」と訓練施設の中に案内してくれた。俺はジェニファーに「荷物をまとめておいてくれ。女性物がほとんどだからさ」と言って隊長について行った。
いつもの小屋ではなく、食堂に案内された。50人位は一度に食事ができそうなほど席があるが、今は訓練中のため誰もいない。お茶だけはポットに用意されていた。
「さっそくだけどイーストケニアの領主が新しくなったのは知っているだろ?」
「ええ、冒険者たちをそそのかした貴族が、シルビアの……いや、吸血鬼の一族を引きずり下ろして治めてるんですよね?」
「そうだ。まぁ、その貴族もお飾りでね。ほとんど商人ギルドが仕切っていると言っていい」
「そうなんですか?」
「古い体勢が崩れて、汚職がはびこっているんだ。貴族は大商人の言いなりさ。その上で聞いてほしい」
なにか難しい話か。
「『ハシスの16人』を雇ったのは商人ギルドだ。魔境に戦争を仕掛けたのも商人ギルド。そしてマキョーくんに会いたがっている果物屋が、その商人ギルドのギルド長なんだ。会うつもりはあるかい?」
「その話が本当なら、こちらの明確な敵ってことですよね? 会いたくはないですね」
「だろうな。マキョーくんはイーストケニアを領地にするつもりはあるか?」
「ないですよ。魔境で手一杯です。というか、そもそも魔境ですら領地にできているかどうか」
「そうだよね~、まずいよな~」
隊長は「弱ったなぁ」と頭を掻いていた。
「そうなってくると国境線が危ういんだよね」
「エルフの国ですか?」
「ああ、商人ギルドはなにもエスティニア王国だけにあるわけではないからね」
商人ギルドとエルフの国が手を結べば、イーストケニア自体があやふやな地域となってしまう。エスティニア王国としては、国土を守るため、傷の浅いうちに手を打たなくてはならない。
「戦争ですか?」
「そうなるだろうね。内戦は避けたいところだけど。マキョーくん、もし魔境産の武器ができたら、こちらで買い取るからよろしくね」
「わかりました」
そんな話をしていたら、食堂に大きな目をした小人族が入ってきた。
「おおっ、隊長さん、こんなところにいらっしゃったか! もしやそちらが辺境伯で?」
「いかにも辺境伯です」
「私、イーストケニアで果物屋をやっております。ザムライと申します! 以降、お見知りおきを!」
ザムライは柄のシャツにハーフパンツというラフな格好をして、指には金の指輪を嵌めている。恰幅がよく、張り付いたような笑みを浮かべていた。
「辺境伯、イーストケニアを買っていただけませんかな?」
「へ?」
初対面で一発かまされた。