【探索生活3日目】
ヘリーが窯に火を入れた。穴が空いたり、ヒビが入ったりしていないかの点検のためだ。それが終われば、いよいよ器作りとレンガ造りが始まる。点検はジェニファーも手伝うことに。
「昨日、シルビアに精神魔法を使った罰だ。今日は洞窟周辺からは出さないことにしよう」
ヘリーの提案で、ジェニファーには移動制限がかけられた。
「わかりました」
ジェニファーも従っていた。
俺とチェルはシルビアが夜なべをして作ったという大剣と杖を持って、南へ向かう。シルビアも武器の性能を確認するためについてきた。
「大剣ってこんな背よりも大きい剣なんか振り回せるのか?」
「だ、だ、大丈夫。ま、ま、マキョーは腕力があるから……」
「そうは言ってもなぁ。ほとんどこれは鈍器だろう」
昨日、醜態を取り戻そうと、シルビアは焦っている。作った大剣も魔物の骨を削って、大剣らしい形にしたもので、なにかを切るようには見えない。
ザンッ。
ただ、枝を切るナタ代わりにはなりそうではある。鬱蒼とした枝に覆われた森が、一振りすると前方が開け、日が差し込むほどだ。
「これは薪拾いが楽になるな」
調子に乗って、どんどん森の奥へと進む。
「マキョーにあんまり変なモノ渡すと、危険ダ」
チェルは心配そうに見ていたが、その予感はすぐに的中する。
毒蜂の魔物の巣に気が付かず、枝を払ってしまった。大量の毒蜂の魔物が、落ちた巣から飛び出してきて、襲いかかってきた。
「ほらナ!」
そう言って、チェルが火魔法のファイヤーボールを放った。毒蜂の魔物の群れに命中したが、炎の中から毒蜂の魔物が飛び出してきて、なおも襲いかかってくる。毒蜂の魔物の硬い皮膚は火を通さないらしい。
「ぐあっ! いってぇ!」
毒蜂の魔物に刺された箇所は、強烈な痛みとともに赤く腫れ上がり、俺たちを苦しめた。
「い、い、いたーいっ!」
「こうなったら、こうしてやる!」
俺は粘着性の高いヤシの樹液を温めて大剣の腹に塗り、飛んでくる毒蜂の魔物に向けて虫たたきのように振り回した。振る度にバチバチと音を立てながら、毒蜂の魔物が大剣にへばりついていく。
チェルとシルビアは枝に火を付けて振り回し、煙で燻す作戦に出たようだ。虫系の魔物には煙がよく効く。たぶん、呼吸器が細いので炭が詰まってしまうからだろう。
作戦は成功し、程なく毒蜂の魔物は周囲から消え去り、毒蜂の巣だけが残った。
蜜蜂ではないので蜜はなかったが、蜂の子が大量に採れた。後でおやつにしよう。
「そんなモノ食べるのカ?」
チェルは驚いていたが、蜂の子は貴重なタンパク源だ。
そんなことよりも刺された箇所の対処をしなくては。毒を口で吸ったが、やはり痒みが残る。
「水で洗えればいいんだけど、もう洞窟から結構遠いよな」
一旦、スイマーズバードの魔石を嵌めた杖で、水球を作って患部を洗った。痒みはなくなったが、まだ赤く腫れていて回復薬を塗っておいた。
「水の音が聞こえル! 川で少しでも冷やソウ!」
チェルの言う通り、どこかから水が流れる音が聞こえてきた。他にもなにか、固いものがぶつかるような音が聞こえてくる。
音の方に向けて大剣を振りながら近づいていくと、幅が10メートルほどの泥で濁った川に出た。
「わ、わ、ワニだ!」
シルビアの言う通り、川辺にはワニがいた。ただ、岩をガボリガボリと噛み砕いている。
「岩を食べるワニなんているノカ? あれは魔物だ」
「P・Jの手帳にも載っていたな。ロッククロコダイルというらしい。噛みつかれたらおしまいだそうだ」
今のところ襲ってくる気配はないが、危険な魔物であることには変わりない。
「ワニ肉は美味しいヨ」
チェルは夕飯にしたいようだ。
「シルビア、さっき使った回復薬の瓶って、ヤシの樹液で作ったやつだろ?」
「そ、そ、そうだけど?」
「中を入れ替えよう。チェル、スイミン花の汁があったよな?」
「ウン。革袋の中だヨ」
「わ、わ、わかった!」
空の瓶に、チェルが革袋に入れていたスイミン花の汁を詰め替えた。
「あとは、口を開けたタイミングで放り込むだけ」
岩を飲み込み、満足したようなロッククロコダイルは川に潜ってしまった。
「ア~、私の夕飯が……。マキョーなら素手で倒せたノニ」
チェルが無茶なことを言う。
「まぁ、待ってよう。そんなに長く潜っていられないさ」
川岸でじっと待っているとロッククロコダイルが川面から顔だけだしてこちらを警戒し始めた。
「棒でも投げてみるか?」
「い、い、いや、大剣を使ってみて」
シルビアが提案してきた。
大剣で川面を叩き挑発してみる。水しぶきが上がり、ロッククロコダイルが大口を開けて、俺に飛びかかってきた。その口に瓶を投げつけて、後退り。
ロッククロコダイルは瓶を噛み砕き、スイミン花の汁を口から垂れ流していたが、なおも俺に飛びかかってくる。
「スイミン花が効かないのか!?」
慌てて転がるように距離を取った。
見ていたチェルが魔法で応戦するも、ロッククロコダイルの硬い皮膚の前ではまるで効いてない。
「魔境の魔物には私の魔法が効かないノ!?」
チェルは自信喪失。
シルビアは骨で作ったハンマーで横から戦おうとしていたが、尻尾の一撃であっさり吹き飛ばされていた。
「くそっ、やるしかないか」
俺は大剣をロッククロコダイルの脳天にめがけて振り下ろしたが、ガキンという音が鳴って、大剣が真二つに折れてしまった。
「ダメか!」
「マキョー、魔力を込めて殴レ!」
チェルの指示を受けて、俺は魔力を手に纏わせた。
その間にもロッククロコダイルの攻撃は続き、俺は転がりながら川辺を移動し続ける。
「チェル、魔法で目を狙え! 一瞬でいい! 隙を作ってくれ!」
「リョーカイ!」
チェルの火魔法がロッククロコダイルの頭部に命中し、火花を散らせた。
一瞬、ロッククロコダイルが仰け反ったのを見逃さず、一気に距離を詰める。
ボコンッ!
魔力を纏った俺の拳が下顎にめり込む。
ロッククロコダイルはそのまま一回転半。仰向けに倒れて動かなくなった。
「マキョー、口塞いデ!」
チェルから蔓を受け取って、ロッククロコダイルの口を縛った。
あとは首筋の柔らかい皮膚にナイフを刺し、太い血管を切る。鼓動が止まったのを確認して、ようやく一息ついた。
「はぁ~、ちょっと大変だったな。シルビアは?」
ふっ飛ばされていたシルビアは、大の字で川辺に倒れている。小さなスライムが服の中に入り込んでいたので服を脱がせ、川に放り投げていった。
「シルビアは裸族の方がいいかもネ!」
チェルがシルビアに回復魔法をかけながら、揺り起こしていた。
「ま、ま、また、裸!? ど、ど、どうして脱がせた!?」
起きたシルビアは涙目でチェルに聞いていた。
「小さいスライムが服の中に入り込んでたんだ。誰もシルビアに恥をかかせようなんて思ってないよ。今日の探索はここまでにしてロッククロコダイルを運ぼう。いいワニ革が手に入った」
「わ、わ、わかった! と、と、ところでどうやって倒したんだ?」
「素手」
チェルが拳を作って簡潔に答えた。
「俺は武器が必要ないのかな? あ、すまん。シルビアが作った大剣、折れちゃった」
「つ、つ、次は折れない武器を作る!」
シルビアは服を着ながら、宣言していた。
俺とチェルはロッククロコダイルを担ぎ上げた。血が流れ川辺に魔物が集まってきている。連戦はキツいので、とっとと洞窟へ帰ることに。
「マキョー、岩を食べる魔物がいたら、遺跡って見つかるカナ?」
走りながらチェルが聞いてきた。
確かに、遺跡ごと食べられている可能性もある。
「痕跡くらいは残ってるんじゃないか? 明日、また探してみよう」
「ウン」
「あ、あ、明日までに気絶しない鎧を作らないと!」
シルビアは相変わらず、焦っている。
「シルビア、あんまり無理するなよ」
夕飯に食べたロッククロコダイルの肉はあっさりとしていて、鶏肉に似ていた。