【王都に滞在3(マキョー編)】
城で貰った支度金で、生活必需品を買う。
魔境には女性が多いため、サーシャに女性用の生活用品を頼んだ。
「私でいいんですか?」
「サーシャ以外に王都で女性の知り合いがいないからね。これから秋や冬になると寒くなるだろ? それに下着も消耗品だから多めに頼むよ」
「サイズは私のサイズでいいですか?」
サーシャは細身なので、もしかしたら合わないかもしれない。
「大きめもあったほうがいいかもしれない」
「わかりました。魔境への募集と奴隷商はどうしますか?」
「行っておく。王都の町並みも散策したいし」
サーシャに金貨を5枚渡して別れ、俺はそのまま娼館街へと足を向けた。
娼館街は昼間でも明るく、真ん中に小さな噴水があって客引きのおばちゃんが井戸端会議をしていた。
御者をしてくれた爺さんが勧めてくれた店はすぐに見つかったのだが、「ちょいと、お前さん!」とおばちゃんの中心にいた若い娘が声をかけてきた。
「なんだい?」
「その服、辺境伯だろ? 任命式のあとすぐにここへ来たのかい?」
「バレたかぁ~。着替えたほうがよかったかな? モテると思ったんだけど……」
「やっぱりか! いや、ここは別にどんななりをしていようが受け入れるさ。ただ、随分前に予約されている娼館があるはずだ。そっちに行ってもらえるかい?」
「予約なんてした覚えはないけどな」
「だろうね。だけど、こっちにはある。100年以上前にね」
「100年以上前に俺は生まれてもいないぜ」
「P・Jの予約といえばわかるはずさ」
「ああ……」
先代の魔境の管理人が娼館の予約をしたっていうのか。次の時代のために?
「そりゃ、気が利いてる。オススメの娼館はまた今度にするか」
「一番、奥の娼館だよ。私が案内してあげる。マキョーさん!」
娼館街にいる娘が俺の名前を知っているのか?
「俺のこと、詳しいのかい?」
おばちゃんたちと離れ、先へ行く娘に聞いてみた。
「そりゃあ、もう! ご実家に行ったのも私ですから」
娘は笑って振り返った。
「ん? つまり、ウォーレンの部下か!?」
「えーっと、諜報部の者です。あなたの全てを調べましたよ。田舎町の娼館のお姉さんから冒険者仲間までね」
娼館の案内人ではなく諜報部の軍人だったらしい。
「とぼけていて気のいい人だと伺っていたのですが、その通りですね! 服を見なくてもわかりましたよ」
「いやはやお恥ずかしい」
俺は頭を掻いた。
「それから、すでに辺境伯なんですから、町の者に話しかけられても敬語ではない者には返さなくてもいいんですよ」
「ああ、そうか」
諜報部の人に礼儀を教えられた。
「気がいいと思われたいのはわかりますが、そのままでは騙されてしまいます!」
「ああ、いや……別に誰になにを思われても気にしないってだけだよ」
「すでに貴族なんですから、領地を奪われないようにしないといけません。政次第で領地を奪還されることもありえますよ!」
注意されてしまった。
「はい、すみません」
「そう、簡単に謝らない!」
「え~、そう言われても……」
「本当に魔境に住んでらっしゃるんですか?」
「そりゃあ、住んでますよ」
「我が家はこの人を待っていたと思うと……」
諜報部の娘はそう言って頭を振っていた。
「ここです。ちょっと玄関でお待ち下さい」
案内された娼館は一番大きくて飾りも豪華だった。金の魔石灯なんかも使っているくらい。看板には『金寿楼』と書かれていた。
「ほえ~」
呆気にとられてしまった。
「お母さん! 奥の倉庫使うよ!」
「あら? お客さんかい?」
「うん、辺境伯を連れてきた」
「噂の!? まぁまぁまぁ、それはそれは、ああ! 貴方様がP・Jの意志を継ぐものですね! 我が一族は100年も前からお待ちしておりました!」
「そうですか。あの、娘さんは諜報部にお勤めなんですか?」
「おかしいと思われるかもしれませんが、そうなんですよ! 立派な娼婦として育ててきたはずなんですけどね。どこで間違ったのか……」
女将さんは苦笑いをしながら、「どうぞ」と俺の靴を脱がせてくれた。土足禁止のようだ。
「辺境伯! こちらです!」
「はいはい。今行きます」
諜報部の娘に言われ、奥へと向かった。
『金寿楼』の倉庫には、お宝と思われるものが大量に保管されていた。背丈ほどもある壺や金色の鎧、槍や大剣などの他、宝石箱や酒樽まであった。娘はそれらの宝を縫うように進み、一番奥にある革袋を大事そうに取った。
「これが100年前にP・Jの従士という方が置いていった物です。お受け取りください」
そういや、従士がいたって言ってたな。
「中身はなにが入ってるの?」
「わかりません。私たちには開けることができませんでしたから」
よく見れば、革袋を縛っている紐に細かく模様がついている。もしかしたら、呪いか魔法がかけられているのかも。紐を解こうとしたが、確かに取れそうにない。なにか解呪の魔法かなにかを習得する必要がありそうだ。しかも、革袋にはまたあのドーナツ型の雷紋のマークが焼き付けられている。竜の血を引く一族か。
「そうか。P・Jのね。了解。これは魔境のものです。ありがとう」
「これで、私の一族も一つ荷が降りました」
俺が革袋を懐にしまうのを見て、諜報部の娘は大きく息を吐いた。よほどこの革袋がプレッシャーになっていたのかな。
「遊んでいかれますか?」
「ああ、うん。そうだね」
「私でもいいですし、母でもいいですが……?」
「いや、熟女趣味はないし、諜報部の人としても演技だと思っちゃうから、一番素直な娘がいいな」
性は共同作業なので、こちらだけが気持ちよくなっても満足できない。田舎の娼館に通い続けた俺の結論である。
「わかりました。お母さん! 辺境伯が遊んでいくって!」
「そうですか! ありがとうございます!」
倉庫の外から声が聞こえた。
小一時間ほど遊んで、『金寿楼』を出たのは昼過ぎだった。
できれば、このままお酒でも飲んで眠りたいところだが、冒険者ギルドと商人ギルドへと向かう。
「来たれ! 魔境開拓者、募集!!」という張り紙を掲示板に貼ってもらい、開拓し生き延びた者には金貨3枚という報酬もつけたが、受付にいたおっさんは難しい顔をしていた。
「明日の朝までにしておきます」
一応、試験的なものはするつもりだが、果たして誰か来るかなぁ。
奴隷商にも何軒か寄ったが、栄養失調そうな奴か言うことを聞かなそうな奴、騙してきそうな元盗賊くらいしかいなかった。
本屋にも行ったが、やはり時魔法や空間魔法の魔法書はない。あとは自分の防寒着と下着、それから食料などを買い込み、兵舎へと戻った。
王都にこんなに滞在するとは思っていなかったので、早めに帰らなければ。
サーシャはちゃんと女性物の生活用品を揃え、兵士たちに「魔境へ行く者はいないか」と募集を呼びかけてくれていた。
「あまり、反応はよくありません。死亡率が高いというのが広まってしまっているようです。まぁ、厳しい場所というのはもともと知られているんですが、ここまでいないとは私も思っていませんでした」
「そうかぁ……」
魔境に行くなんて、死ぬために行くようなものと思われているのか。
「それから、辺境伯がグリーンタイガーを猫のようにあやしていたというのが意外に知られているらしくて……」
「ああ、そうか。まぁ、でもそのくらいできないと魔境で生きていけないからなぁ」
「そこまで強い者となると、冒険者の中でも上位で、わざわざ魔境に行かなくても稼げるという者がほとんどです。なにか特別な産業があれば別ですが……」
「そうだよねぇ」
そして翌日、案の定冒険者も商人も誰も来なかった。
荷物の梱包も済んでおり、あとは馬車に乗って帰るだけ。御者は行きと同じ爺さんが来てくれた。
「あと帰るだけなんだよね?」
「そうです。我々はしっかりと現地まで送っていきますので安心してください」
サーシャはそう言ってくれたが、正直一人で帰ったほうが早いんだよなぁ。
荷物も持てるだけ持とうと思えば、全部持てそうだ。娼館も行ってすっかり満足してしまっているし、できればこのまま走って魔境に帰りたいなぁ。
「どうかしましたか?」
「いや、走って帰っちゃダメ?」
「え? ああ、行きと同じ徒歩でということですか? 別に馬車に乗らなくても構いませんよ」
「ん~、そうするとさ。一人で帰ったほうが早いと思うんだよ。道も覚えてちゃったし」
「な!? そ、そうですよね。あ、いや、でも荷物はどうしますか?」
「荷物も持てるような気がするんだけど……」
そう言って、馬車ごと持ち上げてみたが、そんなに重くはない。
「馬車を持って走られると、騒ぎになるかと思います。辺境伯は先に魔境に戻っていて構いませんから、我々が荷物を運ぶというのはいかがですか?」
「ああ、それでもいいかなぁ。あとで訓練施設に取りに行けばいいもんね。じゃあ、そうしてくれる?」
「かしこまりました」
俺は自分の荷物と食料、それから娼館で受け取った革袋と土産を少し大きめのリュックに詰めて背負った。
「なんだか本当に軍に甘えっぱなしで申し訳ない。ウォーレンにはくれぐれもお礼を言っておいてね」
「こちらのほうこそ力が及ばず、申し訳ありません」
「いやいや、ありがとう。いろいろと助かったよ。では」
もしかしたら、会えなくなるかもしれないので、御者の爺さんや護衛の兵士たちにお礼を言って、魔境に向けて走り始める。
王都を出るまでは、人通りもあるのでゆっくり走っていたが、森に入る頃には全速力だった。雨も降っていないし、走りやすい。関所も顔が割れていて、すんなり通してくれた。
行きと同じようにいくつかの町を通り過ぎ、見つけた魔物と盗賊は、後続の馬車のために、できるだけ懲らしめながら進む。
一泊、野宿をして、再び東へ向けて走り始める。途中の町で冒険者や行商人とともに立ち食いのホットドッグを食べていたら、店主に「兄ちゃん、そんなに荷物を担いで、どこへ行くの?」と聞かれた。
「魔境です。東の」
「アッハッハ! 死ぬ気かい? そういや辺境伯って貴族が生まれたっていうぜ。その辺境伯にお仕えするつもりか? 俺だったら、いくら積まれても嫌だけどね」
「俺がその辺境伯ですよ。美味かった。ごちそうさん」
俺は口を拭いて、再び魔境へ向かう。
やはり、まずは評判をどうにかしないと魔境に人は来ないか。特産や名産は、今のところ杖くらい。
「やっぱり、遺跡を見つけないとなぁ」
夕方近くに訓練施設に辿り着き、隊長に報告。お土産を渡して、すぐに魔境へと走った。
魔境を出て10日ほど。
「俺のいない間に誰か侵入してこなかったか?」
入り口に棲むスライムたちに挨拶をして、身体の汗と泥を落とし我が家である洞窟に向かう。
「お、帰ってきたカ」
「マキョーさん! ジェニファーは今か今かとお待ちしておりましたよ!」
「お土産が多そうだね」
「お、お、おかえりなさい」
10日前と変わらない女性陣が迎えてくれた。
「ただいま」