【王都に滞在2・任命式(マキョー篇)】
任命式、当日。
城に入るには従者が必要らしく、サーシャがついてきてくれた。
「昨日はすみません。あのあと、兵士たち全員が、試してみたのですが誰も辺境伯のようにはなりませんでした。今度、訓練をつけてください」
「うん、いや、それはいいんだけど。剣をどうやって弁償したらいい?」
「ああ、気にしないでください。消耗品ですから」
馬車の中でそんな話をしていたら、すぐに城に到着。もっと町並みを見ておくんだった。
城は信じられないくらい大きく、ただただ圧倒され、緊張してしまった。案内する人に連れられて、城の奥へと向かう。
中は柱も床も全てピカピカに輝いてた。たぶん、床の石材一つだけで、うちの実家が建つだろう。踏むのも申し訳ない気がしてきた。
そのまま控室に通され、時間まで待機。あまりに緊張していて汗がだらだらと出て大変だった。川で水浴びしたい。
任命式が始まると告げに来た騎士に連れられて、ホールへと案内された。
ホールには貴族らしい服を着たおじさんやおばさんが集まっていて、奥には背もたれの高い豪華な椅子が置かれていた。
そこに眼光が鋭い細身の壮年男性が座っている。エスティニア王国・国王には、髭はなく、長髪の白い髪が印象的だ。
絨毯に描かれた丸十字のマークの上で俺は待機。大臣らしき人がなにか口上を述べていたが、自分の心臓の音でなにを言っているのかはわからなかった。
国王が立ち上がって儀礼用の剣を構えたので、俺は片膝立ちで頭を垂れる。それだけはウォーレンから教えてもらった。
あとは勝手に王が剣を俺の両肩に当てて、「辺境伯に任命する」と宣言。俺は晴れて魔境の辺境伯になれた。
「面倒なことだ。本当に……」
周囲の音は聞こえなかったが、宣言後に王がつぶやいた言葉は俺の耳に残った。
任命式が終わると、国王は大臣を残して貴族たちを部屋から追い出し、俺をじっと見た。
「なるほど、普通を装っているが、筋力と魔力量がなぁ。負けた一族ほど、生き残るというのは世の理かもしれん」
王はよくわからないことを言って、俺を手で呼んだ。
言われるがまま近づいていくと、王も立ち上がってホールの横にある執務室のような部屋に連れて行かれた。
執務室にはエスティニア王国の領土が描かれた地図がある。西には王都、東にはイーストケニアが描かれ、魔境は灰色で塗りつぶされている。その先には海と魔族の国が少しだけ描かれていた。チェルの出身地である。
「エスティニア王国は東西に長い。そなたの領地である魔境は、北にエルフの国、東の海を渡ると魔族の国、南には鳥人族の国と3ヶ国に隣接している地域だ。東の防衛の要ともなる」
王が地図を見ながら説明してくれた。
南は砂漠までしか行ったことがないので、もしかしたら鳥人族の国に攻められている可能性もある。
「どうかしたか?」
俺の様子に気づいて王が聞いてきた。
「いや、南は砂漠までしか行ったことがなくて、もしかしたら鳥人族の国に攻められているかもしれないと思って」
「そうか。砂漠でなにか見つけたか?」
「鎖に繋がれた空飛ぶ島ですかね。人が住んでいた跡があったんですが、誰もいませんでした」
「ほうっ! 伝説通りか。お主、魔境でなにか見つけたか?」
王はぐいっと前のめりで聞いてきた。
「あと……なんですかね? あ、雷紋が描かれたペンダントみたいなものは見つけました。遺跡の跡はわからないですね。北の方に地底湖があって、そこでも骸骨が同じペンダントを持っていました」
「持ってきたか?」
「あ、いえ、魔境に置いてきてしまいましたが……」
「そうか。それはこんな形のペンダントか?」
そう言って王が懐から雷紋が描かれたドーナツ状のペンダントを取り出した。
「あ、そうです! たぶん同じものです」
「やはりそうか!」
「それはいったいなんの模様なんですか?」
「古い王家の紋章とされてきたものだ。ただ、竜の血を引く一族のものとされている。我も竜の血を引いているらしい。だからか、我には人の能力が薄く見えてしまうようでな。お主を見て、得心がいった」
「なにか変ですかね?」
俺は自分の両手を見て聞いてみた。
「ああ、変などというレベルではない。おそらくウォーレンが全力を出しても、片手で捻れるだろうな。ウォーレンには会ったのだろう?」
軍のトップを片手で捻るなんて恐ろしい真似はできないし、そんな冗談みたいな力は俺にはない。王独特のギャグだろう。偉い人の笑いどころって難しいよね。
「ええ、弟さんにも日頃お世話になっております」
「おおっ! あの人付き合いの悪い小僧は辺境にいたか。あやつらの母親も分家ではあるが竜の血を引く一族の一人だ。歴史を見れば、数々の竜の血を引く一族が魔境に魅入られてきた。どの者も失敗に終わっているがな」
「そうなんですか?」
「ああ、あの魔境には竜の都・ミッドガードがあったと言われていてな。我が一族はずっとその失われた都を探しておるのよ」
ヘリーはミッドガードを魔法国の都市と言っていたが、竜の都だったのか。
「一族総出ですか。それは大変な事業ですね」
『巨大魔獣』が出ると遺跡発掘をやっていられなくなるから、難しそうだ。
「その竜の都はどのくらい前にあったんですか?」
「この900年ほどの間、どの一族もどの国も魔境を支配できた者はいない。おそらくその前だな」
ん? あれ? そうなの?
「なにか違和感はあるか?」
「いや、そういえば、100年以上前にあったという魔族の国との戦争はどうやったのかと思って」
「それは尤もだな。魔境を支配していないエスティニア王国と魔族の国がどうやって戦争をしたのか。王家の秘密にも触れないといけないが、もうそなたも辺境伯だ。身内だと思って語ろう」
「よいのですか?」
聞いていた大臣が王に聞いていた。
「もう良いだろう。この雷紋のペンダントも見つけておるようだし、いずれ知ることになる」
王家の秘密? もしかしてバラしたら殺されるかもしれない。あんまり知りたくないな。
「そもそもエスティニア王国と魔族の国は戦争をしておらん」
「え!? そうなんですか?」
「ああ、100年前、我の祖父の代にふらっと3人の冒険者が空から降ってきたそうだ」
「2人の従士を連れて、です」
大臣が補足してくれた。
「計5人の種族もバラバラの連中だ。その者たちは魔境を調査していると言った。さらに魔族が船で東の海から攻めてきたので、打ち砕いたという。つまり5人で魔族の軍団に勝ったと」
「5人で軍団に勝ったんですか?」
「お主らもイーストケニアの軍団を5人で勝ったのではないか? ウォーレンが報告してきたぞ」
「そういえばそうですね」
船を数隻落として追い返したのかな。ただ魔族の軍団は魔法を使うはずだ。とても俺たちには無理だと思う。しかも空を飛べるなんて。
「それから冒険者はエスティニア王国が勝ったと他国に知らせてほしいと言ってきた。他の周辺国が魔境調査の邪魔をしないようにと釘を刺されたらしい。祖父はその冒険者たちの強さを見て、ほとんど脅しに近かったと言っていたな」
「その冒険者の名前はわかりますか?」
「いや、名前は告げなかったそうだ。ただ、パーティの名前は『P・J』だと言っていたらしい」
「パーティの名前だったのか?」
「知っているのか?」
「いえ、魔境で死んでいた者が持っていた手帳にも『P・J』と書かれていたんです。ただ、空島の墓地には『ピーター・ジェファーソン』と書かれていたので、ちょっと混乱していまして……」
「なるほど、リーダーの名前だったのかもしれんな」
だとしたら、もう一度空島に登って墓荒らしをしたほうがいいかな。
「それで、先々代の国王は魔族の国に勝ったと宣言したわけですか?」
話を戻した。
「そうだ。もちろん、軍備を整えて影武者を東へ向かわせたりもしたらしい。その方が面倒だったと孫の我には言っていたな」
王は自分の祖父を思い出すように天井を見上げていた。
「まぁ、そういう事情で魔族の国と戦争をしていないことは王家の秘密とされてきた。長年、竜の血を引く一族が魔境に入っても失敗し続けていたのに、冒険者から魔境の調査団が出て我が一族よりも遥かに成果を上げていることも衝撃で、祖父の代から、なるべく冒険者ギルドを支援することになった」
俺も一応、冒険者出身だ。ほとんど冒険はしてなかったけど。
「ただ、魔境を買ったという者はいなかったがな。『P・J』の一団以降、魔境調査は失敗に終わっている。そもそも『P・J』の一団も魔族の国との一件以来歴史上には登場していない。お主たちが久しぶりの調査団、というか魔境で初めての地主といったところか」
「そうみたいですね」
「期待している。ただし、不用意に人を連れて行かないほうがよいだろうな。こちらとしても魔境が発展し、竜の都を発見することは望んでいるが、冒険者や優秀な人材の大量死は避けたい。イーストケニアも崩壊しているしな。まったくあの吸血鬼の一族はなにをしているのやら……」
「吸血鬼!? イーストケニアの領主は吸血鬼の一族なんですか?」
「ああ、知らなかったのか? 血を吸うことで相手の能力を吸い取ることができる一族だ。その辺の冒険者には太刀打ちできる相手ではないのだが、エルフの国の侵攻と噛み合ったみたいだな」
シルビアの一族は結構すごい貴族だったらしい。
「伝えられることはこれで全て伝えたか?」
王が大臣に確認。大臣は頷いていた。
「辺境伯、お主からなにか質問はあるか?」
「いえ、いろいろ情報が多すぎて、ちょっと混乱していますが……、あ! 時空魔法の魔法書ってありますか? 『P・J』の手帳に時空魔法は必須と書かれていたんですが」
「そんなものあるわけない。時魔法も空間魔法もとっくに失伝しているし、時空魔法という存在自体が我も初めて聞いたぞ」
「え~、でも魔法陣はいくつか残っているみたいなんですけど……、やっぱり自分で作るしかないですかね」
「お主、魔法を自分で作るのか?」
「それしかないみたいですから……。あ、すみません、がんばります」
「うむ、竜の都は我らの一族の悲願だ。健闘を祈る!」
王はそう言って俺を見送ってくれた。
魔境生活に竜の都・ミッドガードを探すというミッションが追加されてしまった。魔境を探るのも大切だけど、魔境の外側も見たほうがいいかもしれない。
「俺、貴族やってる場合なのかな」
とりあえず、俺はすべてを忘れて娼館に行くことにした。