【王都に滞在(マキョー篇)】
峠を越えてから、2日間走り続けて王都に到着。
エスティニア王国の王都・エストラゴンは、高い城壁に囲まれた城が中心にあり、その周囲に特区と呼ばれる貴族たちの屋敷が立ち並んでいる。外側は平民街で、東西南北で分かれているが、商人も職人も混在しているとのこと。種族の差別も基本的にはないが、同じ種族は固まって住んでいることがおおいのだとか。
軍の兵舎も東側にあり、護衛の兵士たちが案内してくれた。
御者の爺さんとは、ここで一旦お別れ。
「辺境伯、お帰りの際には、また呼んでくださいませ」
そう言って、オススメの娼館を書いた紙を渡してくれた。俺は大事に懐にしまった。
「予定通り、2日後に辺境伯の任命式が御座います。城まで案内しますので、明日までに準備を整えてください」
女性の兵士・サーシャが説明してくれた。
「準備と言っても、服はないし作法も知らないんだけど、大丈夫かな?」
「ああ、そうでしたね。服は軍で用意してあります。作法は王の前に行って、片膝立ちで待っていればいいはずですよ。なにかあれば大臣か王が直接話しかけてくれると思います。失礼のないようにしていただければ、貴族の方たちも特に敵視してくることもないでしょう」
「難しそうだけど。できるだけなにもしないようにするよ」
「それが一番です。下手に自分の力を披露しようなどと思わないでください。辺境伯の力はちょっと危ないので」
「わかった。悪口言われても気にしないし、暴力振るわれても耐えるね」
「いや、その場合は私たちが対応しますので報告してください」
「頼もしいな。ありがとう。助かるよ」
「では、すぐに服の採寸を計る仕立屋を呼びますので、部屋でお待ち下さい」
大きな部屋で待つことに。
石の床に、石の壁。絵画はないが盾と剣の飾りが置かれている。なんだかよくわからない四角い箱。あとは机と椅子、それからベッド。王都、滞在期間中はこの部屋を使えとのこと。
「外に出たい時はどうすればいいんだろうか」
バンッ!
突然ドアが開いて、小人族が現れた。
「どうも、仕立屋でございます! 時間がないため、直立不動でお願いいたします!」
「わ、わかりました」
有無を言わせぬ焦りが見えたので、流れに身を任せることに。
俺が返事をすると、さらに3人の女性が部屋に入ってきて、俺の身体を一斉に巻き尺で計り始めた。
「ちょっと筋肉が綺麗すぎますね」
女性の一人が感想を言った。
「そうですか?」
「力こぶを作っていただいても? 服が破けては困りますので」
「わかりました」
言われるがまま腕まくりをして、力こぶを作ると自然と魔力も集中してしまう。窓を開けていないのに周囲には風が吹いた。
「風魔法ですか?」
「わかりません。魔法には適性がないはずです」
「そんなバカな……」
仕立屋の女性がそう言って笑った瞬間、部屋にサーシャが入ってきた。
「仕立屋、今見たことは忘れたほうが身のためだ。口外もしないほうがいい。たとえ、どこかの貴族に雇われた者であっても、軍は辺境伯につく」
「いえ、我々は誰かに雇われたスパイではありません。失礼いたしました。辺境伯、もう大丈夫です。計り終えました。明日の朝には礼服を用意いたしますので、ご贔屓に」
そう言って仕立屋たちは部屋を出て行った。
サーシャは仕立屋たちが出ていくまでドアの前に立っていてくれた。
「あの仕立屋たちはスパイだったの?」
「わかりませんが可能性は大いにあります。貴族たちは、自分たちの中で最も大きな領地を所有することになった辺境伯が気になっているようですから」
窓の外には連行されていく兵士に化けた人たちがいた。どう見ても軍人らしい筋肉はついていない娘さんまでいる。
「あんまり外に出ないほうがいい?」
「少なくとも任命式が終わるまでは控えたほうがいいと思います」
「でも、やることが、ないんだよなぁ。あ、そうだ。この兵舎に魔法書ってある?」
「魔法書があるかはわかりませんが、図書室はあります」
「そこなら行っても大丈夫?」
「兵舎の中なら大丈夫です。案内しましょうか?」
「お願いします」
サーシャは俺の見張り役になったようだ。
兵舎の図書館には滅多に人が来ないようで、司書さんは居眠りをしていた。
「勝手に見て回るから寝かせといてあげて」
司書さんに声をかけようとしたサーシャに言って、本棚へと向かう。
蔵書は結構あるが、歴史書や経営の本なんかが多い。戦略や戦術の本もあるようだが、専門的な魔法書はないようだ。
以前、訓練施設で交換してもらった初心者の魔法使いに向けた教材もある。
『中級冒険者のための魔法学』という本に魔法陣がいくつか描かれていたので、とりあえず模写しておくことに。紙と木炭は図書室に用意されている物を使わせてもらった。
「なにをされてるんですか?」
サーシャが聞いてきた。
「なにって、魔法陣の模写だよ」
「辺境伯は学者なんですか?」
「いや、学者じゃないけど……、なにかマズいのかい? 魔境ではいろいろ知っておかないといけないんだ。そもそも大きすぎる領土の全てを把握してないしね」
本を読むって兵士の中では変なことなのか。
「なるほど」
「あ、暇だったら寝てていいよ。俺が勝手にやってるだけだから」
「なにかあれば呼んでください。表にいます」
サーシャはそう言って図書室から出ていった。
俺はしばらく本に描いてある魔法陣を模写していく。
そのうち司書さんが起きた。
「すみません、紙と木炭を使わせてもらってます」
「いえ、どうぞ」
会話はそれだけ。あとで、魔境に関する本がないか聞いてみよう。
時間が経つのも忘れ模写していたら、図書室に西日が差し込んできた。
「失礼するぞ」
図書室に髭面の巨漢が現れた。
「ここにいたか。新しい辺境伯だな?」
「そうです」
巨漢は俺の隣の椅子を引いて、ドンと座った。
「王都の防衛を任されているウォーレンだ」
「ということは、ここの軍のトップですか?」
「そうだな」
とんでもなく偉い人なんじゃないか。わざわざそんな人が俺に会いに?
「弟の奴が世話になってるとか? 魔境の近くにある訓練施設で隊長をやってる奴なんだが」
「ああ、隊長のお兄さんですか? いえいえ、こちらこそいつもお世話になりっぱなしで。隊長がいなければパンを食べられませんよ」
「そうかそうか。あの弟は我が家系でも珍しく腕が立つ奴なんだが、人付き合いが苦手で辺境の方に籠もってしまってどうしたものかと思っていたんだ。うまくやっているならよかった」
「すごく良くしてもらってますよ」
「手紙には『辺境伯の頼みはなんでもするように』と書いてあった。人を褒めないあいつが随分褒めていたぞ」
隊長はそんな風に思ってくれていたのか。なにか土産でも買っていったほうがいいかな。
「辺境伯を迎えるために、こちらも準備をしていた。農家の出身だそうだな?」
「ええ、本当に田舎の農家ですよ。次男なんで家を追い出されたんです」
「そのようだな。軍の者が、報告しに行ったら『そんな奴は知りません』と言われたそうだ」
「もしかしたら町で俺が捕まったと思ったのかもしれません。まぁ、遊び歩いていたし、縁を切ったということでしょう」
「そのようだ。なにか家族には伝えておくか?」
「いえ、大丈夫です。役に立たない次男坊が急に辺境伯になるなんて言ってもどうせ信じませんし、特に未練もありません」
「そうか。ならよかった。銀貨10枚だけ渡して、良からぬ噂を立てないようにと口止めしておいたんだ」
気が回る人だ。隊長の人の良さは血筋なのかもしれない。
「ありがとうございます。助かります」
「いや、それより明後日の任命式だが、準備は進んでいるか?」
「服は明日届くそうですが、まだなにも。なにをしていいのかすらわかっていないです」
「だろうな。まぁ、王からすれば任命式など二の次だ。辺境伯は頭を下げていればいいさ。それよりも、もっと難しいことを言われるだろう」
「なんですか? 貴族のパーティーに出るとかですか?」
ヘリーには、「貴族になったら、くだらないパーティー地獄が待ってる」と脅されている。
「いや、そんなくだらない権力争いには関わらせないから安心してくれ。詳しくは王が話すだろう。それで、領民の募集をかけるって聞いたんだが?」
矢継ぎ早に話題が変わっていく。
「今、俺も含めて5人しか魔境に住んでないので、全然開拓されないんですよ」
「そうか。まぁ、そう急ぐ必要はない。人が来なくてもあまり落ち込むなよ」
「やっぱり人気がないですかね? エスティニア王国の東端は遠いか」
「いや、魔境は死なないことの方が珍しい土地だろ? 人を集めるのは難しいだろうな」
「そういえば、そうかもしれません。追放された奴ばっかり集まってきてるし……」
注目されているから、人も来ると思っていたけど、そう簡単にはいかなそうだ。
「ま、とにかく任命式だ。当日には俺もいるから、なにかあれば俺の方を見てくれ」
「ありがとうございます!」
王都にはまったく知人がいないので、味方はありがたい。
ウォーレンは俺と握手をして去っていった。
結局、サーシャが呼びに来るまで図書室にいた。
「腹減ったな」
「部屋にお持ちしますね」
「食堂でいいよ」
「いいんですか?」
「上げたり下げたりするのが面倒だよ」
食事はかなり豪華で、カモを一羽使った料理やミネストローネにふんわりとした白いパンなどが用意されていた。一人では食べきれないので、周りの兵士たちにも振る舞うと喜んでくれた。
これで、どうにか魔境まで来てくれるといいんだけどな。
翌日、服が出来上がり試着して業務終了。再び、図書室で歴史書を読んだりしていたのだが、金属がぶつかる音や怒号がしてなかなか集中できなかった。
訓練場へ行ってみると、サーシャや護衛をしてくれていた兵士たちが剣の訓練をしている。やはり剣さばきは洗練されていて、無駄がない。
「やってみますか?」
俺に気づいたサーシャに誘われて、やってみると見ているより遥かに難しかった。使う筋肉が違うのか、慣れないと緊張のためか固くなってしまう。ただ、何度かやっているうちに身体が覚えるのか、動きもスムーズになってきた。
「これで魔法を付与したら強そうだね」
俺がそう言うと、兵士たちはあまりよくわかっていないようだった。試しに練習用の剣に風魔法を付与して、木の人形に突きを放った。
ボフッ!
人形は砕け散り、練習用の剣先が曲がってしまった。
「すみません。調子に乗りました」
訓練を監督していた兵士長に謝ったが、あまり反応がない。場を荒らしてしまったので、腰を低くして逃げ出した。
図書室に逃げ込むと、司書さんが魔境について書かれている歴史書を紹介してくれた。結局、その日はずっと歴史書を読んで過ごした。