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魔境生活  作者: 花黒子
~王都への旅路、残された魔境生活~
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【それぞれの魔境生活(シルビア篇)】


 故郷のイーストケニアを追い出されてから、数日で仇を取ってしまった。

 身分は奴隷に落ちてしまったのでお家復興とはいかないが、父の仇であるあの反乱軍はこの魔境で死んだ。あまりにもあっさりと。

「終わったのか」


 長年、エルフの国と国境線で対峙し、エスティニア王国を守り続けてきた私の家系は『吸血鬼の一族』として恐れられていた。過去には、侵攻してきたエルフたちを血祭りにあげ、串刺しにして国境線に並べた当主もいる。

 私の一族はエスティニアの王家と同じくらい歴史がある。吸血鬼と呼ばれる理由はいくつかあり、生活様式が夜型であるとか、教会嫌い、長寿なども語られてはいるが、やはり血を飲むという性質が最も有名だ。

 かつて極地にて、死んだ仲間の血を吸い生き延びたご先祖様が、その仲間の能力を得たのをきっかけに、私の一族は神からギフトを与えられた。誰かの血を吸うことで、一時的に能力をコピーできる。それがギフトであるのか呪いであるのか、その時代の当主の考えにもよるが、私の父はギフトとして受け入れた。

私が強化魔法を得意としているのは父の影響だろう。相手の腕力や防御力を下げるような魔法は教えてはくれなかった。

「我々は血から記憶を吸い取るのみ。無闇に使う技術ではないし、知られてもいけない。一時的に借りるだけだ。日頃の鍛錬を怠るな。どんな強い者の能力でも使う身体がなければ、意味はない」

そうやって祖父から父へ、父から私へと伝えられてきた秘技ではあるが、領民のほとんどが知っていたと思う。血がないと生きていけないわけではないが、能力の確認のため、定期的に魔物や協力者の血を吸うことは儀式として行っていた。

 そこをあの反乱者たちに狙われたのだ。

 能力はなにも良い効果をもたらすものばかりではない。激しく体力を消耗する能力も稀ではあるが存在する。そういう能力を持つ者の血を儀式の血に混ぜられ、父は殺された。

 父が殺されたことで兵たちは戸惑い、エルフたちの侵攻も利用され、一気に崩れたらしい。

私はこの魔境に杖を買い付けに来ていて、父が死んだことも知らなかった。もしかしたら叔父が私だけでも、と逃してくれたのかもしれない。だが、死ぬとわかっていてもイーストケニアに戻らぬわけにはいかなかった。

反乱軍の首謀者である冒険者たちにあっさり捕まり、私は奴隷にされた。殺さなかった理由は見せしめとして、闘技場で殺すつもりだったのだろう。

 亡き父に私の人生をかけて必ず仇を討つと約束し、目に入る者全てを敵とみなし暴れた。

奴隷に落ちた貴族の扱いは酷いものだ。強化魔法をかけていても、悪意のある暴力とは心に響く。たが、決して負けるわけにはいかなかった。私がくじけたら、一族は終える。

 そう思って、訓練施設でも暴れ続けたが、マキョーの前ではこちらが強化魔法をしていようがいまいが、あっさり組み伏せられてしまう。

 おそらく、なにをどうしようと今の私ではマキョーに勝つことはできない。

 ヘイズタートルという家ほどもある魔物を前に私は叫ぶだけしかできなかった。その魔物をマキョーはあっさり倒す。

 ヘイズタートルの血を浴びパワーアップした私だったが、魔境の沼には眠り薬や麻痺薬が含まれているため、水浴びしただけで昏倒。気づけば全裸のまま洞窟の前で日干しされていた。

 私を気遣う者はここにはいない。奴隷として連れてこられ、なにもできないのだから当たり前だ。ただ、どうすればいいのかわからなかった。

 性奴隷として交換させられたのだから、夜伽の相手をすると思っていたのだが、それもしなくていいとチェルに言われた。

マキョーの部屋に侵入して、血を貰おうと思ったこともある。マキョーの血があれば、私も少しは魔境でやっていけるはずだ。しかし、寝込みを襲おうにも、マキョーにはナイフの刃が立たない。私の力が弱いのかもしれないが、とにかくナイフを突き刺しても弾き返されてしまうのだ。

母上から教えである「殿方の精液でもいい」という言葉を信じ、夜這いを試みたこともあるが、マキョーはまるで起きず、結局何もできないまま部屋を出たこともある。

 マキョーに懇願してどうにか魔境での戦闘を訓練してもらった。

「……魔物を観察して自分のやり方を探ってもいいんじゃない?」

 私にとってはその言葉は衝撃的だった。イーストケニアでは父か叔父の言うことを聞いて訓練するだけで、自分から訓練自体を考えるということはなかった。

 言われてみると、魔境では皆、自分で何をするのか決めて、自ら行動している。貴族出身であることが急に恥ずかしくなった。仇を討つと言ってはみたものの、目的もなにをするのかも決められず、ただマキョーたちに生かされているだけ。

 変わらなければ、この魔境で生きてはいけない。

 魔物を解体し、骨を掴みながら考えていたら、マキョーに「どうかしたか?」と問われた。とっさに「ぶぶぶ、武器や防具を作ろうかと」と言ってしまったため、私は魔境の武具屋に任命された。

 やることが決まり、少し落ち着いて来た頃、私の一族の仇であるイーストケニアの反乱軍が攻めてくるという。

 願ってもないチャンスだった。

 無論、向こうは多勢。こちらは5人。マキョーが指揮を取り、どんどん罠を張る。落とし穴程度の罠ではない。マキョーは迷路を作り上げてしまった。

 丘の上には爆発する魔法陣まである。強力な魔法陣など正直、見るまで私も信じられなかったが、マキョーは当たり前とでも言うように淡々とイーストケニアの反乱軍に備えていた。

 反乱軍はイーストケニアの正規軍として魔境に現れた。城で雇っていた魔道士までいる。反乱軍を組織した冒険者たちは狡猾に仲間を犠牲にしながら侵入してきた。

 計画は狂ったが、すぐにマキョーが立て直す。この魔境の主は一切の躊躇もなく冒険者たちを仲間から分断し迷路に閉じ込め、魔物の群れに襲わせた。

 聞こえたのは魔物の足音と冒険者たちの阿鼻叫喚。気づけば、目の前には踏み荒らされた道ができていた。ほとんど生きているものなどいない。

仇の死体は花畑に横たわり魔境の植物に血を抜かれ、魔物に腸を食われ、あるいは潰されていた。

たった数十秒で、見るも無残な姿に変わっていた。

自分で手を下せなかったことに悔しさはない。

 ただ興奮して眠れなかった。マキョーたちは寝たが、私は死んだ仇の行方を見届けなければならない気がして丘の上でずっと見ていた。

 負けた軍は夜通し、ずっと負傷者や死者を運び続け、夜明け前に完全撤収。私も洞窟へ戻り、少しだけ寝た。

だが、まだ興奮が覚めていなかったようで、すぐに起きてしまい、ずっと木刀を振り続けてしまう。魔境の入り口に行って、隠れていた者がいないか近くの森まで行って確認したが、やはり誰もいなかった。あれほど恐ろしかった魔境の魔物や植物も、一度味方にしてしまえば不思議と怖くない。


「終わったのか」


 マキョーが起きてきて、私の胸を見てきた時、女として恥ずかしいと思った。同時に、仇を取るという目標を達成し、日常が戻ってきたことに気づく。

イーストケニアでの日常は消えたが、魔境での日常は続くのだ。

これからは魔境の武具屋として生き残らなければならない。

 マキョーは魔境の地主から辺境伯になるようだ。名前が変わっただけで、ここの主はマキョーしか務まらない。

 すぐに王都へ旅立っていった。

 ジェニファーがマキョーと結婚すると宣言していた。そういう道もあるのかと思っただけ。

 ここは魔境。どんな種族であろうが、どういう経歴があろうが、いかなる能力があろうが、関係ない。自分で考え、自ら行動し生き延びること。

 今の私にできるのはそれだけだ。




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