表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔境生活  作者: 花黒子
~追放されてきた輩~
47/370

【魔境生活46日目】


朝、目が覚めて洞窟を出ると、チェルがパンを焼いていた。

「おはよ」

「オハヨー」

 シルビアは朝の調練をしてきたのか木刀を脇に抱え、汗びっしょり。俺を見て自分の胸を隠していた。そろそろ防具を揃えてほしい。

ジェニファーはつまみ食いをしながら、燻製肉を切っている。そのうち太るんじゃないかと心配だ。

ヘリーはまだ起きてない。エルフは低血圧なのかも。

いつもの魔境の日常だ。

俺は沼で顔を洗い、壊滅している畑の様子を見に行った。

「野菜づくりは諦めるか。食べられる植物を探したほうが早い気がする」

 小麦や馬鈴薯などは買ってくるしかないか。

 東から昇る太陽の光が沼に反射し眩しい。ようやく魔境防衛戦を成し遂げたという実感が湧いてきた。


「今日はどうするんだ? できれば窯作りの続きをしておきたいんだが……」

 ヘリーが朝飯を食べながら聞いてきた。

「ダメダメ。先に片付けだヨ」

「スイミン花の花畑で魔石と肉の回収ですね?」

 ジェニファーがチェルに聞いた。

「ソウ!」

「俺は訓練施設の隊長に報告しに行かないと。だいたいイーストケニアの連中はちゃんと帰ったのか?」

「ま、ま、魔境の近くでは見てない」

 朝練をしていたシルビアが確認していた。

「なら帰ったのかな。イーストケニアから第二陣が来るかもしれない。その前にひとっ走りしてくる。後で片付けに合流するよ」

「リョーカイ」

 ジェニファーが作った籠にカム実とフキの葉に包んだ肉をお土産に、訓練施設へ事情を説明しに向かう。

 

 丘で作った迷路を通り、小川にかかる橋を渡る。橋はイーストケニアの兵たちが作った丸太橋だ。

 魔境を出ると森が続く。地面は踏み荒らされており魔物たちの姿は見えない。魔境侵攻の影響がこういうところに出ているようだ。訓練のための魔物まで討伐してしまうと軍も困るだろう。

 森を抜けて、訓練施設の畑に出た。


 畑では兵たちが作業中。その中に隊長の姿もあり、俺が手を上げると、

「おう! マキョー君、来たか!」

 などと親戚のおじさんのように挨拶してくれた。まだ、知らないのかな。

「おはようございます」

「おはよう。早いな」

 隊長は作業の手を止め、部下たちに「後やっておいてくれ」と指示を出していた。

「実は昨日、イーストケニアから兵が魔境に侵攻してきたんですよ」

「えっ!? 本当か? こちらも警戒していたが、そんな情報来てないぞ。それで魔境は?」

「無事です。多少地形が変わったくらいで」

「地形が変わるほどだと!?」

 隊長が驚いたので、畑にいた兵たちが顔を上げてこちらを見た。

「迷路を作って追い込んだんですよ」

「なんだ。マキョー君たちが地形を変えたのか。それでイーストケニアの兵はどうしたんだ?」

「魔境で負傷者と死者が150人ほど出たので帰ったみたいですね。あの、ほら、前にいた魔道士も来ていたので『二度と来るな』と警告はしておきました」

「防衛成功だな。ん? ちょっと待てよ。魔境には今何人がいるんだ?」

「えーっと、俺を含めて5人ですね」

「5人で150人を相手にしたのか?」

「もっと来ていたみたいですけど、魔境に入ってきたのはそれくらいです。だから地形や魔物、植物、なんでも使いましたよ」

 隊長は大きく頷いて笑みを浮かべた。

「隊長、その話が本当ならイーストケニアは今守備が手薄なんじゃ……」

 聞いていた隊長の部下が話に入ってきた。

「ああ、斥候部隊を呼んでイーストケニアに走らせろ。『魔境で軍事力を削られてエルフの国との国境線を守れませんでした』なんてことになったら領主として話にならん」

 隊長がそう指示を出すと、部下は建物の方に走っていった。

「これで、エスティニア王国側からエルフの国に仕掛けるようなことはなくなったのは確かだ。鼻っ柱を折ってくれてどうもありがとう」

 隊長は深々と俺に頭を下げた。俺たちからすれば、突然やって来たから追い返しただけなんだけどな。

「あ、これお土産です。魔境産の果物と魔物の肉です。果物は噛み付いてくるので気をつけて食べてください」

 頭を下げ続けられるのも居心地が悪い。話題を変えよう。

「いや、すまんな。本来、イーストケニアの兵を止めるのは我々の役目だ。その上、こんな気を使ってもらってはこちらの立つ瀬がない」

 隊長はポリポリと頭を掻いて受け取ってくれた。

「おーい、小麦粉の袋を用意してあげてくれ。それから野菜も! 他に欲しいものがあれば言ってくれ」

「ありがとうございます。魔境での畑作りは難しいので、野菜が一番嬉しいです」

「マキョー君、もうちょっと欲を出してくれ。あ、そうだ! 今日の夕方頃に領有権の証書がこの訓練施設に届くはずなんだ」

「そうですか。よかった」

 これで、ようやく正式に魔境が俺の土地になるのか。どんどん家賃を取っていこう。

「晴れて、マキョー君も領主だ。貴族の仲間入りだな!」

「やっぱり貴族になるんですかね?」

「なるだろうな。辺境伯か魔境伯か、そこら辺は王様のセンスだろう。貴族になってくれたら、こちらもある程度動けるから、侵攻されるようなことはないと思う」

「それはいいんですけどね。貴族になるために王都まで行かないと行けないんでしょうか?」

「もちろん儀式があるから行くだろうな。馬車を用意してくれるはずだ。昔、一度だけ貴族の馬車を護衛したことがある」

 魔境に来てから初の遠出だ。しかも貴族になるための旅だなんて。冒険者ギルドで腐っていた頃の自分に聞かせてあげたい。あの時、不動産屋で買ってよかった。いや、良かったのかな。

「それっていつ出発になりますかね?」

「早ければ、明日にでも。馬車だけならすぐに用意できるからなぁ」

「明日ですか? 魔境の生活もありますし、気持ちも追いついてないんですけど……」

「大丈夫。国王が肩に剣を当てて『辺境伯に任命する』っていうだけだから。服も貸衣装でいいと思うし。なんだったら軍の方で用意するぞ。いや、その方がいいな。散々、世話になっているんだから、王都の軍本部に手紙を書いておくよ」

 隊長はそう言って汗を拭い、建物の方に向かった。

 どんどん俺の予定が決まっていってしまう。俺は本当に貴族になるのか? 全然、実感がない。

「隊長、王都まで何日くらいかかるんですか?」

 俺は隊長を追いかけて聞いた。それまでに、心の準備をしておかなければ。

「5日くらいじゃないかな。そうか、マキョー君の旅の準備もあるよな。ここから魔境に帰るのに、半日くらいはかかるかい?」

「いや、俺の足なら半刻かからないくらいですよ」

 隊長は俺の足を見て、少し呆れていた。

「だったら、夕方にまた来てくれ。こちらも護衛の選出と旅費の準備をしておくから」

「そうですよね! 旅費必要ですよね!?」

 そうだ。魔境じゃないんだから宿があるのか。多少なりとも金が必要になる。ただ、金なんてあったかなぁ。

「ああ、旅費も宿も国が出すし、心配はいらない。着替えだけ持ってきてくれればいいから」

「着替え!?」

「まさか魔境生活は着替えないのかい?」

「いや、あります!」

 インナーは3着くらいしか残っていないはずだ。あとはだいたいボロボロになっている。途中の宿で洗濯するか。買えればいいんだけど、金がなぁ。

「とりあえず、旅の準備をしてくればいいんですね?」

「そうだ」

「わかりました。ちょっと魔境に戻ります」

 俺はそう言うと、部下が用意してくれた小麦粉の袋と野菜をお土産と交換してとっとと帰る。


 30分ほどで魔境のスイミン花の花畑にたどり着いた。

 皆、マスクをしてスイミン花にヤシの樹液をかけながら、魔物を回収している。

「おお、作業は進んでいるか?」

「ダメ、花に血を吸われテル」

「肉が傷んでるんですよ。魔石と毛皮だけでも回収しようと思って」

 チェルとジェニファーが答えた。

「腐食した肉や脂は益虫を育てるのに役立つのだ。マキョーの方から二人に言ってくれないか?」

「ぶ、ぶ、武具屋としては魔物の骨は見過ごせない」

 ヘリーとシルビアはすべて回収しようとしている。

「あの、作業中悪いんだけど、俺、明日くらいには貴族になるために王都に旅立たないといけないんだ」

「「「「それで?」」」」

 4人全員が同じ反応だった。

「夕方、また来いって言われててさ。準備が必要なんだ。誰か金とリュックを持ってるか?」

「少しだけならあるはずですよ。リュックも魔獣の時にどこかにいってなければ洞窟にあると思います」

 ジェニファーだけが頼りだった。

「借りていいか?」

「いいですよ。じゃあ、昼までにここの魔物をやっつけちゃいましょう」

「よし、わかった!」

 俺もマスクをして作業に加わった。P・Jのナイフを使えば、サクサク進む。腹を割いて魔石を取り出し、内臓はその辺に捨てておくと勝手に植物が食べてくれる。首を切断して脚に切れ込みを入れて皮を剥げばいいだけ。そう思っていたのだが、ラーミアは魔石くらいしか取り出せなかった。あとは欲しいというヘリーとシルビアに丸投げ。

「血がナイの楽」

 チェルはそう言って袋に魔石を詰めていた。

「ちょっとだけでいいから手伝ってくれないか?」

「お、お、重くて」

 ヘリーとシルビアは弱音を吐いていた。

 どこに運ぶのか聞くと、とりあえず魔物の肉と骨は落とし穴に放り込んで埋めるらしい。そうすれば益虫も寄ってくるし、きれいに骨も採取できるそうだ。

 全員でやればそんなに時間の掛かることでもない。

 昼過ぎに作業が終わり、全員で洞窟に戻った。


 昼飯を食べながら、俺がいない間について話し合う。

「どうせ、魔境から出られないカラ」

「確かに、作業は多いですよね」

「窯作りをしないといけない」

「わ、わ、私は武具の材料を探す」

 4人とも忙しいようで、魔境から出ようとする者はいないらしい。

「じゃあ、死なないように頑張ってくれ。ジェニファー、金は後で返す」

「あ、はい、わかりました。今のところ、魔境で使う宛はないんですけどね」

 昼寝をして日が傾き始めた頃、俺は魔境を出た。


 訓練施設に行くと、しっかり領有権の証書と辺境伯就任の手紙が届いていた。馬車は訓練施設にあるものを使うようにとのこと。

「今、護衛を選出しているところだ。必要な物資があれば言ってくれ」

 隊長がそう言うので、着替えを2着ほど頼んでおいた。

 水浴びをして、その日は用意されていた訓練施設の一室で眠った。興奮して眠れないかと思ったが、深く考えないようにした途端、睡魔が襲ってきた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ