【魔境生活45日目】
ボカンという爆発音が聞こえた。
まだ夜明け前。
着るものもとりあえず洞窟の外に出てみると、西の空に煙が立ち上っていた。
「丘に仕掛けた魔法陣か?」
「お、お、おそらく」
昨夜、眠れずに焚き火の番をしていたシルビアが答えた。
他の奴らものそのそ起き出している。
俺はシルビアを連れて、様子を見に行くことに。
フゴゴゴッ!
巨大なフィールドボアが前足をふっとばされた状態で倒れていただけだった。すでに周囲にはグリーンタイガーやラーミアなどが集まってきている。死にかけのフィールドボアは苦しそうなので、迷わず首を切り落とした。
解体して魔石と肉を回収していたら、自然と魔物たちも集まってきてしまう。せっかく罠を仕掛けているのに、壊されたら溜まったもんじゃない。できるだけ罠を迂回し、南へ向けて血や大きすぎる皮を魔境の森にばら撒いていった。
「も、も、森に、ま、ま、魔物が増えるんじゃ……」
不安そうにシルビアが呟いた。
「しょうがないだろ? 一時的なもんだ。増えたら、シルビアが狩ってくれ。魔境の武器を作る時にも役立つはず」
俺の声にシルビアは鼻息を吐いて大きく頷いた。
戻って魔法陣を仕掛けなおそうと思ったら、チェルたちも丘の上に来ている。
「来てるヨ」
チェルが入り口のほうを指差した。
小川の向こうでは冒険者風の男たちが木を切り倒している。森を切り開いているようだ。魔物が騒がしい。
「橋を作ってこちらに渡ろうとしているようなんです」
ジェニファーは喋りながら、燻製肉を食べていた。「腹が減っては、戦はできぬ、と申します」と全員に燻製肉とカム実を配った。腹に何か収めると、自然と落ち着く。
「向こうの森は軍の施設なんじゃなかった? 木を切っていいのか?」
「よくはないだろうな。まぁ、脅威の殲滅のため仕方がなかったとか理由はつけられるだろうが」
ヘリーは冷静に答えた。
「マキョー、どうスル?」
「待ち、だな。なにかあれば魔物たちに手伝ってもらおう。バーベキューの準備でもしてればいい」
「バーベキューな」
チェルは納得していたが、他の3人は「こんな時にバーベキューなんて」と首を傾げていた。
「バーベキューの匂いで魔物を呼ぶんだヨ」
「「「ああ!!」」」
チェルが説明してようやく理解してくれたようだ。おかしい。昨日、シルビアが魔物を使おうと言ってたはずなのに、シルビアにすら通じないっていうのはどういうことだ? 俺には信用がないのか。
「まぁ、いい! 魔法陣を描き直そう」
俺は地面に爆発の魔法陣を描いて、待機する。
小川の向こうでは、木を切り倒したイーストケニアから来た兵たちが丸太で橋をかけ始めた。
「よーし! 突入するぞー!」
幅広の橋が出来上がると、この前見た魔道士の号令で続々と兵たちが魔境に入ってきた。すでに、ちょっと兵の数が減っている。
「ギャー!」
兵たちはエメラルドモンキーやインプにからかわれながら、落とし穴にハマり大絶叫。オジギ草に片足を食いちぎられ早々に川辺に戻ってくる者や、ヤシの樹液で顔が塞がりもんどりを打つ者など、どんどん脱落していっている。
「止まれ! 魔法にて焼き尽くす!」
魔道士の指示により、兵たちは一時待機。魔道士は呪文を唱え始めた。
「あの魔道士さえ殺してしまえば、侵攻も終わるのではないか?」
ヘリーが提案してきた。
「やってみるか?」
俺がそう言うとヘリーは弓を構えたかと思うと、矢を射る。ヒュンという風切り音がして飛んでいった矢は魔道士の胸に直撃。
「グゲッ!」
鉄の鎧を着ていたため途中で止まったが、魔道士は胸を押さえて蹲った。
「上手いな」
「殺しそびれた」
ヘリーは当たったことより殺せなかったことが悔しいようだ。
「敵だ! 魔道士様を守れ!」
兵たちが魔道士の周りを囲み、橋を渡って撤退していく。
小川の前に残ったのは冒険者風の男たちだけ。先程まで斧で木を切り倒していたが、魔道士が戦闘不能になっても特に動じている様子はない。
「あ、あ、あれが主力部隊! わ、わ、私を捕まえたのもあいつらだ!」
シルビアが教えてくれた。シルビアは捕まえられて奴隷落ちしたんだったな。
「じゃあ、風上でバーベキューでもするか」
俺たちは小川の上流へ行き肉を焼こうとしたら、冒険者風の男たちが異常な行動を取り始めた。
逃げた兵たちに魔物の血をぶっかけて、そのまま魔境の森に向かって走らせたのだ。
「ギャー!」
「死ぬー!」
当たり前だが、血だらけの兵たちは植物や魔物に襲われてあっさり死んでいく。冒険者風の男たちは黙ってその様子を見ながら、自分たちが侵入するルートを確認しているようだ。
「頭、おかシイ……」
チェルが呟いた。
「ざ、ざ、残酷」
「敗者に生存権などないということだろう」
シルビアとヘリーも眉をひそめた。
いずれ血の匂いに釣られって、先ほど遠ざけたはずの魔物たちが戻ってくるだろう。バーベキューをする意味がなくなってしまった。
「いや、効果的だ」
敵の戦意を挫くことも戦術の一つだろう。
冒険者風の男たちは魔道士の側についている兵たちも脅して血を浴びせていた。魔道士の実力を見限ったのかもしれない。魔法を使えない魔道士に用はないとでも言うようだ。
血だらけの兵たちは一斉に魔境の森に入っていく。
ボカンッ!
丘の上に仕掛けた魔法陣が起動し、爆発が起こり、落とし穴に落ちた者は痺れて眠る。
数で押されれば、いずれ俺たちがいる丘にも辿り着くだろう。戦争は予定通りには進まないか。
「作戦変更だ。こちらもやれることをやろう」
爆発音がする中、俺たちは魔境の森を南へ走った。魔物たちが集まってきているうちに、準備をしておく。
地形を隆起させてコの字型に行き止まりを作って、行き止まりの地面を少しだけ沈下させる。隆起させることができれば沈下させることも問題はなかった。窪んだ地面にバーベキュー用に取っておいた肉や用意しておいた魔物の血や脂をばら撒いていく。
すぐに肉の匂いに釣られ、続々と魔物たちが集まってくる。グリーンタイガーにラーミアの他、ヘイズタートルやゴールデンバット、キングアナコンダまでやってきた。
「あとはタイミングだな」
俺は丘に上がり、森を見た。
相変わらず、血だらけの兵たちが森の中を駆けずり回り、爆発が度々起こっている。
「魔法陣が消されているかもしれない。手分けして爆発の魔法陣を描いていこう。敵を迷路に追い込むぞ!」
「リョーカイ!」
チェルたちに魔法陣を描いてもらう。戦争が終わった後のことは一先ず考えない。
幾度か爆発音があったが、徐々に丘の上が危険だということがわかったのか、谷部分を進んでいるようだ。最終地点はスイミン花の花畑なので、早めに走っていた者たちは今頃、眠っているかもしれない。
落とし穴が兵で埋まり、丘で爆発も起きなくなった頃、冒険者風の男たちが動き始める。マチェーテのようなナタで森を切り開きながら、入ってきた。慎重な性格らしく、オジギ草やヤシの葉を切り、植物の特性を見ながら進んでいる。
「マダ?」
「まだまだ」
チェルは今か今かと魔力を練り上げて待っていた。
日の光が陰り、冒険者風の男たちの姿が見えなくなった頃、俺たちは作戦を実行に移す。
「そろそろ行くぞ」
「リョーカイ!」
まず、俺は入口付近の川辺を隆起させて、迷路の入り口を塞ぐ。チェルたちは森の南へ向かい、窪地にいる魔物たちの後ろで火を起こし始める。肉を貪っていた魔物たちは火と煙によって混乱し、興奮状態。
後は俺が行き止まりになっている丘を平地に戻すだけ。
「グァアア!!」
「フゴゴゴ!!!」
「ギギャギャギャ!!」
「キャァアアア!!」
魔物たちが一斉に迷路に飛び出した。落とし穴に落ちている兵たちを踏みつけ、血だらけの兵たちに噛みつき、奥へ奥へと進み始める。
冒険者風の男たちも異変に気づき、もと来た道を戻ろうとしたが、すでに塞がっており、丘を登ろうとした。「止めておけ! 爆発するぞ!」という男の声が聞こえてきた。
すっかり魔境の丘は爆発すると思い込んでくれているらしい。
冒険者風の男たちは魔物の群れと戦うか、先へと逃げるかの選択肢だけが残る。冒険者風の男たちは6人。かたや魔物の群れは大型のものだけでも30頭はいる。今度はこちらが多勢に無勢。逃げるしかなくなり、冒険者風の男たちはスイミン花の花畑へと走っていった。
俺たちが見に行くと花畑には兵や男たちの他、魔物の群れも倒れ、眠っていた。
「急な作戦変更だったのに、こんなにうまくいくとはな」
「地形を操るマキョーさんしかできませんよ。こんなこと」
ヘリーとジェニファーが倒れた男たちを見ながら言った。
「なんでダ?」
「仲間の兵の無駄遣いだ。数打てば当たるというものでもない。魔境では慎重さと根気だけが生き残る術だ」
魔境の掟を守った方がいい。
「あ、あ、あいつらはど、ど、どうするんだ?」
シルビアが眠った奴らを見た。
このまま眠り続ければ、スイミン花に血を吸われ腐って行くだろう。
「あれ? あいつら幽霊になったりするんじゃ……。とっととヤシの樹液でスイミン花を固めるぞ!」
全員に有無を言わさず命令。スイミン花にヤシの樹液を垂らして固め、とりあえず男たちを回収。魔物たちは放っておく。
「落とし穴の奴らも拾っておいたほうがいいか?」
「ああ、死体もまとめて返そう。ヘリーとジェニファーはどんな方法を使ってもいいから、死んだ奴らを成仏させてくれ。なんだったら家賃を減額してもいい」
ヘリーは霊体になれるし、ジェニファーは僧侶だ。幽霊をどうにかしてくれるはずだが……。
「幽霊が出たら対処するが、まだいいだろ? だいたい爆発して飛び散っちゃっている奴らだっているんだから全員は回収できないぞ」
「マキョーさんは怖がりすぎですよ。それより早く回収しちゃいましょう」
二人はあまり取り合ってくれなかった。
マスクをして気付け薬の棒を鼻に突っ込み、落とし穴から眠っている血だらけの兵と死体を拾い上げ、川辺に並べた。眠っている者は蔓で両手足を縛り、スライムに噛ませて魔力切れを起こさせておく。
50名ほどの生存者と100体ほどの死体を回収。あとは爆死か、植物と魔物に食われたので見つけられない。そもそも魔境に入ってすらいない者も多いようだ。
せっかくなのでイーストケニアの兵たちが作った橋を渡り、未だ残っている魔道士のもとへ向かった。
胸に包帯を巻かれて苦しんでいる魔道士は俺の顔を見て、血の気が引いていた。周囲の兵も同様に俺の姿を見て怯えている。
「まだやるか?」
魔道士は首を横に振った。
「負傷者と死者は返してやる。その代り二度と魔境に来るんじゃない。いいな!?」
その場にいる全員が首を縦に振った。
これにて魔境とイーストケニアの戦争は終わりだ。
「細かい賠償については後で報せることになるだろう」
そう言い残し、俺は魔境に戻った。
日が傾き始めている。
川原から、負傷者と死体が生き残った兵たちによって運ばれていくのを見ながら、俺たちは夕飯の燻製肉を食べていた。
訓練施設の隊長には明日、報告することに。今日はもう疲れた。