【魔境生活44日目】
イーストケニアから侵攻されるかもしれないと全員に報せると、翌日から対防衛戦のための作戦が始まった。
「基本的には地形を利用した罠を仕掛けていくつもりだ。そもそも5対2000とか戦いにすらならないと思うので、ひたすら罠に嵌めていく作戦でいく」
「リョーカーイ!」
チェルはわかっているのかいないのかなぜかワクワクしている。シルビアは仇討ちのような戦いなので鼻息を荒くしているし、ヘリーとジェニファーは面倒くさそう。
「自分の領地を放っておいて魔境に来るなんて不毛だねぇ」
「お互いにこれからって時に戦ってどうするんです?」
文句を言っていても敵が魔境に来てしまうので、とっとと落とし穴を掘っていく。
「いやはや原始時代のようだな」
「他に案はあるのか?」
文句ばかり言うヘリーに聞いた。
「マキョーが地形を変えて迷路にすればいいんじゃないか?」
「迷路! いいナ!」
チェルは乗り気だ。
迷路と言っても迂回されたら意味がないように思うが、ないよりはマシなので考えることに。正直、落とし穴は魔境に来た当初作りまくって慣れていたので作業がすぐに終わってしまったのだ。
地面に魔力を放ち、隆起する力に干渉して引っ張り上げるだけだが、拠点である洞窟まで辿り着くのに、いくつも丘を越えなくてはならないようにしておいた。谷部分を進んでいくとスイミン花の花畑に誘導されるようにもした。
「他になにかない?」
なるべく白兵戦はしたくないので、皆にアイディアを募る。
「ま、ま、魔物を使わないか?」
シルビアが血や肉を使って魔物をおびき寄せ、敵兵と戦わせようと提案してきた。
すぐにできそうなので、沼にいたヘイズタートルをさくっと討伐。血と肉を手に入れた。
「他には?」
「魔法陣がイイ」
チェルが魔法陣を罠に組み込めと言ってきた。
前にアラクネの巣を爆破させたのが忘れられないらしい。爆発の魔法陣は危険すぎるので禁止していたが、魔境が奪われるくらいなら使うことを躊躇ってはいられない。
隆起させた丘の上に爆発の魔法陣を描いていく。危険なので描いたらすぐにその場を離れた。
「向こうが野営するなら兵站を潰したいですよね?」
ジェニファーが顎に手を当てて言った。
「兵站に毒でも仕込むか?」
「地面に埋めたスイミン花が熟成されている頃じゃないか?」
ヘリーが言った。確かに、スイミン花を水に漬け込んで睡眠薬を作っていたな。
「壺がまだナイヨ」
「ヤシの樹液で簡単な壺を作ろう。火ですぐに溶けるし、兵站にぶっかけたら使い捨てでいいだろう」
「ナルホド」
ヤシの樹液で壺を作り、中に睡眠薬を入れる。睡眠薬は鼻の穴に気付け薬を突っ込んで使い捨ての壺に入れた。睡眠薬が入っていた穴を開けた時点でヘリーが眠ってしまったので効果は保証済み。
「ヘリー、起きたか?」
眠ってしまったヘリーの鼻に気付け薬の棒を突っ込むと、咽ながら起きた。
「ゴホッ、睡眠薬をそこら中に仕掛けて逃げればいい」
「確かに、やっぱり逃げるのも兵法か」
非常食や生活用品などをまとめる。
「み、み、皆の武器は?」
シルビアが聞いてきた。
俺はP・Jのナイフがあるし、チェルは魔法と杖がある。ヘリーはトレントの枝で弓を作るらしい。
「ジェニファーは武器あるのか?」
「前はヘビークラブとか笏とか棒状のもので戦ってましたけど……」
「ン」
チェルは大きな魔石が付いた長めの杖をジェニファーに渡していた。付いているのはラーミアの魔石で、石化の効果がある。結構強力だな。
シルビアはちょっと曲がった鉄の剣。結局、それが一番手に馴染むし持ち運びも楽なのだとか。
準備している間に昼になってしまったが今のところ敵が来る気配はない。
飯を食べて昼過ぎに入り口の小川で反対側の森を見ていたら、遠くの方から太鼓を叩く音が聞こえてきた。
「き、き、来た」
「まだ敵も見えてないっていうのに、味方を鼓舞してどうするんだ? よくわからん」
「本当に2000人も来るんですか? 森を抜けてもこの川原で2000人も隊列組めないと思いますけど」
「ワクワク」
各々、反応が違う。
ひとまず、魔法陣を踏まないように丘の上で待機。
「来ないネ」
チェルの言う通り、かなり待ったが夕方近くになっても敵の姿は見えなかった。
「に、に、人数が多いとこんな深い森では移動しにくいはず」
「魔境に辿り着く前に終わるんじゃないだろうね」
シルビアとヘリーは非常食の燻製肉を齧りながら小川の反対側にある森を見ていた。ジェニファーはなにもしてないと不安だからと籠を作り始めた。俺はちょっと昼寝。
太鼓の音も止まってしまった。
「やー!」
「うわぁー!」
代わりに雄叫びや悲鳴が聞こえてきた。どうやら森で魔物と戦っているらしい。
「魔境に入る前の訓練かぁ」
「やりますネェ」
俺も魔境に入る前に森で魔物を倒したから、どうにか生きられているのかもしれない。
「とはいえ、来ないな」
「お、お、音は聞こえるのに」
ヘリーとシルビアも焦れてきた。
「じゃあ、私は洞窟でパンでも焼いてきますね」
座って見ていたジェニファーは自分の尻を叩いて草を払った。
「じゃあ、私モー」
チェルも戻るらしい。
一応なにかがあったときのために、ヘリーとシルビアと待っていたのだが、日が暮れてしまったので、俺たちは一旦洞窟へと戻ることに。
「イーストケニアに侵攻したときもこんな感じだったのか?」
シルビアに聞いてみた。
「い、い、いや、城に内通者が複数いた。あ、あ、あとは金で裏切っていく者が多かったと思う」
「じゃあ、内通者が何人もいるかもしれんな」
ヘリーが言ったが、すぐに「ないな」と一人で納得していた。
魔境にいるのは仲間から、あるいは国から追放された者たちばかり。内通したところで今のところ得はないだろう。
「どうしてですか? 生焼けですよ!」
「この方がウマイ!」
洞窟ではチェルとジェニファーがパンの焦げ具合で喧嘩している最中だった。
「焼き加減はいいから食おう!」
夕飯はパンとジビエディアのステーキ、それからヘイズタートルのスープ。戦いに備えてたくさん食べるのかと思ったら、ジェニファーは在庫整理だという。
「腐らせてもしょうがないですからね」
どれも美味い。ステーキは辛いペースト状の調味料が添えられていた。
「うおっ! 鼻が!」
ヘリーは鼻にきたようだが癖になると、大量に付けていた。チェルが水辺で見つけた植物で、ジェニファーがパッチテストをして味見をしたらしい。
「み、み、見たことがないが、なるほど少しつけると美味だ」
シルビアも気に入ったようだ。
「ワサビと名付けよう」
俺はとりあえず名前を付けておいた。
「そういえば忘れてたけど、この戦いが終わったら、俺、貴族になるかもしれないんだ」
「エ~! 貴族~!」
「ならん方がいいぞ。碌でもない連中と付き合うことになる」
チェルとヘリーは反対のようだ。というかヘリーは貴族だったことがあるのか。
「ちょっと一応、確認なんだけど、この中で貴族だったことある奴いるか?」
俺が4人に聞いてみた。
シルビア、ヘリー、チェルの3人が手を挙げた。5人中3人が元貴族か。
「まじかよ」
「けっ!」
俺の横にいたジェニファーが、今まで見たことない顔でステーキにがっついていた。出生にコンプレックスでもあるのかな。
「実際、貴族ってなにをやればいいんだ?」
「領地の運営だな」
「メッチャ子作り」
「く、く、国のために生命を賭して戦う」
いろんな考え方があるようだ。
「実務を教えてくれ」
「インフラの整備だ。それから近隣の領地との調整もだな」
「夜、ガンバ!」
「ひ、ひ、日々の鍛錬と戦略と戦術の勉強」
やること多いな。
「やっぱりね、教育ですよ! いちばん大事なのは教育れす! あれ?」
唯一貴族を経験してないジェニファーがワインの瓶を煽って立ち上がったが、大きく揺れている。
「バカ! それは睡眠薬だ!」
ヘリーがジェニファーから瓶を取り上げたが、時すでに遅し。ジェニファーはカクンと眠ってしまった。
「これは明日、一日ジェニファーは使いものにならないかもしれない」
ヘリーは瓶の中に入っている睡眠薬の残量を見ながら言った。
「自分の土地だし、なんでもやるか」
夜が更けていった。未だ侵攻してくる気配はない。