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魔境生活  作者: 花黒子
~追放されてきた輩~
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【魔境生活43日目】


 今日は午前中に全員で窯作りを手伝った。


 武具屋になったシルビアが炉を作りたいと言い始めたのだ。

 家賃もその方が早く回収できそうなので俺も手伝う。


 ジェニファーだけ竹細工で籠を作る予定だったが、皆でやったほうが早く作業が終わるだろうと、手伝いに来た。おそらく一人でいると魔物に襲われたときに対処できないからだろう。

 基本的にヘリーが現場監督で図面通りに乾いて固くなったレンガを積み上げていく。

「よく図面なんか書けるな」

「昔見た窯を思い出しているだけさ」

 ヘリーはそう言いながら繋ぎで使う泥をこねていた。

「フヘェ~」

 単調な作業にチェルは早くも弱気な声を漏らしている。

 チェルはどうにか土魔法でできないかヘリーと何度も議論をしたらしいのだが、魔法で作ったものは魔法に弱いそうで、あっさり崩れるらしい。周囲にはチェルが魔法で作ったと思われる窯の残骸があった。

「単純に燃料を魔石にするかもしれないから、仕方ない」

 ヘリーに尻を叩かれながら、俺たちはひたすらレンガを積み上げていった。

 ある程度積み上げたら粘土を塗って、乾かす。それが終われば、また別のところに積み上げていく。この繰り返し。

 太陽が天高く昇ったところで、昼飯休憩。

 肉肉しいサンドイッチを食べていると、西の森からグリーンタイガーがこちらにやってきた。俺たちの住処に近づくなんて珍しい。

 余っていたヘイズタートルの足の骨を投げるとうまそうにむしゃぶりついていたのだが、すぐに飽きてこちらを見てきた。

「なにか訴えたいことでもあるんじゃないか?」

「どうしたんですか?」

 ヘリーとジェニファーが近づくと、グリーンタイガーは唸り声をあげた。

 自ら近づいておきながら、威嚇するなんてなにかおかしい。ヘリーとジェニファーではダメなのか、と思って俺が近づくとクンクンと手の匂いをかぎ始めた。

「匂いを嗅いでなにかわかるのか?」

 俺が下顎をくすぐるとグルルルと甘えた声を出した。

「魔物使いの才能が開花したかな?」

「強いコトを察知したダケ」

 チェルがサンドイッチを食べながら言った。

「え、え、餌を求めてやってきたならちょっと太りすぎている」

 冷静にシルビアが指摘した。

 そういえば、まるまると太ったグリーンタイガーだ。

「でも、縄張り争いで来たならもうちょっと戦う姿勢を見せるんじゃないか?」

 俺がそう言うと、西の森から「ギャー!!」という叫び声が聞こえてきた。西には魔境の出入り口の小川がある。

「侵入者か。もしかしてお前、それで呼びに来てくれたのか?」

 俺はグリーンタイガーに半分になったサンドイッチを食べさせ頭をガシガシ撫でた。

「マキョー!」

 チェルはそう言って、いつも俺が使っているナイフを投げて寄こした。俺はそれを空中で掴む。

 チェルは自分が一番使いやすい杖を持って、ローブを着ていた。

「とりあえず、他の皆洞窟で待機! いつでも逃げられるようにしておいてくれ!」

 俺が「案内してくれ」と言うと、グリーンタイガーは「ガウ」と一鳴きして西の森へと走っていった。

 俺とチェルはグリーンタイガーを追いかける。オジギ草やカミソリ草もあったが、魔境に慣れた俺とチェルは怪我をすることもなく躱していった。

 スイミン花の花畑を通過しようとするグリーンタイガーの身体をチェルが棒で突きながら方向転換。川原までたどり着いた。

 小川では水しぶきがいくつも上がっている。スライムの群れがなにか食べているらしい。

 俺たちはグリーンタイガーを可愛がりながら、しばらく様子見。

「ペッ!」

 スライムの群れが吐き出したのはローブ姿の3人。全員呼吸は止まっているし、心臓も動いていない。死因は水のなかで魔力切れを起こしたことによる溺死かな。ローブをめくってみると、たくさんナイフが仕込んであった。暗殺者だったのかな。

「あ~、残念だったなぁ。武器を捨てれば助かったかもしれない」

「マキョー、マークついてる」

 チェルが死体の服を引き剥がして、腰に入れ墨を見つけた。形は三日月に十字。3人全員に入っていたので、仲間だったのだろう。

「ガブガブガブ!!」

 グリーンタイガーが森の中から人の死体を咥えてきた。入れ墨の同じようなローブ姿の女で、全身に切り傷があり、首の骨が折れている。魔境に侵入して、植物と魔物に殺されたのだろう。

「まだ、いたのか」

 ローブを剥ぎ取るとやはり腰に三日月に十字の入れ墨があった。

「まだいるのか? 面倒だなぁ」

 俺はそう言って、森を見た。

「攻撃されてルネ?」

 言われてみれば確かにそうだ。魔境はこの入れ墨の連中に攻撃されている。

「侵略を受けてるってことでいいのか? でも、全員死んじゃってるとどこの誰だかわからないままだぞ」

「生きてル奴、探そウ」

「よし、来た!」

 俺たちは周囲の森を探し回った。

「全然見つからないな」

 いるのはグリーンタイガーやフィールドボアの亜種ばかり。しかも、植物も魔物も川原に置いてきた死体を荒らし始める。実際、女の死体から腕を半分持っていかれてしまった。

「死体そのままにして魔物に食べられたら、幽霊とかゾンビになるかもしれないよな」

 正直、ゾンビはまだしも幽霊とかわけわからないものになられたら本当に面倒だ。

「隊長に見せル?」

「それがいいかな」

 ガサゴソッ!

 森の中から何かがこちらにやってきた。

 とっさに俺もチェルも武器を構える。

「あ~、なんで道作らないんですかね? もう」

「マキョー! チェル~!」

「お、お、置いてかないでくれ」

 ジェニファーたちだった。

「なんだ、お前たちか。森の中で誰か見なかったか?」

「いや」

 ヘリーが振り向いて森を見ながら答えた。俺たちが遅いので様子を見に来たらしい。

「あ、また死体ですか?」

「そうなんだ。意外にこの魔境にも人が来るようになったらしい」

「コノ入れ墨、知ってル?」

 チェルが死体を転がして女性陣に腰にある三日月に十字の入れ墨を見せた。

「こ、こ、これは!?」

 シルビアがなにか知っているようだ。

「きょ、きょ、教会の暗殺者集団じゃないか?」

「え!? 『ハシスの16人』ですか?」

 元僧侶のジェニファーが驚いていた。

「こいつら16人もいるのか?」

「いや、全員で行動することはないと思いますけど本当にそんな人たちがいるなんて知らなかったです。シルビアさんはどうして?」

「む、む、昔、父上が教会から脅されていた時に、『ハシスの16人』という名を聞いた。つ、つ、『月に十字』の入れ墨を彫った者が来たら、家を捨てて逃げろと言われたことがある」

 シルビアの父親は貴族だから、教会と反目し合うこともあったのだろう。

「それで、なんでこの者たちが魔境に来るんだ? 教義に反することでも隠してるのか?」

 ヘリーが聞いてきた。

「魔族にエルフの逃亡者、クビになった僧侶と没落貴族の生き残り、これで誰かに狙われないほうがおかしいのかもな」

 俺が指を折って数えながら言った。別に匿うつもりはなかったが、厄介な奴らばかりが魔境に集まっている。地主なら追い返したいと思うのが普通だ。

「私はクビになんてなってませんよ! 自分から辞めたんです!」

「やっぱり僧侶、辞めたんだな」

「な……! 今は魔境の総務です!」

 ジェニファーが高らかに宣言した。勝手だなぁ。

「それで、この死体はどうするつもりなんだ?」

 ヘリーは死体を検分するように口の中や目を見ながら聞いてきた。

「焼くか、それとも隊長に引き渡すか、かな」

「暗殺者なのだろう。仲間が死体を放っておくかな? 死体を動かす術もあると聞く」

 死体には情報がある。もし、悪用されれば組織が壊滅しかねない。だとすれば、この死体を消すために再び暗殺者の集団がやってくる。

「面倒だなぁ。杭に刺して晒しておくか?」

「酷すぎル」

「ひ、ひ、人か?」

 チェルとシルビアが却下。

「じゃあ、やっぱり軍に任せよう。俺たちには対処できないし」

「ん、ヨシ!」

 チェルが蔓で計4人の死体を縛った。人間4人も入る袋はないので、フキの葉で包みヤシの樹液で固める。

「はぁ、じゃあ、ちょっと行ってくる。まだ森にいるかもしれないから油断しないように」

 すでに日が傾いている。一番足が速いのが俺なので仕方がない。

「イッテラ~!」

 4人の死体を抱え、俺は小川を越えた。

 森を抜け、軍の訓練施設へ。

 だいたい1時間ほど走り続けただろうか。ようやく建物が見えてきた。

「すみませーん! 魔境から来ましたー!」

 いつも裏側から入るのだが、誰もいなかったので正面の門を叩いて人を呼んだ。

 ギーッ!

 若い軍人が門を開いて訝しげにこちらを見てきた。

「あ、すみません。東にある魔境から来たんですが……」

「ああっ! 話は伺っています。どうぞ、中に!」

 良かった。これで門前払いをされたら、ただ死体を抱えた不審者として捕まるところだ。

「まだ、こちらに来る日ではないですよね?」

「ええ、ちょっと侵入者が現れまして、隊長さんに相談しようと」

「なるほど。その重そうな荷物は?」

「侵入者の死体です。4体」

「えっ!?」

 若い軍人は飛び上がって驚いていた。

「いや、殺してないですよ。魔境に入った時点で魔物に殺されてたんです。ただ、暗殺者っぽいんですよね」

「暗殺者ですか?」

「『ハシスの16人』とか言う人たちじゃないかと。それで証拠として持ってきたんです」

「うぇ~!!! す、す、すぐに隊長を呼んできます!」

 若い軍人は「隊長!」と叫びながらどこかへ走り去ってしまった。騒ぎを聞きつけた軍人たちも集まってきてしまった。

「何があったんですか?」

「暗殺者っぽいのが魔境に侵入してきまして」

 という会話を5、6回して、ようやく隊長がやってきた。飯を作っていたのかエプロン姿だった。

「なにがあったかい?」

「暗殺者らしき連中が魔境に侵入してきたんです。俺が見つけたときにはすでに死んでいて」

「その大きい荷物は?」

「死体です。4体。あ、誰か松明持ってます? 樹液で固めてきたんで溶かせば証拠を見せれます」

「死体か!? あ、じゃあこんな正面玄関じゃなく裏に!」

「ああ、すみません」

 俺は隊長に裏庭へと案内された。訓練生の軍人たちも野次馬としてついてきた。


 ヤシの樹液を溶かして4人の死体を裏庭の芝生の上に転がした。

「腰の辺りを見てください。三日月に十字の入れ墨が彫ってありますよね」

「これは!」

 隊長は入れ墨を見て驚いていた。

「よく自分は知らないんですけど『ハシスの16人』じゃないかって……」

「なるほど、ちょっと難しい案件だね」

「そうなんですよ。魔境ではちょっと扱えないかなと思いまして急遽持ってきたんですよ」

「わかった。とりあえず預かるけど、ここは訓練施設だからね。正確なことはわからないかもしれないよ」

「いやいや、この死体の正体を知りたいとかじゃなくて、魔境に死体があったら暗殺者の仲間に復讐されるんじゃないかと思って」

「ああ、じゃあ、燃やしてしまってもいいんだね?」

「どうぞ。ただ、こういう輩が来るということはなにか魔境の悪い噂でも流れてるんですかね? それが知りたくて」

「あ~、それで言うと、ちょうど話しておきたいことがあったんだ。ちょっと時間あるかい?」

 すでに日が暮れ始めている。ただ、何度も行き来しているので帰れないことはないだろう。最悪、森で野宿すればいい。

「ええ、構いませんよ」

「じゃあ、こちらに」

 隊長は俺を案内しながら、集まっている部下たちに指示を出していた。

「死体安置所にこの4人を入れておけ。医療班は解剖を頼む。教会の連中にはまだ連絡するな」

 軍と教会にはいろいろ政治的な関係があるのだろう。


 隊長はいつもの取引する小屋に俺を案内して2人きりになった。

「実は以前、言っていた魔境の領有権についてなんだけどね」

 隊長は椅子に座るなり、話し始めた。

「はいはい、どうなりましたか」

「おそらく、あと3日ほどで証書がこの訓練施設まで届くと思う。その時点であの魔境はマキョーさんの領地となるはずだ」

「そうなんですね。ありがとうございます」

 そもそも不動産屋から買った時点、俺の土地だと思っていたので不思議な感じだ。ようやく、これで国に認められた地主になれるのか。

「あ、貴族の仲間入りだね。おめでとうございます」

「は? 貴族? 俺が?」

「領地の大きさからすれば当然だよ。まぁ、今はその話は置いといて、3日の間にイーストケニアにいる貴族の私兵と冒険者たちが魔境に侵攻するかもしれないんだ」

「え!? なんで?」

「正式に領地と決まる前なら、この訓練施設にいる軍もそう簡単には動けない」

「大義名分がないからですか?」

「そうだ。だから、今日から3日間はどうにか魔境を守ってくれ」

「そう言われても……」

 俺を含めて5人しかいないっていうのに、どうやって守るんだ?

「まぁ、貴族になる前哨戦としてここは堪えどころだ。期待してるよ」

「期待されてもなぁ。でも、魔境は思っている以上に大きいと思いますよ。侵攻したとして3日で奪えるかなぁ。向こうは何人くらいいるんですかね?」

「1000や2000ほどだと思う。イーストケニアの守備もあるからね」

 そんな量をどうやって相手すればいいんだ。

「勘弁して下さいよ。無理ですよ」

「大丈夫だ。魔境には強力な杖があるだろ?」

 杖を何本用意すればいいんだ。

「例え魔境を守れたとして、大量の死体が出ますよね。どうすればいいんですか?」

「焼いてしまって構わない。なんだったら3日後にイーストケニアへ送り返してもいい。領地として認められれば、こちらの軍も動けるしね」

 俺は頭をかいて渋い顔をした。

「魔境防衛戦ですか。そもそも防衛できるような場所とは思えないんですけどね」

「頑張ってくれ。イーストケニアがこれ以上、力をつけるとエルフの国と本格的な戦争に突入していくかもしれない。どうにかそれだけは防ぎたいんだ」

 イーストケニアはエルフの国と接しているので、外交上の問題が多そうだ。すでに反乱の時に小競り合いもあったみたいだし、いろいろ大変なのだろう。

「やれるだけやってみます」

「頼んだ」

 厄介事がまた増えた。



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