【魔境生活42日目】
翌朝、全員が飯の後、動き始めた。
チェルとヘリーは窯作り。やはり容器は必要。チェルは単純な労働力としてヘリーがスカウトしていた。
ジェニファーは掃除と籠作り。掃除は病気予防だし、採取用の籠はいくらあっても足りない。籠を作っている時のジェニファーは熟練の職人のようだ。「竹がもっとあれば」とぼやいていた。
シルビアと俺は魔物の狩り。肉の確保とシルビアの訓練が目的だ。
「わ、わ、私を鍛えてください!」
朝飯前に俺が沼で顔を洗っていたらシルビアが頭を下げて訓練してくれと頼んできた。
「な、な、なにかを作れるほど器用ではないし、料理も苦手だ。強くなって魔物を狩るくらいしか私にできることはない」
「強くって言われても、俺は人に教えられるほど強くないぞ。魔境でのサバイバル術みたいなことでいいか?」
「か、か、構わない! それでお願いします!」
「わかった、わかった。あんまりその格好で近づくなよ」
布切れ一枚で迫られたら断れない。
「す、す、すまない!」
ようやく自分の姿に気がついたのか、坊主頭のシルビアは洞窟の方にすっ飛んで戻っていた。おそらく寝床でずっと自分の存在価値について考えていたのかもしれない。
「奴隷に成り下がった元貴族か。変わらないといけないんだろうな」
俺は走り去るシルビアの背中を見ながら呟いた。
数時間後。
ザシュッ! ザシュッ!
鉄の剣でシルビアがワイルドベアに斬りかかっていた。ただ厚い毛皮に阻まれて致命傷は与えられていない。
「同じことをしていても意味ないぞ」
シルビアが再び剣を振りかぶった瞬間、ワイルドベアから頭突きを食らっていた。
「おおっ、そりゃ痛い」
気絶するシルビアを置いといて、ワイルドベアの鼻にナイフを突き立てた。
ワイルドベアはひるまず、両前足で俺を引き裂こうと攻撃してくる。鼻に突き刺さっているナイフを引き抜き、右の前足を両断。右へ跳んで攻撃を躱した。
鼻と右前足からダラダラと血を流しているワイルドベアは口を大きく開けて苦しそうに息をしている。
獣系の魔物の武器は爪か口。それに気をつけながら、体を攻撃していくのが対魔物戦のセオリーだろう。シルビアもそんな感じで戦っていた。ただこちらの攻撃に効果がないとわかったら、違う方法をすぐに考えないとこちらが殺されてしまう。
弱点を見極めて最短距離で攻撃し、武器の一つでも奪えれば上出来。あとは石を投げながら逃げても勝手に死ぬ。ワイルドベアがいい加減苦しそうなので、ナイフで首を跳ね飛ばした。
おそらくシルビアは戦術の切り替えとか弱点の見極めができていないのだろう。
元貴族だからか、習った戦い方に固執してしまうのかな。
俺は気付け薬を嗅がせてシルビアを起こした。
「もうちょっと生き残ろうとしたほうがいいぞ。魔境は剣術の訓練施設じゃないんだからな」
「ほ、ほ、他にどうすればいいのかわからない。か、か、変わりたいんだ!」
真っ直ぐな目で言われた。
「とりあえず解体しながら、ワイルドベアの弱点がどこなのかよく見たほうがいいんじゃないか?」
そう言って俺はシルビアにナイフを渡した。解体の仕方は知っているようで、魔石を取り出して必要のない内臓を捨て、肉から毛皮を剥いでいた。
「ど、ど、どこで戦い方を学んだんだ?」
シルビアが肉を切り分けながら、聞いてきた。
「いや、学んだことはないよ。冒険者ギルドの講習を受けたくらい。全部、魔境で生活しながら覚えたんだよ。そもそも魔物に遭遇して戦うっていうのは面倒だろう? 罠に嵌めて殺した数の方が多いんじゃないかな」
「で、で、でも戦い方を知っているじゃないか?」
「よく見てるからな。慣れてくるとどういう動きをするのか予測もつくしね。ほら、骨だって内側には曲がるけど外側には曲がらないだろう?」
そう言いながら解体しているワイルドベアの肘と膝を曲げて見せた。
「攻撃されない位置に逃げたりするのも戦い方の一つだろ? なにか教えられたことを極めるのも大事だと思うけど、同時に目の前にいる魔物を観察しながら自分のやり方を探っていくのもいいんじゃない?」
「か、か、観察……。そ、そ、それもそうだな」
肉を笹の葉で包み、毛皮や薬になる肝や魔石をまとめて洞窟へと帰る。
ヘリーとチェルの窯作りはまだ終わっていないらしく、ジェニファーがパンを焼いていた。
「焦がすとチェルに怒られるな」
「責任重大ですよ。どうでした?」
俺はジェニファーに肉を渡した。
「シルビアは解体が上手だ。美味しいところは昼に食べてしまおう」
ジェニファーは肉を受け取って、浮かない顔のシルビアを見た。
「気を落とさなくていいわよ。私だってこの魔境にはまだ全然慣れていないんですから」
そう言われたシルビアは「あ、あ、ありがと」と言って、鉄の剣を研ぎに沼へと向かった。道具は大事にしろと教えられたのか。いいことだ。
パンとワイルドベアのステーキが今日の昼飯。
匂いにつられてヘリーとチェルも作業を中断して戻ってきた。
チェルは疲れているのか、一心不乱にパンを食べていた。
「窯はできそうなのか?」
俺がヘリーに聞いた。
「時間は掛かりそうだね。あ、今週の回復薬は作っておいた」
ヘリーは回復薬が入った瓶を渡してきた。
「そうか、帳簿をつけないと」
「私も、木の実を入れるような籠ができました。大きいのはもうちょっと時間がかかるんですけど」
ジェニファーがそう言って脇に抱えられるほどの籠を見せた。
「午後は木の実の採取にでも出かけるか?」
俺がステーキにかじりついているシルビアを見ると、黙って頷いていた。
「私も行っていいですか?」
ジェニファーが手を挙げた。
「よし、じゃあジェニファーも行こう。二人とも、もう少し魔境に慣れたほうがいいもんな」
午後は3人で木の実の採取へ行くことに。
魔境で食べられる木の実はまだよくわかっていないので、毒見役はたくさんいたほうがいい。
昼飯を食べて、昼寝の準備をしていたらチェルに肩を叩かれた。
「なんだ?」
「窯ができたら、オーブンが欲しイ」
「オーブン?」
「ウン、窯を作ってテ思いついタ」
「料理するのか? 勝手に作っていいぞ」
「手伝っテ。いいパンができそうなんダ」
「パンにこだわってるな。わかった窯ができたらオーブンを作ろう」
「魔境で小麦も作らないト!」
チェルは拳を握った。
「船を作ることも忘れるなよ」
「ンー」
相変わらず、この不法滞在者はあまり魔族の国に帰りたくはないようだ。
昼寝をしてからジェニファーとシルビアを連れて森へと向かった。
「木の実を採ったらちゃんと肌につけたりして、パッチテストをするようにね」
「え!?」
シルビアは驚いたように俺を見た。
「魔境産の木の実ですからね。町で見ていた木の実でも毒があるかもしれないし、ものすごい渋いかもしれないんです」
「な、な、なるほど!」
シルビアは大きく頷いていた。
「明るいところの木の実はゴールデンバットとかフォレストラットに食べられてるなぁ。もうちょい奥に行くか
ガブッ!
俺の肩をカム実が噛んでいた。とりあえず、枝からもいで籠の中に。
「このくらいわかりやすい木の実だといいんだけどなぁ」
ちょっと奥に入ると枝葉の陰で暗くなり木の実と魔物の糞の区別がつかなくなってくる。
「い、い、意外に危険な仕事だった」
「落ちているものは採らないようにしましょう」
その後、徐々に目が慣れていき、木の実を探す。ただ触れた瞬間に爆発して種を飛ばしてきたり、採って数秒で腐敗したり、擬態したキノコで胞子を浴びせてきたりした。
「なかなか食べられそうな木の実はないな」
ギョェエエエエ!!
近くでインプが鳴いている。
「魔物がいる近くなら食べられる木の実もあるだろう」
鳴き声に近づいていくと木苺のようなベリー種の実がたくさんなっている木を発見。手のひらサイズのインプが鳴きながら、木の実を食べている。
「か、か、観察」
シルビアはインプと一定の距離を保ち、観察していた。
ジェニファーはとっとと木の実を採取。俺はパッチテストをしてから採取することに。
木の実には黒いものから赤いもの、まだ青いものもある。
それぞれ汁を絞って腕に塗った。すぐに青い実の汁を塗った場所がヒリヒリと痛くなった。熟れていくほどに毒が消えていく実なのかもしれない。
腕を水で洗っていると、ジェニファーが「あ~~!」と言いながら舌を出していた。
「いや、だからパッチテストしろって言っただろ?」
「あ~~!」
「ほら、見ろ。インプたちも青い実には手を出してない」
「や、や、やっぱり観察は大事だ」
シルビアからも言われていた。
「あ~~!」
ジェニファーは水を口に含んで洗っていたが、洞窟に帰るまでずっと「あ~~!」と言いながら、よだれを垂らして苦しんでいた。
ちなみに赤い実はかなり酸っぱく、黒い実は甘かった。ドクヌケベリーと名付けておいた。使い物にならないジェニファーは置いといて俺とシルビアは時間を忘れて黒い実と赤い実を採取していった。
籠いっぱいのドクヌケベリーを採取して洞窟に戻る頃には、すっかり夕方になってしまっていた。
「まだ口の中がヒリヒリします」
ジェニファーはそう言ってすぐに寝てしまった。
シルビアは鍋にドクヌケベリーを移して焚き火で煮ていた。
「ジャム?」
目ざといチェルがシルビアに話しかけていた。明朝、パンに塗るつもりらしい。
「窯の進捗状況は?」
「そこそこだ。3日くらいはかかると思う」
夕飯の後、チェルが今週分と言って魔法を使った組手をすることに。やはり歴が違うから魔法では勝てないが、速さとフェイントでどうにか撹乱しつつ、胸や腰など躱し難い場所を狙った。
「わ、わ、私も!」
そこにシルビアも参戦。
結局、鍋のジャムはヘリーがかき混ぜていた。
辺りには甘い香りが漂い、2メートルほどのビッグモスやヘルビートルがやってきたが、体が温まっていた俺とチェルの相手ではなかった。
シルビアが解体し、使えそうな部位は武器や防具の材料にするのだとか。
「すごいな。武器や防具が作れるのか!?」
「い、い、いや、作ってみたいと思っていただけで、作ったことはない」
シルビアは恥ずかしそうにうつむいた。
「まぁ、材料はたくさんあるんだし、いろいろ作ってみてくれ。それで家賃を払ってくれてもいいから」
「わ、わ、わかった。やってみる!」
この時から、シルビアは魔境の武具屋になった。