【魔境生活41日目】
起きたら、ヘリーが俺の顔を覗いていた。
「なんだよ? なにかあったか?」
「いや、チェルにヤシの樹液を教えてもらったのだ。あんなにすぐ固まるものがあるなら教えてくれればよかったのに」
そういえばヤシの樹液はすぐに固まるため、容器を作るなら使えるかもしれない。考えつかなかったな。
「ただ、あれは熱で溶けてしまうから、ちゃんと壺は作ったほうがいいぞ」
「そうか。いろいろ試してみる」
酒瓶も空にしたから、容器はあるはずだ。
「ヘリー、それを言うために朝から俺の部屋に来たのか?」
「あ、そうだった! 実はチェルと2人、西の小川の方にヤシの樹液を採りに行ったんだ。そしたら、妙な物を見たんでどうしようかと思ってね」
「妙な物って具体的になに?」
「死体だ」
「死体か。この辺りではよくある。魔物にでもやられたんだろ? ちゃんと埋めたか?」
「いや、マキョーに確認してからと思って埋めてはいない」
「頼むよ。面倒なことになる前に埋めてこよう」
人間の死体は魔物化が一番厄介だ。
「どこだ?」
「魔境の入り口付近」
俺はインナー姿のまま、ヘリーに案内されて魔境の入り口である小川へと向かった。
「こちらだ」
枝や葉に素肌を攻撃されながらついていくと、チェルが木の陰に隠れて川原の様子を窺っていた。
「チェル、どこだ?」
「マキョー、来たか。アッチ、動イてる」
チェルの指差す方を見ると、上半身だけのゾンビが川原を手で進んでいた。
「あ、あれは金貨のゾンビだ」
俺が以前、倒して地面に埋めたゾンビが再び出てきてしまったらしい。
「金貨の?」
ヘリーの目が輝いた。
「あとで説明する。それよりゾンビ菌が蔓延すると厄介だ。チェル、火魔法で焼いてくれ」
「イイノ?」
「ああ、一度身体検査はしてある。金目のものはもう持ってない」
チェルは「じゃあ、エンリョなく」と火球をゾンビに当ててじっくり焼いていった。
ゾンビは叫びもせず、ゆっくりと動きを止めた。
「これ、エルフの冒険者だろうか?」
ヘリーが炭の中から棒で髑髏を掻き出した。
「金髪で碧眼だったはずだ。エルフかもしれないな」
「だとしたら、私の先輩かもしれない」
「先輩?」
「ああ、この地に都市を探しに来た先輩だ」
ヘリーは髑髏の眼窩を覗き込みながら言った。
「そういえば、このゾンビが持ってた古い金貨がヘリーを探し出したんだぜ」
「何だって!? それを早く言ってくれよ」
「すまん、忘れていた」
炭と骨を森に埋めて洞窟へと戻った。燃えた死体にいつまでも構っていられない。
俺が古い金貨を見せると、ヘリーはじっくり文様を観察し始めた。
「どこの金貨でもないし、模造品とも思えない。あのゾンビはミッドガードを見つけていたのか?」
ヘリーは誰に尋ねるでもなく、虚空を見つめていた。
「ミッドガードっていうのが、ヘリーが探している都市の名前か?」
「そうだ。魔法国・ユグドラシールの都市・ミッドガードでは子供から老人まで誰もが魔法を使い、魔道具によって今あるどの国より遥かに発展していたとされている。エルフの国とも交易していたが、いつからか記録が消えているんだ」
「すごい! ヘリーって考古学者だったの!?」
隣で話を聞いていたジェニファーが感嘆の声をあげた。リアクションが大きい。
「わ、わ、私も歴史書で読んだことがある! この魔境には国があったって」
シルビアも知っているらしい。貴族っていうのは博学なのかもしれない。
「その歴史書はどこに?」
ヘリーが前のめりで聞いたが、シルビアは「の、の、乗っ取られた城に……」とつぶやいていた。
「いや、その歴史書なら、俺が買い取ったな。ちょっと待ってろ」
俺は自分の部屋から歴史書と、ついでにP・Jの手帳を持ってきた。
「ほら、これだ」
本に挟んだ俺が書いたメモには、
『・この魔境は昔、国であったこと。
・突然、なんの前触れもなく人が大量に消えることがあった。
・空飛ぶ島は巨大な魔獣に食べられてしまったらしい。
・鹿が神の使いとされる宗教があったらしく、語り継ぐことがなにより重要だった』
などと書かれている。
「こっちの手帳には遺跡の記述がある。最後のページを見てくれ」
「『この魔境の謎が解けなかったことだけが、心残りだ…』か。これは誰の手帳なんだ?」
「俺たちの前にここに住んでいた男の手帳だ。彼はゾンビにならずに白骨化していたよ」
「マキョー、でも空ノ島に墓あったヨ?」
チェルは南の空を指さしたが、空島は砂漠の空だ。
「そ、そ、空の島ってそんなの本当にあるのか!?」
シルビアが目を見開いて驚いていた。表情筋が豊か。
「そうだったな。俺たちは砂漠で空に浮かぶ島を見つけているんだ。そこでピーター・ジェファーソンという人物の墓を見つけた。その手帳にはP・Jと書かれているから、洞窟に住んでいた白骨化した男は、手帳に魔法陣を落書きしただけかもしれなくて……」
「つまり、この手帳には二人の作者がいるということか?」
ヘリーはすぐに気付いたのか。やっぱり頭の回転が速いと違うな。
「そういう可能性が高いって話。とにかく2人とも魔境の謎は解けていなかったみたいだけど」
「あのエルフのゾンビも含めて3人だ。情報をまとめると魔境にあったのは魔法国・ユグドラシールで間違いないと思う。鹿が神の使いとされていたというのもエルフの国で聞いたことがあるし、この歴史書に書かれている災害も読んだ覚えがある」
「魔族では鹿は悪魔の使イだヨ」
チェルが住んでいた大陸とは違う価値観がある。
「だとしたらユグドラシールは、古から海の向こうにある魔族の国と敵対していたのかもしれないな」
ヘリーは「ふん~」と唸った。
「ミッドガードはどこにあるのか? ユグドラシールはなぜ滅んだのか? マキョー、残念だが私は魔境の謎を解くまで、ここを離れることができなくなってしまった」
ずいっと俺に迫ってきた。目鼻立ちが整っている分、近づかれると異様に見える。
「もう魔境で何人も死んでるんだぞ? 死んだとしても家賃はもらうからな!」
「私もちょっと魔境の謎について興味が出てきました!」
ジェニファーも大声で言って、俺に迫ってきた。こいつは何か違う狙いがありそうで、警戒してしまう。
「そ、そ、その歴史書は我が一族の家宝として受け継がれてきたものだ。魔境の謎を解くことが私の宿命かもしれん」
シルビアは腕を組んで何度も頷いている。
「私モ気になる!」
チェルもそう言って笑った。皆、どうにか自分と魔境を結び付けているらしい。
「まったく。全員、家賃分は働くように。例え、遺跡を見つけても地主は俺だ。宝を見つけて独り占めするような奴がいたら追い出すからな!」
俺がそう言うと、全員「いいだろう」と頷いていた。
皆で探せば、裏切り者は出にくいはずだ。それに遺跡が見つかれば、観光事業にも手が出せるかもしれない。金の匂いがする。
「悪い顔をシテル?」
チェルが俺の顔を覗き込んできた。
「善人になる気はねぇよ。ほら、飯の仕度だ! 働けよー!」
俺たちは飯を食べながら、今後について話し合うことにした。
基本的に週のはじめに家賃を徴収する。現金や品物でもいいし、俺の利益になるようなことでもいい。これくらいしか地主としての面目が保てない。その後、俺と誰かが軍の訓練施設へと向かい、物々交換をしてくる。
「今まで軍の訓練施設にはチェルと行っていたけど、変装が必要でね。荷物が持てて移動が速ければ誰でもいい」
「お二人の身体能力が異常なだけで、他の誰もついていけないんじゃないかと思うんですが?」
ジェニファーは俺たちの身体を訝しげに見ていた。なんのドーピングもしていないナチュラル体型だというのに。
「大丈夫。皆、魔境に慣れル。問題ナシ!」
チェルには自分も同じ境遇だったから自信があるらしい。
「あ、そうだ! P・Jの手帳に時空魔法の習得が必須って書かれてるんだよ。誰か使えるか?」
全員首を横に振った。
「そんな魔法、失伝しているだろう? もし伝わっていたとしても、一部の魔族にしか伝わってないんじゃないか?」
ヘリーがチェルの方を見た。
「もういないヨ。使ったら処刑されル」
時空魔法は魔族の間でも禁忌の魔法らしい。
「まぁ、いいや。訓練施設の隊長に魔法書も頼んでるし、P・Jの手帳には時魔法や空間魔法の魔法陣も描かれているみたいだから、いろいろ試してみよう」
チェル以外の3人は「こいつ、なに言っているんだろう?」という目で俺を見てきた。
「アー、嘘だと思うカ? マキョー、あれヤッテ。地面をズオーってやつ」
チェルが地面を隆起させろとジェスチャーで伝えてくるが、なんか意味あんのか?
「やれと言われればやるけど……」
「皆、見てテ」
チェルがワクワクして、俺を見た。やらざるを得ない空気を感じる。
洞窟の前、木材を乾燥させている場所から少し森に入った場所で、俺は地面に手をつけた。
地中にある隆起する力に魔力で干渉し、一気に引き上げる。
ズオッ!
木々が擦れ合い、鳥の魔物が飛び立った。
「キョェエエエ!!」
インプも叫び声を上げて逃げ出した。
俺の足元に地面が隆起して小さい山ができた。
「ナ!」
チェルが後ろで見ていた3人に言った。
「なにが『ナ!』なんだ?」
「マキョーは魔法を作れル」
「いや、チェル。俺は別に魔法を作っちゃいないぞ」
「おかしいと思っていましたが、これほどとは」
ジェニファーが引いている。
「こんな魔法は見たことがない」
「つ、つ、土魔法だろうが……ど、どういう魔法なんだ? 」
ヘリーもシルビアも訝しげに俺を見てくる。
「いや、隆起する力を見つけて、魔力で干渉するだけだ。特に難しいことはしていない」
「ナ? 意味わからナイけど、力を見つけタラ、マキョーは魔法を作れル」
「「「ほう……!」」」
感心しているようだが、今度は俺がどういう状況なのかわからない。なにをそんなに驚いているのか。
「どういうことだ?」
「つまり、普通は魔法を作る現場になんか居合わせないけど、マキョーは自分流の魔法を作ってしまうってことだな?」
ヘリーがチェルを見た。
「ソウ! だから、マキョーは本当に魔法を試せルンダ」
「え、魔法って試したりするようなもんじゃないの?」
俺は、自己流の魔法習得法を開発していたのか。もっと簡単な方法があるなら教えて欲しい。
「普通は詠唱や呪文を教えてもらって、できるかできないかを知るくらいじゃないですか?」
「あ、俺、そういうのはできないよ。村のオババとかにも才能がないって言われてたし」
「デモ、詠唱とか呪文とかなく勝手に自分で作った魔法はできル。つまり変人」
チェルは俺を指さした。完全にバカにしているな。指をへし折ってやりたい。
「なるほど! そうだったんですね!」
「合点がいった!」
「そ、そ、そうではないかと思っていた」
3人は同時に手を打って納得していた。
「心外だな」
俺は変人なのか。納得いかない。
「とにかく魔境での方向性は決まった! 皆、各々自分のやるべきことをやるように!」