【魔境生活39日目】
昨晩は、海で塩を作って帰ってきてすぐに寝た。
朝起きてみれば、女性陣4人が騒ぎながら飯を作っている。ジェニファーの料理が気に入らないらしい。昨日のうちにヘリーと女戦士ことシルビアは仲良くなっていて、ジェニファーにもっと野菜炒めを辛くしろと要求していた。
「おはよう」
「お、お、おはようございます。シルビアと申します」
相変わらず布一枚だが、そんなに悲壮感はない。スタイルがいいからか?
「マキョー殿、私たちにも稽古をつけてはくださらんか?」
ヘリーが俺に聞いてきた。やはり俺の名はマキョーということになったらしい。
「なんの稽古だか知らねぇけど、ちゃんと家賃分は働けよ。ジェニファー、シルビアに仕事見つけてやってくれ」
「はい、わかりました」
よく考えればシルビアは元貴族なので、畑仕事は向いていないかもしれない。失敗した。
「チェル、俺の分のパンも焼いといてね」
「ウン」
チェルはいつものようにじっとパンが焼けるのを見つめている。小麦粉がたくさんあるので嬉しそうだ。
沼で顔を洗おうとしたら、魚の魔物が浮いていた。死んでいるわけではなく眠っている。近くで群生しているスイミン花の影響を及ぼしているらしい。ヘリーも死にかけていた。
「刈るか。せっかくだから、眠り薬も作っておこう」
とりあえず、スイミン花の群生地から遠くで顔を洗って、洞窟へと戻った。
「ジェニファー、壺か籠あったかな?」
「壺は全部割れちゃったんじゃないですかね? 籠は作りますか?」
「そうだよな。とりあえず籠を作ってくれると助かる。ヘリー、薬を入れておく壺が必要だろ?」
「無論、必要だが……」
「じゃあ、窯から作るか。ヘリーを魔境の陶芸家に任命する!」
「な、なぜ私が!?」
「薬で家賃払うつもりなんだろ? ヘリーが適任だ」
「ぐぬぬ……」
ヘリーは顰めっ面をしていた。
「シルビアは、畑仕事はやったことあるのか?」
「や、や、やったことはない。戦うことばかりしていた。ま、ま、魔物なら狩ってこれる」
一番簡単な仕事だな。ただ、シルビアが魔境の魔物に対応できるかどうかわからない。
「じゃあ、適当に肉を狩ってきてくれ。武器は洞窟にあるものを使っていい」
折れた剣やP・Jのナイフがあればどうにかなるか。
「ダメだったら、他の人を手伝うように。あ、それから、全員に言っとくけど、3ヶ月後にはまた巨大魔獣が現れると思うから、それまでにこの魔境から出るようにね。死んでも責任は取らないから」
死なれて魔物化することほど面倒なことはない。俺の精神衛生上、それだけは回避したいところだ。チェルの船も3ヶ月後までには作らないとな。
「私は遺跡を探したいんだが……?」
ヘリーが探検家なのか。
「勝手に探してくれ。家賃分を払っている間は置いといてやるけど、使えないってわかったらすぐに追い出すから、仕事はするように」
「カンペキ!!」
ちょうどチェルのパンが焼けたようだ。
朝飯はちょっと辛めの肉入り野菜炒めときつね色のパン。食事に文句はない。
「辛かったですか?」
ジェニファーは自分の味付けが気になるらしい。今のところ魔境では料理の腕前より気にしないといけないことは多い。
「うまい! 気にするな」
もともとジェニファーの味付けは薄味だ。
飯を食べたら、全員行動開始。
早々にシルビアが森に入って、カム実に噛まれるという洗礼を受けていた。でも、ヘリーよりは戦い慣れているのか、奥へと向かっていった。
ヘリーは地面を掘って、粘土探し。窯のレンガを作るところから始めるようだ。雑草と土を混ぜる作業も並行してやっている。
俺とチェルとジェニファーは、籠のための蔓探し。蔓は襲ってきたので、すぐに見つかった。茶の葉を入れるような大きいサイズのものを作ると、ジェニファーが意気込んでいた。
俺とチェルは、スイミン花採取のため、森で魔物の血を集めることに。
「大きい魔物がいると、すぐ集まるんだけどな」
「アッ、食われソウ!」
チェルが指さした方を見ると、シルビアがヘイズタートルに食べられそうになっていた。防具も装備していたようだが壊れて、地面に落ちている。
「きぃやああああっ!!!」
叫び声を上げるシルビアは放っておいて、俺とチェルは小屋くらいあるヘイズタートルを魔法で麻痺させ、首を斬り飛ばした。
ブッシャーーー!!!
ヘイズタートルの首から血が噴水のように飛び出し、シルビアの全身にかかった。布が血で濡れて、もう丸裸みたいになっている。
「キョニュー」
チェルはシルビアの胸を見ていたが、血まみれのシルビアはそれどころじゃないらしい。
「沼で洗ってきたほうがいいかもよ。血の匂いで魔物からも植物からも狙われるから」
「わ、わ、わかった」
シルビアは俺の忠告どおり、沼の方に走っていった。
「わっ!」
ドサッ。
あっさりシルビアは落とし穴に落ちた。たぶん、前に俺かジェニファーが仕掛けていたやつだろう。注意していれば気づくはずだが、新人は気づかないか。魔物にも効果はあるってことだ。いい実験台になってくれる。
シルビアは麻痺薬と眠り薬で動けなくなってしまったが、昼まで放っておくことにした。
ヘイズタートルの死体の首の付け根から血を採取。フィールドボアの胃袋を加工した袋が血で満タンになった。ヘイズタートルを持ち上げたりするのは俺の役目。筋力を強化する魔法をチェルがかけてくれた。血も肉も手に入って、今日の収穫としては十分。
一旦、昼飯のため洞窟へ。ヘイズタートルの死体を引きずり、眠っているシルビアを担いで戻ると、エルフのヘリーがドン引きしていた。
「死んだのか?」
「首が飛んでるんだから、死んでるよ」
「そうじゃなくて、シルビア」
「ああ、生きてるよ。チェル、シルビアを洗ってきてやってくれ」
俺が洗いに行ったら、ちょっと犯罪っぽい気がする。
「エ~、ヌマ?」
沼で洗うと、またスイミン花の影響があるかもしれない。
「入り口の小川で洗ってくればいいだろ? スライムしかいないし」
「ワカッタ」
チェルはシルビアを担いで、入口の方に向かっていった。
ヘリーはレンガの型の木枠を作っていて、ジェニファーは大きな籠を作っているので、自然と俺が昼飯担当になる。
昼飯はもちろん、ヘイズタートルの極上スープ。前に作ったことがあるので、美味しいのはわかっている。味見をしたら、うますぎて笑った。
「マキョー……チョット!」
シルビアを洗いに行ったチェルが戻ってきて、俺を呼んだ。
「なんだぁ?」
「チョット……」
なんだか説明できないらしい。
「飯できたから食べてていいよ。かき混ぜといてね」
「すまぬ」
俺はヘリーに鍋を任せて、チェルに駆け寄った。
「どうかしたか?」
「コレ、チョット置いて」
シルビアはすっかり洗われているものの、動けないようだ。まぶただけは動くようで、瞬きしているが体が痺れているらしい。たとえ、スタイル抜群でも、こうなっちゃうと残念さしかないよな。とりあえず、洞窟の前で全裸のまま天日干し。
「コッチ」
チェルに連れられて、俺は魔境の入口の小川に向かった。
小川は血を求めたスライムたちがちょっと荒ぶっていた。
「こんなことで俺を呼んだのか?」
「チガウ、向こう」
小川の向こうにある森に、馬の魔物であるフィーホースが倒れていた。血を流しているため、死んでいるのかな。
「ん? あのフィーホース、鞍がついてないか?」
とりあえず、小川を飛び越え確認しに行くと、やはり鞍がついている。呼吸がないので死んでいると思ったら、内臓がごっそり食われていた。近くにはなにかを引きずったような痕跡。辿ってみると、内臓がなくなったフィーホースの死体が2つ。乗り手はどこだと周囲を探してみたが、見当たらない。
ブン……。
遠くで魔物の羽音が聞こえてきた。
「マキョー」
「しーっ」
耳をすませば、方角がわかる。
音の方に近づいてみると、乗り手であろう者たちの鎧やカバンが落ちている。
ブーン……。
見上げれば、ベスパホネットの巨大な巣が崖にへばりついていた。この様子じゃ乗り手たちは丸めて肉団子にされているだろう。
「ドウスル?」
「もう助からないさ。家帰って飯食おう」
とりあえず、落ちていたカバンを回収して家に帰ることに。俺たちに気づいて、ベスパホネットが攻撃してきたが、チェルが火魔法で追っ払った。魔境の外の魔物は、かなり動きが遅いように見える。
家に帰り、昼飯。やはり、ヘイズタートルのスープはうまい。
「なにかあったんですか?」
ジェニファーが聞いてきたが、飯時にする話じゃなかったので、「あとでな」と返しておいた。
食後に、ジェニファーが作ってくれた籠を持って、スイミン花を刈りに向かう。ヘイズタートルの血も忘れない。
沼の近くにあるスイミン花の群生地に血を撒いて、花弁が閉じたところを刈り取っていく。大した作業じゃないんだけど、ものすごく腰に来る。
俺もチェルも早々に音を上げた。食器の片付けを終えたジェニファーにやらせてみると、意外にテキパキ作業を進めていた。
「うまいもんだな。僧侶より農家の方が向いてるんじゃないか?」
「止めてくださいよ!」
急にジェニファーがムキになった。
「故郷の話はいい思い出がないので……」
ジェニファーの実家も農家だったのか。俺も農家の次男だが、親からよく怒られていた。
「マキョー、イヤな話はダメだぞ」
チェルも故郷の話はしたくないらしい。
「そういうものかもな。すまん」
夕方近くまで、スイミン花を刈り、大きな籠いっぱいになった。
とりあえず保管する壺がないので、地面に穴を掘って粘土を壁に塗り、魔法で焼いた。固くなったところで、スイミン花を入れて保管。花の汁が出れば、眠り薬が取れるだろう。
壺があればいいのだが……。
魔境の陶芸家ことヘリーは疲れ果てたように洞窟の中で眠っていた。
粘土や枯れ葉、雑草を混ぜたものを型に詰めてレンガを作っている。割合をいろいろと試しているらしい。まだ柔らかいレンガもどきが洞窟前に並んでいた。明日には日干しレンガができているかな。
「だ、だ、誰か、服を貸していただけないだろうか?」
全裸のシルビアが胸と股間を隠しながら、チェルとジェニファーに聞いていた。
「奴隷とはいえ、このままじゃみっともないから貸してあげたら?」
「ウン」
チェルが大きめのサイズの服を上げていた。
日が暮れ、焚き火の前で魔境の外で拾ってきたカバンを開けた。中には、保存食やナイフの他、書状が入っていた。見れば『領地からの退去命令』等と書いている。
迷わず、火に焼べた。