【魔境生活37日目】
朝起きると、チェルとジェニファーとヘリーが言い争いをする声が聞こえてきた。
「ダレダ!?」
「魔族だと!? どういうことだ!?」
「あなたが幽霊の正体ですね! 今すぐ除霊します!」
昨晩、ヘリーを連れてきて、適当に寝てろとそこら辺に置いといたのがまずかったようだ。
「待て、待て! このエルフはヘリー。昨日、連れてきたんだ。国から追われて逃げてきたらしい」
「国を追われたってどういうことですか?」
ジェニファーが聞いてきた。
「犯罪奴隷で逃げてきたんだって」
「犯罪など犯していない!」
ヘリーが反論してきた。
「じゃあ、逃亡奴隷か? だけど奴隷印を自分で削っちまったんだって。チェル治してやってくれ」
「ちょっと待て! なぜプリーストがいるのに、魔族が治療をする?」
ヘリーは魔族に抵抗があるらしい。
「一番魔力量があるからだ。他に理由はない」
「しかし、魔族だぞ!」
「あのなぁ、この魔境では種族は関係ない。生き延びられるかどうかだ。傷を負ったまま破傷風で死にたいと言うなら別に構わん。ただし、死んでも家賃は払ってもらう。エルフの心臓といえば、黒魔術師が買ってくれるかもしれないし」
そう脅してみたら、ヘリーは素直に、チェルに自分の肩を出して「ほら」と言っていた。チェルは態度が気に入らなかったらしく、焚き火で使う枝でツンツンしていた。
「ああっ! くそっ! なにをするんだ! やめろ!」
ヘリーは悶え苦しんだが、チェルを止める者はいない。
「魔族でも、ちゃんと礼節があるんですよ」
ジェニファーが教えて、ようやくヘリーは「頼む」とチェルに頭を下げていた。
「くそっ! こんな傷、回復薬さえ作れればなんともないのに」
「ウゴクナ!」
ヘリーはチェルにゴツンと拳で頭を殴られていた。
「なぜ、私が……!」
パンッ!
チェルはヘリーの肩を叩いて治ったことを確かめた。
「いてっ!」
「ヨシッ!」
「ヘリー、チェルとジェニファーね。いつまでいるか知らないけど仲良くな」
適当に自己紹介させて、俺は顔を洗いに沼へ。
ついでに畑の方を見に行ったら、完全に壊滅していてスイミン花の群生地と化している。
「対魔物用の毒を作って売るしかないか?」
洞窟に帰ると、再びヘリーが声を荒げていた。
ジェニファーが飯を作っていたら、再びヘリーが文句を言い始めたらしい。
「私は追放されてきたわけではない。山を越えれば都市があると聞いて来たまで、こんな魔境があるなんて知らなかったんだ」
昨日は、しばらくここに置いてくれと言っていたが、ヘリーは都市へ行きたいようだ。
「ああ、そうなの。出口は向こうだよ。家賃は1日分でいいや。回復薬が作れるなら、それで払ってくれてもいいよ」
エルフの薬なら、少しは価値があるんじゃないか、と思っただけだ。一応、ジェニファーに小声で聞くと、「物によりますが、エルフの薬学は発展しているって聞いたことがあります」と言っていた。
「ハハハ! それならお安い御用だ。では、とっとと回復薬を作って、おさらばするよ」
そう言ってヘリーが森に入った瞬間に、カム実に襲われ叫び声を上げていた。
「気にせず、飯にしよう」
「パン、焼ケタ」
パンだけはチェルが焼いたらしい。小麦粉の量が少ないため、失敗は許されないとのこと。
朝食は、チェルが獲ったというフィールドボアとゴールデンバットの焼き肉と、苦いけど食べられる野草、そして小さいパン。
「魔物の肉は多いけど、やっぱり野菜と小麦粉がほしいよな」
「やはり、一度、軍の訓練施設に行く必要がありますね」
ジェニファーが深刻なトーンで言ってきた。ジェニファーには紙と木炭も渡してリストを作って食糧や武具の管理してもらうことに。家賃の割引を条件に依頼した。
「なにを持っていく? ほとんどぶっ壊れているものばかりだぞ」
こちらには交換材料がない。
「やはり、魔境産の杖が一番作りやすいのでは? あとは魔物の毛皮や薬の材料になるものなどですかね?」
「薬って言ったってなぁ。薬学の勉強はしたことあるか?」
「少しだけです。ただ、魔境にある葉や実は形状が違うものが多いですからね」
「エルフ?」
チェルが聞いてきた。エルフのヘリーは回復薬を作れるそうだから、聞けばよかった。
「でも、ヘリーは出てっちゃったろ?」
「どうせ、その辺で転がっていると思いますよ」
ジェニファーがそう言うと、チェルも大きく頷いていた。
「そうかぁ?」
疑いながら振り返ると、見えるところで倒れていた。
ふざけているのかと思ったらちゃんとビッグモスの鱗粉にやられて麻痺している。
「一応、聞くけど身体を張ったギャグか?」
「……」
ヘリーは痺れてなにもしゃべれないようだ。身体をポイズンスコーピオンの子どもが這っているので、そのうち毒も食らって死ぬ可能性もある。
「助けてもいいんだけど、条件がある。薬学は修得しているなら、魔境の草やキノコを見極めて、薬の材料になるものを教えてほしいんだ。交易で使おうと思ってね」
「……」
ヘリーは何度もまばたきをして訴えてきたが、なにを言いたいのかはわからない。
「タスケテ、断ッタラ、捨テル」
チェルの意見を採用することに。
ヘリーを洞窟の中に運び、俺とチェルは杖の素材を採りに森に入った。ついでに夕飯の魔物も狩る。ジェニファーは洞窟近くの食べられる植物やベリー種を採りまくって、俺が教えた罠を仕掛けていた。
森の地形は以前とかなり変わっていたが、生息している魔物は強くなったりはしていなかった。ただ、強力な魔石を持つ魔物を探すも、遭遇率が低い。
「巨大魔獣の影響かな。とりあえず、魔石の効果よりも量か?」
「ウン。杖に使えるノ」
なかなか見つからないが、遭遇すれば必ず倒していく。小さいインプの魔石などはそもそも杖には向かない。グリーンタイガーよりも大きいサイズと決め、沼を越えて探し回った。いろいろ経験したおかげで、行動範囲が広くなっている。
「疲れたか?」
「イヤ。マダいける」
チェルもスタミナがついてきたようだ。
「マキョー……!」
森を探索中にチェルが小さな声で俺を止めた。チェルが指差す方向には、家と同じくらい大きい白い繭のような塊が、木々の隙間から見えた。
「アラクネか?」
俺がチェルに聞くと頷いていた。
アラクネにはトラウマがある。今なら、魔力も体力も十分にあるので、こちらから仕掛けてもいいかも知れない。
まだ距離もあるので、作戦を練る。以前はすべて爆破させてしまったので、火魔法は使わないことに。なるべく、アラクネの糸を回収して交換材料にする。
俺はサーベルを、チェルはP・Jのナイフを手に持ち、白い塊に向かって石を投げた。すぐに中からアラクネが顔を出し、周囲を見回している。俺たちは藪に隠れてその様子を見ていた。
チェルがもう一度石を投げた。
アラクネはチェルに気づき、一直線で向かってくる。
俺のすぐ横を通り抜けようとしたところで、藪から飛び出し首に向けて一閃。アラクネの首から血しぶきがパァッと飛び散った。
それでも動き続けるアラクネの胴体に、チェルのナイフが突き刺さる。ゾブッという音を立てて、アラクネの身体が地面に張り付けられた。やっぱりP・Jのナイフはどうかしている。
アラクネの糸を枝に巻き取りながら回収。繭の中には卵がたくさんあったが、すべて潰しておいた。アラクネは一匹だけで子育てするのかも。
「今回は、いい採取だったな」
「魔法ツカワナイの珍シイ」
言われてみれば、そうだ。魔法を使うタイミングがうまくなっているのかも。
アラクネの糸という魔境の特産品を手に入れたので、今日はかなりホクホクだ。
「アラクネの糸なんて、よくありましたね! 交換材料としては最高ですよ!」
ジェニファーも喜んでいる。
ヘリーも麻痺が解けたようで、ジェニファーが採ってきた薬草で回復薬を作っていた。
「起きたのか?」
「家賃は回復薬と薬草の仕分けで払う。しばし、もう一度、ここに置いてくれ」
ヘリーは地面に頭をつけるほど、俺にお願いしてきた。
「家賃を払うなら、いくらでもいていい。ただ、滞るようなことがあれば、すぐに追い出すからな」
「承知した」
「ここは魔境だ。外の道理と違うことも多い。種族に関係なく、生き延びられない者から死んでいく。よく覚えておいてくれ。お前が死んでゾンビになったら、俺たちが掃除しないといけないんだからな」
俺はそれだけ言って、杖づくり。チェルは魔石の選別だ。
ヘリーは薬作り。ジェニファーは……?
「私だけ管理って仕事してないみたいじゃないですか?」
ジェニファーは、仕事が早くリストはすぐに作ってしまっているので、荷造りをしてくれた。
「強くならないと私みたいになにも出来ませんよ!」
新人のヘリーに向かって、ジェニファーが愚痴を言っていた。