魔境異譚・魔女のミラジュ3話
翌朝、城のような学校の門を出ると冒険者が立っていた。確か、コロシアムで見た冒険者だ。
「こんなところで何をしている?」
魔境の中でもここは深部のはずだ。ただの冒険者が来るには……、あ、そうか。魔境には独自の移動方法があるとか言っていたな。
「いや、別に。チェルいる?」
「いるけど、知り合いか?」
「あ、マキョー、何しに来た?」
背後からチェル先生がやってきた。
「いや、今日、担当だけど、いいか?」
「ああ……、うん。ちょっと後でいいや。今度まとめてとる」
「そうか。あ、これカタンからね」
「おおっ。ありがと」
冒険者はチェル先生にサンドイッチの入ったバスケットを渡して去っていった。
「彼は何者なんですか?」
「私の夫だ」
「ええっ!?」
思わず顎が外れそうになった。
私の空いている口に、チェル先生はサンドイッチを突っ込んでくる。食べられる内に食べておけとのこと。
「美味しい!」
正直、今まで人生の中で食べてきた料理の中で最も美味しいかも知れない。
「うわっ、目薬が入ってる。何でも見抜かれてるんだよ」
チェル先生はサンドイッチの横にあった目薬を使っていた。夜中に魔法書を読むから、眼精疲労が酷かったとか。
「先生も魔法書は読むんですか?」
「読むよ。書いてあることは魔境でほとんど使えないんだけど、ヒントやきっかけになるからね。それより、ミラジュ、君ってやつはすごいグラマーな身体をしているな」
「なんですか!? いきなり!」
ローブを着て、ほとんど体の線は見えていないはずなのに、先生はじっくり私の体を見てきた。
「男が放っておかないだろ?」
「そんな事ありません。言い寄ってくる男の髪がたまたま燃えていることが多かっただけで……」
冒険者ギルドで食事をしていると、確かに言い寄ってくる男は多かった。
「その時、呪文は唱えた?」
「そりゃあ、流石に全身を燃やすわけにはいかないので」
「その制御の質を上げよう」
チェル先生は授業の方向性が決まったというように、サンドイッチをバクバクと平らげて、「美味い」とバスケットを大事そうに学校の棚にしまっていた。
「魔境でこういう形を保っている物は大事にしておいたほうがいい。すぐに壊れるからね」
「なるほど」
「まぁ、このバスケットを編んだ人の性格が悪いから、粗末に扱っているのがバレると面倒だからという気持ちのほうが大きいかもしれないけどね」
「性格が悪いんですか?」
「ああ、魔境ではそれも大事なんだ。狡猾であることは生死を分けるから」
そういうこともあるのか。
「生きるための工夫を忘れるなってことよ」
「すべてが生きることに直結すると言うことですか?」
「生活ってそういうことよ」
チェル先生の声で、私の中でなにかが燃え始めた。ここは魔法学校なのに、一向に魔法を教えてくれない。代わりに過酷な森での生き残り方を教えてくれる。
魔法は才能だと思っていた。魔法書を読んだところで理論はわかっても自分に特性がなければ使えない。呪文である程度、魔法を使えるようになるが魔力消費量が激しく、戦闘ではない。
チェル先生はしきりに精度を上げろと言っていたけれど、もしかして魔力の運用自体の精度を上げれば、消費量も抑えられるということではないか。
「先生! 精度の上げ方を教えて下さい!」
「いや、教えているだろ?」
先生は戸惑っていたが、一つだけ課題をくれた。
「ミラジュ、最小の魔力で最小の火を燃やしてごらん」
私は指先から、呪文を唱えてほのかに燃える火を出してみた。私が始めて習得した魔法でもある。
「それを常時続けられる?」
「ずっと、ですか?」
「そう。今から枝を拾いに行く。でもその最小の火だけは絶やさずに、指先だけでなくていいから、身体の何処かから出ていること。これが第一の課題ね」
「わかりました」
第一ということは第二もあるのか……。
チェル先生は何故か自分も小さな水球を頭上に出していた。
「器用ですね」
「これくらいできないと魔境の魔法使いはやっていけない」
「はい」
私も頭上に出そうかと思ったが、髪が燃えるから止めなさいと言われた。私の特性は火なので少し体から離す必要があり、他の属性魔法より難しいのかもしれない。
一歩森に入れば、すぐに魔物から幻惑攻撃が来るが、指先の火を見ているだけで、それほどかからなくなった。
「あ、こういうこっ……、ごふっ!」
マントで防いだが、松ぼっくりがみぞおちにクリーンヒット。視界が一気に小さくなるが、火だけを頼りに、どうにか持ち直す。
「よーし! それだけでも課題の意味があった!」
うずくまる私の横でチェル先生は拳を握って高らかに掲げていた。
「フォーカスと分散だよ。ミラジュ。あ、まだ痛い? これ薬草ね。張っておけば、すぐに良くなる」
薬草を受け取り腹に当てると、確かに痛みが消えて打撲痕も残らなかった。
「意識さえ保てれば、意外と魔境は生きていける……、かもしれないから頑張ろう」
「はい……」
足元の落ちている枝を拾おうとしたら、近くの花に噛みつかれた。
「痛い!」
「ああ、ヤバい!」
チェル先生がすぐに花を根っこごと切り私の腕から剥がしてくれたが、毒持ちの花だったようで、私の腕は紫色に変色していく。
「無闇に枝を拾おうとするんじゃない!」
「でも、枝を杖に……、ううっ……」
なんだか胸焼けまでしてきた。
「拾う前に周りを見なさい」
「すみません! これ、なんの毒ですか?」
「毒じゃない。それは呪花だ。カタツムリに追いかけられるから覚悟をしておいて」
「カタツムリですか?」
「まったく、もう……」
チェル先生はなにかと喋りながら、「とりあえず助けは呼んだから」と慰めてくれた。ただ、私の腕から呪花の蕾が芽吹き、周囲にカタツムリが集まってきている。身体の魔力も吸い取られていたのに、なぜかもう片方の手から出していた火だけは止められなかった。
「落ち着くんです」
「そうよね。魔力が通るラインだけは確保しておいたほうがいいわ。なるべく呪花に送る魔力を止めようとしてみて」
そんなことはやろうとしてもできない。徐々に魔力が身体から抜けていくのを感じ、目眩がしてきた頃、空から例の冒険者……、ではなく、チェル先生の夫が現れた。
彼は空を飛べるのか。
「お、珍しいのに噛まれたね」
チェル先生の夫は私の背中をポンと叩き、とんでもない量の魔力を送り込んできた。一気に体の中の魔力が毛穴という毛穴から噴き出し、湯気のように立ち上る。
「先生!?」
「まぁ、マキョーに任せておきな」
「この人がマキョー!?」
魔境の領主にしてチェル先生の夫? 理解が追いつく前にマキョーさんは、私の肘を触り、呪花ごと呪いを私の手のひらから放出。黒い粘着性の高い液体が飛び出した。
マキョーさんは用意していた瓶に呪いを詰めると蓋をして、どこかに入れた。私の目には影に入れたように見えたが、そんなはずはないだろう。
「治った?」
「へ? ああ、はい。もとに戻りました」
紫色だった腕は肌色に戻っている。ただ、体から出てくる魔力の湯気が止まらない。
「どうするんだよ。ミラジュの魔力がおかしくなっちゃったじゃないか」
チェル先生がマキョーさんに文句を言っていた。
「どうせ授業で使うんだろ?」
「ミラジュ、この魔力がずっと続くと思わないように。魔力消費の精度を上げるつもりだったのに、これじゃあ進まないよ」
「じゃあ、仕方ない。まだ、この辺に呪花があるはずだから、摘んでおこう」
「必要なのか?」
「便利だろ? カタツムリを集めるのにさ。ほら、すでに集まってる!」
マキョーさんは呪花もカタツムリもまとめて革袋に入れていた。
「マキョーさんって領主じゃないんですか!? 何者なんです!?」
「ただの奇人さ。関わるとすべての予定が狂うんだ」
またしても昨日と同じようにスコップを手に、呪花を集めることになった。杖に使う枝は一本も拾えていない。




