魔境生活・異譚「魔女のミラジュ編」
なにがなんだかわからない内に打ちのめされた。それが魔境のコロシアムに出た感想だ。なにが起こってどう攻撃されたのかもわからない。威嚇はされたのだと思う。足が震えていたから。
悔しさで視界がぼやけた。
私は天才と呼ばれて育った。史上最年少の12歳でダンジョンの探索許可も貰えたほどだ。高みを目指し、どこまでも強くなれると信じていた。私の前に魔物がいれば燃やし尽くしていたし、熟練の冒険者でも私には一目置いていた、はず……。
いや、今思うと、熟練の冒険者たちはこうなることを予見していたのかも知れない。しきりに魔境を勧められ、トントン拍子に魔境行きが決定。魔物の素材を持って魔境の交易村に行った。
不思議なことに魔境の交易村では数人、私よりも魔力の使い方に長けているお姉さんたちがいたが、火魔法ではギリギリ私が勝っていた。
軍の訓練場にて明確に力の差を感じた。
いや、おかしい。軍の兵士の中には明らかに職務規定よりも異常な量の訓練をしている者たちがいる。しかも、その全員が焦りながら訓練をしていた。
「お嬢ちゃんも魔境に入ればわかる」
「お嬢ちゃんではありません。ミラジュという名があります。ホワイトオックスではそれなりに知られた名前なんですが、辺境の地では知られていないかもしれませんが……」
「辺境じゃマキョーという名前を知っていればいい」
「名誉欲か……。私もあった気がする」
タトゥーだらけの女性兵士が、魔力操作を繰り返しながら言っていた。訓練の精度がよくわからない。
「ここの兵士たちは魔境以外には行かないんですか?」
「魔境以外から来て、ここ以外に行きたくなくなった奴らが残っている。時々、教官としていくけどな。ホワイトオックスにも変わった兵士が行かなかったか?」
「あ……、ダンジョンを周回すると言っていた兵士はいましたけど、誰も信じてはいませんでしたよ。だいたい何十年も60階層以降破られていませんから」
「その兵士、髭面で兜を目深に被っていなかった?」
「あ、そうです! 知り合いですか?」
「たぶんね。報告書があがっていたよ」
「ああ、あいつか。そんなダンジョン周回なんて言うから辛くなるんだ」
「そうですよね。踏破だってできませんよね?」
「うん。まぁ……、うん」
「とりあえず、ホワイトオックスから仲間も一緒に来たんでしょ? 試験を受けてコロシアムに出てみれば」
「力試しというわけですか」
「そうそう」
結局、そのタトゥーだらけの兵士に促されて、コロシアムへの試験を受けてみたら、「派手でいいや」と試験官から言われ、魔境のコロシアムに出た。
兵士たちに案内されて魔境に入る直前、筋骨隆々のエルフの番人という二人を見た。一言で言えば、見た目以上に魔力が異質だ。エルフと言えば魔力が多いと聞いていた。確かに、二人からは膨大な魔力を感じるが、隙がなく体内で回転しているような気がした。魔法使い特有の思い過ごしならいいが……。
ただ、その思い過ごしも、魔境に一歩入った瞬間、思いすごしではない事がわかった。周囲の森から無数の魔力の視線が放たれている。自分という生き物を解析されている気分だった。そして数秒後には見向きもされなくなる。つまり、魔境にとって脅威ではないということだ。
天才と呼ばれていたはずだが、それは田舎の価値観だったからだろうか……。
いや! 辺境のほうが田舎だ。
私は自分を奮い立たせて、コロシアムに出場。結果は、先週ギルド職員になったばかりだというコボルトと見知らぬ狼の魔物の群れにやられた。なんか冒険者も一人いたが、ほとんど動いていなかった。
悔しいけど完敗だ。
試合後、コボルトが観客席でヌードルを食べていたので、自分も魔境に住めば強くなれるのか聞いてみた。
「何度か死ぬ覚悟ができるなら」
負けてホワイトオックスに帰ったら、一族の恥だ。送り出してくれた家族に顔向けできない。
コロシアムの壁に、「魔境魔法学校の学生募集」という貼り紙を見た。
「ミラジュは行くのか?」
「え?」
ホワイトオックスから来た冒険者たちが聞いてきて、私はそんな道があるなら、どうしようか悩み始めた。
「どうしよう……」
「悩むぐらいなら飛び込んでみろ。若さの特権だ」
私は迷いながらも背中を押され、貼り紙を剥がした。
コロシアムの受付で魔境の魔法学校に行くにはどうしたらいいのか聞いてみた。
「あ? ああ、入れるよ。ちょっと待ってな」
あれ? 今、受付にいた冒険者風の男って、コボルトの後ろにいた人ではないか、と思っていたら、いつの間にか消えていて、肌の青い魔女を連れてきた。珍しい魔族という種族だ。
「魔法学校に来たいって?」
「入れますか?」
「入れるよ。どこから来たの?」
「ホワイトオックスから」
「おおっ……」
その小さな魔女は、私の杖に触れたかと思うと魔力を流してきた。
「ああ、ごめん。火に特性があるのかな?」
「そうです……」
一瞬で見抜かれた。
「そこから分岐できずに威力だけを求めてきたって感じかな?」
「わかるんですか?」
「魔族によくありがちだからね。まぁ、いいや。名前は?」
「ミラジュです」
「そう。私はチェル。魔法学校の学長だよ。さて、仲間や家族への挨拶は済ませた?」
「はい。送り出されました」
「だったらいいね。ここから先、何度か死にそうになるかも知れないけど、それが強くなる近道だと思って付いてきて」
「……は、はい」
「じゃあ、とりあえず学校に行こうか。魔力は体内で巡らせるようなイメージで回せる?」
「血流に乗せる感じですか?」
「いや、骨を巡らせるイメージで」
「骨……? わかりました」
チェルさんに連れられて、外に出ると家のように大きな竜がいた。
「ああ、ちょうどよかった。シルビア! 乗せて!」
「いいよ」
モヒカン頭の戦士が竜に乗っている。
「本物ですか?」
「吸血鬼? あ、竜? 本物だよ。亜竜もいるから気をつけて」
「初めてみました。吸血鬼?」
「チェルの言うことは気にするな。乗れ!」
シルビアと呼ばれた戦士に促され、私は人生で初めて見た竜の背に乗った。
バサッ!
「飛ぶよ!」
シルビアが言った直後、視界は森から空に変わっていた。
「あれ? チェルさんは乗らなくても……?」
「ん? 大丈夫だよ」
チェルは竜の隣で飛んでいた。
風が強く、涙が止まらなかった。私は今、故郷を離れて空を飛んでいる。




