魔境異譚・コボルトのクロード8話
翌日、俺は冒険者に起こされて、一緒に朝飯を食べて沼で水浴びまでしてから、コロシアムへと向かった。正直、コロシアムは冒険者ギルドに来たときから見えてはいた。
沼の反対側にあるから、顔を洗えば見える。
ただ、どうも魔境に似つかわしくないと思って敬遠していた。
「なんで、魔境にコロシアムなんてあるんだ?」
「力試しじゃないか?」
「魔境の生活そのものが力試しだろうに」
そう言うと、冒険者は笑っていた。
「クロード。お前が一番魔境に馴染んでいるかもな。あのコロシアムは魔境の外の人間がどんなもんかと試す場所だ」
「ああ、なるほど。じゃあ、今日も魔境の外の人間が来ているのか?」
「うん。でも、まぁ、気にするな。魔境の住人の戦い方とは違うから」
裏口からコロシアムに入り、冒険者は門の衛兵に俺を紹介してくれた。
「新しい冒険者ギルドの職員だ。クロードという」
「よろしくお願いします」
「あ、回復薬を作るのが上手いって?」
衛兵は俺の噂を聞いているらしい。
「いえ、鼻がいいだけです」
「そうか」
「こっちだ。向こう側に選手たちがいる。こちらは魔境側だ」
冒険者が教えてくれた。魔境側には魔物がいる。ただ、どの魔物も冒険者を一瞥しただけで、特に襲いかかってこない。
「まさか、君が使役しているのか?」
「いや、魔境の魔物は行儀がいいだけさ。向こう側からすれば、クロードも魔物とされている」
棘のある言い方をしたが、ダンジョン生まれ、ダンジョン育ちの俺からすると、当たり前だとも思う。
「いいんじゃないか」
「ほら」
冒険者がスコップを渡してきた。
「え!? 俺も戦うのか?」
「力試しさ。魔境と違って死にはしない」
「ああ、そうか……。ダンジョンから出てきたばかりで、特訓させられたのはこういうことか」
「いや、それは業務を普通に覚えてもらわないといけないと思ってさ。どちらにせよ魔境は死にかけまくるし、特訓は仕方ない。妻たちが世話になったな」
「妻たち? へ?」
「ヘリーとカタンは俺の妻だ」
「……え!? どういうこと? 何人と結婚しているんだ?」
「四人」
「四人!? 魔境で!?」
「魔境で。シルビアもそうだぞ」
「え!? どういう……?」
「闘技場のこちら側に俺の名前が書いてある」
「マキョー? マキョー!? 領主の!?」
「そう」
「領主だったのか!?」
「そうだよ」
「領主直々に俺に訓練をしてくれたってこと?」
「直々っていうか、魔境の男たちは人数が少ないから、だいたい訓練することになっているんだ。しかも長く引きこもっていたって言うから面白そうだと思って」
「そんな……、え? じゃあ、リパさんやカヒマンさんは?」
「あいつらも訓練したな。カヒマンも砂漠で特訓したし、リパは勝手に特訓になっちゃうだろ? あいつ魔物を引き寄せるギフト持ちだからさ」
「ああ、そうなんですか!?」
「敬語にならなくていいぞ。別に偉くもないからさ」
「偉いでしょう!」
「いや、そうでもない。妻たちから毎日怒られているし」
「それは常識がないからじゃ……」
「魔境に常識はないよ」
「それはそうだけど……」
冒険者ことマキョーは、クリップボードに貼られた紙を見ながら、魔物たちに指示を出していた。
「魔物に言葉がわかるのか?」
「わかるさ、そりゃ。ここには100年以上生きている魔物しか出していないから。クロードも一緒に出るか? ソードウルフたちと出ると面白いと思うんだけど……」
「ソードウルフもいるのか?」
「ああ、群れでな。リーダーは強いけど、突っ込んじまうタイプで戦術を考えてくれるタイプがいると、ぐっと面白くなる」
そう言うと、急にマキョーの背後の壁が暗くなり、ソードウルフの群れが出てきた。
「どういうこと!?」
「俺の影にダンジョンがあるだけだ」
「……!?」
絶句。
「大丈夫、ソードウルフたちも言葉は伝わる」
ソードウルフとコミュニケーションを取れるかどうかを心配しているわけではない。
「そういうこっちゃなくて」
「どういうこっちゃ?」
「なにかはぐらかされているような……」
「バレたか。これ、別に、冒険者ギルドの仕事でもなく、休日の嗜み程度に考えて出てみないか?」
「いや、嗜みでコロシアムに出るギルド職員ってなんですか?」
「報酬もあるぞ」
「どんな……?」
「えーっと、魔境コインと、魔法書とかもあるんじゃないかな。なんか必要なものはあるか? あ、落とし穴の魔法を教えてやろうか。この前、言ってただろ? できたぞ」
「できたぁ!?」
「ああ、穴を掘って隠蔽すればいいんだ。すぐにできた。闘技場を穴凹だらけにしよう」
「いやぁ……」
「じゃあ、一緒に俺も出る」
「ああ、それなら……。いや、マキョーさんだけでいいじゃないですか」
「大丈夫だ。ほら、俺はただの冒険者に見えるから、冒険者の戦い方しかしない」
「だったら、安心か。とはならないんじゃ……?」
ドーン!
銅鑼の音が鳴り響いた。
「ほら、合図だ。とりあえず、闘技場で考えよう」
「ええ?」
などと言っている間に、鉄門が開いて闘技場までの道ができてしまった。ソードウルフの群れが、吠えながら脇を通り過ぎていく。闘技場から歓声が聞こえてきた。
その歓声に引き寄せられるように、気づけば足が一歩前に出ていた。
「さあ、今日も始まりました! 週に一度のお楽しみ! ホワイトオックスからやってきた精鋭たちが魔境に挑む! 対する魔境側は、ソードウルフと冒険者ギルドの新人と……、あの人、何をやってるんですか……。まぁ、見知らぬ冒険者も乱入している! どちらが勝つのか、すでに戦いは始まっているぞ!」
女性の実況者がコロシアム中に声を響かせている。
ホワイトオックスの精鋭たちは鉄の鎧を身にまとい、大剣やハルバードなどを構えていた。一振りでソードウルフなどふっとばされそうだ。
ガウッ!
精鋭に飛びかかったソードウルフが剣で弾かれている。ただ、毛皮が固いからまるでダメージはなさそうだ。
「どうなっているんだ! ソードウルフ! 斬撃が効かないのか!? チェルさん、どう思います?」
「どうもこうもないよ。毛が鉄と同じくらい固いってこと。鉄を切れる剣士でも連れてこないと攻撃しても意味はないよ」
実況と解説者が喋る声が響く。
その声で、精鋭たちが一歩下がった。
「全くだらしないね! 私たちが詠唱する間、どうにか守ってな!」
精鋭の戦士たちの後方から魔法使いの声が聞こえてきた。
「クロード、ソードウルフたちを一歩下がらせて、落とし穴を仕掛けよう。中にソードウルフたちを隠すぞ」
マキョーさんは相変わらず、無茶を言う。
「ええ? そんな事できるかな?」
「特大に魔力を上げて吠えろ!」
「ああ! 了解!」
俺は魔力を練り上げて、自分の頭部に集中させて、一気に解放する。
「バウッ!!!」
俺の顔面型の魔力が精鋭たちに向けて放たれた。
ボボボボボッ!
闘技場の床一面が爆ぜた。マキョーさんが落とし穴を作ったのだろう。見た目は何も起こっていない。
ホワイトオックスの精鋭たちが怯んだが、詠唱は止まらない。
「あれ? 何が起こった? ソードウルフたちの姿が消えたー!!」
ソードウルフたちは落とし穴に身を隠していた。
「隠しても無駄よ! 全力の火球を喰らいなさい!」
魔法使いが人の体より大きな火球を放ってきた。俺も落とし穴に身を隠して、振り返った。
マキョーさんは火球に手をかざして、しっかり受け止めていた。そのまま息を吹いて火球を消している。そんな事できるのか。
「相手は一人、一気に畳み掛けるよ!」
精鋭たちがマキョーさんに突っ込んでいったのを確認して、俺は再び、ソードウルフたちに合図を送る。
「バウッ!」
一斉に飛び出したソードウルフの群れが、精鋭たちの背後から襲いかかり、足に噛みついた。精鋭と呼ばれた者たちは全員倒れ、武器も放り出していた。
「勝負あり!」
ドーン!
観客席から歓声が沸き起こった。
「はい、落とし穴を作った人は戻してくださーい」
業務連絡があり、いつの間にか、俺は控室に戻っていた。
「おつかれ。即席なのに上手くいったな」
「いや、黒ムカデと同じような……」
「まぁ、そうだ。コロシアムでも十分に使える」
報酬の魔境コインは思った以上に多かった。
「クロード、またコロシアムに出てくれよ」
「あぁ……。非番の時なら」
「よかった。じゃあ、また頼む。観客席でカタンが飯屋を出しているから、買っていくといい」
「ありがとうございます」
俺は観客席で、屋台を出していたカタンさんから、激ウマ魔境ヌードルを買い、闘技場の試合を見ながら、冷まして食べていた。
先程戦っていたホワイトオックスの精鋭たちが普段着のまま、やってきて挨拶をしてきた。
「あんた、すごいな!」
「本当にギルド職員なのか?」
「え? ああ、はい」
「普通に会話もできるんだな」
「もちろんです。見た目はコボルトですけど」
「私も魔境に住めるのか?」
火球を放ってきた魔女が聞いてきた。
「何度も死にかける覚悟があるなら……」
俺は冷えたヌードルをズズッと吸った。
闘技場では巨大なワニの魔物と、軍にいたという魔法剣士が戦っている。やはり魔法剣士の攻撃は鋭さがなく、ワニの魔物はあくびをしながら尻尾で吹っ飛ばしていた。
マキョーさんが俺を呼ぶ理由が少しわかった気がした。




