魔境異譚・コボルトのクロード7話
数日、カタンさんの薬草採取についていき、ヘリーさんの回復薬づくりを手伝っていたら、確かに身体が魔境に慣れ始めたのか、魔力を使った歩行ができるようになってきた。
それから魔物の気配に敏感になり、落とし穴に落とすというよりも自分が落とし穴に入って隠れるという技術が伸びた。
「自分が隠れていたら、魔物を倒せないだろ?」
ギルドに立ち寄ってくれたリパさんから忠告を受けた。
「でも、魔法が隠れるくらいしか使えないですからね」
「砂煙か……。それ、いくつか落とし穴を作って、全部砂煙の魔法で隠してみたらどうだい?」
「そんな器用な真似……、できるかなぁ?」
「魔力の練習はしているかい?」
「トレントの枝でしてますよ」
「あ、そんな方法があるんだ? へぇ、俺もやろう」
リパさんも取り入れていた。新しい魔力操作の練習らしい。ただ、四六時中ずっとトレントの枝を持って、ひたすら魔力を行ったり来たりさせているため、確かに前よりうまくなったような気がする。魔力を使った歩行の役に立っているのかもしれない。
「そう言えば、今日、コロシアムに軍の兵士たちが来るはずだ。終わったら、こっちに来るだろうから依頼書を貼っておいたほうがいいよ」
「そう言われても、依頼書なんてほとんどないですよ」
「まぁ、そうか。もっとダンジョンの民に宣伝したほうがいい。あの人達、直接頼んじゃうから、なかなかギルドに情報が来ないんだ」
直接リパさんたちに頼むのか。カヒマンさんだけでなく、領主にも頼むと言うからダンジョンの女性たちは図太い。
「邪魔するよ」
ギルドの入口の扉が開いて、モヒカン頭の小柄な女性が現れた。筋肉が盛り上がっているのか、胸が盛り上がっているのか、人間の割にすごい体型をしている。
「魔境の鍛冶屋のシルビアさんだ」
リパさんが教えてくれた。
「はじめまして、新人ギルド職員のクロードです」
「おう。聞いてる。死なない程度に頑張ってくれ。それが魔境で生きるコツだ。依頼書、貼らせてくれ。どうせ、誰もやらないだろうけど、一応な。記録に残しておいてくれ」
「わかりました!」
めったに依頼は来ないので、しっかり記録しておいた。
「リパ、遊んでいるなら兵士の訓練に付き合ってやれよ」
「今、行くところです」
「あ、そうか」
二人は話しながら、ギルドから出ていった。
依頼は、黒ムカデという魔物の鎧を作るため、数体の外骨格が必要だとか。
「そんなに大きいムカデがいるのか……」
「おいーっす。スコップ貸してくれ~」
いつもの冒険者がやって来た。
「なにに使うんだ?」
「穴を掘るんだよ」
「そりゃそうか。新しい依頼が来ているけど、やるか?」
「え? ああ、黒ムカデねぇ……。やるかぁ。臭いし、大変なんだよなぁ。クロードも手伝ってくれないか?」
「荷物持ちくらいなら」
「落とし穴は掘れるんだろ?」
「まぁ、それくらいなら」
「よし、じゃあ、頼むよ」
「俺は職員だぞ」
「魔境にはそういう役割分担はほとんど意味がないだろ?」
そう言われるとそうかも知れない。
「じゃあ、準備するか」
「回復薬は多めに。軍手とマスクもしたほうがいいぞ」
「そうなのか?」
「あと、使えそうなものは何でも持っていけ。別に人間と戦うわけじゃなくて、魔物相手だからルールなんてない」
「なるほど」
俺はアラクネの糸や油まで用意した。もちろん、スコップは2つ。
「黒ムカデは穴を掘って倒せるのか?」
「わからない。でも罠があると何かと便利さ」
「確かに」
魔境の先輩の言うことは聞いておいたほうがいい。
「黒ムカデがいる場所は知っているのか?」
「うん。洞窟だ。臭いがこもっているから、マスクは必須だ」
「なるほど。あれ? このマスク、なんかおかしくないか?」
「魔境の魔道具屋が作ったマスクだ。風魔法で、呼吸がしにくいかもしれないから、今のうちに慣れておいたほうがいい」
「へぇ。なんでも知っているな」
「俺は魔境が長いからさ」
「そうなのか……」
「回復薬、いくつ持った?」
「7つ。足りないかな?」
「いや、大丈夫だろ? なくなったら帰ってこよう」
「使う前提なのか?」
「まぁ、な」
とにかく、俺は冒険者に付いていくことにした。ほとんどカタンさんが行く場所にしか行けていないから、どこでも新鮮だ。
巨大な機械仕掛けの魔物を避けながら行くという。
「そんな魔物もいるのか?」
「古代の兵器だな。まぁ、武器を捨てれば追ってこないから」
「わかった。ビッグモスとかはどうするんだ?」
「ああ、倒す?」
「いや、死にかけた」
「ああ、そうだよなぁ。でも、あれくらいなら、今はいけるか?」
「無理だ。落とし穴を掘って、隠れてやり過ごしているよ」
「クロードは器用だなぁ」
「そんな事ない。魔境で生きるにはそれくらいやらないと」
そう言うと冒険者の彼は笑っていた。
「もしかしたら、すでに臭っているかも知れないけど、あそこの洞窟が黒ムカデの生息地だ」
実際に相当酸っぱい匂いがしていた。
「あの洞窟で何があったんだ?」
「魔物のヌシがいたのさ」
「そうか……」
ヌシがどんなものか、この時聞いておけばよかったかもしれない。
冒険者の彼がランプに明かりを灯して、洞窟の入口においた。
「よし、とりあえず、落とし穴をたくさん掘っておこう。砂煙の魔法は使えるんだろ?」
「それだけしかできないぞ」
「落とし穴を掘って、砂煙の魔法を使っていってくれ」
「わかった」
ガキンッ!
スコップを地面に突き刺した瞬間、手がビリビリと痺れた。
「この地面、固すぎないか?」
「ああ、でも、スコップの鉄のほうが固いだろ? 魔力をスコップに流すと結構掘れるはずだ」
冒険者の彼は、どんどん落とし穴を掘っていた。俺も負けてはいられない。
魔力を使いながら掘り続けていたら、頭がクラッと揺れた気がした。
「魔力の調節はしておけよ。無理すると魔力切れを起こすから」
「おおっ」
「あ、黒ムカデ」
「え?」
見上げた天井に熊のように大きな黒いムカデがいて、降ってきた。俺はあっさり黒ムカデに潰されて意識を失った。
「大丈夫か?」
次に目が覚めたときには、洞窟の入口にあるランプのそばで寝かされていた。
「黒ムカデが降ってきて」
「おう。見えているかと思っていたけど、見えてなかったか」
「天井に魔物がいるとは思わなくてさ。あれ? ケガをしていない!?」
「いや、回復薬を一本使ったんだ」
「そうか。死ぬかと思った」
「ああ、あのままだったら死んでたかもな」
「黒ムカデは?」
「そこ」
大きな黒ムカデは解体されて、アラクネの糸で天井から吊るされていた。
「仲間が来るから、今のうちに落とし穴を掘っておけよ。そこの弁当食べてもいい」
「わかった。頭がくらくらするから、食欲はない」
「そうか……」
とにかく落とし穴を掘ることを優先していく。
「前方から群れが来てる」
「か、隠れたほうがいいか?」
「そこら中に落とし穴を掘ってあるから、時間は稼げる。その間に何かを仕掛ければ……」
そう言っている間に、黒ムカデの群れがやってきた。スコップでどうにか撃退しようとしたが、あっさり天井までふっとばされて気絶。また死んだらしい。
「大丈夫か?」
「いや、なんで、生きているんだ?」
「回復薬を使ったのさ」
天井を見上げると、黒ムカデの死体が吊るされている。
「倒したのか?」
「罠に嵌まっていたから、スコップで突き刺しただけさ。クロードもやってみるといい」
「なるほど、わかった」
やってみたが、黒ムカデにはスコップ攻撃では全然、歯が立たなかった。
「違う! 地面を掘る感覚で、黒ムカデの頭も掘ってやれ!」
冒険者の彼が言っていることはわかるが、それができれば苦労はしない。足を噛みつかれて、ショックでブラックアウト。魔物への恐怖で俺は死ぬのか。
「はっ!」
再び、ランプのそばで寝かされていた。
「もしかして、また!?」
「ああ、回復薬で治ったんだ。一応、足が動くか確認してみてくれ」
立ち上がってジャンプしてみたが、全く問題がない。
「問題なしだ」
「じゃあ、血を流したから、飯食って、落とし穴を掘ってくれ」
「わかった。冒険者の仕事って、こんなに大変だったんだな」
穴を掘っては死にかける。俺はそれを繰り返しているが、冒険者の彼は順調に、天井に吊るす黒ムカデを増やしている。
「ん~、まぁ、慣れてないとな」
慣れで、どうにかなるものなのか。
その後も、何度も死にかけて、いよいよなにがなんだかわからなくなった。
「ここを掘れ!」
「了解!」
「あと、せっかくコボルトなんだから、吠えてもいいんだぞ。ちょっとの間、魔物の動きを止められればいいんだから」
「そうか。やってみる!」
気絶しすぎて無我夢中だった。
「バウッ! バウッ!」
「魔力と気合だ!」
「ガブルゥッ!」
頭から煙が出てきて、黒ムカデに襲いかかったような気がした。一瞬、たじろいだ黒ムカデを尻目に、逃げ出した。
「よぅし、死ななかった!」
「いいぞ」
ザシュ!
冒険者の彼は、難なく黒ムカデの頭部をスコップで切り落としていた。
「大丈夫。クロードにもできるぞ」
そう言われると、できる気がしてくるから不思議だ。
とにかく俺は言われたとおりに落とし穴を掘り、吠えていた。何度も襲われて死にかけたが、徐々に黒ムカデの動きも見えるようになっていった。
「いいかな?」
「へ?」
「これだけ獲れればいいだろ?」
気づけば、50体ほどの黒ムカデの死体があった。いつの間に、こんなに獲ったんだろう。
中身もきれいになくなっていて、軽く固い外骨格だけが残っている。
「中身は落とし穴に入れて、焼いてしまおう」
「了解」
油をかけて火を付けた。穴だけは掘っていたので、ちゃんと全部燃やせた。
「依頼達成だな」
「ああ。いやぁ、勉強になったよ」
「それなら良かった。これが魔境の冒険者の仕事だ」
「俺にはできそうにないな」
「そんなことないさ」
そう言いながら、俺達は黒ムカデの外骨格を担いで冒険者ギルドに戻った。何往復かするかと思ったが、冒険者の彼がすべてアラクネの糸でまとめて担いでいた。俺もいくつか持ってみたが、いくら一体分が軽いとは言え、50体もあれば重いのに。もしかして、俺はこの冒険者の実力を見誤っているのか。
「クロード、明日は非番か?」
「え? そうなのか?」
「休日は週に一回は申請したほうがいいぞ」
「ああ、そうか。じゃあ、申請してみようかな」
「コロシアムに行かないか?」
「行ったことないんだけど、面白いか」
「ん~、どうかな? ちょっと外の冒険者がどれくらいの実力なのか見ておいたほうがいいだろ?」
「ああ、そうだな。君が連れてってくれるなら行くよ」
「おう」
「そう言えば、君、名前は?」
「ああ、そういや言ってなかったな。明日、コロシアムに行ったときに教えるよ。その方がわかりやすいから」
「そんな難しい名前なのか……?」
冒険者ギルドの名簿には、載っていなかった。
「それじゃあ」
「おう。また明日な」
俺は冒険者の彼が出ていくのを見たところまでは記憶があるが、それ以降、冒険者ギルドの床で眠ってしまったらしい。
今度は、たぶん死んでいないはずだ。




