魔境異譚・コボルトのクロード5話
朝、冒険者ギルドの受付横で起き上がり、全身を確認した。汗が大量に出ているのに、寝袋がすべて吸収しているらしい。裏の井戸に行き、顔を洗って身体を拭いていると、ヘリーさんが起きてきた。
「寝れたか?」
「寝れました。寝袋が寝心地よくて」
「ああ、素材にスライム溶液を固めたものと、アラクネの布を使っているからな。魔境はよくレベルが上がるから、寝具だけは良いものをというマキョー……、領主の配慮だ」
「そうなんですか!」
すごい人なのか。
「ところで、今日は、私は夫と出かけなければならないから、冒険者ギルドで回復薬を作っておいてくれ。疲れたら休憩していていい」
「いいんですか?」
「ああ、生活雑貨の買い出しもあるだろうし、新生活の家も決めないといけないだろ? これ魔境コインだ。計画的に使うように」
「ありがとうございます」
受け取った魔境コインには魔方陣が描かれているようだが、どういう効果があるのかわからない。偽造防止だろう。これで、その辺の店で買物ができるらしい。
住居の店(不動産屋というらしい)があるのかと思ったが、冒険者ギルド職員用の家があり、ほぼ決まっているのだとか。
冒険者ギルドの職員には、俺の他、エルフとアラクネ、それから採取担当のドワーフ族、鳥人族がいるらしいが、それぞれ見たことはない。昨日は夜遅くまで回復薬を作っていたので、冒険者ギルドに泊まってしまった。
残っていた回復薬を瓶に詰めて、薬草を干し直したら、業務は終了。片付けをして、鍋を洗い、机を拭いて、受付に戻った。
「それにしても、暇だな……」
特に冒険者の姿はない。ただ、名簿を見るとかなりの人数が登録はされているようだ。
それなのに、いないということは運営できていないのか。それとも、依頼自体ないのかな。依頼書は張り出されているものの、日に焼けてしまっていて誰も使っていないようだ。
依頼達成書類もかなり少ない。
とりあえず、雑貨屋の場所が描いてある地図を探そう。俺はカウンター下の書類棚を開けながら、どこに何があるのか覚えていった。
「ああ、いたいた!」
入口からエルフが入ってきた。
「冒険者の方ですか?」
「いえ、ギルド職員のイムラルダよ。あなたはコボルトの……」
「クロードです。よろしくお願いします」
「よろしく。ヘリーに案内してあげてって言われていて……、でも、朝ごはんはまだよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと食べに行きましょう」
「わかりました。あ、でも、俺、魔境コインしか持ってませんよ」
「へ? ああ、大丈夫。魔境コインは使わないから」
ヘリーさんが準備金として持たせてくれたお金なので大事に使おうと思っていたが、必要ないのか。
外に出て沼の畔に行くと、テーブルが並べられて大きな魚の香草焼きが用意されていた。
釣りで捕れるサイズとは思えない。誰かが水中に潜って、獲ってきたのだろうか。
「あの、あれは……?」
「朝ごはんよ。カタンちゃんの料理は美味しいからたくさん食べてね。まだ、向こうでも焼いているでしょ?」
イムラルダさんが指さした地面から煙が立ち上っている。大型の魚を焼くような鉄板はないから地中焼きをしていたのか。
「カタンさんというのは……?」
「ほら、あそこにいるドワーフの彼女よ。採取担当のギルド職員でもあるから、食事は無料。いい職場でしょ?」
「確かに」
俺はカタンさんに挨拶に行き、香草焼きと平たいパンを貰った。
「コボルトの新人さんですか。続けてくれると嬉しいんです。皆、コロシアムの方に行きたがるんで、こっちは暇なんですよ」
魔境の西側にコロシアムがあり、冒険者ギルドの支部があるそうだ。俺たちダンジョンで生まれた者たちは、なかなかここの冒険者ギルドに定着しないのだとか。
「そうなんですか……」
俺は魚の香草焼きをひとくち食べて、人生で初めて目が飛び出るほどの旨味を味わった。
「なんで、こんなに美味しいんですか?」
「素材の旨味を引き出しているだけです」
「これはいくら食べても……」
「胃もたれはしないはずですよ。野草ハーブがスッキリしていますから」
俺は無言で食べてしまった。
カタンさんにお礼を言って、食器を片付けた。
イムラルダさんも家族の分の朝ごはんを包んでいた。
「あの、雑貨屋と住居の場所を教えてもらえれば、勝手にやりますよ」
「ああ、悪いわね。雑貨は、適当にその辺の人に話しかければ、調達してくれるわ。家はギルド近くの家で空いている部屋があれば、勝手に使っていい。ちょうど、今は兵士たちもいない時期だし、空いているところがおおいから、今のうちに入っちゃったほうがいいわよ」
「そうなんですね。わかりました」
冒険者ギルド近くの建物は、ほとんどギルド所有の建物ということか。とりあえず、近場の建物に入り、一階の隅にある小さな部屋を借りることにした。寝袋だけは冒険者ギルドの物を借りておく。正直、あの寝袋さえあれば、ベッドは必要ないかもしれない。
椅子やテーブルがないな……。机や食器もない。でも、食事は青空レストランがあるから、別に必要ないのかもしれない。
俺は沼の畔に戻って、カタンさんに聞いてみた。
「魔境の生活だと何が必要なんですかね? 椅子とかテーブルとかですか? 食器とかは……」
「クロードくんは、趣味はありますか?」
「趣味? ですか? いや、これと言って……」
ダンジョンから出てきて、荷運びをして、いつの間にか冒険者ギルドに来て、回復薬を作っただけだ。趣味を持つ余裕なんてない。
「趣味はまだありません……」
「随分、危険なことを言いますね」
趣味がないと危険なのか。
「魔境は好きなことをするのに向いた土地です。本当になんでもいいので、考えてみてください。それがクロードくんを助けるはずですから」
「し、強いて言えば、落とし穴を掘っていたのは楽しかったですけど……」
「それです! それにしましょう!」
「スコップはあります!」
「いいですね! 他には……?」
「他に……。砂煙の魔法とかもできますけど……。でもそれくらいです」
「でしたら、まず、それを極めることから始めたらいいと思います」
「穴掘りを極めるんですか?」
「ええ。もしくは罠づくりを」
「あ、なるほど……。落とし穴の魔法を使えるようになるんですかね?」
「ええ、たぶんできるようになると思いますよ」
ダンジョンの外は何でもありだった。
「お昼まで採取に行くんですけど、一緒に行きますか?」
「いいですか!?」
「給料は出せませんけど、美味しいものは食べられます」
「お願いします!」
俺は、カタンさんに付いていくことにした。




