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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔境の正月】


 正月。


 浸水した新築住宅地が泥だらけで、年明けからずっと泥かきから始まった。水は魔法で流したり、空島に貯水したりした後、大通りを掃除。家の中は防御魔法によってある程度大丈夫かと思っていたが、普通に冒険者ギルドは膝上ぐらいまで水に浸かったらしい。

 

「寝床がぐっしょりだ」

「防水性の寝袋にするんだったか」

 ヘリーは笑って言った。


 回転させた水魔法を使って、ブラシのように泥を掬い取り、チェルが風魔法で乾燥させていた。汚れが落ちたからか起きたばかりのヘイズタートルたちが行進していた。


「冬眠していたから、見て回っているのかもしれない」


 新築住宅に突進しても、全く壊れないことを確認したヘイズタートルたちは人が出入りする岩ぐらいに思っているようで、ゴシゴシと甲羅を擦り、苔やカビを落としていた。


「灯篭はできてるんだろ?」

「できてます!」

 骸骨たちは夜のために、昼のうちは休憩している。不死者たちもこちらに来ないから、物珍しそうに、俺たちの様子を見ていた。彼らは食事をする必要はないが、生前どういう動きをしていたのか思い出すためにカタンの後ろに付いて回っていた。


 カタンは保存食を温め、正月用に置いておいたというパンとハムを取り出して、厚切りにして焼いていた。そこにメイジュ王国産のピクルスを挟むらしい。ソースは交易村の姐さんたちが持ってきたバターや胡椒もたっぷり使っている。

 匂いだけでも美味さがわかる。


 他にも東海岸で獲れた巨大エビの塩焼きにタコの丸焼き、グッセンバッハたちが砂漠から持ってきたデザートイーグルの焼き鳥、植物園のダンジョンで作った野菜のスープにサラダもあった。


「すごい量だな」

「鹿肉のパイを焼いてきたんだけどね」

「猪鍋の用意があるけどいらなかったかい?」

「いやいや、テーブルに並べてください。皆食べますから」

 交易村の姐さんたちもたくさん作ってきてくれた。


 冬眠明けの魔物たちが匂いに釣られてやってくるが、リパとシルビアが追い返していた。


「おーい! あんまり殺すなよ。ちゃんと太らせてから食べよう」

「わかってますよ!」

「花が咲き始めて逃げ出してきた魔物もいるみたいなんだ」


 昨日、冬が明けたと思ったら、すでに今日は花盛りらしい。


「皆、植物には警戒するように。食べられると骨しか残らないからな」


 訓練兵たちは夜中のうちに一度帰り、酒樽を持って帰ってきてくれた。ついでと言ってはなんだが、隊長とフィアンセのシャンティさんも挨拶に来た。


「こちらから行くべきところをすみません」

「いやいや、マキョーくんが辺境伯なんだから、こちらが出向くのが筋さ。それよりも普通に魔境に入れていることが驚きだよ」

「お二人とも魔境に慣れたんじゃないですか。道も作りましたし、お二人とも訓練施設で随分訓練したからでは? 何が危ないのかも理解しているから」

「本当に訓練施設にいる間はずっと魔力の訓練をしていたんですよ」

 シャンティさんも隊長も訓練兵に言われたことや交易村の姐さんたちの訓練をずっと繰り返していたようだ。


「ここ数日はコツを掴むまで、ずっと手合わせと魔力の運用を繰り返していた。走るのは無理でもちょっとずつ防御壁を張れるようになってきたんだ。それこそ生活の一部になるまでずっと。疲れたら、マキョーくんの教えてくれた知識を勉強していた」

「この人ったらやめないんですよ。私もつられちゃって」

「いや、シャンティの方がやる気はあっただろ?」

「いいえ、私は考古学的な遺物を研究したいって言ったんです」

「まぁ、魔境に興味を持ってくれるなら何でもいいです。先日も遺伝子学研究所のダンジョンから過去の遺物がたくさん出てきましてね。どうぞ持って行ってください」

「いいの!?」

「あとはグッセンバッハに砂漠の基地に連れていってもらうといいです。石板に記録を残しておいてくれていますから」

「本当に!?」


 宴をしながら、お客たちの相手をして、魔境の住民たちを紹介していく。古参は元よりエルフたち一家、騎竜隊家族、ダンジョンの民、不死者、砂漠のゴーレム、クリフガルーダのハーピー、交易村の姐さんたち、訓練兵、そしてエルフの番人が一堂に会することも滅多にない。知っている者もいれば、負い目を感じていた者もいる。


「皆、魔境の住人だからな」

 酒も用意したが、魔石を砕いた粉の入ったジュースも作っている。不死者やゴーレムはアルコールより魔力の方がいいだろう。


「種族に貴賤はないのだね?」

 隊長は当たり前のように聞いてきた。

「ええ。種族が多すぎて差別は無理でしょう? 強さで格差を作ると、古代ユグドラシールのような結果になってしまう」

「でも、自由を重んじるあまりエスティニアの中央にあった自由自治区のように消えてしまうのではありませんか?」

 シャンティが不安そうに聞いてきた。

「いや、私たちが未だ現世にいるくらいですから、あと千年は保ちます」

「マキョーさんが人工龍脈を作ってしまいましたからね。人間も魔物も植物もしばらくは争いにならないかと思います」

 不死者とゴーレムが言うと説得力がある。

 多くの戦いと孤独な者たちを見てきたから言えることだ。


「私たちはダンジョンでしか生きられなかった。親も祖父母も皆、ダンジョン生まれ、ダンジョン育ちで、外に出るなど夢物語でした。いつの間にかその夢が握られていた。手放すわけにはいきません」

 遺伝子学研究所の所長がワインを飲みながら、空を見上げていた。ダンジョンの民にとっては本物の青い空が何よりの肴なのかもしれない。


「それを言うなら我々も同じだ。本物の陸地を踏みたいと思っていた。封魔一族一同、故郷に帰ることが夢だった。今では夢のまた夢の竜にまで乗っている。種族の故郷も確認した。まさか自分の代でそれが実現するなんて思いもよらなかった」

 今の騎竜隊は、竜に乗って北部のワイバーンを狩る訓練をしているという。見た目からは想像もつかないほど、繊細な体術を使っていたことを今でも思い出す。

 魔境で会った人たちにいろんな技術を教えてもらって、今の俺がある。


「それを言うなら私たちもそうだ。クリフガルーダで鳥人族から仲間外れにされ、腐りかけていた我らを過酷な砂漠に放り込み、人間本来の生活を教えてくれた。魔境の住人たちが来なければ、ずっとあのままだったと思ったら……、考えたくもないね。それはきっとミッドガードの住人たちも同じだと思うけど……」

 ハーピーたちは随分と酒を飲んでいた。ラミアやアラクネたちとはすっかり仲良くなって何でも話せる間柄になっている。


「我々なんか、エルフの国で迫害されていた上に、さらに同胞からも仲間外れにされていたんです。今じゃすっかり魔境の奥まで入り込んでいる。カヒマンもカタンもすっかり住人ですよ」

「魔境はないと困るのよ。だからマキョーさんはずっと死なないでね」

「無茶を言うなよ。カヒマンは急激に伸びた瞬間があったよな?」

「うん。砂漠を走っているとき。マキョーさんが限界のその先があることを教えてくれたから。死ぬ気でやっても死なないけれど、油断するとすぐ死ぬってことが、頭でわかったというか身に染みたって感じだった。だから死ぬ気で何でもやることにしたら、いつの間にかこうなってたというか……。全部マキョーさんのせい」

「「「それはその通り」」」

 古参たちの声が四方八方から聞こえてきた。


「少なくともエルフの国より自由で、何より日々の生活が刺激的。ヘリーが魔境から帰ってこない理由もよくわかったわ」

 イムラルダは、本当に研究をよくしていて小さな植物の観察から、小さな魔物の解剖まで何でもやっていた。家族がそれに協力しているのも素晴らしい。子どもはチェルの魔法学校に通うつもりだと言っていた。


「人生の時間が足りないかもしれないから、私が死んだ時用のゴーレムを作ってほしい」

「検討するよ」


 ギョエエエ!


 見上げればゴールデンバットがエメラルドモンキーを捕まえて棲み処へ帰るところだった。油断すれば確かに死ぬ魔境だが、豊かなジャングルが広がっていた。


 日が沈み、灯篭に明かりが灯る。

 エスティニアの小さな領地で教えてもらった祭りを魔境の新興住宅街でやった。パレードのようなものだが、誰かが太鼓を叩き始め、ふいに前世の記憶がよみがえってきた。


「何を祈るんダ?」

 チェルは笑いながら聞いてきた。

「豊穣だろ」

「魔境の発展もだ」

「家内安全」

「無病息災」

「健康第一」

 皆、ありきたりなことを祈っていた。それがいいのだろう。

 目標は達成するものであって、夢は実現させるものだ。


「パトリック、あなたは何を願うの?」

 シャンティさんが隊長に聞いていた。パトリックという名前なのか。

「僕も魔境の発展だよ」

「隊長は名前で呼ばれてるんですね」

「ああ、言ってなかったな。パトリック・ジェイドラゴン。これが本名だ。いろいろ通り名もあれば隠し名に幼い頃の呼び名、いろいろあるんだけどね。今はP・Jだから、魔境に関係はしているかな?」

「そうですね」

「マキョーくんは明日から王都かい?」

 灯篭の明かりを見ながら、隊長が聞いてきた。


「ええ。新年のあいさつに行かないと。新人貴族ですから」

「だったら、チェル殿と一緒に行ってくれないか? エスティニアにも魔族がいることを伝えてほしい」

「チェル、行くか?」

「うん。いいヨ」


 旅のお供が決まった。

 エスティニア王国にとっては、かつての敵だ。しかも次期魔王で、辺境伯の婚約者。難しい立ち位置になるだろうか。


「嫌になったら帰るヨ」

「そうだな」

 

 あまり気にしないことにした。


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