【紡ぐ生活36日目】
「さてと。準備はいいか?」
古参も含め魔境の住人、ほとんど全員が頷いた。各地にいるヌシも、俺のダンジョンの中に避難済み。スライムのヌシだけが祠のある谷で待機していた。
事の発端は、昨夜、日をまたいだころの話だった。相変わらず夜型の二人が何かあった時の対処のために起きていたのだが、砂漠の軍事基地にいるグッセンバッハから連絡が入った。
スライムが一斉に発生した次の日、砂漠で大洪水があると言う。森でも、かなり広範囲で山から雪解け水が押し寄せ、半分ほど埋まっていたという記録もあるとか。
実際、ダンジョンの所長も春前には冠水が起こっていたことを記憶していた。
「東の方でも冠水していたってことは、相当な規模だヨ」
「五本の人工龍脈でどれだけ流せるのかわからないからな。ヘリーは空島を少し高めに飛ばしてくれ」
「了解」
「西側に水を溜める池を作っておきたい。堰を作って徐々に水を流していった方がいいだろ?」
「ああ、確かにネ……。龍脈に向けて流せばいいのカ?」
「そういうこと」
「シルビア、避難できる住民たちを避難させてくれ」
「私たちも手伝いますよ!」
アラクネやラミアたちダンジョンの民が声を上げた。
「魔物たちも逃がさないといけないし、土嚢が必要なら人手は必要じゃないですか?」
土嚢という考えはなかったが、確かに細かな作業をしないと水が漏れてしまうだろう。
「じゃあ、俺が大まかにやっていくから、悪いんだけどチェルが上から見て指示を出して上げてくれ。騎竜隊とイムラルダたちはいるか!?」
「います!」
「ここです!」
「溜め池と人工龍脈を明るく照らしてほしいんだけどできるか?」
「杖があったはずだよ。魔石灯もあるから、倉庫から持って行って。ジェニファー!」
ヘリーがジェニファーを呼んだ。
「はい、すぐに用意します! えーっと、ダンジョンの皆さんはまだ理解していないかもしれませんが、マキョーさんが地面を隆起させたり、沈下させたりするんで溜め池は一瞬でできます! 自分たちの家や新築の物件に広がらないように注意をしてくださいね!」
ダンジョンの民は「ああ、そうか」と頷いて納得していた。気づいていなかったらしい。やはりジェニファーのような管理職は必要だ。
「北部の岩石地帯なんですけど、ハイギョの魔物が多かったじゃないですか。たぶん川の氾濫する生態系になってると思うんですよね?」
リパが聞いてきた。そこまで対処はしなくていいだろう。
「そうだよな。でも、鉄鉱山だけは守らないと作業用のゴーレムたちが海まで流されちまうぞ」
「あ、そうか! ちょっとサッケツと行ってきます!」
「地底湖にいる白蛇のヌシにも一応報せてあげてくれ」
「わかりましたー!」
そう言って、リパはサッケツの首根っこを掴んで飛んで行ってしまった。サッケツはされるがままだ。
「カヒマン、ここら辺一帯の魔物、それからヌシたちにも声をかけてあげてくれるか。毎年のことらしいから、魔物の方が慣れていると思うけど、逃げるなら俺のダンジョンが迎えに行くって」
「了解!」
カヒマンは、暗闇の森の中を駆け抜けていった。
「カタン!」
「保存食の用意はできてるのよ。ヘリーさん、空島の上でも作れるようにはしてあるから、連れていってくれない?」
「わかった」
食事は問題ない。
「じゃあ、現場で地形を見ながらやっていくから、チェルはサポートだけ頼むな」
「私だけやること多くないカ?」
「頼りにしている。訓練兵たちは死なないようにダンジョンの民を守ってあげてくれ。あと、誰かエルフの番人たちにも知らせてあげてほしい。入口の小川も危ないから」
「了解です! 自分たちが行きます!」
訓練兵たちが入口に向けて駆け出していった。
「あのー……、不死者の町は大丈夫でしょうか」
新年の祭りで使う灯篭を作っていた骸骨たちだ。
「ダメかもしれない。でも、ハーピーたちを叩き起こして連絡を取ってみてくれ。一応、日の出前には俺も向かうから」
「わかりました」
カリューにも音光機で連絡してはいるが、夜中なので寝ているのかもしれない。ハーピーたちは鳥目で役に立たないと早々に空島に避難している。
骸骨たちがヘリーに付いて行ったことを確認して、俺とチェルは北西へと飛んだ。竜たちの住む、魔石の鉱山周辺は魔法学校の建設中だ。
「まずはここからか」
俺は軽くソナー魔法を放ち、山の上層部を探る。
すぐに雪崩が起きそうになっていることがわかり、魔法を切った。
「結構ヤバいな。チェル、前に作った目に着ける包帯は持ってるか?」
「うん、必要カ?」
「魔法はあんまり使えなさそうだ。必要な時だけにしておこう。雪崩と一緒に来るかもしれないから、山肌に溝と壁で流れを変えよう。岩石地帯の方に流せばたぶん大丈夫だ」
「リョーカイ!」
チェルの作った包帯は普通の視覚では見えないものまではっきり見ることができる。
暗い中でもある程度、目に魔力を込めれば見えるが、結局疲れてしまう。包帯に回復薬を染み込ませれば、それほど疲れないだろう。
「悪いけど、これから山の上の方で突貫工事を始めるからネェ!」
チェルは魔石鉱山のダンジョンに声をかけていた。最悪、ダンジョンがどうにかするだろう。
そのダンジョンまで雪や氷が落ちてこないように、水流をカーブさせる溝を作る。
なるべく音や振動がないように、山肌の地面に手を当てて隆起する力に干渉した。
グゥグググ……。
久しぶりに使ったが、案外うまくいくものだ。
「チェル、土魔法は行けるか?」
「大丈夫。隙間が空いてたら埋めるヨ」
次期魔法学校の校長はどんな魔法でも使えるようになっているらしい。
とりあえず魔石鉱山と魔法学校さえ守れれば大丈夫だろう。
スンッ!
拳を振って山の地面を削り取る。空中に散らばる土の塊はチェルが土魔法の材料にして壁を作っていた。
「マキョー。本当に今まで力を抑えていたんだな」
チェルに真顔で言われた。
「今が領主の力の使いどころだろ? 出し惜しみはしない」
「そうだな」
北西の山の工事を終えたら、少し南下して、溜め池づくりだ。
ボゴッ!
殴って地面をへこませて、チェルが堰を作っていく。以前、山羊の魔物が戦っていた崖の上も丸い窪みを作り、マンドラゴラなんかがいた針葉樹の森にもいくつか穴を開けておく。
「魔物たちも起き始めたゾ!」
「チェル、火炎魔法で追い立ててやってくれ。直にここも沼になるかもしれない」
「了解!」
パパパパンッ!
チェルが火炎魔法を放つと、巨大松ぼっくりが弾け飛び、魔物たち東へ逃げ出していった。
ようやく騎竜隊とエルフたちと合流。アラクネとラミアが先頭に立ち、道路作りで鍛えた技で、木々を切り倒し、壁の素材を作っていた。俺はそこの地面も隆起させて人工龍脈へ水が流れるように地形を変えていく。
「なるべく水の勢いを殺しながら、大きい流れに合流していけばいいから!」
チェルがダンジョンの民に指示を出していた。
「マキョー、リパから音光機!」
暗い地面にリパのメッセージがはっきり映し出される。
『白蛇のヌシから、おそらく応援要請』
「了解。すぐにいく!」
俺は自分の革鎧から半透明の大蛇を取り出す。
「ダンジョン、聞いていただろ? 緊急事態だ。お前がどこを根城にするかはわからないが、とりあえずヌシたちを匿ってやってくれるか」
俺のダンジョンは、大きく伸びをしたかと思うと月に向かって大きな欠伸をした。
「どうした? やる気がないのか?」
そういうと、首を横に振った。周囲を見回しながら、どこを根城にするか考えているらしい。俺の周りをぐるぐると回っていたが、門になりそうなものは見つからない。
「おい、いい加減自分の寝床ぐらい自分で見つけろよ。俺がヌシたちが入れそうな入口を持っていると思うか?」
そういうと、半透明の大蛇は尻尾で、地面を叩いた。別になんてことはない地面だ。
「ここを隆起させろって言ってるのか? そんなわけないよな。ん? 月?」
俺はなんとかダンジョンの言いたいことをくみ取ろうとした。ずっと一緒に寝食を共にしてきたんだ。ダンジョンの考えていることは、きっと俺にもわかるはずだ。
ずっと古参たちからもダンジョンの民からも言われてきた。
俺は奇人だ。何を考えているかわからない。どうせ俺のダンジョンも、どこに寝床を作るかなんて予想できない。でも、きっと俺と一緒にいる。心が通じ合っているとかじゃなく、マジで一緒にいる方法を探す。俺が持っている最も大きいもの。俺自身が作れる最も広いものを考えないと……。
そう思った瞬間に、気がついた。
「お前、ずっと俺と一緒にいるつもりだな?」
ダンジョンは大きく頷いた。
「わかったよ。おーい! イムラルダー! その魔石灯を貸してくれ」
「え? いいけど……」
「悪いな。うちのダンジョンは無茶苦茶なことを考える奴でね」
俺は魔石灯を木の枝に引っかけて、地面に自分の人影を作った。
「お前の寝床はここだろ?」
シャーッ!
ダンジョンが雄叫びを上げながら、俺の影に飛び込んだ。
ドップンッ!
「いや、そんなことできるの!?」
「こいつはずっと俺の鎧の中に閉じこもっていたからな。これくらいならやるさ」
自分の影は生まれた時からずっと一緒にいる。光の加減で伸縮自在。光に近づけばヌシより大きくもなる。
「よっし、行くぞ!」
「ええっ!?」
俺は一気に月が浮かぶ空へと飛んだ。そのまま、北東へと一気に加速。慌ててチェルが追いかけてきた。
リパは魔石灯を振って、鉄鉱山の位置を教えてくれた。どうやら白蛇のヌシもそこにいるらしい。夜でも白い大蛇は目立つ。
「お疲れ様です。ようやく俺のダンジョンが寝床を見つけましてね。避難しますか?」
白蛇のヌシは俺を見て頷いたが、不思議そうにあたりを見回していた。
「ダンジョンはここです」
魔石灯の明かりを掲げ、鉄鉱石を掘った壁に影を写しだした。壁が青白く光ったかと思うと、幾何学模様の蛇が動き出し、門を形作っていった。
雷門型のペンダントを門に合わせ回転させると、中に昼の魔境が現れた。
「どうぞ」
白蛇のヌシは眷属の蛇たちと一緒に中へと入っていった。
「マキョーさん! どういう覚醒の仕方をしてるんですか!?」
リパは口をへの字に曲げて、俺を見ていた。
「俺じゃなくて、ダンジョンの覚醒だよ。魔境じゃ、皆一度は通る道だろ?」
その後、新米の大熊のヌシにも会いに行き、白蛇のヌシの説得により熊族もダンジョンに避難。スライムのヌシは、祠のある谷で見守るという。大鰐のヌシも黒ワニやロッククロコダイルと共にダンジョンに入った。
砂漠へ行き、グッセンバッハたちと話し、おそらく砂漠では人工龍脈に自然と水が流れるということで落ち着いた。
「そのように領主殿が作っていたから、我々は領主殿を信じることにします」
ゴーレムたちはなぜか胸を張っていた。作った本人はそれほど自信はないので、一日ダンジョンに籠っているか、ホーム近くまで避難するように言っておいた。
ハーピーたちが起きだしているので、環状道路も使えるし、空島も飛んでいる。
ただ、グッセンバッハたちは自分たちで作った砂漠を渡るヨットに乗って避難するつもりらしい。
「気温が上がり切る前に、移動してくれ。急げよ」
それだけ言い残し、俺たちは不死者の町へと飛んだ。
西の山脈を超えたあたりで、東の空が明るくなっていた。
巨大フクロウを起こし、やかましいカラスの魔物を思い切り騒がせながら、町に辿り着いた。
「何事だ!?」
灯台を作り続けているカリューが俺を見て言った。
「音光機を見てないか?」
「あ!」
「今日か明日には雪解け水が山から下りてくる。魔境各地で洪水が起こるかもしれない」
「じゃあ、この町もか?」
「わからないが、被害を最小限にしたい」
「しかし、そんなこと……」
カリューが迷っている声を聞く時間はなかった。
「チェル、説明をしておいてくれ!」
「わかった。カリュー、あのね……」
俺は山から町へ続く坂の地面に手を当てて、地面を隆起させていった。
スンッ!
あとは溝を掘って、川を作っておくだけ。
「どうすればいい?」
「え!? 山ができた!? どういうこと!?」
「領主様ぁ!」
不死者たちが戸惑っている。
「まぁ、皆、一度は死んでるんだから別に町が壊れても、しがみついておけばどうにかなるよ」
「いや、なりませんよ! 再建するのに、ものすごい大変だったんですから」
「でも、確かに一理ある。此の世にいれば、また町はできるが、俺たちが消えたら、もう再建されることはなくなる」
「それじゃあ、避難しようか?」
「どこへ?」
俺は港に置いてある海賊船を浮遊魔法で浮かばせ、不死者の町の住民たちを全員乗せた。全員乗っても皆死んでいるので軽い。
そのままホームへと戻った。
空島で遅めの朝食を食べていたら、日が高く上り始めた。気温もぐんぐん上がっていく。
「さてと。準備はいいか?」
皆、いつ洪水が来てもいいだけの準備はしていた。
ザパァーンッ!
北西の方から波が岩にぶつかるような音が聞こえてきた。
ドドドドド……。
続いて濁流の音が聞こえてくる。
ズズンッ。
地鳴りのような音が鳴って、俺もチェルもこらえきれなくなり、様子を見に行ってしまった。
飛びながら、雪で白かった森に一斉に緑の植物が生えていくのを見た。西から順番に緑へと変わっていく様は圧巻だった。
「「……」」
二人とも言葉を失っていく。
入口の小川が氾濫し、ホームの前の道に川ができた。
沼の水位が上がっていき、新築物件も浸水していくのが見えた。ヘイズタートルが冬眠から覚め、ゴールデンバットたちが騒ぎながら、飛び始めた。
地面を削り濁流と化した雪解け水の流れは、突貫工事で作った溝を通り、きれいに人工龍脈へと流れていく。汚れた水の流れに銀色に光る粒のようなものがいくつも現れては消えていた。ハイギョの魔物だろうか。
ホーム近くの森には赤や黄色、紫色の花々が咲き乱れている。たった数時間で、雪に覆われた地面を突き破り、茎をのばし、花をつけるのが魔境の植物らしい。
「春が来たな」
明日は新年の祭りだ。