【紡ぐ生活34日目】
遺伝子学研究所のダンジョンで大掃除が始まった。
住んでいたダンジョンの民のほとんどが、外にも家を持ち始めている。東海岸の倉庫の周辺やホーム近くの沼近くには新築の住宅ができ、春の訪れを待っていた。暖かい日を望んでいるというわけではなく、春になって魔物が活発化しても家が保っていますようにという期待だ。
ただ、そんなことは置いといても1000年もダンジョン生活をしているとゴミ集積所や開かずの部屋の10や20はあるらしく、ちょっと大変なことになっていると所長が泣きついてきた。
「魔王は通常の大きさに戻ったら、外で働いてばかりで、ダンジョンの業務をしなくなった。竜の牧場もようやく十分なたんぱく質や魔力を補充できるから、研究も畜産も捗ってはいるんだけど、人気がないのよ。領主、どうにかなりませんか?」
トカゲ頭の所長は、亜竜の糞だらけで聞いてきた。
「ああ、亜竜は育っているけど、それを商品やサービスに展開できていないのかな?」
それよりも今は魔境が発展していっている最中だから、ダンジョンの民は外で仕事をしている方が面白いのだろう。生まれた時からダンジョンに閉じ込められていたことを考えると気持ちはわかる。
「ここの竜たちも外に出してみては?」
「そんなことしたら寒くて死んじゃうよ」
「いや、今じゃなくて春になって暖かくなったらでいいので。畜産と言ってもいろいろあると思うんですよ。肉を売ったり、皮を売ったり、荷運びでもいいですし、狩りの補助として活動してもいいし」
「ああ、確かに……。それは気づかなかった」
「とりあえず、竜の牧場の方はゆっくり考えていてください。それよりも、ゴミ集積所と開かずの間を今年のうちに片付けましょう」
「ゴミは本当にゴミなのかナ?」
「古代の生活の一端が見れるかもしれませんよ」
チェルとジェニファーは、興味があるらしい。チェルは古代の生活でどんな魔法を使っていたのか知りたいのだろう。ジェニファーに関しては、古代の種への期待がある。
「でも、それはミッドガードの住人に聞けばいいんじゃない?」
「いや、どうしてこうなったのかという歴史のつなぎ目が重要なんだヨ。メリルターコイズでもわかっただろ?」
「ああ、そうか」
忘れ去られた技術や知識の中に、現代の生きるヒントがある。
ヘリーたちやほとんどの魔境の住民たちはまだ空島の作業をしている。それでも昨日頑張ったお陰で、ダンジョンの民たちはこちらの作業を手伝ってくれるらしい。
そもそも彼らの住居だった場所だ。祖先の墓も立てずにゴミと一緒じゃかわいそうだ。
「じゃあ、一旦外に出してみるか。呪いの類には十分に気を付けてくれ」
革エプロンを着けて、軍手をはめて、一旦俺たちが開かずの間の中を調べる。
ゴロゴロゴロ……。
「うぉっ!」
中はゴミがパンパンに詰まっていた。ただ、カビや菌類は生えていない。外からの栄養もなかったのだろう。臭いはほとんどしなかった。
「汚れも乾ききっているから、マスクをしていれば大丈夫そうですね」
リパが先行して入っていったが、開かずの間と言っても部屋はかなり大きい。
「こういうのを建材にはできなかったんでしょうか」
「脆いんだろう? で、外にも捨てられないから、こういうところに置いておくしかなかったんじゃないか」
「骨と壺の破片と皮の切れ端か。枯れ葉の屑みたいなのもあるけど、ジェニファーはどうスル?」
「一応、種だけあれば拾っておいてください」
魔物の革も魔法陣が描かれているものだけ残しておいて、後は外で焼いてしまうことにした。家具もあったが、服がなかったから使われていない。
「家具もあったけど、洗って使うか?」
「使います!」
今はダンジョンの民も、たくさん服を持っているので洗って修理しながら使うようだ。
「壺はもういいね?」
「ええ、何が入っていたかわからないので」
「一応、確認しますね」
ジェニファーはダンジョンの民も要らないと言っていた壺の中身まで確認していた。たくましい。
「あ、呪いの壺が出てきました!」
「はいはい」
ダンジョンから発生した野生の魔物なので、とっとと中身を押し出してチェルが焼いてくれた。
「呪いって本来、僧侶が対処する物なんですか?」
ダンジョンの民が一瞬で呪いを解いている俺たちに聞いた。
「ああ、聖水使ったりするんだったよな?」
「ジェニファーが詳しいはずだヨ」
「こう見えて私は僧侶です。初め魔境に来た頃は、そういうこともやっていたんですけどね。マキョーさんが殴った方が早いです。あと、呪いは誰かの強い思いであることが多いですが、それも魔境では生の躍動の方が圧倒的に多いので、気圧されているはずです」
「じゃあ、こういうゴミ集積所みたいなところには結構呪いがあるかもしれないってコト?」
「ええ。あ、いや、実際、今焼いていたじゃないですか」
「あ、そうか」
「しまった。魔物として見てたな」
俺もチェルもたった今倒したばかりなのに、無意識の作業のように呪いを倒していたようだ。
「物に憑りつく魔物ではあるんですけど、呪いと呼ばれることの方が多いです」
「ゴーレムとか不死者たちの亜種みたいなもんかな?」
「ああ、近いんじゃないですかね。ただ、呪い自体に意思はないんじゃないですか。呪いで意思があれば魔物化するんだと思います」
「でも、呪い自体が誰かの意思なんじゃないノ?」
「そうなんですけど、なんと言えばいいか……」
「新しいことを考えるとか、その場で生活をしているなら魔物なんじゃないですか。呪いは誰かを乗っ取ったりしないと動けないけど、魔物は自活してますから」
リパが掃除をしながらゴミの入った袋を積み上げていた。
「そんなことより、少なくとも数百年使ってない物はゴミでいいですよね?」
「いいんじゃないか。形が残っている物は脇に置いておこう」
付喪神などと言って崇めたりせず、かといって全部を捨ててしまうようなこともせず、今使えるかどうかでダンジョンの民に判断してもらった。祖先の物は子孫に判断してもらおう。
「よーし、とりあえずこれで水洗いしていこう」
すべてゴミを出し終え、俺とチェルで部屋の中を掃除。真っ黒に汚れていた机も出てきたが、きれいに掃除。形がしっかりしていたので磨いて魔法学校で使うとチェルが言っていた。すでに遺伝子学研究所の通路はフリーマーケットのようになっている。
魔法陣が描かれた物も、爆発するようなものはない。
「これ、一部屋ずつですね」
リパが腰に手を当てて、大きく深呼吸をしていた。
「ああ、今年中に終わらないかもしれない」
「1000年分ですから」
「本当に長かったんだなぁ」
別のゴミ集積所を開けると、キノコの魔物が干からびていた。魔境の森から比べれば狭い部屋の中でも魔物は息づいていたらしい。