【紡ぐ生活33日目】
ついに空島の底が完成し、本日から土入れと水路づくりを開始。せっかくなので、ミッドガード跡地の土を入れて、作業は始まった。
「マキョーとチェルは西の山脈に行って、防風林の低木の採取ね。がけ崩れが起きないように注意しながら、いい感じで取ってきて」
空は寒いから山の木々の方がいいのか。
すでにダンジョンの民や砂漠のゴーレムたちも応援にやってきていて、魔境の住民たちが総出で空島作りをしている。
俺たちは流れ作業の邪魔になるので、別作業のようだ。
「了解。あと虫もだろ?」
「あ、そうだね。土を柔らかくする虫や腐葉土の中にいる虫も頼めるか?」
「鳥の糞を分解する虫も必要かナ?」
「そうそう。諸々頼むよ」
メイジュ王国で虫の重要性を学んでいたので、虫かごも持って行くことにした。
革鎧にはダンジョンが無理やり入っているので、虫かごに入りきらなくてもどうにかなるだろう。
「いい加減、お前もどこかに定住した方がいいぞ」
革鎧を叩いてダンジョンに言ったが、迷っているらしい。棲み処を決めれば、そこで大きなダンジョン作りを始め、魔境各地にいるヌシの移住もできる。
ちなみに新年の祭りに出す灯篭は、ヌシたちをモチーフにしている。ダンジョンに移住しても、どういうヌシがいたのかは語り継いでいくつもりだ。
ヌシたちがいなくなることで、魔境の環境も変わるだろう。俺のダンジョンはそこを危惧しているのかもしれない。
「いや、もちろん魔境が荒れるようなことがあれば、またヌシたちには出てきてもらうつもりだぞ」
「ダンジョンとしては定住じゃなくて、魔境のいろんなところに行きたいんじゃないの? 気に入っている場所が多すぎてサ」
チェルがそういうと、革鎧がブルっと震えた。「その通り!」ということだろうか。
「移動し続けるってことか……。空島に定住するか? 空は寒いぞ」
「マキョーの鎧が居心地いいんだロ? とはいえ、マキョーだって門を担いで移動するわけにもいかないしなぁ」
「万年亀みたいな巨大な魔物がいればいいんだけど、それはそれで今の魔境には合わないし……。ガーディアンスパイダーはどうかな? あれはどうせ岩だろ?」
「ああ、いいかもね。ちょっと大きめのガーディアンスパイダーをつくってさ岩の部分を塔にでもしたら移動式の住居にもできるよ。その下にダンジョンが住めばいいヨ」
「それはちょっと面白そうだな。遠くからでもどこにいるのか塔ならわかるし、止まりたくなったらその場で野営してもいい。いや塔ごと動くなら野営じゃないか。毎日住む場所が違うなんて面白いな。魔境っぽいよ」
そんなことを言いながら北西の山脈へと向かう。
山を越えればイーストケニアの領地だが、植生は違う。こちらの低木は冬でも攻撃してくる。
腰くらいしかない木々が、魔物を捕まえていた。凍って死んでいる魔物は、そのまま虫の魔物に中身を食べられているらしく、触ると毛と骨を残して形が崩れてしまう。
「こういう共生は魔境ならではだよネ」
「この肉食の虫だけでもダメだろ? この虫の糞を食べる虫が地中にいるんだよな?」
雪を退かして掘り返してみると、虫だらけだった。
「これは土ごと持って行こう」
「魔物はどうする? 翼を持つ魔物は空島にもいた方がいいんじゃないカ?」
「そうだよな。鳥の糞はそのまま肥料にもなるし。シルビアに使役してもらって空島に棲みつくか試した方がいいかもしれない」
「別の進化をしそうだけど」
チェルはそう言って笑っていた。
魔物を凍らせる低木だけでなく、炎を吐き出す竜胆や触れると葉が鋭くなる針葉樹など何種類か空島製作をしているミッドガード跡地へと持って行った。
「まだ、時間はかかるから、不死者の町周辺の海で浮遊植物を採ってきてもらえるか?」
「了解」
「石を持ってきちゃったりするけどいいのか?」
「いいだろう。そのために私たちが空島を管理するんだから」
「そうだな」
空島は農場試験場にもなる。ハーピーたち飛べる者たちと一緒に管理していくことになっている。ヘリーは、今後リパに空飛ぶ箒を習うという。魔法は使えなくても魔力は使えるし、ハーピーたちと一緒なら安心だ。
空島は完成すれば終わりではなく、空島ができた後、どうやって運用していくかが肝だ。
俺とチェルは南西の不死者の町へと向かった。
不死者たちは大きな灯台を作り続けている。町はかつてのようにきれいに整備され、道の脇には側溝があり、家は再現され、窓辺のプランターには毒の花が咲いている。不死者たちにとっては毒にならないから、鮮やかな色であれば何でもいいらしい。一度死んでいる者たちだ。今の魔境を楽しんでほしい。
交易船の幽霊船が停泊している。先日一緒に戻ってきたが、まだ再出港していないらしい。魔境からの荷物が届いていないのだろう。皆、空島に掛かりきりだった。
「すまないね。もうちょっと空島にかかるんだ」
「いや、いいさ。時間だけなら山ほどあるから」
船長は気さくに酒瓶を掲げた。もちろん酒を飲むわけではなく、海の中に保管していた百年前の酒をサルベージしているのだという。お酢になっていないか心配だ。
魔境はこの前まで禁酒だと言っていたので言い出せなかったが解禁したから、新年の祝いとして祭りに持ってきてくれるらしい。
「俺たちは泳げはしないが、海の底へは行けるんだ。今日みたいな波の穏やかな日は、歩いて取ってこようと思って」
「あんまり海の中に長居すると塩で昇天しないか?」
「そこは命がけよ。いや、命はもうないんだけどな。海水は陸に上がったら丹念に拭くから大丈夫だ。まぁ、船に乗ってれば浴びることもあるしさ」
きれいな布が手に入るようになったし、真水のシャワーもあるそうだ。
「ありがとうな。新年には森までのルートを確保するから」
「頼みますよ!」
俺たちは船長と再会を約束して、西の空へと飛んだ。
しばらく飛んでいると青かった空が曇り始め、濃い霧が出てきた。浮遊植物はその中を漂っている。小さな魔力を放ちながら、浮遊植物を探していたら、チェルが見つけていた。
「いた! 前方の波の中に魔物がいるだろ。その上だ!」
「ああ、本当だ」
空ではなく海から探せばよかったのか。
浮遊植物とサメの魔物は共存している。魔境の海域ならではだろう。
浮遊植物をロープで縛り、革鎧のダンジョンに食べさせていく。
一通り狩ったところでミッドガード跡地へと帰った。
空はすっかりきれいなオレンジ色に染まり、土入れの作業は続いている。
「そりゃ時間はかかるか」
「全部、腐葉土にしているわけじゃなくて、プランターみたいに固い石から入れていっているからでショ」
「俺たちも手伝うか」
「うん」
「おーい! 浮遊植物を持ってきたぞー!」
「おう! マキョー、水路が崩壊したからちょっと修復作業を手伝ってくれ」
泥だらけのヘリーが笑いながら手を振っていた。
「わかった」
「夕飯出来たよ~!」
カタンが夕飯のサンドイッチを持ってきてくれる。皆が食べやすいようにしてくれているらしい。ありがたい。
そうして空島作りは深夜まで及んだ。