【紡ぐ生活32日目】
今日も空島作りは朝から続いている。3交代制でハーピーたちとヘリー、イムラルダ、それから俺とチェルが設計図通り作っていく。
特に難しいところは昨日終わったので、空島を広げていく作業だ。
ヘリーたちが夜の作業で、ハーピーたちが昼となると、俺とチェルは夜明けとともに作業を開始し、昼には終わっていた。ダンジョンの民も手伝ってくれるので、責任が分散されている気がする。
「夕飯はどうする? 何か狩ってこようか?」
俺は料理担当のカタンに聞いた。
「だんだん春が近づいて来てるから、暖かい日も出てきて新芽も膨らんでいるかもしれない」
「山菜?」
「山菜はまだだと思うのよ。でも、沼とか水辺は変わってきているかも。海の方じゃ、気の早い海獣の魔物が子どもを産んでいたから」
「じゃあ、日暮れ時になったら釣りでもするかな」
夕方まで封魔一族に混じって灯篭でも作ろうかと思ったら、ドタドタとホームの方からジェニファーが走ってきた。
「すみませーん! 倉庫の掃除手伝ってもらえませんか?」
「はい。やります」
自分たちの家の倉庫だ。自分たちで掃除するのが当たり前。
吊るされていたハムもほとんどない。ジャムやピクルスなどの瓶も残りわずか。小麦粉の袋だけは交易品として大量にあった。
「飢えることはなくなったし、植物園のダンジョンにも保管してある食材も多いんですけどちゃんとホームの倉庫からなくなっていきますね」
「魔物も来ないし、保管には向いているよな」
「ああ、そうか。確かにダンジョンだと魔物の被害はありますね」
外から植物を持ち込むとどうしても虫が付いてきてしまうし、しっかり管理しているから大丈夫だと思っていたところほど、どこかから侵入したフォレストラットが繁殖しているのだとか。植物の種類も多いので、蜂や蝶などは花粉のためにどうしても飼わないといけないし、植物園のダンジョン管理は大変だ。
「冬の間にだいぶ食べましたね」
「食べたなぁ。畑ができなくて食糧難になってた頃を考えると、明らかに食糧事情はよくなったよな」
「本当にそうですよ。野草スープも飲まなくてよくなったし、お肉ばっかり食べていた時期もありましたよね。ちゃんと料理を食べているのが何よりうれしいですよ」
食えない時期を共に過ごしているジェニファーと一緒に食料を整理して、倉庫の掃除をしているのが、なんだか感慨深い。
倉庫にある食料をすべて出し、空気を入れ替える。
ちょっとしたカビなどもないが、きれいに床や壁、天井まで水洗いをして、回転する魔力で洗い、そのまま乾燥までさせる。
「あんまり魔力を使うと、魔物が発生するから吸魔草を入れておいてね」
チェルが注意してくれなかったら、倉庫から魔物が誕生していたかもしれない。
植物園のダンジョンから、吸魔草の鉢植えを持ってきて、しばらく待機。その間にハニーラスクを食べていたら、黒いエプロン姿のシルビアが泣きそうになりながら、やってきた。
「せ、洗濯が終わらないよぉ」
毛皮や防具に使う布などを溜め込み過ぎていたらしい。
日暮れまでは時間がある。
「手伝うよ」
大量の樽の中に、インナーや毛皮をそれぞれ種類に分けてつっ込む。毛皮は専用の洗浄油があり、面倒くさそうだった。毛皮の手入れなんて知らなかったが、シルビアとチェルは丁寧に毛をブラッシングしながら洗っている。
俺はインナーを樽に入れて石鹸を削り魔力でグルグル回していくだけ。汗かきが多いので、すぐに水は泥だらけになった。
「どうしてこんなに溜めちゃったんだよ」
「いろいろ忙しかったからね」
チェルもジェニファーも手伝っている。
ローブ用の厚手の布も、力一杯やると破れてしまうので、ゆっくり丁寧に汚れを洗い落としていった。
「いつの間にか素材が集まっているけど、作りたいものがなくならないものだね。騎竜隊の制服に革鎧、魔法学校ができたらローブは作らないといけないし、エルフたちにも暖かい毛皮のローブを作ってあげたい」
「それを置いて、今はマキョーの鎧を作っているんでショ?」
「ん? うん」
「俺のは一番最後でいいよ」
「いや、作っておく。キングアナコンダの革を上手く使えば、魔力の通り道も作れると思うしマキョーの魔法の威力も制限できるんじゃないかと思ってるんだ」
キングアナコンダの革は魔力を通さない。俺は魔力を使い過ぎるから、そのうち骨に異常をきたすんじゃないかとヘリーが言っていたらしい。
「今のところ大丈夫そうだけど……」
ソナー魔法で身体の中は見ているし、回復魔法も効かなくなるということもない。
「一応、妻になるなら夫の健康くらい考えさせてほしい」
そう言われると何も言えない。
「マキョーが魔法を使えるようになったのは私の責任でもあるから、私も何か贈ろうカ?」
チェルが俺を見ながら、聞いてきた。嫌な予感しかしない。
「いや、要らない」
「何がいいカナ?」
「大丈夫、チェルからは十分もらっているから」
「どうせ魔力で何でもできそうだから、変なものの方がいいナァ」
「よくない。大丈夫だ」
「よし! じゃあ、ちょっと頼んでくる!」
チェルはそう言って、どこかへと飛んでいった。
「要らないって言ってるのに!?」
チェルは放っておいて、俺たちは温かいホームの中に洗濯紐を張り布と毛皮を干していった。
終わったのは、ちょうど日暮れ時。釣竿を持って沼へと向かった。
釣り糸はアラクネの糸を撚って、黒く塗ったものを使う。針は魔物の骨を削って作った大物用の針だ。竿はザザ竹という前に建材で使おうとしていたもの。餌は倉庫の奥に眠っていたサンドワームの切り身だ。食べたくはないが、もしかしたらと思って保存しておいたもの。結局食べなかった。
沼の水は冷えていたが、魚の気配はあった。冬の間薄く張っていた氷は、日中に溶けて消えている。やはり春の匂いがしてきた。
ジェニファーとシルビアは俺を置いて、ダンジョンや竜の世話へと向かった。
背中に西日を受けながら、ふと「今日は魔物の相手をしなかったな」と気づいた。空島作りに倉庫整理、洗濯と魔境の日常を送っていた。前は雨が降ればホームの洞窟に籠り、魔物に怯えながらP・Jの日記や歴史書なんかを読んでいたが、今はのん気に釣り糸を見ている。
住民たちに悩みはあるものの緊急を要することはなにもない。魔物も冬になって大人しくなった。植物はほとんど動いていない。
魔境の生活に余裕が出てきた証拠だ。
グンッ。
釣り竿が大きくしなった。糸に魔力を込めて強度を上げる。骨製の針が魚の上顎を捉えた。魚が沼の底に引き込もうとして暴れまわっている。
タイミングを見計らい、魚が落ち着くのを待った。
ザパッ!
こちらに方向転換した瞬間に引き上げた。
釣れたのは馬のように大きなトラウトの魔物だった。
鰓を切って血抜きをして、カタンのもとへと持って行った。
「随分大物を釣ったのね」
「うん。こんな小さい竿で大きい魔物が釣れるとは思わなかった。夕飯の足しになる?」
「なるなる!」
カタンは大きな魔物の解体も魔境で慣れてしまったらしく、手早く解体して、バターやキノコ、野菜などと一緒に大きな葉で包み蒸し焼きにしていた。魔境では基本が野外調理だ。
「釣れたてだからやっぱり美味しいね」
「美味い!」
ダンジョンの民やハーピーたちと一緒に夕食にした。
保存食ばかりだと味が変わらないので飽きてしまうが、カタンがこういう料理を作ってくれるので、冬でも楽しい。
灯篭作りをしている封魔一族や骸骨剣士たちもやってきて、自然と宴会になっていく。こういう魔境の日常を堪能した日に酒があってよかった。
「私の分、まだある!?」
どこかに飛んでいったチェルが戻ってきた。
「まだあるよ。何を持ってきたんだ?」
「マキョーにプレゼント。ほら」
チェルは布に包んだ細長い物を渡してきた。
「ありがとう。なにこれ?」
「マキョーは何かと忙しいでしょ。一番欲しい物だと思うヨ」
何だろうと思って巻いている布を解いてみると、中からゴーレムの腕が出てきた。
「もう一本腕が欲しいと思う時があるでショ?」
「確かに。これはちょっと面白い」
俺はゴーレムの腕に魔力を通して動かしてみた。しっかり物も掴めるし、使いこなせれば本物の腕のように使えるかもしれない。
「なんだかゴーレムみたいになってきたね」
カタンも笑っていた。