【紡ぐ生活31日目】
エスティニア王国内の挨拶回りから帰ってくると、空島を空に上げる作業が待っていた。
「新年まで待とうかと思ったんだけどね。祭りをやるなら、空島から花火でも打ち上げた方がいいんじゃないかと思ってね」
空島製作の第一人者であるヘリーは胸を張ってそう言った。
「花火か……。あるのか?」
花火など夢の前世でしか見たことがない。
「あるよ。イモコたち家族が作ると言っていたんだ」
「私が言っていたのは手持ち花火程度よ。ヘリーは何でも大げさに捉えるんだから」
イモコことイムラルダは、呆れている。
「花火なら、私も知っているヨ。でも、それなら幻惑魔法でもいいんじゃないノ?」
チェルが大きな花の幻影を魔法で打ち上げていた。
「そんなことできたのか?」
「これは魔物や人の精神にも影響を与えるから、魔境では禁止されていたダロ? でも、鎮静効果のある魔法なら、魔法学校でも教えた方がいいんじゃないかと思うんだけど、どうカナ?」
意外とチェルは魔境の法に厳しい。
「それならいいよ。鎮静効果のある幻惑魔法を教えるなら、興奮する魔法もあるってことだろ? 学校ではそれもちゃんと教えた方がいい。もちろん使い方には注意してほしいけど」
「そうだネ」
「しかし、幻影とは言え、きれいなもんだなぁ……」
空に上がった花の幻影は風に吹かれて消えていく。儚いところに美しさを感じるのはどこの世界でも同じだろうか。
「それじゃあ、番号通りに組み立てていくから手伝ってくれ。ハーピーたちはマキョーに指示を出して上げて」
「わかりました。ちなみにマキョーさん、ここにある岩を浮遊魔法で持ち上げられますか?」
目の前には空島の核となる魔法陣が描かれた岩が大量に並んでいる。
「全部ってこと?」
「いやいや、一個づつでお願いします」
「わかった。どれから行く?」
「じゃあ、1番と5番から……」
岩を浮遊魔法で持ち上げ、空で待機しているハーピーたちに向け軽く押す。岩は無重力状態で重みがないかのように飛んでいき、ハーピーたちが岩に彫られた凹凸を合わせて魔法陣を完成させていく。岩自体は固いので、ちょっとやそっとじゃ割れないが、それでも慎重な作業だ。
「疲れてきたら休んでいいからなぁ~!」
「はーい!」
「了解しました!」
「お茶はここね~!」
カタンはお茶と甘味を用意していた。
俺とチェルはハーピーたちの指示によって、岩を持ち上げて浮かばせていく。ヘリーは作業に合わせて、岩に番号を書いていた。空島の全体像を理解しているのはヘリーだけなのか。
「似たような魔法陣が多いからね。順番にやっていこうとしても間違うさ。ただ、ちゃんと組めれば浮かぶんだよ」
「おーい! 魔石を持ってきたぞぉー!」
シルビアが竜に乗った騎竜隊と一緒に飛んできた。大きな魔石の原石を持ってきたらしい。魔石の大きさは俺の背丈の二倍ほどだろうか。
「大きいのを持ってきたんだな」
「ダンジョンに無理を言って出してもらったんだヨ」
魔石鉱山のダンジョンが魔石の産出量を管理しているが、チェルがダンジョンマスターなので断り切れなかったのだろう。しかも、ここまで大きいのは見たことがない。
「これで空島を飛ばすのか?」
「そうだ。浮かばせるのはこれ一つで足りる。移動するのはまた別の動力が必要なんだけどね。古代の空島にプロペラが付いていたことは覚えているか?」
「そう言えばそうだったな」
「実は空の風力で動力源を作り、空島の下部に付けたプロペラを回して移動をさせていたようなんだ。グッセンバッハに石板を見せてもらって封魔一族にも資料を探してもらったから、間違いない」
ヘリーは砂漠の軍基地まで行って、ちゃんと学んでいたようだ。夜型の人は、あまり自分の努力を見せたがらない。後で努力の成果を見せて驚かせてやろうというサービス精神だろうか。
「ミッドガードの住民にも確認を取りましたから、あってますよ。ただ……」
リパが補足していた。
「ユグドラシールの空島には蓄魔器があって、地上から魔力を補充しないといけなかった。だろ?」
カリューが作り始めた空島を見上げながら言った。
ゴーレムとして復活したカリューは、ほとんど人間と見分けがつかなくなっていた。生きていた頃の記憶をほとんど取り戻せたのだろう。
「こんな大きな魔石が埋まっていたのに、ユグドラシールじゃ使いこなせなかった。ここまで大きいと魔力を放出しながら、吸収もするんじゃないか?」
「その通り。蓄魔器はいずれ作るとして、我々は空島計画を進めることにした。素材なら魔境になんでもある。それだけは私が魔境での生活を通して、確信したことだ。空島を維持するのに必要な魔石がこのサイズだ。昇降に関しては魔法陣の形を変えて行う。今組み合わせているけれど、ズラしていくことで魔法陣の効果が変わるのさ」
「空島というビジョンは同じでも、エルフの方が賢いのかもしれない」
「いや、魔力の消費量で言えば古代ユグドラシールの方がコストは低い。現代の方が魔力の調達は簡単だ。周りを見れば天然の蓄魔器だらけじゃないか」
「違いない……」
数秒、カリューが止まった。
「カリュー! 大丈夫か!?」
「ああっ! ……昇天しかけた。ここ最近、充実した日々を送っているからか、うっかり現世から旅立とうとしてしまうんだ」
「もうちょっと待ってくれ。まだ、いろいろと作らないといけない」
「そうだな。楽しみにしている」
昼頃まで、作業を進めていたら、ハーピーたちが休憩。相当、精神力を使う作業らしい。
俺とチェルは魔石のカット。チェルが幻惑魔法を使えるというのでデザインを任せ、そのデザイン通りに俺が魔石を切っていくだけ。大きさはそれほど変わらないが、光が差し込むと、きれいに反射していた。
「大きな鉱石が、こんな風にカットされると魔力がなくたって引き込まれそうになるね」
イムラルダはカットされた魔石までスケッチして記録していた。
「とりあえず、空島の真ん中に置いて浮かぶか試してみよう」
すでに浮いているが、それは俺の浮遊魔法の効果だ。空島が起動するかどうかは、この魔石にかかっている。
俺とチェルが慎重に持ち上げて、空に浮かぶ組んだ岩の中心に設置。すぐに岩に描かれた魔法陣が青白く輝きだした。
俺とチェルが魔法を切っても、空の岩は浮かんだまま。魔境の空島が誕生した瞬間だった。太めのロープで飛んでいかないように固定し、さらに岩を周囲に足していく。
「今日は、最下層の土台作りまで出来たらいいよ。まぁ、鍋底を作るみたいな感じで頼む」
浮かんでいる空島を地面の近くまで降ろし、魔境の森にいる住民たちが総出で岩を運び始めた。食事はカタンが担当するというと、皆手伝ってくれる。
夜には、砂漠からゴーレムたちが応援に駆けつけてくれて、さらに、南西の不死者の町からも骸骨剣士たちが封魔一族と一緒に街道を通ってやってきた。
「いやぁ、まだ魔境はおっかないよ。あんな大きな梟を見たことない」
「サンドワームってもっとゆっくり移動しているのかと思ってたんだけどさ。あんなに速いと飲み込まれちゃうよ」
骸骨剣士たちは冒険をして、ここまで来てくれたらしい。
「しかし、すげぇな。本当に空島を復活させるなんて……!」
「あんたたちが来てもやることはほとんどないよ」
ハーピーたちは眠そうに言った。
「いや、俺たちは灯篭作りさ。新年の祭りをするんだろう? 船長に言われて来たんだ」
「島主に聞いた。私たちも参加していいのだろう? 領主さん」
「もちろんだ。魔境の住民、皆で新年を祝おう!」
まだ冬の寒い最中だというのに、魔境のお祭り男やお祭り女は、俺も含めて気が急いているようだ。