【紡ぐ生活30日目】
帰りはせっかくなら船旅でもしようと、サウスエンドの港から幽霊船に乗って帰ることにした。南の海岸線沿いを走っていくと、やはり正月に練り歩く灯篭づくりをしている町がいくつかあった。エスダ爺さんが言うように、エスティニアの海沿いには豊穣の女神への信仰が根付いているらしい。
猪の魔物を模した灯篭が多いので、理由を聞いてみると魔境で領主が、大きな猪の魔物を狩ったから肖っていると説明してくれた。
「確かに、一番最初に狩った大きな魔物は猪の魔物だったかもしれない」
「い、い、一応、魔境から来た者として言っておくけど、魔境の領主はもっと大きな亀の魔物や砂漠ミミズの魔物、灰色熊の魔物や岩石地帯のガーゴイルまでなんでも倒しているから、どんな魔物でも、いいからね」
「え!? 魔境から行商人の方ですか?」
「うん。これでも領主をやっているマキョーと申します」
「同じく魔境の武具屋、シルビアという者だ。気にせず祭りを盛り上げてほしい。できればいろいろと教えてもらえないか。せっかく魔境にちなんだ灯篭を作ってくれているのに、当の魔境では今年初めて祭りをするつもりなんだ」
「いやいや、これはこれは、どうぞ見ていってください。なにもありはしませんけど、魚の干物だけはあります。今年は寒かったので、だいぶ脂が乗っているんです」
「お土産に買っていこうか」
「うん」
「あれま? 本当に魔境の領主様たちなのかい?」
「そうですよ。川がゴミで詰まってたり、漁の邪魔になるサメが出てたら言ってください」
「え!? まさに今サメが出て大変なんだけど……」
「じゃあ、狩りに行ってくるよ。食べる?」
「肉は食べてもあんまり美味しくないんで、脂とヒレだけ欲しいんだよね」
「わかった。歩いて行ってくるわ」
波の上を歩き始めて、ようやく港町の人たちが「おおっ!」と魔境の領主だと信じてくれたようだ。
海中に向けてソナー魔法を使うと、すぐに大型の魔物が群れで寄ってきた。
ズゴンッ!
頭を一突きして引っ張り上げると結構重い。血をまき散らしてさらに魔物を呼んで、拳でどんどん狩りをしていく。めざしのように干物用に置いてあった丸太を魔物の目に突き刺して、まとめて浜に上げてやると町中から人が集まってきて騒ぎになった。
「じゃあ、こんなもんでいいかな?」
「助かりました!」
「解体は頼んでいいですか? 魔石も全部、町の人たちで使っていいから」
「魔境の領主は太っ腹だなぁ」
「これ、どうぞ持って行ってください」
売り物の干物をたくさん頂いて、サウスエンドの港へと向かった。
「また魔境の領主の逸話になるんじゃない?」
「魔境の宣伝になればいいよ」
サウスエンドの町は、魔石の街灯がたくさん建てられて、夕闇が迫る街角を照らしていた。
「あれ? もしや魔境の領主様でないかな?」
サウスエンドの町には一度来ているので、覚えてくれている人たちもいるらしい。
「ああ、そうです。港に幽霊船は来てます?」
「来てる来てる。あの骸骨船員たちがいいんだ。酒を飲まないから酔っ払いはいないし、娼婦の相手をすることもない。ただ力持ちで仕事をしていくだろ。魔物じゃなかったら惚れてるって、うちの上さんたちまで言うんだ。参っちゃうよ」
骸骨の船員たちにモテ期が到来していた。
「しかも近海の海賊は手を出しづらいから、持ってくる魔境の品物も確かだ。古着だけは買っていくんだが、それでいいのか?」
「今のところ、彼らには服が最も記憶を呼び覚ます物だからいいんですよ」
古着屋に行くと、骸骨の船員たちが靴を選んでいた。皆、魔境では珍しくおしゃれを楽しんでいる。近隣の民族が織ったケープも買い込んでいるらしい。つば付きの帽子と丈夫そうなズボンが細身の体に似合っている。
頭が骸骨でなければ、魔境の住人とわからないかもしれない。
「お疲れ。元気そうだな」
「元気だぁ? 元気も何も死んでるよ! あれ? マキョーさん!?」
「領主殿!? なんでここに? お忍びですか?」
「忍んでないよ。年末の挨拶回りだ。悪いんだけど、帰りの船に乗せて行ってくれないか?」
「そりゃあ、もう、あんたの領地の船だから乗ってもらって構わないけど……、むしろいいのかい? 相変わらず、帆はボロボロですよ」
「服買ってないで補修しろよ」
「いやぁ、だって万年亀たちが海流を作ってくれるので、帆なんて張った日にはスピードが出過ぎて大破しちまいますよ」
島サイズの万年亀たちが協力してくれるので、幽霊船の航行には問題ないようだ。船底に穴さえなければ、目的地には辿り着くのか。
「フジツボだらけじゃないだろうな?」
「そういう整備は抜かりなくしてます。俺たち窒息しないので、海底を歩いて船底の手入れはしてるんですよ」
「便利だなぁ」
「いや、便利なのはいいんですけど、俺たち生前でもこんなに羽振りがよくなったことがないので困ってまして……」
「船長は『古着屋ごと買い取るか』っていう始末です」
金の使い道がわからないらしい。
「いや、新しい帆を買えよ。あと大砲でも積むとか……」
「大砲は要りませんよ。魔境産の杖があれば、海賊対策は十分です。そもそも魔の海域なので遭難してくる海賊船の方が多いくらいですよ。魔物も封魔一族の方々が守ってくれて、本当に仕事をするだけなんですけど……、いいんですかね?」
「いいだろう。領主としては問題ないぞ。ファッションが楽しいなら、古着じゃなくて普通に新しい服屋を作ってもいいんだけどな」
「防具じゃなくて普通の服でもいいんですか?」
「もちろん、いい。時間はあるんだろ? 自分たちでブランドを作ったっていいじゃないか」
「確かにそうですね……」
「生前、流行っていた服を復刻してくれよ」
「ああ、いいですね」
「俺、足踏みミシン買おうかな」
ケープを巻いた骸骨船員が腕を組んで考え始めた。
「お前、男がミシンなんて……」
「男か女かもわからない骨だけなのに、そんなこと気にしていられるかってんだ!」
「せっかくなら、魔境の魔物の革で靴を作ってくれよ」
走っているとすぐにボロボロになる。サンダルだけでも欲しい。
「ええ!? 魔境産の革は固いですよ」
「だ、大丈夫だ。あれはちゃんと脂肪を取って薬品に付け込んでから木づちで叩きまくると柔らかくなるんだ」
シルビアは魔境で革製品の作成を経験している。かなりの手間だが、ロッククロコダイルの革でも柔らかくなるそうだ。
「魔力を通せば柔らかくもなる。だから着続けるとちゃんと馴染んでいくから魔法使い用にも作ってみるといいと思うけどな」
「それを魔法学校の制服にしてもいい」
「ああ、それいいんじゃないか?」
せっかくなので魔境から持ってきたものをすべてサウスエンドの町で売り払い、骸骨船員たちに裁縫セットを買い与えた。
不死者の町から文化が花開くかもしれない。
幽霊船の船長は随分驚いていたが、「挑戦心をなくすと停滞するぞ」と言っておいた。
日が暮れて夜も更けた頃に、幽霊船に乗り込み、霧の中を航行。翌日には魔境の南西、不死者の町に辿り着く予定だ。
「マキョーさん! 速いですよ!」
「船が壊れちまう!」
風魔法でどんどん船を進めていたら、骸骨船員たちがマストにしがみついていた。
「海はなんにもないところがいいんじゃないか。大丈夫。海面から突き出た岩はシルビアが砕いてくれるよ」
「死ぬ気で働けよー。どうせ死んでるんだから」
俺たちの不死者たちへの扱いは、それなりに酷い。