【紡ぐ生活29日目】
寄り道をしながら王都に到着し、辺境伯として城にお土産を送り届けた。現在の王都はミッドガードの住民たちが来て、かなり混乱しているらしい。
古代よりはるかに魔道具が少なくなっていることにミッドガードの住民たちは驚いていて、上下水道が整っていないことにも不満を持っているとか。
「冬だから、漬物や燻製肉などがメインの食材だと思うのだが、古代の方が食糧事情がよかったようなのだ」
対応してくれた大臣が教えてくれた。
「辺境伯は何か知らないか?」
「野菜はダンジョンで作るんですよ。肉も冷凍したものがありますし、新鮮な食材が多かったんだと思います」
「そのダンジョン野菜や冷凍肉は、王都でも導入できるのか?」
「近くにダンジョンがあればできますよ。肉も家畜で育てていたものを解体して、冷凍して運んでくることができると思いますよ。冷凍の荷台を作るといいです」
「魔道具の荷台ということだな?」
「そういうことです。できなければ魔境の交易村に頼んでみてください。手隙で誰かが作ると思いますから」
「わかった。上下水道に関してはどこから手を付ければいいのか……」
「上水は井戸がきれいであればいいと思いますけど、下水に関しては肥料屋たちと相談しながら決めてはどうです。利権もあるでしょうし。魔境は糞処理に関しては、冬でも、ものの数時間で消えてしまうので。もしよければ肥料屋にいる虫使いの人間がいれば、魔境の虫を持って行っても構いませんよ」
「わかった。それも念頭に置いておこう。いやぁ、ご先祖様は大変だ。皆が皆、魔法使いだから知識は豊富なのに、労働意欲がまるでない。そういう者たちが時を旅してきたのだから、王家の先祖が裏切るのもわかる」
「早いところ、学校でも作って、知識を残しておいた方がいいかもしれませんよ」
「だろうな。そう言えば、魔境でも魔法学校を作るって?」
訓練施設の隊長が王都にも手紙を送っているのだろう。
「今建物を作ってるところです。実践型しか教えられませんけどね」
「羨ましい限りだな。王都の冒険者と魔境の住民では雲泥の差があると聞いている。まだ魔境には冒険者を派遣できないか?」
「今は、そもそも住んでいた者たちが仕事を始めていて、港の職員とか道路建設の工員とかがいるだけで、冒険者の仕事自体はほとんどないんですよね」
「どちらにせよ、魔境に慣れる期間が必要です。秋から来ている訓練兵たちでも慣れている途中ですから」
シルビアが説明していた。ある程度慣れないと、すぐに死にかける環境だ。
「そうらしいな。訓練兵たちの報告書を読んだ。長年、王都周辺は魔物の弱体化を戦略的に進めてきたが、こういう弊害もあるのだな。ミッドガードの住民たちが冒険者を見て困った顔をしていた。万年亀を止めた者たちとの違いに混乱しているとはっきり言っているくらいだからな。できるだけ早めに、獣魔病患者の差別撤廃を法令で定める。冒険者ギルドは、魔境の住人に教官役を頼むはずだから、その時は頼むな」
「本人たちが望むなら」
「冒険者ギルドには金を貯めておけと言っておくよ」
ジェニファーが来た時に、素直に聞いておけばよかったのに。
「国王が新年になったらまた来てくれと言っていた。今は古代ミッドガードの情報をまとめるのに忙しくてな。連日、言い伝えとの整合性を確認作業をしているところなのだ」
「いえいえ、お構いなく」
俺たちは城を出ると、広場の屋台やカフェでお茶をしながら、文化を探していた。
「壺の意匠とかアクセサリーはすごい発展している。これは買っていいのか?」
シルビアが聞いてきた。できるだけ素敵な品は買っておきたい。それなりに金貨は持ってきた。
「いいぞ。足りなかったらコロシアムにでも出て稼ごう」
「わかった。あ、やっぱり甘味処は多いな」
冬だからかどうしても栄養価が高そうな甘い匂いに釣られてしまう。
「保存が利きそうなものは買って帰ろう」
「うん。職人街の方も見ておこうよ。鍛冶場も見たいし」
俺たちはただの行商人のように見えるので、城下町の人たちに辺境伯だとバレることもない。
「見て。あんなに贅沢に鉄を使ってるよ!」
「あの行灯、買おう。安いリュックを買っていって、魔道具にするのはどう?」
「骨材使えよ!」
「針は買わないとな。楽器はどうする?」
俺もシルビアも好き勝手言いながら、気になった物の値段を確認。安ければ買い、高ければどうやったら作れるかを考えた。シルビアはとにかく鍛冶屋の技術がもったいないと力説していた。
「なんだと!? 行商人の女が何を言ってやがるんだ!?」
鍛冶屋の店員がシルビアの力説に反応した。
「じゃじゃじゃじゃあ、言ってあげるわ! こんな重い剣を持たせて冒険者に魔物を倒して来いっていうの!? だいたい王都の冒険者はレベルが低いんだから、体力を考えて作らないとただ無駄死にするだけよ。どうして討伐から逆算して作らないの? 使いやすさと機能を考えないなんて、武器職人としてただの怠慢よ! 自己満足で終わりたいならそれでいいけれど……」
シルビアが啖呵を切っている最中にも、武器職人だけでなく防具屋や弓職人なども通りに出てきてしまった。
「どうしろってんだ? 俺たちは赤字覚悟で冒険者たちを鍛えるために作ってんだ! 西と東じゃ雲泥の差だ! 今のままなら実力は開く一方! 魔物だって強い奴がいないんだ。だったら基礎体力を上げるために重くしようじゃないかって、こんなダンベルみたいな剣を作ってるんだよ! 魔境の交易村まで行けたらどうにかなると思ってる冒険者たちだって多いのに、荷運び一つできない冒険者たちばかりさ! わかったような口を利くな!」
「そういうことだったのか……」
俺は、飾られているダンベルのような大きな剣を持ち上げて、通りに出て振り回してみた。重心が取りやすく、魔力の補助がなければ扱えそうにない。
俺はぴたりと刃先をシルビアの目の前で止めた。通りの真ん中で大剣を高速で振っていれば、職人だけでなく歩いている行商人から店員まで大勢出てくる。近くで見ていた店員は呆気に取られて瞬きも忘れているらしい。
「考えあってのことだそうだ」
「それは確かに私が悪かったわ。でも……!」
「回復薬と睡眠の質を上げないとどうにもならない?」
シルビアは頷いた。
「薬屋と宿屋との連携はお済みでしょうか?」
「いや、それは……」
「冒険者一人を鍛えるにしても、ただ重い武器を持たせれば俺みたいに振り回せるわけではありません。ちゃんと筋肉も魔力も虐めたら、超回復させないと成長しないんです。もし西と東の実力に差を感じているのなら、よく観察することから始めてください」
「観察しろなんて、どうやって東の、いや魔境の武器を持ってくるって言うんだよ! だいたいお前ら何様だ!?」
「魔境の領主です」
「そして私は魔境の武具屋だ。今ここにいる職人街の皆に頼みがある! アイディアをくれ! この領主は何度、私が武器を作っても魔力で済ませた方が楽だと全然使わない。この革の鎧も見てくれ! 今どき行商人だって固い素材の服を着ているだろう? それじゃあ、動きにくいと言って、こんなに柔らかい安物を使ってるんだ!」
シルビアは俺の一張羅をグニャグニャに曲げていた。
「魔境の……!?」
「いや、ちょっと待て! アイディアだな? とにかくアイディアが欲しいと!?」
「そうだ」
「今、急に魔境の領主が現れて混乱はしているが、武器を見繕ってくれと言われてなにも出せないなんて武器職人の名折れだ。あんた、いや辺境伯か、どっちでも俺にはわからねぇが、とにかくこの大剣を振り回して汗一つかかない御仁とお見受けする! 武器を使わないで魔物を倒しているのか?」
「いや、そんなこともないんだけど……」
「いや、そんなこともある。こいつは魔物の親玉みたいなヌシすら拳一つで倒してしまうんだ」
「だったら、手甲やガントレットみたいなものがいいんじゃないか?」
「それは私がもうやった。このマキョーという男にとって魔力で再現できるものは邪魔になるだけなんだ。魔力の伝導率がいい竜の抜けた歯を使ったつるはしですら、マキョーにとっては魔力を制限するものなんだ」
「やっぱり竜素材は魔境にあるのか!?」
「ある。今は保護されているよ。脱皮した皮や抜けた歯なんかはそのうち西にも送ってやるよ。そもそも骨の方が魔力の伝導率が高いって知っていたか?」
「いや……。でも、確かに疲れてくると、筋肉を使わなくなってくるというのは仕事をしていて身に染みている。そうか。魔力は骨か……」
「柄を骨製にすると、自然と流れる。杖なんかも同じように芯を作るといいよ」
結局、シルビアは職人たちと通りの真ん中で話し込んでしまい、近くの宿で洗濯樽を作って、その日はその宿に泊まることになった。同業者がいるというのは、やはり心強いというか同じようなことを考えているから話も弾むのだろう。
「すまんな。付き合わせてしまった」
「いや。こうやっていろんな声を聞きながら技術も文化も発展していこう。それが正攻法だろ」
「そうだな」
シルビアは窓から明るい王都の夜空を見上げていた。