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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【紡ぐ生活28日目】


 相変わらず、俺とシルビアは山道を歩いていた。すでに吹雪も収まり、空も飛べるのだが、景色がよかったからゆっくりあいさつ回り。


「他の領地ってこんなに小さかったのか?」

「魔境が広すぎるだけだ」

「そうかもしれない」


 魔境の南部の半分ほどの土地に、三つの領地があり、それぞれ貴族が治めていたりする。北西に行けば、もっと小さな領地があるのだとか。


「昼には王都に着くというのに、随分遠回りをするんだな」

「俺は生まれ故郷と魔境くらいしか知らないから、なるべく多くの土地と暮らしを見ておきたいんだ」

「気持ちはわからなくはない。だったら北の方に寄ってみないか」

「いいけど。行きたいところがあるのか?」

「先代の王の弟がいる。自由を求めて野に下ったと言われていてね。私は幼い頃に会っているはずなんだけど、覚えてないんだ」

「そうか。行ってみよう」


 北に向けて軽く走れば、すぐに竜と雷門の紋章が描かれた旗があった。関所には黒いコートを着た兵士たちが何人もいたが、特に俺たちを調べることもなくリュックの中身だけ聞かれただけだった。


「行商人だと思われたんだろうな」

「その方が楽だろう。無用な手続きで袖の下を請求されるよりよほどいい」

「それは違いない」


 この領地は、不死者の町から周囲を見回したくらいまでしかなく、極小さな辺境ということになっているらしい。先代の王弟も俺と同じ辺境伯だったらしいが、今は普通の一般人だ。とはいえ、護衛くらいは付けているだろう。


 町に入り、先代の王弟の居場所を聞いてみると、すぐに馬の世話をしている御者の爺さんが教えてくれた。


「酒場にいるよ。たぶん祭りの道具を作っているはずだ」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、大きな酒場に行ってみると、酒樽のように大きな灯篭を作っている爺さんがいた。酒場には広い土間があり、テーブルと椅子が並べられているが、同じくらい大きな座敷があり、灯篭は座敷で作られていた。竹と紙で作っているらしく、塗料と糊の匂いが酒場に充満している。


「こんにちは」

「お、誰だ? とりあえず手伝ってくれるか?」

「わかりました」


 言われるがまま、俺は大きな灯篭づくりを手伝い始めた。

 護衛もいないのに、なぜか敵意を向けても煙に巻かれそうな雰囲気が先代の王弟にはあった。


「優しくな。すぐ破けてしまうから」

「はい。色で合わせていけばいいんですよね?」

 色を塗られた紙を合わせていくだけなので、皺が寄らないように慎重にやれば誰でもできるだろう。

「そういうことだ」


 どうやら魚と竜の絵を描いているらしい。新年の夜を照らすのだろうか。


「器用だな。お前さん、どこから来た?」

「魔境です」

「え?」

「東の辺境にある魔境って大きい土地の領主をやってます。マキョーと申します」

「元イーストケニア領主の娘、シルビアでございます。お久しぶりでございます」

「おおっ! 吸血鬼のところの。エルフに攻められて家が断絶していたと聞いたが、魔境に行ったか。この器用な男は領主と言っているが本物か?」

 なぜかシルビアに尋ねていた。


「本物です。エスダブリン辺境伯」

「もう辺境伯はとっくに辞めた。今はただのエスダ爺さんだ。わざわざこんな小さい領地まで来てくれたのか」

「新年のあいさつで。新米の辺境に住む領主ではありますが、ひとつよろしくお願いいたします」

「よろしくと言われても何もできんぞ」

「いえ、俺など何からやればいいのかもわからなくて、どうにかこうにかやっている次第ですから。よろしければ、この灯篭の祭りについて教えてもらえませんか?」

「お、新しい魔境の領主は祭りが好きか?」

「魔境はいつでも植物と魔物によって混乱しています。地鎮祭ではないですが、どうにか新年にでも祭りを開催できたらと思っている次第でして……」

「そうか。それならいいところに来たかもしれん。儂は長年エスティニア民族の文化に触れてきたからな。実は若い頃には魔境へ行ったこともある」

「本当ですか?」

「ああ、川原で死にかけてすぐに戻ってきたが、一歩は踏んだ。情けなくて、報告書にも書けなかったがな。猿の魔物がいて、なにもかも奪われてしまった」

「エメラルドモンキーですね。俺も最初にやられました」

「そうか。魔境の辺境伯もそうだったのか」

「ええ。魔境は何もなくなってからが勝負です」

「なにもかもを捨てる勇気は、若い儂にはなかった。頭に詰め込み過ぎていたのかもしれんな。猿神の使いかと思ったが、猿の神はいたか?」

「いえ、神は豊穣の女神の神殿があるくらいで、猿のヌシは魔族の住人が倒してしまいました」

「なんと! そうか。魔境ではヌシと神を分けているのだな?」

「そうですね。ヌシたちと霊体で話す機会もあるんですけど、転生を繰り返している者たちなので、思いだけが溜まっていくんですよね。だから、神というよりも魔境のヌシという気がします」

「神は違うのか?」

「そうですね。時の神を見たかもしれないんですけど、あれは魔境じゃなくてクリフガルーダでした。真っ白い鹿でした。どうやっても人間の力が及ばないような感じでしたね」

「本当か?」

 エスダ爺さんはシルビアに確認を取っていた。

「ヌシも倒すし、魔人になった魔族の呪いも解くし、巨大魔獣は止めます。信じられないかもしれませんが、空も飛べます」

「信じがたいが……」

「では、ちょっと」


 その場で座りながら浮いて見せてみた。


「P・Jの技を使えるのか?」

「P・Jを知っているんですね」

「無論。これでも王家にいたからな」

「これ。P・Jのうちの二人によって書かれた手帳です。リーダーと生き残った天才が書いてました」


 俺はP・Jの手帳を見せた。


「これは……! すべて解読できたのか?」

「ええ、ほぼわかりますよ。落書きのように描いている魔法陣はかなり危険ですが、対応はできると思います。魔物に関しては性癖みたいなことも書いていますが、ダンジョンの民という獣魔病患者の子孫で確認はできます。遺跡はなるべく見つけてはいますが、あいさつ回りで魔境を出る前にも砂漠で見つかっていたはずです。まだまだあるかもしれません」

「遺跡に、ユグドラシールの住民の子孫がいたり、不死者として残っている者がいたり、砂漠の基地にはゴーレムとして生き続けている者たちを見つけ、全員魔境の住民にしたんですよ」


 わからなそうな部分をシルビアが補足してくれた。


「そうだったのか! では、P・Jよりも探索が進んでいるということだな」

「そうですね。空島の墓にあった竜の顔をしたP・Jの遺体も見つけましたよ。なぜそこに埋めたのかはわかりませんけどね」

「肉体を空の神に返そうとしたのだろう。山の頂上にいけにえを捧げる風習は、古代のユグドラシール各地で見られることだが、おそらくP・Jはそれに習ったのだろうな」

「今、空島を作っている最中なんですけど、空の神様に何か捧げた方がいいですかね?」


 そういうと、エスダ爺さんは笑いながら、「小麦でも捧げておけ」と一言。


「いけにえなど、もうしなくていい。生き物は特にな。自由市民が勝ちえた権利だ。その過去の風習は踏襲しなくていい」

「自由市民が?」

「ああ、王都を譲った自由市民たちがいるという話は聞いたことはないか?」

「あります。辺境の訓練施設の隊長に聞きました」

「おおっ。あのはねっかえりの坊主は元気にしているのか?」

「元気そうです。フィアンセと自由自治区について調べてくれましたよ」

「魔境に憧れていたからな。そうか。納まるところに納まったか」


 エスダ爺さんは「そうかそうか」と頷きながら笑っていた。


「祭りだったな?」

「そうです。教えてもらえませんか?」

「もちろん、構わんぞ。この大きな灯篭は、街中を練り歩いて、浜へと向かうんだ……」


 豊穣の女神や吉兆とされる魔物を描いて、浜辺で正月から5日間照らし続けるらしい。ただ、潮風や波にさらわれて消えていくのだそうだ。素材の竹もすべて燃やし、海から来た魚介類への感謝を表し、大漁を願うという。


「光に集まってくる海獣の肉は、この地方の名産でね。干し肉を買っていってくれ」

「わかりました」


 他にもエスティニア国内で伝えられている神々の伝説やいろんな民族の逸話、食べてはいけない物や祭りの時にしか演奏してはいけない音楽などを教えてくれた。


「ようは倍音で脳をトリップさせるんだ。順番にやることで精神を霊体へと変化させる。これは魔境の領主もできるのだろう?」

「いつの間にかできるようになってましたね。俺の場合は魔力ですけど……万年亀に教えてもらったんです」

「それで構わん。万年亀と言えば、南の海に群島があっただろ? この国の北と南は海に囲まれているからな。海の神も多い。それから、そこの壁にある本を持って行っていいぞ。P・Jの手帳を見せてくれたお礼だ」

「助かります。活字に飢えていて……」


 夕方になるとエスダ爺さんは、教会と岬に連れて行ってくれた。豊穣の女神と空の神や時の神について知っているだけ教えてくれた。星座にもなっているらしい。


「頭がパンパンになるだろう?」

「はい!」

「また、新年が開けたら来なさい。いくらでも伝えることがあるようだ」

「そんなに気が合うんですか?」

 シルビアがエスダ爺さんに聞いていた。


「ああ、吸血鬼の娘よ。ここまで権力や金に執着しない男は珍しい。大事にしなさい。そして変わったことや独特の珍しいことがあっても、少し立ち止まって観察をしてみることだ。それこそが魔境という領地を豊かにする源泉、つまり文化と呼ぶのだから」


 エスダ爺さんは国王とはまた別の魅力を持った年寄りだった。


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