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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【紡ぐ生活27日目】


 凍えそうなくらい寒い山道をシルビアと一緒に歩いていた。春が近づいているというのにエスティニア王国北部では猛吹雪だった。


「ここからホワイトオックスだ。関所もあると思うがいいのか?」

「いいだろう。こんな吹雪の中でわざわざ開けさせるのも可哀そうだ」


 俺たちは空も飛ばずに、関所を飛び越え、ホワイトオックス領内へと入った。

 身体の周辺には魔力を纏っているので、外気温とは温度差があった。シルビアも俺と同様に温かい魔力を身にまとっているが、サイズは一回り小さい。


「随分魔力があふれ出ているな」

「ダンジョンを置いてきたから、これが俺の通常魔力だ」

「その魔力を使って、この吹雪を晴らしてくれないか」

「簡単に天候を変えると、後で大洪水の原因にもなるからやらないよ」

「前世の記憶か」

「そうだね」


 吹雪の中をのん気な魔境の住人たちが歩いているだけ。魔物もこんな天候の中で襲い掛かってくるはずもない。

 隊長に言われたように、山賊の気配があったらなるべく食料を渡して助けてやることになっていた。環境によって山賊にならざるを得なかった者たちを救っておくと、軍に入ることがあるらしい。魔境にスカウトするなら、追放された者たちの方が行く当てがないから死にかけても、いてくれるだろうと思っていた。

 魔境に度々来る訓練兵たちのほとんどが野盗上がり、山賊上がりだ。


「山賊はスカウトするのか?」

「魔境に合う人がいればいいけど、難しいよな。隊長がスパイの話をしていただろ?」

「ああ。でも、スパイが魔境に来たところで、どうにかできるのか? そもそもまともに生活することが難しいんだぞ」

「言ってしまえば、俺も古参メンバーも別の土地から来たんだから、心変わりをすればいつでもスパイにはなり得るんじゃないか?」

「う……、そういわれるとそうだな」

「でも、そうなっていないのは、まだ魔境にいて味方をしていた方が、利益は出るからだろ?」

「そうだけど、楽だからじゃないか。慣れてしまえば、自由もあるし、何かをしたいときに皆協力してくれるし、資産を作りたければ必要な分だけ作れるし……、あとは魔物と植物が魔境を守ってくれているからな。変な奴が来ても追い返してくれるだろ?」

「それはあるな。やっぱり俺たちは魔物や植物と共生をしていかないといけないんだな。スパイが来たところでどうしようもないし、スパイを送る領地もないってことか。魔境に使える何かがあればいいけど、今は鉄の鉱山も見つかってるしなぁ」

「鍋も作れるようになったから、後は小麦だけじゃない? それもダンジョン産のなら作れるし、空島ができればいよいよ困らなくなってくるのではないか?」

「だとしたら、本当にこちらが欲しいのは手工業の文化だけだな」

「それも実はヘリーが、空島製作の休憩中に壺づくりを教えたりもしているんだよ。ジェニファーはダンジョンの民に籠の編み方を教えているしさ」

「じゃあ、もう本当にしばらくは移住者は必要ないのかもな。一旦、住宅の開発と生活を向上させて、文化を成熟させる時期なのかもしれない」

「うん。でも、交易村には駆け込みが増えているって、姐さんたちが言っていただろ?」

 

 挨拶回りをする前に、交易村で姐さんたちと話していた。冬の間に村の人口が増えたらしい。冬は食糧難もあるし、口減らしのために家を追い出される者もいる。奴隷として売られるくらいなら、違う領地に逃げ込む者たちもいるようだ。


「姐さんたちは世話好きだからな。上手く魔境に馴染めるといいんだけどな」

「結構、交易村に辿り着く前に魔物にやられることもあるみたいだ」

「西と東で魔物の強さが違うんだよなぁ。前にジェニファーが魔境式のサバイバル術を冊子にして売りに行ってたけど、あれはなんにも広がってなかったのかな」

「難しいのだ。冊子があっても読める者だって少ない」

 エスティニア王国の識字率は悪い。実際、冒険者をやっている者が冊子を読めるのかというのも疑問だ。


「あ、山賊がいるな。どうしようか」

「スカウトするのか?」

「とりあえず、食料をやるか」


 山を駆け上がり、洞窟の前で震えている山賊の前まで行く。


「え!?」

「寒いだろう。一旦中に入ろう」

「いや、あの見張りが……」

「どうせこの吹雪で魔物も来ないよ。干し肉を持ってきたんだ。食わないか?」

「食べる! 腹が減って死にそうなんだ」


 よく見れば、髭にまみれた山賊の頬はこけていた。中にいた山賊たちも似たような痩せ方だった。獣人が多く、猫耳や羊の角が生えた者もいる。男女比は同じくらい。


 とりあえず、鍋を洗って焚き木をくべる。焚き木もかなり少なくなっているようだったので、そこら辺の倒木を割って火の側で乾燥させた。

 雪を溶かして、干し肉や野菜を入れて、スープを作った。


「これなら皆で食えるだろ」

 シルビアは味見をして毒が入っていないことを伝えていた。


「山賊だからと言って、仕事なんてないだろ? 魔境の交易村まで行けるなら、行った方がいいぞ。力仕事を振ってくれるはずだ。食事は必ず出る」

「無理だろう。魔物が出る」

「雪の日はそれほど出ない。冒険者をやったことがある者はいないか?」

「俺たちは冒険者の落ちこぼれだ。剣も振れない。戦いになると足が震える。町の仕事もすぐに取られるし、金の使い方もわからない者たちばかりさ」


 見張りに立っていた獣人がスープをかき込んでいった。皆、よほど腹が減っていたのか、器にスープを入れると、慌てて食べていた。


「俺も似たようなもんだった。未だに金の使い方もわからない」

「あんた、一体何者なんだ?」

「どうせ言っても信じないよ。腹いっぱい食って寝てくれ。起きたら、東へ向かうといい。町に行って、仕事を探すのでもいい。でも罪は犯すな。助けられなくなるから」

「そんなこと言ったって……」

「誰なのかもわからない人に言われても説得力がないよ」

「魔境の領主だ。追放されてきたような領民を迎え入れて強くしている。いいか? ここから抜け出したかったら、自分に打ち勝つことだ」

 シルビアが乾いた焚き木を一瞬で割って見せた。

「自分にできることだけでいい。出来ないなら、交易村を目指してみてくれ」


 食べ終わったら片付けて、睡眠魔法を放ち山賊たちを眠らせる。食糧が本当にないようなのでアポの実を人数分置いておいた。


 その足でホワイトオックスの領主に会いに行った。徐々に雪も止んでいく。

 ホワイトオックスの領主は獅子の獣人で、アラクネの布と魔境産の魔石を見て喜んでくれた。


「領民の底上げをお願いします。山賊が飢えているなら、農夫たちも飢えているでしょう」

「しかし領地経営に犠牲はつきものよ。辺境伯はまだ若いからわからんと思うが……」

「そうかもしれませんね。では、また新年の挨拶をしに来ますから」

「うむ。助かる」


 城を出たところで、シルビアが「どうしてあんなことを言った?」と聞いてきた。


「これ、スパイなんて使わなくても領民は魔境に来るんじゃないか?」

 質問で返した。

「俺は私腹を肥やすために領地経営はしないよ」

「知っているよ」


 俺たちは再び雪道を西へ向け歩き始めていた。


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