【紡ぐ生活26日目】
朝、ホームの焚火周辺には皆が集まって、食事をしていた。
クリフガルーダを見て新年の準備を始める時期だと気づいたという話をすると、全員にドン引きされた。
「知らなかったんですか?」
ジェニファーはすでに植物園のダンジョンで、新年用の野菜を育てているらしい。
「一応、服は作り始めてるよ」
ダンジョンの民は新しい服を作っているという。
「皆、準備を始めているんだな」
「なにか魔境らしいことをやるのカ?」
チェルは、なぜか俺のダンジョンを引き連れて、魔法学校建設の手伝いをさせると迫ってきた。婚約者のダンジョンなら別に自分が使ってもいいだろうという。別にいいんだけど。
「新年を祝う祭りでもやろうと思って。開拓もちょうど1年くらいになるしさ」
「1年でこれだけ進められたらいいだろう。領民は増え続けて、建物も建って、空島も飛ぶ」
ヘリーの研究は実を結び始め、作業場にはいくつもの岩が浮いている。予定よりも大幅に進んでいると報告してきた。
「祭りもいいけれど、挨拶はどうするんだ?」
シルビアだけがエスティニア王国の貴族の習慣を知っている。一年の終わりに貴族同士の付き合いとして、手紙や名産品を送りあったり、使者が訪問したりするという。
ただ、別に魔境はそんなに付き合いはない。
「周辺の貴族にお土産とか持って行った方がいいのか?」
「一応、関係の深いところには送ったりしていたような……」
「王家くらいしか……。いや、あるか。幽霊船と貿易もしているのはサウスポートだったっけ? あとイーストケニアにもなんか送っておこう」
「イーストケニアは要らないよ。むしろ向こうだって新人貴族だから気を遣う」
「そうかな。じゃあ甘味とアラクネの布でも送っておこうか」
「魔道具でも送っておくか。いくらでも放てる弓を国境警備の部隊に送って、エルフの国への牽制に使ってもらうとか?」
ヘリーの同胞嫌いは根が深い。
「いくつか魔道具を送るのはいいと思いますよ」
エルフのイムラルダも、そういうのでエルフたちに任せることにした。
「メイジュ王国にも送っておこう。この前、歴代の魔王とメリルターコイズの図書館には世話になったから」
「要らないんじゃないカ? 作業用ゴーレムの腕とか送ったら飛んで喜ぶと思うけど」
「サッケツ、いいか?」
「古くて余っているのでよければ、基地にいくらでも転がってますよ」
「じゃあ、それを頼むヨ」
「いいんですか?」
サッケツは俺を見た。
「技術流出になるかな? でも、ゴーレムの腕とかよりも、ゴーレムの目やキューブの方が重要だろ?」
「確かに。じゃあ、アームだけ。あ、そう言えば報告が遅れたんですけど、旧空島の鎖と人工龍脈の間にある砂丘から古い神殿のような建物跡が発見されました」
「本当? 基地やゴーレムたちに影響ない?」
「それは大丈夫です。崩れているのでまだちゃんと探索はしてませんが、作業用ゴーレムに砂を掻き出させるつもりなんですけど、いいですかね?」
「もちろん。頼んだ。リパ、カヒマン」
「探索の準備します」
「了解」
砂漠の神殿探索はリパとカヒマンに頼んだ。あとで俺も様子を見に行こう。
「それよりも、挨拶回りの方が俺には魔境だな。シルビア、手伝ってくれ。わからないしきたりが多すぎるから」
「い、いいけど、各所にはマキョーが行くのか?」
「一番早く済むだろ?」
「そうだけど……。新しい竜の革で作った鎧を着て行っていいかな?」
「別にいいけど、竜を解体するなよ。一応、大事な輸送用の魔物なんだから」
「脱皮した竜の革で作ったんだ。伸びるし簡単な魔法程度なら何のダメージも受けない。あれ、ものすごい良い素材だ」
「そうなのか! 俺も新しい鎧を作ってほしいんだけど」
「マキョーはあってもなくても同じだろ?」
「でも、不意打ちを喰らったりするかも……」
「「「ない」」」
いろんな方向から否定された。
結局、俺はどれだけ偉くなっても革の鎧が一番しっくりくるのか。楽だしいいんだけどね。
そんな会話をしていたら、入口の方から交易村の姐さんたちがやってきた。ダンジョンの民への性教育がある。
訓練施設の隊長は、フィアンセと話し合いでこっぴどく叱られたものの「娼館であれば」という許可が出たらしい。
空島を作っているハーピーたちもヘリーを迎えに来ていたし、イムラルダも騎竜隊の奥さんたちと一緒にカタンからお菓子作りを教えてもらっていた。
「だんだん、ホームが魔境の交差点になってきたな」
「一番入り口が近いし、マキョーが住んでいて安全だからネ。自然と町の中心になってくるんだヨ。ダンジョン借りるよー」
チェルはそう言って、俺のダンジョンを引っ張って北へ飛んで行ってしまった。
「じゃあ、俺たちはいろいろ用意して、出発するか」
「ま、魔境産の品物を届けて挨拶するだけだ。気負わずにやればいい」
「頼りにしている」
シルビアは自信満々だが、俺にとっては貴族同士の付き合いは別世界の話だ。今までもこれからもそれほど関わるつもりはないが、使者や出身者が弾圧を受けるとも限らない。そもそも姿かたちが異形な者は多いし、一度死んでいる者たちだっている。
せめて領主として、魔境出身者が胸を張れるようにしてやらないといけないのだろう。
自分のためだけならどういわれてもいいが、いつか魔境から出ていく者たちのために、少しくらいしっかりしておかないと魔族も獣魔病患者も受け入れられないんじゃないか。ましてや時を旅したミッドガードの住人たちは、王都に住んで大丈夫なのか、時を止めた者として多少は責任を感じている。
そんなことを思うくらいだから、ようやく領主になってきたのかもしれない。
俺は遺伝子学研究所のダンジョンでアラクネの布をまとめ、カタンたちが作ったクッキーを魔道具のクーラーボックスに入れて、シルビアと共にイーストケニアへと向かった。一応、ヘリーが作った魔道具も隠し持っておく。衛兵の兵舎にでも寄贈しよう。
城の衛兵はシルビアを見てすぐに魔境からの訪問者だとわかったのか、領主に取り次いでくれて、領主には渡せた。
「商人ギルドのマルキアが、寝込んでいるらしいのです。もしかしたら長くはないかもしれん。交易関係を一手に引き受けてくれていただけに損失が大きい。商人は大事にしておいた方がよろしいかと」
「わかりました」
イーストケニアの領主に教わった通り、大きな商店へ立ち寄ってみると、マルキアのことばかり話題になっていた。
魔境に攻め入った者たちの一人だったが、責任を取って激務の要職についていた。
「一目だけでも会っておくか。どこにいるかわかりますか?」
「馬屋の二階で寝ていますよ。シルビア様、マルキアは性根は悪いかもしれませんが、ここ半年はしっかり働いていました。どうか、もう少しだけ生きさせてもらえませんか。イーストケニアのためでもあります」
大商店の女将がシルビアに頼んでいた。
「それができるのは私ではないよ。マキョーに言うといい」
「期待されても見てみないことにはわかりません。紹介状を書いてもらえますか?」
「私の紹介状などなくても会えるとは思いますが……、わかりました」
大商店の女将から紹介状を受け取り、馬屋へ向かった。
商人ギルドの私兵に紹介状を渡し、マルキアが寝ている部屋に連れて行ってもらう。ぎーぎーと音が鳴る階段を上り、部屋を開けるとマルキアが眠っていた。
「診察しても?」
「どうぞ。どうせ起きませんよ」
私兵はそう言い捨てた。眠りっぱなしのようだ。
マルキアに触れてすぐに呪いがかかっているのが見えた。自分を呪い過ぎて、他人の呪いまで引き受けて魔力が身体中で回転している。起きれないはずだ。
「壺はある?」
「これ、使っていいんじゃない?」
空っぽの植木鉢が窓辺にあった。
俺は粘着性の高い魔力をマルキアの身体に入れて回転を鈍らせ、そのまま口から吐かせた。どす黒い血を吐いて、マルキアがようやく目を開けた。
「マキョー殿? シルビア様も……なぜ?」
「マルキア、自分を呪い過ぎだ。それから他人の呪いまで引き受けることはない。もう少し世界を見た方がいいかもしれないよ」
「山岳地帯に養蜂家の跡地があるはずだ。しばらく、そっちで療養して美味しい蜂蜜を味わうといい。ゆっくり回復しな」
俺たちは部屋を出て私兵に温かいスープを持って行ってあげて欲しいと頼んだ。
私兵はマルキアが起き上がったのを見て素っ頓狂な声を上げて、大商店へ走っていった。
訓練施設までいったん戻り、街道を走る前に隊長に挨拶をしておく。
「今年は大変お世話になりました。来年もどうか魔境を見捨てずによろしくお願いいたします」
「いやいや、こちらこそ魔境を開拓してくれたお礼を言わないといけない。王家の悲願だった。それをものの一年でここまで発展させるとは思わなかった。しかも生き残りの種族をことごとく見つけてくれて、祖先に代わり礼を言う。この後、王都へ行くのか?」
「ええ、行くつもりです」
「だったら、もう少し時間をかけてエスティニアを回ってみないか。旧自由自治領の件や各地にいる山賊、野盗グループなんかの話をしておきたいんだ」
「わかりました。大丈夫ですよ」
まだ新年までは時間がある。
「よかった」
隊長は応接間の壁に地図を貼り、エスティニア王国各地にある問題や旧自由自治領から出た者たちだけでなく、追い出された者たちが野盗グループを作って長い間、反乱のため潜伏していることを語ってくれた。
今ある貴族たちを打倒しようとする勢力があることは驚かなかったが、反乱分子のほとんどが冒険者として各地を転々としていることには驚いた。まっとうに働き冒険者に紛れているらしい。そこに各地の貴族や領主たちが絡んでいるという。つまり各地の領主はスパイを放っているということだ。
領主同士の付き合いが大変な理由がわかった。魔境の問題は、環境要因がほとんどだった。
「今日は、訓練施設に泊まっていってくれ」
いつの間にか夕闇が迫っていて泊りがけになってしまった。