【紡ぐ生活25日目】
寒波が続いているものの、魔境ではところどころ温泉が湧いているところがあり、冬眠しない魔物たちが集まっていた。
沼で冬眠していたヘイズタートルは完全に凍り付いて、氷の塊として地表に出てきていた。
「死んでいるのか?」
ヘリーが氷を割ろうとしていたので止めた。
「ゆっくり心臓は動いているから、頭の氷だけ少し割って呼吸を確保してやってくれ」
頭は甲羅の中に引っ込んでいるが、そこが凍ると息ができなくなる。
「討伐対象から保護対象になっていないカ?」
「ああ、そうかも。でも、寒波だとどうしてもそうならないか?」
温泉の周辺では魔物たちも協力し合っている。
朝飯前に、ホーム近くの沼を回り、その先のワニ園のロッククロコダイルの様子を確認したおいた。死にかけているロッククロコダイルもいるので、熱を魔力で伝えた。指先が壊死してしまうと回復薬でも戻り難い。
鳥の魔物は凍ってしまっているものも多い。なるべく温めて、温泉の近くに放してやった。今なら地底湖の方が温かいのかもしれない。むしろ一定の温度に保たれているだろう。
「地下への洞穴を開放しようか」
「え? なぜだ?」
ヘリーは意味が分からないと俺を見た。
黒ムカデなど虫の魔物が出てくると面倒だからだろう。
「たぶん、ここまで寒いと虫も出てこないと思うんだ。だから魔物の避難所として使ったらいいんじゃないかな。ある程度糞を分解する熱なんかが出てるはずだろ?」
「ああ、わかった。そうしよう。マキョー?」
「ん?」
「どうしてわかった?」
「なにが? 別に地下道は見つけていただろ?」
「そうじゃない。魔物の状態を感じ取れるのか?」
「いや、だって寒波だからさ。そりゃ、わかるだろ? あれ? 普通はわからないか?」
ヘリーとチェルは頷いていた。
「とりあえず、朝飯を食べよう。頭が回らないや」
カタンが作ってくれた朝食は辛めの鍋料理で、身体が温まる美味しいスープと、ガーリックバターをたっぷり塗ったパンだった。
「美味い。とにかく美味いな」
「スープと一緒に食べると美味しいよ。足りなかったら、干し肉を入れて。匂いが気になるなら、あとでハーブティーを淹れるから」
「ありがとう」
食後のハーブティーを飲みながら、なんでわかったのかを考えていた。というか、チェルとヘリーはずっと「おかしいよ」と言っていた。
「あの時、見てもいなかっただろ?」
朝助けたヘイズタートルの話だ。
「土のなかのロッククロコダイルとか、遠くの小鳥まで助けてたヨ」
「でも、すでに死んでる魔物には目もくれなかったし、動いている魔物にも反応はしてなかったのではないか?」
「ああ、そうかもな……。寝起きで、あんまり意識してなかったな。呼ばれたような気がしたのかな。でも、今まではそんなことなかったし、北の岩石地帯で龍脈を掘っている時だって別に……、何も感じなかったけどな」
思い出してはいるが、何があったというわけではない。
「波じゃないカ?」
「ああ! 波かもしれない」
「なんだ? 波とは?」
「ヘリー、俺、睡眠魔法を使えるようになったわ」
「幻惑魔法のか?」
「うん。たぶんね」
「あ! 開発したのか!? 自分で!?」
「そう。本当は鎮静魔法って使えないかと思って、魔力で波を作って脳波に影響与えられないかと思ったんだ。でも結構難しいんだよ。脈拍でも波が作れちゃうからさ」
「それで魔力の波を、感じ取れるようになったってことカ?」
「いや、さすがにそんなことは出来ないんじゃない」
「でも、マキョーは隆起する力を感じ取れる男だからな」
「意識かもしれんぞ」
振り返ると鎧姿のカリューが立っていた。
「おおっ、久しぶりに見たな。ミッドガードの住民を送ったのか?」
「ああ。これで、後は数人しか残っていない。ミッドガードから魔境に住む者はいないそうだ。砂漠に龍脈が二本で来ていたが、マキョーの仕事か?」
「そうだ。北の岩石地帯にも通したんだ」
「こんなに早いなら、昇降機も作って上げてくれ。呪法家たちも含めて大嵐の時に会った鳥人族が期待しているぞ」
「ああ、そうだったな」
「空島の試作品はあるから持って行っていいよ。魔力さえあれば昇降機になると思う」
ヘリーが言っていた。
「わかった。ありがとう」
「で、意識がどうしたって?」
「いや、マキョーが感じ取っているものさ。魔力の波とかだったら、我々ゴーレムにも影響があるから、感じ取れるはずだと思うんだけど、魔物の脳波を感じ取ったことなどないからな」
「ああ、なるほど。ということは、魔物の意識的に放った魔力が、マキョーの感覚に触れたということか?」
「そうなんじゃないか。マキョーの魔力は遠くにいても感じ取れるから。ダンジョンを着こんでいるのも影響しているのかもしれないけどね」
「ああ、それはあるかもしれないな。ダンジョンが必要以上に魔力を溜め込んでいるから、実物よりも大きく見えるのかもしれない」
そういうと、ダンジョンが鎧から出てきて首を横に振っていた。大蛇が必死に首を振る姿は不思議だった。しかも冬仕様なのか透明ではなく、白く濁っている。
「そんなことはないと言っているゾ!」
「マキョーのダンジョンが否定するのもわかる。むしろダンジョンが抑え込んでいるから、この程度で済んでいるのだ。どう考えても、今の方が魔力の量が増えているし、つかみどころがない。魔力の霧を纏っているみたいだ」
「カリューは魔力を受容しすぎだよ」
「だったら、試しにダンジョンを脱いで、冬の植物調査にでも出かけてみるといい。そこら中から視線を感じるはずだ」
「わかった。いいだろう」
試しにチェルたちと一緒に出かけてみたら、カリューの言った通り、そこら中に魔物がいることがわかった。
「別に本当に見られているというわけじゃないんだけど、意識をされている感覚はあるな」
「もう、それは人間じゃないんじゃないか?」
チェルが真顔で言っていた。
「どういうことだ? 緊張が伝わってくるということか?」
「ああ、そうかもしれない。魔物が戦う時は、ある程度準備するだろ? その準備段階の一歩目をやっている感じかな。俺がいつ魔力を使って攻撃してくるかわからないからだと思う」
ダンジョンがないだけで、かなり皮膚感覚が鋭くなったような気がした。コートを着ているので寒さはないし、魔力でも覆っているのだけれど、不思議な感覚だ。
「驚かせない方がいいんじゃないか?」
「そうだな。ゆっくり植物調査をしていこう」
なるべく魔物に敵意を向けずに、凍った木の実やジビエディアに皮を食べられた樹木を見て回った。トレントもジビエディアの被害に遭っている。元々動きが鈍いので仕方がない。
北側の森ではソードウルフやアイスウィーズルが近づいてきた。別に狩ろうとしてくるわけではなく「魔力をくれ」と言っているようだった。
「腹が減ってるのか?」
冬は食べ物を見つけるのが難しい。冬の前に根菜マンドラゴラを食べていたワイルドボアもすっかり痩せてきている。
川にいたトラウトの魔物をソードウルフたちには与え、植物園のダンジョンで採れた木の実やニンジンをワイルドボアに食べさせた。
「マキョーは魔物からもヌシとして認められ始めてるんじゃないか?」
「それはいいことなのか? でも、森の中は魔物も多いからな。龍脈を作るなら、この魔物たちのことも意識しないといけないよな」
結局、植物調査というよりも龍脈予定地調査になってしまった。
午後から、空島の試作品を持ってクリフガルーダへ向かう。鳥人族の町では徐々に新年の準備が進められていた。
「もう、そんな時期か……」