【紡ぐ生活24日目】
外は凍えるほど寒いのに、宿泊地の中は暖かかった。
明け方、カタンがわざわざ朝食を届けに来てくれた。鍋料理と固めのパンと、メイジュ王国のピクルス。カム実のジュースまである。
「一応、私もマキョーさんの婚約者だから持ってきた……」
恐る恐るカタンは言っていた。
「ありがとう。助かるよ」
感謝しかない。
「いいのよね? 持ってきても……」
「悪いことはないさ。他の婚約者たちと比べることもないし、抜け駆けなんて思う人たちじゃないだろ?」
「なら、よかった。鍋にチーズを入れるともっと美味しいってことに気が付いたのよ」
「ヤバいことするね。絶対美味しいやつじゃないか」
「そうでしょ!」
一緒に働いているアラクネやラミアも喜んでいる。
「こんな美味しい朝食は食べたことがないよ!」
「いつもは本気じゃなかったってこと!?」
「冬の備蓄が多くて。ミッドガードの人たちも魔境に住むかもしれないとか、急に難民が増えたりするかもしれないと思ってたんだけど、今年は大丈夫そうだからね。日持ちするパウンドケーキっていうのも作ってみたのよ。交易村の姐さんたちに教えてもらった」
「お、美味しそう。ベリーがたくさん入ってるな」
「うん。魔境産のベリーは渋いんだけど、干してみたら甘くなったのね。甘味には使えるでしょ」
普通に美味い。
すべて平らげて、仕事へと向かう。
「こんな寒い日に仕事するの!? エルフの国じゃ誰も外に出てないよ」
カタンは鍋の片付けをしながら驚いていた。
「魔力で身体を覆うとそんなに寒くないよ。飯も食べたし、身体は温かいさ。アラクネとラミアは無理せずにな」
「いや、私たちもこれくらいなら大丈夫です」
「元々、冬場は冬眠しているけど、食べ物があるからね。魔力も使えるようになったし全然平気だよ」
風の強い日だったが、俺たちは問題なく河川工事の作業を進めた。
魔物たちが全然現れないので、かなり捗る。しかも手伝ってくれているのが環状道路を作っていたダンジョンの民なので、岩の固さや距離の測り方なども教えてくれる。
「昨日、大まかにでも作業しておいてよかったよ。だいたいの距離がわかるから」
「マキョーさんがきれいに破壊してくれるからね。私たちは瓦礫の撤去だけでいいし、楽だわ」
「昨日採取していた骨があったろ? 粉にしておいたから、適当に撒いていってくれるか?」
「了解です」
「でも、これだと水で流されるんじゃないの?」
「そう。流れるようにしているんだ。魔力の通り道を作りたいからさ」
「あ、そうか! 水を流すんじゃなくて、魔力の通り道なのよね」
「出来るだけ、魔物や植物が活発に動いてくれるといいけど……。しかし、寒いから魔物がいないな。こんなに目の届く範囲に魔物がいないなんて、砂漠だって空や足元を見ると、意外と魔物を見るんだけど……」
「眠ってるんじゃない?」
「風も止んだ?」
身体の周りに展開している魔力を切ってみた。
身体の芯から凍えそうだ。思い切り空気を吸ってみると、身体の隅々まで冷えた空気が染みわたるような感覚があった。
「デスコンドルの即死魔法って、これかな? 身を凍らせる上位の冷気魔法なのかもね」
「ああ、そうよね。死そのものの魔法ってなんか変だものね」
「幻惑魔法の鎮静効果なのかとも思ってたんだけど……」
「あ、それも併用しているのかもな。魔法に関しては、ダンジョンの民も勉強してるのかい?」
再び魔力を展開し、作業に戻りながら話し始める。仕事仲間なので敬語は使わない。
「前は全然わかってなかったけどね。私たちは身体の構造上、魔力を溜めやすいのよ」
「チェルさんとヘリーさんに使わない手はないよって言われて、向いているならもっと得意なことを伸ばそうと思って。砂漠の基地じゃゴーレムたちが魔道機械を作ってるし、不死者の町では生活に関することを思い出しながら建物を作ってるっていうし、封魔一族だって武術を伸ばしていたでしょ。私たちだってなんかやらないとなとは思ってるんだよね」
「ちゃんと皆、何か成長しようとしているよな。すごいよなぁ」
「いや、マキョーさんがその時代の流れを作ったというか、波を起こしているんじゃ……」
「え? 俺か? 見つけただけなんだけど……、波か……」
「強くなりすぎたんじゃないですか? 結構、ここまで強くなれば、ダンジョンの外っていうか魔境でもやっていけるんだって思えたから」
「強さか……。ある程度の身体的な強さや魔力の量は必要だけど、あとは出来ることを増やしていっただけだと思ってるんだよね」
「ええ? でも、人工的に龍脈を作るとか考えても実際にはできないでしょ?」
「目指すところまでのルートが見えれば、出来ないか。普通は出来ないのか……」
「目指すルートがそもそもわからないし、方向があってるのかもわからないから、疑いながら成長するものなんじゃないのかな?」
「ああ、そうか。一番初めに魔境を買った時点で間違えたっていうか、やけになっていたから、そこに関しては迷いがなかったのかな。どうせやらないといけないことだと腹をくくっていたのかもしれない」
「こちらからすれば、その間違いがなければ、未だにダンジョンから出られない生活していたのかと思うとゾッとするね」
「その行動力が今の魔境を作り出して、影響を与え続けていると思うよ」
「うだつが上がらない毎日だったから鬱屈としたものを抱えていたんだろうな。その気持ちが魔境で発散できたのかもしれない。それがこんなに住民が見つかって大きい波になっていくのか……。やっぱり、新年になったら、魔境中の住民をなるべく集めて祭りをしようか。そこから生まれた人間たちの波がきっと魔物にも伝わるだろうし」
「いいかもしれない。せっかくだから婚約の話もしてみたら?」
「カタンの料理も、もっと大勢に振る舞ったらいいのよ」
「ああ、そうしよう。ヘリーやジェニファーの研究も見せよう」
いつの間にか、東の鉄鉱山付近まで来ていた。あとは街道を避けてトンネルを掘り、海へと魔力を流していくだけだ。
「山脈が曲がっているから、本物の龍脈と合流させてもいいのかもよ」
「そうだな。そこら辺は、合流したり支流を作ったりすればいいのか……」
ザブーンッ!
冬の荒れた波が見えた。俺たち魔境が放つ魔力の波が、メイジュ王国へ辿り着き戻ってくるのだろうか。
「大きい波だけじゃなくて小さい波って作れるのかな?」
「え? どういうこと?」
「いや、思い付きさ。チェルに聞いてみよう」
一旦、アラクネとラミアとは分かれ、宿泊地でランチを作っていたカタンをピックアップ。そのまま魔法学校建設地へ向かった。
「小さい波? 何を言ってるの?」
チェルは真顔で石材をぶん投げてきた。設計図通りに石材を嵌めていく。設計図の写しがそこら中に貼られていて、間違えないようになっていた。こちらにもダンジョンの民がたくさん手伝いに来ている。
「今日は寒いから、仕事はそこそこで切り上げて、カタンが作ったランチを食べるといいよ」
「待て待て! ただでさえ遅れているんだから……、美味しそうな揚げ物届いたヨ~!」
チェルはあっさり揚げ物の匂いに負けていた。
「で、なんだっけ? 小さい波?」
「ああ、小さい魔力の波って、何か影響あるのかなと思って……」
「頭に当てると幻惑魔法になるとか? そういうことじゃなくて?」
「幻覚を見るってこと?」
「いや、そうじゃなくて魔力の波の揺らぎによって興奮させたり落ち着かせたりできるって本で読んだことあるヨ」
「あ、脳波か! そんなことできるの? 実験してみるか……」
食後に周囲の魔力の流れを壁を作って遮断し、ダンジョンの民に試してみると一斉に眠り始めた。
「え!? ヤバい魔法を使えるようになった!」
驚いていたら、今度は一斉にダンジョンの民が起きた。
「うわっ、条件が難しい」
「ちょっと待て! 今、睡眠魔法を作らなかったカ?」
「いや、鎮静魔法の予定だったんだよ!」
「マキョー! お前は普通じゃないんだから気を付けろよ!」
「すまん!」
平謝りするしかなかった。