【紡ぐ生活23日目】
砂漠に二本目の人工龍脈を作った。
「遠目から見ていましたけど、とんでもない早さですね」
砂漠の基地からゴーレムが出てきて、挨拶をしに来た。昨夜の寝床はダンジョンを借りていたので、作業を見てくれていたらしい。
「なるべく砂嵐の被害がないようにしたいんだけど、どうしてもサンドワームは来るし、どうにもならないね。崩れることも考えて魔法陣も仕掛けているから、砂の中の魔物が頭を打って出てくるかもしれない」
「一応、龍脈の警備ゴーレムは作ってはいます。龍脈に魔力が流れてくると、魔力の補充がずっと楽になりますから」
「あとは水源なんだけど、山で降った雨を龍脈に流したいんだけど、山脈の反対側から水路を作らないといけないかもな」
「昔あったという記録をグッセンバッハさんが言っていたので、地図を見ながら不死者の町の住民と一緒に探してみます」
「すまんな。いろいろとやってもらって」
「いえ、死んでから何百年も経って、これほど何かを作れる喜びを実感する毎日を送れるとは思いませんでした。それは不死者の町にいる住民たちも同じだと思います。触ると砂だとわかるんですけど、どんどん身体の解像度が上がってますし、やはり生きている人間と交流することで未練が立ち切れていく気がします」
「不死者たちもそうだけど、ずっと魔境に住んでいる者たちは、食事の楽しみや性行為の喜びみたいなものがない者がほとんどだろ? 本当に自分の幸せを追求していってほしいと願っているよ」
「そう言ってくれるマキョーさんが領主でよかったですよ。工業的な評価基準しかない人が領主だったら、未だにダンジョンの中でひたすら囚われ続けていたと思います。今は、目の前に希望があるので、ダンジョンから飛び出しても行けますし、地中に魔力が通っていることがわかって安心感もありますから」
「そっちの方が働かせている気がするけどな」
「モチベーションの問題ですよ。いちいち自分に嘘をつかずに生活をしていると、ふとした瞬間に昇天しそうになります。たぶん、他のゴーレムたちも同じだと思いますけどね」
「そうか。誰か昇天したら教えてほしい。墓ではないけれど、魔境の発展に協力してくれたことに感謝を示したい。それくらいしか領主としては出来ないけれど」
「ああ、そうしていただけるなら、基地のゴーレムたちはマキョーさんに付いていきますよ。でも、ゴーレムのキューブはミッドガードの住民たちのために使ってください。冷凍保存で亡くなって未だに彷徨っている者も多いと思いますから」
「わかった。カリューに言っておくよ」
ゴーレムは一度死んでいるからか人間ができている。領主として学ぶことが多い。
一本目の人工龍脈の様子を確認してから、森へと向かう。
南から順番に龍脈を通していけばいいかと思っていたが、真ん中あたりはすでにダンジョンの民や俺たちが踏み荒らしている影響で人の流れができつつある。
魔境の入り口から、東海岸の港までの道を作れば、自然と魔力の流れもできるかもしれない。
ということで、一番北の人工龍脈を作っていく。魔石鉱山から、鉄鉱山まで岩石地帯を横断する川だ。環状道路を作っていたアラクネたちに話を聞きながら、作業計画を立てていく。
「意外と、地底湖もあるし水源に当たることがあるかもしれないよ」
「じゃあ、砂漠と違って水は問題ないんだ」
「エルフの国との境にある山脈には普通の龍脈が流れているから、人工の龍脈を作るなら、離した方がいいんじゃない?」
「それはそうだな。思い切って地下を通すか?」
「いや、岩石地帯は地下に魔物が多いし、ミッドガード跡地からの北に続く地下道があるでしょ。集団墓地があったりしたから、魔物が発生しやすいんだよね」
「じゃあ、無理に人工的な龍脈は通さない方がいいってことか?」
「そうでもないの。空白地帯が多すぎるとは思うのよ。デスコンドルの生息地でもあるから、なかなか魔物も来ないし、場所にあった植物さえ広がってくれれば、もっといろんな魔物が住める土地ではあると思うんだけどね」
「環状道路を作っている最中に、ワイバーンの糞から一気に草が生い茂っているのは見てたよ」
「それから雨の被害は結構あるのよ。だから環状道路も高くしてあるのよね」
「ああ、なるほど。じゃあ、人工龍脈以前に治水的に雨水が流れていく川は必要なんだな」
「そう! だから貯水池もあった方がいいかもね。自然と窪みができているけれど、大きくした方がいいかも。寒くて乾燥しているから、土の中に潜っている魔物も多いからさ」
「だとしたら、貯水池を繋げていくだけでもいいかもしれないな。大雨が降った時に、貯水池の入り口の堰を開けて氾濫しないようにしたりさ。逆にこっちの都合で氾濫させて、海岸付近に畑を作ってもいいし」
「氾濫させた方がいいこともあるの?」
「土が入れ替わるだろ? 結構同じ作物を育ててると不作になったりするから」
ここら辺は農家の息子だった知識が役に立つ。
「今日はシルビアさん、いないの?」
「交易で竜を飛ばせてるんだ。封魔一族の騎竜隊が世話しているんだけど、なかなかいうことを聞かなくなってきたらしい。チェルは魔法学校を作ってるし、ヘリーはハーピーたちと空島製作。カタンはジェニファーと一緒に、砂漠に撒く種団子を作ってるって」
「種団子って?」
「肥料とかと一緒に、砂漠に強い植物の種が入った泥団子さ。細かい雨とかで成長してくれると砂漠の緑化になっていくだろ?」
「なるほどねぇ。じゃあ、こっちは私たちが手伝おうか?」
「交易船も来ていないし、まだ沈没船の引き上げも時間かかっているみたいだから」
「頼むよ」
俺はアラクネとラミアたちと一緒に貯水池拡張工事と豪雨対策の河川工事を始めた。人工龍脈計画の一環でもある。
「骨もかなり落ちてるな」
「デスコンドルが骨だけ残しているんだよ」
全部砕いて骨粉にしておく。
「意外と雪の影響が少ないな」
「たぶん、西側にも山脈があるからだと思う。反対側のイーストケニアは雪が多いってシルビアさんが言っていたから」
「ああ、山脈が豪雪地帯の境目になっていることはあるよな」
実家の方は雪が多かったが、山の向こう側は、雪がそんなに降らないが寒かったはずだ。
「境目と言えば、東部の植生との境目で、倉庫で働いているアラクネがまた温泉を見つけたって言ってたよ」
「あ、本当? いいね。そういや、隊長のために娼館を作るって言ってたけど、どうなった?」
「作るとは言ったものの、そんなに経験があるわけじゃないから、定期的に交易村の姐さんを呼んで練習会をしようって言ってた。こっちはサテュロスのものしか見てないから、意外と違いがあるっていうところからだからさ」
「結構、身体の大きさも重さも違うから、同種族以外は難しさがあるんだね」
「そりゃそうだよな。それに比べたら、エルフとドワーフの違いなんて……」
「ないのと同じだよ」
「似てるから差別するのかしらね」
「大きい違いは小さく見えるけど、小さな違いは大きく見えるのか。まぁ、でも自分は自分にしかなれないから、比べるだけ無駄だよな」
「その通りね」
会話をしながらもどんどん作業は進めていく。
「マキョーさん、速いよ!」
「だいたいでいいよ。細かいところは後で修正しておこう。一旦、大まかに作って魔物たちの反応も見ていこう。ほら、貯水池にもう魚が出て来てるから」
「本当だ。あの魚、夜には凍っちゃうけど……」
その夜、岩石地帯には寒波がやってきた。山脈に崖に開いた宿泊地のドアも凍るほどだ。岩石地帯は静かで、星が異様に輝いて見えた。