【紡ぐ生活22日目】
「龍脈ができてるじゃないですか! 今、見てきましたけど全然、砂に埋もれてなかったですよ。魔物も集まってましたし」
リパがクリフガルーダの大穴で仕事をしてきた帰りに、砂漠の龍脈建設予定地に寄ってくれた。
「一本目はな。崖が近いから、そこまで風向きが変わらないからだろう。こっちは砂山が削れるから大変だ。そっちはどうだった?」
「あ、なんか、シルビアさんと婚約した話を聞いて、カリューさんがどうにか受肉させてもらえないかってマキョーさんに言ってました」
「どうやるんだよ」
「さあ? でも、カリューさんが肉体を取り戻したら、死んだ人間を生き返らせることができるので、ミッドガードの住民たちもちょっとざわついてました」
「もしそんなことができたら、本当に冷凍睡眠で死んだ住民を生き返らせることができるからな」
「あんまり背負いたくないな。遺伝子学研究所の所長に聞いてみてくれ」
「出来たらやってみてもいいんですか?」
「魔境では何をやってもいい。でも、過剰に期待はするなよ。だいたい、願望とは別の着地が待っているから」
「あ、そうですね」
テントが揺れて、シルビアが出てきた。
「ああ、リパ! おはよう!」
「おはようございます。シルビアさん、どうしたんですか?」
「なにがだ?」
「なんというか、テカテカしているというか、自信に満ち溢れているというか……」
「思った以上にマキョーがいい男だったから私はもう不安が払拭されてしまった」
「そうですか……。シルビアさん、どうしちゃったんですか?」
リパは、険しい顔で空を見上げている俺に聞いてきた。
「ちょっと生殖行為が思った以上に気持ちよかったらしい。依存症にならないといいけど」
「はぁ……。が、頑張ってください」
「飯、食べて行くか?」
「いえ、ホームの洞窟で食べますよ」
そこで音光機が地面に文字を浮かび上がらせた。
『交易村の姐さんたちがやってきた。ほぼ全員。マキョーとシルビアを呼んでいる』
「ああ、こうなるのかぁ……」
「どうしたんだ?」
シルビアが先ほどまでと打って変わって不安そうな顔で聞いてきた。
「いや、過去の清算をしないといけないのかもしれない」
「そんなにマズいことなんですか?」
「どうかな? 俺は正直に生きてきたと思ってるんだけど」
とりあえず、リパとシルビアと一緒にホームの洞窟へと向かった。
交易村から姐さんたちが来ているということは、魔力の使い方が上手くなったのかもしれない。一般的な人間であれば、訓練施設からも一日はかかる。やはり自分の身体をよく観察している人たちは、魔力の運用が上手くなるのも早いのか。
「なにこれ、美味しい!」
「ちょっとタロちゃん! なに? こんな料理を毎日食べてたの!?」
「カタンちゃんはなんで魔境にいるの!? とっとと店を開いた方がいいわ」
姐さんたちは朝食を食べていた。
カタンはものすごい勢いで減っていく朝食を見て、作り置きしていたジャムや芋煮を出していた。
「カタン、すまないな。大人数が来ちゃって」
「ううん。この人たちすごい。魔境の外から来たのに、魔力の使い方が上手いんだよ」
「ああ、それはたくさん練習したからね。タロちゃんにできて私たちにできないことの方がおかしいって」
「飛べはしないけど、速く走れるくらいにはなったわ」
「で、マキョーの状況は伝えてあるヨ」
チェルが呼びに行ったらしい。
「タロちゃんから、魔境には女の子が多いと聞いたときから、こんなことになるんじゃないかと予測はしていた」
「え? なんで?」
「私たちが、そうだったからよ」
「タロちゃんは真面目だし、仕事をしようと思えばちゃんとやっていくでしょ。セックスだって他の男と比べれば、こちらに合わせてくれるし、基本的に優しいからね」
「どれだけ落ち込んで死にたくなっても、なぜだか見てくれているっていう安心感もある」
「だから、女が集まるのもわかるんだけど……、そんな私たちと生活を送ってきたから、決定的に足りなくなっちゃったものがある。たぶん、自分でも気づいてないと思うんだけど……」
「なに?」
「今、シルビアさんと婚約したんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「どうにか愛そうとしていない? そもそも誰かに言われて、状況的にシルビアさんが結婚相手としては適しているから、セックスして特別な繋がりを持って愛そうとしている段階なんじゃない?」
俺は姐さんの話を聞いて、血の気が引いていった。完全に図星だった。
「シルビアには悪いけど、そうかもしれない。だから、シルビアが『ヘリーもすれば?』と言った時に困惑したんだ」
「愛し合うはずのシルビアさんがセックスは営みだから日常だって気づいたのよね。頭の回転が速すぎるのよ。魔境に住んでいるからかしら?」
「そ、そうかもしれません。というか、別に特別なことじゃなくて日常的なことだと教えてくれたのはマキョーだから……」
シルビアの言葉を聞いて、姐さんたちは納得していた。
「やっぱりこのままだと私たちと同じ運命を辿るわ」
「え? どういうこと?」
「捨てられるわ」
「いや、別に捨てたわけじゃないけど……」
「土地を買うと言ったその日から目の色が変わって、全く私たちとしなくなったでしょ」
「お金を溜めないといけなくなったからね」
「だから、お金は要らないって言っても相手をしてくれなかったじゃない?」
「それも何度も説明したけれど、性を売りにしている姐さんたちとするときはお金を払うよ。あと腐れができちゃうじゃないか」
「そうよ! どっちにしろ、あと腐れの縁はできるのよ。だから、今、私たちがここにいるんじゃない」
「それもそうか」
「あ、ジェニファーとヘリーも来たヨ」
「皆さんお揃いで、ようこそ魔境へ。疲れてませんか?」
「マキョーの話だろう?」
二人ともポットからお茶をコップに入れて飲み始めた。
「ヘリーさん、先に言っておきますけど、タロちゃんの身体がタイプなのは私たち全員そうですからね。順番待ちをしているんですから、抜かさないように!」
「わ、わかったよ。マキョーは一晩で何人と相手してきたんだ……」
そんなことは一々覚えちゃいない。
「で、なんの話をしていたのでしょうか?」
「セックスは日常的な営みだって話だよ」
「あ、そ、そうですか……」
ジェニファーも面食らっていた。
「愛し合う二人にとっては日常であり、お互いを確かめ合うことじゃないのか?」
「その通りなんだけど、おそらく話を聞く限りではお互いに愛し合っているわけじゃなくて、適役だからやってるんじゃないの?」
「でも、そのうちに俺もシルビアもそういう日常を送っていれば、自然とそうなっていくんじゃないか。すぐにめちゃくちゃ好きだってことにはならないだろう」
「タロちゃんって男には、ここに落とし穴があるのよ」
「どういうこと?」
「タロちゃんが出ていった時、私たちもどういうことなのかわからなかったんだ。自己愛が強すぎるのかとか、勝手に生きたいと思っているんじゃないかとか、誰も愛されてなかったんじゃないかとか、考えてたんだけど、そういうことじゃないんでしょ?」
「別に姐さんたちとの生活は楽しかったし、好きだったよ。いい思い出になっている」
「そう! タロちゃんは私たちとの生活をなによりも愛していたのよ」
「ん? 生活が好きだってこと?」
「そう! 魔境のどんどん変わっていく生活が好きなのよ。だから、結婚したり、セックスしたり、魔物を狩ったりすることも、生活のなかのひと時であって、生活全部愛してる。だから誰かに執着もしない。そうじゃない?」
「そうだったんだ……」
図星を突かれ過ぎて呆然としていたら、カタンがお茶を淹れてくれた。こういう生活の一瞬は物凄く守りたいと思っている。絶対に、初期の魔境には戻らないようにしようと固く決意している。
「ということは、俺は自分への理解が足りていなかったってことだね?」
「そうとも言う」
「一般的な考え方とは逸脱しているけれど、一緒に魔境で生活していると確かに納得できるな」
「龍脈を一緒に作ろうということか? それは魔境の生活のためになるから」
「そうだ! シルビア! 俺はセックスなんかよりも魔境の生活をする方に向いているんだ。ダンジョンの民に出会って、ドワーフたちが来て、死者の町の塔が立っていって、封魔一族にも会って、交易もしていく。これこそが俺が愛したことであって、過去の先人たちから受け取ったことだし、未来にも紡いでいきたいことなんだ」
「すごい俺も納得しました……。ミッドガードの住民ってそうですよね」
「リパ、でも、ミッドガードの住民だけが先人てわけじゃないぞ。魔境には、古代ユグドラシールにはいろんな人たちがいて、生活を送っていたんだからな」
「あ、そうか」
「ちょっと待ってくれ。私は婚約をしたままでいいのか?」
「いいでしょう。生活を一緒に作っているんですから」
「いや、だとしたら、チェルが先に結婚した方がいいんじゃないか。ずっとマキョーと一緒に魔境の生活を作ってきたんだから。もっと言えば、私たちにも結婚する権利がある」
ジェニファーとヘリーがそれぞれ自分の考えを言っていた。
「私は……」
チェルが静かに話し始めた。
「結婚するなら、魔王になる直前でいいと思ってるんだよね。たぶん私もマキョーの価値観とか考え方は共感できる部分が多い。突然言われるとわからなくなる時はあるけどね。結果を見ると納得できる。だからこそ、今の生活の先を見てみたいんだ」
「それはタロちゃんと結婚して子どもができたとしても変わらない?」
「私が魔境を出ていくまで結婚はしないかもしれないな。子どもは出来るかもしれないけれど。魔境で子育てすると考えると、ものすごく楽しみだね」
「魔境で一番生活を共にしてきた人が言うんだから、それが正解なんだろうね」
「タロちゃんは一旦、結婚は考えなくていいかもよ」
「え!? 婚約解消!?」
「いや、そうじゃない。俺が最も大事にしている生活を成り立たせてくれている古参の女性陣をもっと大事にしようって話だ。古参の四人とカタンと婚約しようか。それでいいか?」
「いいかと聞かれても……」
「私はそれで構わないけど」
「婚約者というか、役職なんじゃないですかね?」
「リパはどう思う」
「ああ、いいんじゃないですか」
「ジェニファーとの関係とか……」
実は二人は付き合っているんじゃないかと思っていた時期がある。
「ああ、別にないですよ。ないですよね?」
「植物園のダンジョンの共同運営者というだけで……。いや、ちょっと待ってください。私は、婚約者は遠慮しておきます。役職が付くことによって、自由が制限される感覚があるので……」
「初めはジェニファーがマキョーを狙っていたのに」
「真逆になりましたね。もっと打算的に生きていたはずなんですけど。可能性の数を考えると、自由にどこにでもいられる方が、都合はいいんですよね」
ジェニファーは何か思うところがあって、婚約はしなかった。
「私もいいの!?」
カタンは両手を上げていた。
「逆にいいのか?」
「いい! やったぁ!」
ということで、俺は、吸血鬼と、魔族、エルフ、ドワーフの女性たちと改めて婚約した。
「愚王の言った通りになっていないか?」
「んん……」