【紡ぐ生活12日目】
翌朝、起きるとチェルは町の冒険者たちに魔法の訓練を付けてあげていた。やはり同族には強くなってほしいのか。
井戸で顔を洗って、食堂で猪肉サンドを食べていると、剣士や僧侶たちが俺の周りに集まってきた。
「どうした? なんか聞きたいことでもあるのか?」
「いや、そのぅ……魔境の領主は魔法を作ると聞いたのですが、本当ですか?」
「うん。本当。チェルみたいに学があるわけでもないから作るしかなかったんだ」
「でも、体系化もせずにどうやってやられたんです?」
質問に答えたら一斉に近づいてきた。喋ってもいい領主だと思われたのかな。
「いや、普通に……。魔物が使っている魔法を見たり、できるかなぁって試してみてできたりするよ。魔法はイメージだろ? 何でもできるよ」
そんなことよりインフラストラクチャーが知りたい。冬にどうして新鮮な野菜があるのか、地面が全面石畳だがいつ補修工事をしているのか、門はあるけど森との境に壁がないみたいだが、魔物はどうやって撃退しているのか、小麦はどこの産地のものなのか、疑問が尽きない。
「食べ終わってからでいいので広場で、軽く模擬戦のようなことをやってもらえませんか?」
「いいよ」
宿代も食事代も、チェルのお陰で無料となった上に、猪の魔物を討伐した報奨金も受け取っているので、ある程度のことはやるつもりだった。
「ごちそうさま。美味しかった。スープが特に美味しいね。レシピを後で教えて」
「え? あ、わかりました」
厨房に挨拶をしてから、広場へと向かう。冒険者ギルドからぞろぞろ出てくるので、朝だというのに人目につく。まだ屋台などは閉まっているのでちょうどいい。
「よし、じゃあ、どこからでもかかってきていいよ」
「背後からでも構わないということですか?」
「ああ、全然大丈夫」
そう言った時には後ろにいた赤肌の剣士が剣を抜いて斬りかかってきた。上からの袈裟斬りは俺の肩に当たる直前、弾き返された。
「これが魔力による回転防御ね」
剣士はなんで弾き返されたのかまるで理解できないと言った表情で尻もちをついていた。
「魔力の鎧をまとったということですか?」
目を丸くしている僧侶が聞いてきた。
「まぁ、そうだね。普通の防御魔法だとどんな感じでやってるの?」
「普通はこれくらいじゃ……」
僧侶はただの紙の板のような防御魔法を見せてきた。
「これだと指でも切れちゃうだろ?」
すっと指で紙をなぞるように防御魔法を壊した。
「ほら、剣も防げないんじゃない?」
「ええっ!? 一応、魔法は防げるはずなんですけど」
「精度がよくない魔法なんじゃないか。ハチの巣状にすると構造的に強くなるんだよ。ちょっと斬りかかってきてみてくれる?」
目の前にいた剣士に斬りかかって貰ったら、しっかり防御魔法に剣が突き刺さり抜けなくなっていた。
「あれ? 抜けん!」
「抜けなくなったら、すぐに手放して次の武器を使った方が実はいいよ。慌てている間に、このレベルで魔力の壁を作れる人間は四方にも壁を作れるからいつの間にか閉じ込められて……」
「え?」
剣士は四方を魔力の壁で囲まれていることに気が付いていなかった。
「これに上下の壁を合わせると、ほら、空間魔法になる」
魔力のキューブを作って、剣士を頭上まで上げてみた。剣士は宙に浮く経験がなかったのか、かなり驚いていた。
「と、まぁ、こんな感じだ。模擬戦をやろうか」
「い、いやぁ……」
「どうやって攻撃をすればわからないんですけど……」
「それを考えていくと、魔法や剣術が上手くなっていくんじゃないか。魔境ではそういう日々の繰り返しだよ。さ、やろうか。模擬戦!」
ヒュッ!
炎の槍が飛んできた。チェルだろう。
パシッ!
一番熱い穂先を掴んで、魔力を流し込み、氷の穂先に変えて投げ返す。火傷した掌は回復魔法で回復させる。
「そんな一瞬で魔法を書き換えるんじゃない! 周りの魔族が何をやったのかわからないだろう!」
チェルは氷の穂先をローブの裾で払い退けながら怒っていた。
「今のは炎の槍が見えたから、穂先を掴んで腕を回転させながら、魔力を目いっぱい注ぎ込んで魔法を上書きするみたいに温度を下げて氷を付与。そのまま投げ返しただけだ。手品みたいだろ?」
「そんなことを魔境では毎日やってらっしゃるんですか?」
僧侶は若干引きながら聞いてきた。
「いや、今やってみたらできたんだよ。日常の中に、魔法のヒントはあるし、遊びの中で、咄嗟に技術が出るもんだ。戦術を練るのもいいけど、魔境は基本野生の魔物でバトルロワイヤルをやっているようなものだから、自分の予想とは違うことが起こるからね。頭を柔らかくしていった方がいいんだ」
「じゃあ、今作ったんですか!?」
「まぁ、出来ることを組み合わせただけだよ。炎の魔法が氷の魔法に変わってたら驚くかと思って」
「驚きますよ!」
リアクションのいい魔族たちだ。
「な! だから言っただろ!? マキョーに何を聞いても強くなれるわけじゃない。こんな奇人も世の中にはいるんだと思うだけだ。今のところ、マキョーを評価できるレベルに魔族は達していないんだ。いや、エスティニアでも辺境伯としてしか理解されていないと言った方が正しい」
「なんだそりゃ?」
言われている俺が一番疑問が湧いている。
しかもチェルが大声を上げるものだから、次々に魔族が家から出てきて広場に集まってくる。
「この時代はマキョーを持て余している。活かしきれていない。周辺地域の発展にどれだけ影響を与えるかわからないが、メイジュ王国もここ2、30年の間に生活が一変するかもしれない。だから、マキョーに戦い方なんて教えてもらおうとするな。長く一緒に生活していても、何をするのかわからないんだから。そんな事よりも生活で困っていることを教えてやってくれ」
「困ってることぉ?」
酒屋の女将が首を傾げている。
「そんなら言うけど、冬だから井戸の水が冷たいんだ。どうにかできるかい?」
「トイレが凍って大変とか?」
「氷室周辺に魔物が出てるって噂があるんだ」
「食料が足りなくなった山賊が山から下りて来てるって話もある。まぁ、でも冒険者たちが依頼を請けてくれているよ」
次々に町民たちが困りごとを教えてくれた。
「上下水道は魔境でも作ってみるか。感染症対策にもなるしな」
俺はメモ書きをしていく。メイジュ王国で困っていることはいずれ魔境でも困るはずだ。
ただ地下に上下水道を作るとなると根菜マンドラゴラなどの対策が必要になってくる
「浄水場と下水処理場は作った方がいいよな。その前に水路と川を動かないようにしないといけないのか……。河川工事か……」
「ほら、な? もう聞いちゃいない。魔物と山賊はこちらでやっておくから、誰かメリルターコイズの図書館に、もうすぐ魔境の領主と私が行くと使い魔を送っておいてくれ」
チェルは町民たちに連絡を頼み、ギルドで依頼を確認しに行った。俺は広場にある凍っている噴水の水を溶かして温めておいた。
「ヒートボックスに描かれてる魔法陣を、噴水の底に描いたらいいんだよ」
「ああ、そういうことか……」
酒場の女将やパン屋の主人がやってきて、水を汲んでいた。飲まずに食器洗いや洗濯に使ってと言っておいた。
「あ、洗剤なんかはあるのかい?」
「あるよ。植物学研究所でたくさん毒草を作ってるから、そのうち強力な洗剤も出てくると思う。取り寄せもできるはずだから、輸送費があるから高いと思うけど使ってみて。それからスライムなんかを使って汚れを落とす技術も出てくるよ」
「ああ、そりゃいいね」
女将たちと話しているとチェルがギルドから出てきた。
「マキョー! 駄弁ってないで、仕事!」
「あ、はいはい」
その後、俺たちは氷室周辺の魔物を狩り、山賊を捕まえて衛兵に引き渡した。こういう仕事は、空から探すだけなのですぐに終わる。
夕方ごろにはメリルターコイズに着いていた。