【魔境生活33日目】
昨日から降り続いている雨がやまない。
雨は激しさを増すばかり。ハリケーンと言ってもいいくらいだ。
ずっと洞窟にこもりっぱなし。
そういえば、この前来た貴族の女戦士はちゃんと帰れたのだろうか。こんな豪雨じゃ、軍の訓練施設で足止めなんじゃないか。
ま、他人のことはどうでもいい。
P・Jの手帳を読みながら、自作の魔道具を作ることに。
チェルは新しいパンづくり。森で採れたキノコを入れたいらしく、試行錯誤をしていた。
ジェニファーは武器や食料の在庫整理。大した量はないので、おわったらチェルに魔法を教わっていた。
「さて、なにを作るかな」
鍛冶窯がないので木に魔法陣を彫るくらいしかできない。
ちゃんとした魔法陣の勉強をしたわけではないので、見よう見まねだ。とりあえず、アラクネを焼いたあの爆発の魔法陣を練習してみた。
木の板に魔法陣を彫り、枯れ葉の下に仕掛ければ、大型の魔物を獲るのにもってこいだ。片足吹き飛ばして出血しているところを襲うという戦法。とはいえ、洞窟で誤爆などしたら即死なので、未完成のままいくつも作り上げる。使う時に一本線を足せばいいだけの状態にしておく。
他にも、水流が出る魔法陣や畑に設置するためのスプリンクラーになるような魔法陣が描かれた板を作った。
昼飯はチェルの失敗したキノコパン。塩の分量を間違えたのか塩辛かった。本人も「あ~」と残念そうな声を上げている。
ズン……。
地響きが聞こえてきたのは夕方だったと思う。空が暗く時間の感覚があまりないのだ。
もしかしたら沼の向こうの川が決壊でもしたのかと思って、外に出てみると、巨大な黒い山が沼にそびえ立っていた。
「な、なんだぁ!?」
「なんですかぁ、あれは!?」
「マキョー!」
ジェニファーもチェルも怯えている。
ズン……ズン……ズン……。
巨大な山は動き始め、南へと移動を始めた。
あの山がP・Jの手帳に書いてあった3ヶ月に一度やってくるという巨大な魔獣だとしたら、今までこの魔境で見てきた大型の魔物などダニやノミと変わらない。
巨大な魔獣の周囲には強風と雷が断続的に降り注いでおり、雷光と雷鳴が魔境中に広がっていく。
洞窟の上に立って山のような魔獣の行方を追うと、南の森では竜巻が起こり、木々や魔物が空に舞い上がっているのが見えた。
あんなものに対抗できるはずがない。ただの災害じゃないか。
俺たちはただ息を潜めて、その巨大な魔獣をやり過ごすことしかできなかった。
「あれは、どこから現れたんだ……?」
未だ、ズン……ズン……という地響きのような足音を聞きながら、俺たちは洞窟に戻った。幸い我々の住処である洞窟は、巨大魔獣の移動予定地を大きく外れているため、被害はないが、もしあの巨大魔獣がこちらに向かってきたら、と思うと恐怖以外の何物でもない。
そう思っていた矢先だった。
魔物が洞窟の目の前に降ってきた。
砂漠の魔物の大型ミミズの魔物が丸焦げで落ちてきた。
他にも家ほどもあるサソリの魔物。アラクネの家族。ワニの魔物。
全て丸焦げで洞窟周辺に次々と落ちてきた。
森に住んでいた魔物たちが竜巻で巻き上げられ、雷で焼かれたようだ。
洞窟がある崖の上にフィールドボアの丸焼きが落ちてきたときは、洞窟全体が揺れ、天井の一部が崩れた。
俺たちは一時洞窟から出て避難。雨は降り続いているので、どこに避難してもずぶ濡れだ。魔境の魔物たちも巨大魔獣から逃げ出している。
インプたちが「ギョエェエエエ!」と鳴きながら、北へと向かっていた。
ヘイズタートルたちも鈍足ではあるが北を目指している。
俺たちも北へと向かい、ひたすら走り続けた。ジェニファーは早々に体が冷え、俺の背中に乗った。
「すいません!」
「うるせー、無駄な体力使うな!」
走りながらジェニファーと自分の体を紐で縛った。
踏み出す足の先の地面が揺れたかと思うと、パックリと口が開いたように地割れが起こり、木々を飲み込んだ。
「チェル! 魔力を使え! 全力で離れるぞ! ここにいちゃいけない!」
足に魔力を込めて走り続けた。折れた樹木を片手で防ぎ、前へと進む。
ひたすら北へと走り続けると、森が切れ山岳地帯の荒れ地へとたどり着いた。
「マキョー!」
チェルも限界だ。豪雨は荒れ地まで及んでいて、鉄砲水がいたるところで起きている。荒れ地の東側では湖が出来上がっている。
空を飛ぶデスコンドルたちは雷に打たれ、煙を上げながら墜落していた。
まるで世界の終わりの景色のようだった。
俺は荒れ地から一旦森に戻り、木陰に身を潜めた。
とにかく雨に当たらず、火を焚ける場所を探した。
夜を迎え、辺りは完全な闇と化している。時々、起こる雷光の明かりを頼りに俺は森の中をさまよい歩いた。
突然、それまで踏んでいたはずの地面が消え、穴に落ちた。
「きゃぁっ!」
背中のジェニファーにも衝撃があったはずだが、息はあるようだ。
見上げれば丸い穴。
「古井戸か? 昔、魔境に住んでいた人たちの跡。遺跡か……いてっ!」
立ち上がろうとしたが、足首の骨が折れてしまっていた。ジェニファーと身体を結ぶ紐をほどき苔が生えた壁に背中を預けた。
とりあえず雨風はしのげる場所だ。
「マキョー!?」
井戸の上からチェルの声がする。
「生きてるぞ~!」
チェルは枝を集めて、井戸の底に落ちてきた。
「カミナリ、カミナリ」
地上より地下のほうが落ち着くらしい。
チェルが枝に魔法で火をつけると、井戸の底が明るくなった。
「死ぬかと思いました……すいません! 足手まといで……」
ジェニファーの頬に涙が流れた。
「まだ助かってねぇよ」
ズン……ズン……。
荒れ地まで来たというのに巨大魔獣の足音が聞こえる。
火を見つめながら、自分の足に回復魔法を使おうとしたら、突然、意識が飛んだ。
「マキョー……」
チェルの声が井戸の底に響いた。