【紡ぐ生活10日目】
朝方にメイジュ王国の浜辺に到着。すでに漁師たちは起きていて、俺たちが砂浜に降り立つのを見ていた。
「おはようございます」
「勝手に話しかけるんじゃない!」
魔族の漁師に挨拶しただけで怒られるのか。
「朝飯、売ってるところを教えてもらおうよ」
「適当に海の魔物でも狩ってくればいいじゃない?」
なんか知らんがチェルは機嫌が悪いようだ。
「いや、せっかくだし地のものを食べたいじゃないか。明かりがついてるところは朝までやってる居酒屋かな」
そういうのも魔境にできるといいんだけどな。夜型の者もいるから。
「あの! ……マスター・ミシェルですか!?」
魚を運んでいる漁師の一人が、声をかけてきた。
「そうだけど、今は魔境のチェルで通ってる。聞いて驚くなよ。こっちの男は魔境の領主、マキョーだ!」
「ええっ!?」
「驚くなって言ってるだろ!」
「マスター・ミシェルと魔境の領主が来たぞー!」
「「「ええっ!?」」」
漁師たちは大騒ぎをして、開いている店を片っ端から開けて俺たちがメイジュ王国に入ってきたことを報せて回っていた。交易船に乗っているピートたちがいるかと思ったが、船はなく、まだ帰ってきていないらしい。
市場の近くに唯一、漁師向けにアンチョビサンドを売っている店があった。
「あそこで食べるか。あれ? 俺たち金を持ってないんじゃない?」
「大丈夫だよ。恵んでくれるって」
「いや、お金についてはちゃんとしておこう。魚の魔物でも獲ってくれば、市場で売れるかな?」
「交渉くらいはしてあげるよ」
俺とチェルは、沖合で戦っているサメを二頭狩り、そのまま市場へ持って行った。
「いや、あのう……。あんまりサメは食べないんですよ」
「そうなの!? 結構たんぱくで美味しいよ」
「待て。このサメのせいで沖で漁ができなかったんだ。害獣駆除ということでいくらか渡してやってくれ」
「そうだ! だいたい冒険者たちにはいつ依頼したんだ? 一向に討伐してくれなかったのに、マスターミシェルたちはそこの砂浜に立って、数分でサメを討伐してくれたんだ」
「そこのアンチョビサンドを買えるくらいでいいから、買い取ってもらえませんか?」
俺が喋ると、「魔境の領主が喋った!」と慌てていた。
「供託金から払え!」
「誰かアンチョビサンドを買ってきてやれ!」
市場の人たちが一斉に動き出して、なぜか俺たちにはお金とアンチョビサンドが集まってきた。
「悪いね。催促したみたいで」
「いいんですよ。この町は魔境との交易でも利益が出てるんですから」
市場を出て、商店街の方へ行くと、寝起きの魔族たちが集まっていた。
とりあえずアンチョビサンドを広場で食べる。
「美味いな」
「もうちょっと味わえよ」
冬は寒いからか、ちょっと辛めだったが野菜も入っていてかなり美味い。
「で、どうするんだ? すごい魔族が集まってきてるけど」
「魔道具を見せてもらおう。そのための視察だろ?」
「そうだけど……」
「魔族の皆さーん! 魔境の領主です! 魔道具の視察に来ました」
「一応、本物だ。人見一族ならわかると思うが、魔力量がおかしなことになっていると思う。なるべく騒ぎを起こすつもりはないからあんまり他の魔族に言わないようにね」
チェルは魔族の目を気にしているらしい。次期魔王はいろいろと国民の目もあるから大変なのか。
「マスターミシェル。あの……、人見一族でなくてもわかります。噴水が……」
早起きの老婆が話しかけてきた。振り返れば勢いよく水が噴き出していて朝の景観に彩を添えている。
「冬なので、凍っていたんですけど……」
「あ、魔力が漏れてたか」
俺たちが噴水の縁に腰かけたことで、氷が解け水が噴き出したらしい。
「あの、これ古いヒートボックスなんですけど……」
別の魔族の中年女性がヒートボックスを持ってきた。普通に魔法陣が汚れているだけなので、手拭いで汚れを拭いて、魔法陣をちょっと深めに彫るだけ。これくらいならヘリーじゃなくてもできる。
「これで温かくなると思います!」
「「「おおっ!」」」
「この魔石ランプを!」
「コールドボックスも!」
「あの、この切れ味が変わらない包丁なんて直せませんよね?」
「それは砥石を使ってくれ」
俺は修理屋だと思われたらしく、いろんな魔道具を見せてくれた。
「当り前のことだけど、魔法でできることを普段の生活で使うために魔道具ってあるんだよな?」
「そうだよ。今さらどうした?」
チェルは「領主がバカだからって、何でも持ってこないように!」と魔族たちを追い返しながら、言った。
「俺たち、全部魔法でどうにかしてない? チェルももう杖とか使わないだろ?」
「そうだけど、一般の人には魔道具の方が便利なんだから使うよ。それにマキョーは全属性を平気で使ってるけど、それもおかしいし、自分で作った魔法は誰もできないと思った方がいいよ」
「ああ、そうだよな。でも、だからこそ、魔族の生活を見るってかなり大事なんじゃないの?」
「うん、まぁ、そうだね……」
「あ、ちょっとそこのお姉さん、日常生活を教えてください」
「え? どういう意味?」
魔族の中年女性を混乱させてしまった。
「魔道具って、いつ使うのか教えてもらえませんか? 例えば、水を汲む時や料理する時に魔道具を使いますか?」
「使いますよ。飲み水はなるべくポンプを使うようにしてるけど、食器を洗ったり洗濯をするときは水魔法の魔道具を使うことが多いかな。でも魔境から輸入してきたものもあるんじゃないかな。魔境産のは壊れにくいからね」
「え? そうなの?」
魔境の物を使ってくれるのは嬉しいが、それだけでは鉱山の魔力の噴出を使えきれない。やはり住民が必要なのか。
「マキョーはただ魔族の生活を再現するだけじゃなくて、そこから発展させたものを考えないといけないんだからね」
「ああ、そうなんだよねぇ」
その後、いろいろと聞いてみたがピンとくるものはなかった。
むしろ冒険者から、魔道具の杖の修理を依頼されて、どうやったら強くなれるのかという質問をされただけ。
「魔境に来ると死にかけるから、嫌でも強くなれるよ」
「よし、じゃあ、ちょっと場所を変えよう」
「あ、そうだ。王都に挨拶しに行かなくていいのか?」
「まだ、いいよ。いろいろ回ってからでもいい。どうせ、私たちが来てることは使い魔やスパイが王城には伝えているよ」
「そうなんだ」
その日は、定期船で東へと向かうことにした。睡眠もとりたい。メイジュ王国の川は大きく、流通の要になっているのだそうだ。
「船の運用はいいかもしれないな。チェルが来た当初は船を作っていたよな?」
「帰るためのね。乾燥させていた木材はダンジョンの民に上げたんだっけ? あ、冒険者ギルドを作るのに使ったのかな」
お金があったので、船の個室が取れた。
「クリフガルーダから飛行船の設計図を盗んで、飛行船を作ってもいいけどな」
「ああ、それもありか……」
「でも、春になったら魔物に狙われるか」
「運河を作るのはいいのかもよ」
「確かに、森の中は意外と崖がいくつもあるんだよなぁ。砂漠までその運河を通せれば、結構、魔力を使いそうだな」
「公共事業に使いたいよね」
「レンガを焼いて地面は石造りにする? でも、魔境の良さがなくなるか」
「訓練兵が来なくなると、厳しいよね。メリルターコイズってところに図書館があるから、そっちに行ってみるか」
「了解。案内よろしく」
俺たちは昼間にもかかわらず、定期船で眠った。