【紡ぐ生活8日目】
翌日、大蛇のヌシにダンジョンの死について報告。ヌシはかなり驚いていた。
「だから、ダンジョンにはマスターがいるのね」
年月が経つにつれて記憶はあいまいになっていくが、二人で共有していると思い出せる。グッセンバッハが石板に刻んでいるのは正しいダンジョンマスターの在り方だったんだなと今では納得している。
「だったら、私は多くの地下に眠る思いを集めてからダンジョンに引っ越すことにするわ」
「ありがとう。助かるよ」
魔境ではユグドラシールの残すべきものを残していきたい。
ホームに戻って朝飯を食べていると、リパが空飛ぶ箒に乗ってやってきた。
「マキョーさん、ダンジョンに扉って作れないですかね?」
「扉? 作れるんじゃないか。何かあったのか?」
「ミッドガードの住民たちが揉めていて、出るのは出来るのに入れないっておかしいだろって言ってきたんですけど……」
「確かにな。ヘリー」
一緒に肉野菜スープを飲んでいたヘリーに聞いてみる。
「できなくはないと思うよ。枠だけでいいなら、すぐに出来そうだけど」
「お願いします」
「わかった。やっておくよ。時の難民も流れが止まったか?」
「ええ。出る時は一斉に出るんですけど。死ぬかもしれないような場所には行きたくないという住民が多いです」
「まぁ、そうだよな」
「ミッドガードに入れるようになるなら、記録は取っておいた方がいいんじゃないか?」
「その方が魔境のためでもあるし、ダンジョンのためにもなるか」
「ダンジョンのため?」
「ああ、ダンジョンは記憶がなくなると死ぬんだ」
「ええ!?」
リパは目を丸くして驚いていた。昨日、チェルたちに説明したときにいなかったか。
「だから、絶対にダンジョンコアは破壊しないようにな」
「わかりました。え? なんで、ダンジョンコアが?」
「ダンジョンコアが記憶を司ってるんだ。魔力の膜で包むようにどんどん経験を記憶しているらしい」
「へぇ~、面白いですね」
「確かめるなら、スライムで試せよ。ダンジョンが死ぬと周辺の魔力が枯渇しちゃうからな」
「あ、結構危険じゃないですか! わかりました!」
リパはドジなので元気さが怖い。
「無理しないで、ダンジョンも残すようにね」
「はい」
ガサッ。
雪をかき分けて、エルフの番人がやってきた。
「おはようございます」
「おはよう。なんかあった?」
「軍の方々が来ております。訓練施設に隊長が帰ってきたみたいで、マキョーさんに話があるとのことです」
「わかった。行くよ。よかった。昨日まで、南東の島に行ってたから」
「遠いですよね?」
「得た情報は大きいよ」
「そうみたいですね。いつの間にかすごい発展してませんか?」
坂の上からでも、建物の土台が並んでいるのが見える。
「ああ、これは作業用ゴーレムたちがやったんだ。確かに急に見たらビックリするよな」
「ええ。春には村ができそうですね」
「あとは住民が住めるかどうかだな」
春になって植物が出てきたら、一気に潰れる可能性もある。建物は維持が大変だ。改めて勢いに任せて不動産なんて買うものじゃない。
エルフの番人と入口の小川へ行くと、スライムたちがころころと川原に転がっていた。川の中は冷たすぎて固まっているのか、暇だから日向ぼっこでもしているのか。生暖かい魔力の風船を与えておいた。
「あんまりスライムを強くしないでくださいよ。水汲みが大変になるので」
「あ、すまん。でも、今なら大丈夫だろ?」
「まぁ、大丈夫ですけど……、新規の移住者が来なくなりますよ」
「難しいな。領地経営って」
俺は泣きながら、元魔境の訓練兵たちに手を上げて挨拶。訓練兵たちは笑っていた。
「笑ってないで、魔境に引っ越してきてくれよ。ホーム近くに建物を建ててるからさ」
「本当ですか?」
「テント場じゃないんですか?」
「違うよ。ゴーレムたちが作ってるから結構しっかりしているはずだ」
「はずって! ゴーレムを信用してあげてくださいよ」
「ゴーレムは信用はしてる。俺がふとした拍子に殴って壊さないか自分を信用してないだけだ」
「マキョーさん、それはちょっと強くなりすぎです」
「そうかもしれない。あんまり強くなりすぎるなよ。俺みたいになるから」
「なれませんよ!」
訓練兵たちと談笑しながら、訓練施設へと向かう。
「そういや、どこか行ってたのか?」
「王都ですよ。それからマキョーさんの実家の周辺も」
「俺の実家周辺なんて何もないだろ」
「その辺は隊長に直接聞いてください。それより、俺たち魔境に慣れ過ぎて西部に行ったら、力を抑えるのが大変でしたよ」
「ああ、それ、よくわかる。魔境と全然違うからな」
「兵士の仲間とも行動してみたんですけど、生活のリズムが合わないというか、動作一つとっても合わせるのが難しかったです」
「俺は服を作ってもらった時に、めちゃくちゃ汗をかいたよ」
「ああ、それ私もわかります。警戒心が混乱するんですよね。酒場に行っても大して実力差がないのに男尊女卑が酷いって言うか。いい意味で魔境は男女差がないじゃないですか」
「女の人はそういうのもあるのか。野生の魔物と会ってる方が楽だよな。反応が正直だしさ」
「「「本当にそう」」」
「マキョーさん、早めに訓練を再開させてください」
「俺に言われてもなぁ……。申請出しておけば、隊長が認めてくれるよ」
「いや、もちろん申請はしてるんですけどね。またマキョーさん、何か新しい技を身に付けたんじゃないかと思って」
「あ、それで言うと魔力を吸収できるようになったぜ」
「え!? ちょっとどういうことですか!?」
「期待を裏切らないですねぇ」
「アンチ魔法ってことですか?」
その後、訓練施設まで魔力吸収について説明しながら歩いていた。
あまりにも大声で話していたからか、隊長が外まで出迎えてくれた。しかも大勢引き連れている。
「なんだか随分久しぶりな気がするよ」
「俺もそんな気がします。いろいろとこちらも発見があったんですよ」
「よし。お互い共有しよう。彼女はシャンティ。歴史家で実は俺の許嫁なんだ」
「ああ、そうですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。早速でご実家周辺の消えたダンジョンについて調査をしてきたんですけど……」
「消えたダンジョン?」
「おいおい、シャンティ。一度中に入ろう。すまない。マキョーくん、こちらに帰ってきたばかりでね。皆興奮してるんだ。彼らは王都の鳥小屋で長年働いてきた鳥使いたちだ。彼らも一緒に調査してきた」
「よろしくお願いします。魔境の領主ことマキョーと申します。俺の実家周辺なんて何もなかったでしょう?」
「なにもないことを確認してきました」
「とんちですか?」
「いや、本当にそうなんだ。いろいろと見せたいものがあるから、中に入ってくれ」
俺は調査をしてきたという人たちと一緒に中に入り、大広間に連れていかれた。通常は食堂として使われているが、今は出土した品々や本、スクロールなどの記録がテーブルに置かれている。
「お茶はいるかい?」
「頂きます。こんなに調べたんですか?」
「調べたよ。もっと調べたかったんだけどね。時間が足りなかった。兄上にずっと訓練施設に居続けられても、一応施設長とかがいるから邪魔でしょうがないだろ」
「あれ? そう言えばウォーレンさんは?」
「交易村で魔法を習っていた。姐さんたちに何か教えただろう? それが軍にとっては重要だからと言っていたよ。しばらく交易村周辺の治安がよくなると思う」
「それならよかった。それで、消えたダンジョンというのは……?」
「あ、もういいかしら?」
シャンティがずいっとテーブルに合った地図を広げて、俺の実家周辺の場所に小さくなった蝋燭を置いた。
「ここがマキョーくんの実家よね?」
「あ、俺はなんとなくしか知らないんです。地図を見て生活してなかったんで。魔境の範囲はわかるし、イーストケニアの位置とかサウスエンドの港とかは知ってるんですけど」
「あ、そうなんだ。ごめんなさい。実家はこの旧自由自治領のさらに奥、山の近くにありました」
「そうなんですよ。街道からものすごく遠いんです」
「ここに唯一残っている町があるんだけどわかる? 以前、マキョーくんが住んでいた場所なんだけど」
「ああ、はいはい。今、交易村でウォーレンさんに魔法を教えている姐さんたちもここに住んでましたよ」
「らしいわね。娼館が潰れて、冒険者たちもどんどん減っているみたいだったわ。この町のすぐそばに廃ダンジョンがあったの」
「そんなのあったんですか?」
「あったんだよ。でも、冒険者ギルドでは依頼も出てないし、キノコの栽培所とかワインの醸造所としか使われていなかったところなんだけど……」
「冒険者として結構いろんな仕事をしてたつもりなんですけど、知らなかったな」
「今はただの洞穴だったわ。山の麓にあって用がなければいかないような場所ね」
冒険者としてもうちょっと真面目に仕事をしていればわかったかもしれない。
「で、誰も来ないようなこのダンジョン跡が、西部の魔物を弱くしていた原因だということがわかってきたんだ。あくまでも説だけどね」
隊長が話を引き継いだ。
「そうなんですか!?」
「なんらかの理由でダンジョンが潰れてね。周辺から魔力が枯渇した。東から来る魔力の流れは山で分断されているし、西の王都から人を介して流れてくる魔力も消えて、旧自由自治領周辺は穏やかな地域になった」
「実家周辺に魔物が少なかったのはダンジョンが死んだせいってことですか?」
「その通り」
「でも、ダンジョンが潰れたところで誰も後悔していなかったんじゃないですかね。ここ数日、ダンジョンが死んだ地域の一族を探してたんですけど、その一族は塔を建てたり、なんでダンジョンが死んだのかについて後悔していて、スライムや空間魔法について学んでいたんですよ」
「そうなの!?」
「ええ。ダンジョンは記憶を失うと死にます」
「え!? 記憶を!?」
その場にいた全員が驚いていた。
「ダンジョンコアを傷つけても崩壊すると思います。技術を伝えることによって思いを伝えることが重要だったようです」
「そうだったのか。我々はダンジョンのボスが死に、求心力が失われることによって、自然に衰退していったのではないかと思っていたのだが……」
王都の鳥小屋に勤めていたという老人がボスの資料を見せてきた。リッチという骸骨の魔物だ。
「魔境だとボスがいなくても残っているダンジョンはありますよ。魔力があれば結構維持できますし。ダンジョンコアで記憶していることと現実の整合性が取れなくなると死ぬんだと思うんですよね。そこら辺はスライムと同じというか」
「だとしたら、また違った説が出てくるんじゃないか?」
「旧自由自治領のダンジョンは長い間、捨てられていて、部屋がズレたり通路が行き止まりになっていて進めない場所もあった」
「だから別に特別な場所じゃなかったってことですかね?」
「それはまた別で……」
「俺の先祖が変人だったとか?」
「いや、変人にならざるを得なかった感じかな」
「そう。古代ユグドラシールが崩壊する前、鬼の一族とかも出てきちゃって結構大変な時代だったの。移民も多かったし、宗教も盛んだった。その中でも自由を重んじていたのがマキョーくんの先祖よ」
「ただ、当たり前だけど、自分の自由も他人の自由も認めていたから周辺の地域から攻められていて、王家の軍が代わりに駐屯していたんだ」
「だから、あっさり自分たちの土地だった今の王都も引き渡せたの」
「ああ、そういう理由があったんですか……」
「ミッドガードの移送後は王都になって地価がどんどん上がるから売りまくる農民たちが現れたんだけど、軍が借りていた基地まで売り始めてしまって王都周辺にある土地の売買禁止になったのよ」
「そこから東の、この山の麓に引っ越したってことですか?」
「いや、はっきりと確認は取れてないんだけど、ダンジョンの卵付きで山の西側の地域を獲得した人がいるらしい。そこで複数の入り口があるダンジョンを作って、最盛期は国中の冒険者が集まったそうだ」
「というか、ミッドガードの移送から100年、200年くらいまではこの地が冒険者の集合場所となっていたらしい。冒険者ギルドの倉庫をひっくり返したら出てきたのがこれじゃ」
鳥小屋の爺さんは、ランキング表の束や冒険者ギルドに登録した冒険者のリストなどを持ってきていた。大事な資料だろうにいいのか。
「記録はされてるってことじゃないですか。なんでダンジョンが潰れたんでしょうね」
「ボスじゃないとしたら、ダンジョンマスターかしら……」
シャンティが思案するように腕を組みながら、広げられたスクロールを見ていた。
「ダンジョンマスターの継承問題はあったかもしれない。かなりの利権が発生していたはずだから、当時のダンジョンマスターにとって都合の悪い過去の記録は改竄したとしたら……」
隊長が天井を見上げながら口にした。
「それはダンジョンが死にますね。ダンジョンマスターの条件は正直者で現実を受け入れられること、ですか?」
「マキョーくんにはぴったりじゃないか」
「俺の場合は嘘が付けないだけです。顔に出るので……。あんな田舎だったらほとんどの人間がそうなんじゃないですか?」
「いや、なかなかそうはいかんのですよ。嫉妬や驕り、嘘、隠蔽工作、多く見てきました。マキョーさんは失礼な態度をとられてもまったく気にしなそうですよね?」
「そうですか? 俺が失礼なことをする方が多いからでしょうね。他の領地の貴族とかには会いたくないし。面倒くさそうじゃないですか?」
俺がそういうと鳥小屋の爺さんは笑っていた。
「どうだ? ドンフォール。これがマキョーくんだ」
「王家の理想をそのまま体現したような御仁ですな」
「そうですか!?」
「いや、本人はわからないと思うが、俺はずっとマキョーくんに憧れているのさ」
「どこがです?」
隊長が俺に憧れているなんて驚きだ。
その後も、お茶を飲みながら、ダンジョンの死についてその場にいた全員と語り合った。