【紡ぐ生活6日目】
交易船に乗せてもらい、魔境とメイジュ王国の間にある島に連れて行ってもらった。
船長は以前会ったことのあるピートだ。
「すまんね」
「いえ、マキョー様の頼みならどこでも行きますよ。魔王や貴族からも魔境からの何か言われたら聞いておくようにと命令を請けていますし」
「そうなのか。別に無理して交易しなくてもいいんだぞ」
「いや、北部がまだ凍え死んでいないのは魔境のお陰ですから」
冬の海は寒く荒れていたが、その分魔物に襲われることもなく順調に進めた。
「吸魔一族って知ってるのか?」
「いえ、魔力を扱う魔族は多いのですが、聞いたことはありません。ただ、そういう魔法を使う魔王が先代にいました」
「そうか……」
魔法でできるということは俺もできるのかな。
「おい、船員。あまり、マキョーに余計なことを教えるな」
ヘリーが注意していた。
「マキョーはこれ以上、面倒な魔法を覚えるなよ。防具だって足りなくなるぞ」
シルビアには革の鎧を手直ししてもらっている。「外側よりも内側が傷んでいるってどういうことだ!」と怒られたばかりだ。俺もダンジョンも、甲板の上で空を見上げて誤魔化すしかなかった。
「ん? ちょっと待てよ。ダンジョン、お前、俺の魔力を吸い取っているよな?」
「んあ?」
ダンジョンにできることは空間魔法と表面の魔力運用だ。そう言えば元になっているスライムも魔力を吸収する。つまり皮膚の魔力運用をすれば吸収できるのか。
子どもの頃、両手の掌を合わせて揉み手をするようにおならの音を出していたが、あれは中を真空状態にして空気を吸い込む遊びだった。同じように魔力で作った皮膚と皮膚の間に真空を作ってみる。
ヒュッ。
周囲の空気を吸い込み、丸いボール型になった。
空気じゃなくて魔力だったら吸い取れるのか。俺の掌と相手の皮膚に流れる魔力さえ捉えられれば出来るかもしれない。
試しにダンジョンにやろうとしたら、逃げられた。
「ちょっと実験させろよ」
ペシッ!
尻尾で腕を払われてしまった。ダンジョンにとっては死活問題か。
「ヘリー、なんか魔力の入った壺ないか?」
「あるわけないだろ? 何をするつもりだ?」
「だから、吸魔の魔法ができないかと思ってさ」
「シルビア! マキョーがまた魔法の実験をしようとしているぞ」
「マキョー! 自分ではできることを増やしているつもりかもしれないが、それに対応する鎧を作らないといけないんだぞ」
「ああ、そうか。竜が脱皮した皮をつけておけばいいんじゃないか」
「あ、それいいかも。そうする?」
「シルビア!」
「こらぁ! マキョー!」
シルビアは怒りたいんだか、鎧を補修したいんだかわからなくなっていた。
「マキョーはその辺を泳いでいる海獣の魔物でも狩りに行けばいいだろ」
「そうするか」
甲板から飛んで、海にいる怪獣の魔物を発見。怪獣を追いかけているサメも発見したので、試しに魔力を吸収してみることにした。
ブヒョッ。
魔力の他に海水も入ってきてしまって意外と難しい。荒れている海の中だと、位置もめまぐるしく変わるので面倒だった。
ボゴッ!
サメの魔物を殴って船の甲板に打ち上げ、ひとまず船の上で実験することにした。
「マキョーさん! 船が傾きそうです!」
「あ、重かった? 仕方ない」
ピートに言われてサメの魔物を半分にした。尻尾の方は海に捨てる。
サメ肌がざらざらとして不思議な感覚だが、試しに吸魔の魔法を使ってみると、少しだけ吸い取れた気がするが、いまいち威力がない。そもそもサメはもう生きていないので魔力の流れが分断してしまっている。
内臓を取り出し、きれいにさばいて、骨の流れを確認。魔力が流れているとすれば骨だということで骨を握ってパッと手を離すと、魔力がズルズルと飛び出してきた。
「おおっ。こんなことできるのか」
俺は一人感動していたが、周りはそれどころではないようで、船が傾いていた。
「マキョーさん! すみません! 波が荒れて、舵が切れません!」
「あ、助ける?」
「お願いします!」
俺は船に浮遊魔法を使って、海面から浮かせた。とりあえずこれで揺れは収まっただろう。
「え? どうなってるんですか?」
「帆を張って風を受ければちゃんと進むと思うよ。ヘリー、魔法陣を描いてあげなよ」
「それどころじゃなかったんだ! まったくのん気な男だよ!」
荒れ狂う海のなか、交易船は空を飛んで吸魔の一族が逃げ出したという島へ向かった。
「あれじゃないか?」
「あれかぁ」
島には塔がいくつも建っている。万年亀に住む封魔一族の塔に似ているので、ほぼ間違いないだろう。
島民たちは嵐の中、空飛ぶ船を見上げて呆然としているようだ。船を浜に下ろして、近くの木にロープで結び、勝手に上陸。
「吸魔一族って知ってる?」
驚いている島民に聞いてみたが、反応がない。
とりあえず、塔まで行ってみると、ちゃんとした村があった。
「こんな嵐の日にやってきたってか? あ?」
長老と言われている魔族が目を丸くして聞いてきた。肌の色が紫色に近い。
「今の魔境から来ました。古代ユグドラシールから逃げてきた一族を探しているんですが、知りませんか?」
「ここにいる島民はほとんどその一族の子孫だ。ほとんどの技術は忘れ去られてしまったがな。うん」
「記録かなにか残ってませんかね?」
「残っているのは塔だけ。今ではもう扉も開かないけど。うん」
「そうなんですか? 見ても?」
「構わんぞ。だけど、開けられるのか? あ?」
「見てみます」
「やってみせよ。うん」
長老は独特の喋り方をしていた。他の島民たちは普通だ。
「普段はメイジュとクリフガルーダの中間地点だから、物資の補給をすることもあるし、嵐の前にはここに停泊することもあるからね。港の方には宿も何軒かあるよ」
果物を売っていた中年女性に聞いてみるといろいろと教えてくれた。俺たちが船を停めたのは港の反対側だったらしい。
「俺たちはここでいろいろと見て回ります。なんか特産品や密輸品なんかも売ってるみたいなんで」
ピートたち船員は市場を見て回りたいらしい。嵐なのでほとんど閉まっているが、明かりが点いている店もある。
俺たちは塔へ向かう。見えているので迷うこともない。
「封魔一族の塔に似ているな」
ヘリーが見上げていた。
「向こうは使いこなしていたけど、こっちは失伝しているのか。魔族とも鳥人とも繋がりがありそうだから、必要なくなったのかもしれないね」
「この扉、魔物の革っぽくないか?」
「あ、本当だ? 開くか?」
「マキョーなら壁も壊せるだろ?」
「いや、一応、いろいろ試してからにしよう」
コンコン……。
叩いてみたがビクともしない。
「魔法陣で封じているのかもしれない」
「だったら傷をつけるのは無理じゃないか?」
「さっきやってた魔法を試してみれば?」
「ああ、吸魔の魔法か」
手の平を扉に当てると、魔力が吸い付いてきた。
「あ、これいける」
手の平をすぼめて扉と掌の間に真空を作るように動かすと扉に流れていた魔力を一気に吸い取れた。
ガコンッ。
「おおっ。開いちゃった」
「開けたんだろ」
中は普通の生活空間だった。
避難所として使っていたのかもしれない。薪や鍋などが多く、酒樽なども積まれている。
「上、見てくる」
「じゃあ、地下を見てくる」
ヘリーたちは上、俺は地下を見に向かう。
地下は封魔一族と同じように魔法や武術を訓練する場所だったらしく、武器がいくつか見つかった。それから、技術書としてのスクロールも発見。魔力運用のための手合わせの指南書などだ。
「ダンジョンについてはないか……」
ほこりにまみれた看板も出てきた。地下では道場をやっていたらしい。
「『技術を伝え、思いを伝えろ』か」
看板には大きく描かれていた。裏にも文章が書かれていた。
「記憶を忘れた一族より? 吸魔一族は記憶を忘れたのか? それを記録している? なんだ、この一族は?」
「上は鳥小屋だったよ」
「ああ、本当」
「なにかあったか?」
「ああ、記憶を忘れたことを記録している」
「なんだ、それ?」
「呪いかなにかか?」
「わからん。別の塔にも行ってみるか」
「うん」
俺たちは一旦、港近くの宿に泊まり、塔を回ることにした。